ゾンビの世界に行きました①
ゲートキーパーは体が痛い。
宣言通り、大村ユウジが三食筋トレ付き生活を担保してくるので筋肉痛になっている。そんな生活が三日間。すっかり辟易していたゲートキーパーは、とっとと転生させてやる!と思っているがなかなか決められない。マッチング率が高くてもひどい死に方をしそうだと思うと、その後の大村ユウジの姿を想像してしまい躊躇ってしまう。しかし、罪人認定が変わらぬままの大村ユウジが転生できる先はそういうものが多い。その上本人は進んで酷い方へと進む性格…お手上げである。
ゲートキーパーのそんな葛藤をよそに、大村ユウジがいそいそとキッチンから現れた。
「あれ?なんか暗い顔してんねー。お腹空いてる?夜ご飯、もうすぐできるから待っててね。」
大村ユウジは能天気に声をかけてきた。
「そんな単純な話じゃないですよ。あなたの転生先が決まらないんです。」
ゲートキーパーはため息をついた。
「そうなの?そのリストにはたくさん転生先あるように見えるけど…。今、そんなに人間界で人死んでるの?地震でもあった?」
「そうじゃなくて…このリストにある転生先は罪人じゃない転生希望者のものも入っているんですよ。大体半々位ですかね…あなたは罪人としてここにきているわけだから、この中の半分位からしか転生先は選べない。その中からマッチング率を考えて、転生先を決めて…って、それはもうご存知でしょ?しかも!あなたの場合は、チュートリアルで死なないで済むようなところを探すっていうひと手間がありますしねえ?」
ゲートキーパーにじっとりと睨まれた大村ユウジは苦笑いした。
「あはは…それは、本当に申し訳ない。大変なら僕はこのままでも構わないんだけど…でもそっか、僕がいる限り、君は家に帰れないもんな。そろそろ頑張って長生きしないと。」
「おじいちゃんみたいなこと言わないでください。」
ゲートキーパーがまたため息を吐く。その姿を見て、大村ユウジにある考えが閃いた。
「ねえ!僕が自分で選んでみるっていうのはあり?」
「はあっ?!」
「いや、いつもいつも簡単に僕が死んで戻ってくると君は気にするじゃん?申し訳ないと思っているんだよ。僕のせいなのにさ。だから、僕が自分で選べば自己責任ってことになって、そこは軽減されるだろ?」
「だって、あなたこれ読めないじゃないですか。」
大村ユウジは子どものように笑った。
「へへへ…だから面白いんじゃん。ガチャだよ、ガチャ。」
「はー、うっかりしてた!僕は運も良くなかったんだよなあ。」
破壊され、荒廃したゾンビが行き交う世界で大村ユウジは独りごちた。
持っているのはトランジスタラジオと斧。転生して最初の部屋にあったものだった。トランジスタラジオからは、ガサガサとした雑音に紛れ、小さなトントントンという音が一定の間を置いて聞こえている。多分モールス信号だろうと大村ユウジは思っていたが、自分にはそれを理解する能力はなかった。
「でも、人間がいるってことだよな。」
そう思って音を頼りに歩みを進めていた。とはいえ、何もないこの世界では、転生してから四時間歩き続けても、進んだと言う体感がない。
「車があればなあ。どっかで車を手に入れないと、目的地に着く前に老衰で死にそうだ。」
大村ユウジはいちいち考えを口に出していた。元々人と話すのが好きな大村ユウジには、静寂と時折聴こえるゾンビの唸り声だけのこの世界は静かすぎるのだ。
今、大村ユウジがいるのは何もない空き地だが、遠くに町が見えている。町に行けば車を手に入れることはできるだろう。ただ町には人が多かった分ゾンビも多い。
「まあでも…行くしかないかあ。」
大村ユウジは町の方向に歩き始めた。
孤独であった。
全く関われる者のない世界。町でもそれは同じだった。緑に腐った体液をだらだら垂れ流しながら歩き回るゾンビ達はいれども、彼らは会話なんてもっての外、何某かの意思の疎通を取ることも、当然ままならない。孤独を埋めるような存在ではなく、まさにただの屍、生きる屍なのだった。静寂。孤独。寂寥感。でも、モールス信号の主に会えれば…大村ユウジはそこに活路を見出し、町について最初に目に入ったホームセンターの看板を目指している。
「ホムセンはゾンビ映画の定番だもんなー。大体ここで武器とか手に入るんだよ。もしかしたら非常食もあるかもなー。」
大村ユウジの心は弾んだ。しかし、いざホームセンターに辿り着いてみると、ことはそれほど簡単には運ばなそうだった。
まず、ホームセンターの建物の前が広大な駐車場となっていて、そこだけでもゾンビがウヨウヨいる。斧一本ではとてもじゃないがどうにかなるとは思えない。
「今から武器を調達しないとダメか。」
大村ユウジは、止まっている車から車へと隠れて進みながら、車の中に何か武器になりそうなものはないか探した。組み立て式の棚、洗車の道具、車載掃除機。めぼしいものは見つからない。
「日本じゃ拳銃もライフルも散弾銃も許可制だもんなあ。映画みたいに簡単に手に入るわけないよな。良くて…あ!」
大村ユウジの目に入ったのはエンジン式のチェンソーだった。これならと大村ユウジは思い、斧で車の窓ガラスを割った。
「うえっ?!」
思った以上に大きな音がし、大村ユウジは慌てて周囲を見渡した。案の定、何人かのゾンビがこちらに注意を向けている。
「やばいやばいやばいやばいっ!」
大村ユウジは割れた窓ガラスから手を入れ、車のドアロックを外した。手の甲が切れて血が流れる。さらに何人かのゾンビがこちらに向きを変えた。鮫と同じで血の匂いに反応するのかと大村ユウジは思った。チェンソーを手に入れた時にはすっかり周囲はゾンビに囲まれていた。
「くっ!」
大村ユウジはチェンソーのエンジンスターターを引いた。東京近郊の市街地で生まれ育った大村ユウジだが、町内の避難訓練に参加していたのでチェンソーの扱いの心得はあった。
しかし、ガソリンが入っていなかったらどうにもならない。
当たり前だった。
このチェンソーはこのホームセンターで新しく買われたものだった。僕の馬鹿!大村ユウジは思った。




