魔王の父になりました④
「おしゃかな!おおきいおしゃかな!見て!お父しゃん!見て!」
「アユム〜。くじらはお魚じゃないよ〜。アユムとおんなじ哺乳類だよ。大きくて立派だねえ。」
「アユム、くじら?」
「あはは!違う違う!でも大人になったらくじら位大きくなるかもなあ!楽しみだなあ……」
くじら位大きくなったアユムを見ることはできるのか…大村ユウジの気持ちが陰る。
「なるー!くじらなるー!」
無邪気に手を広げてはしゃぐアユムを見ていると大村ユウジの心は痛んだ。何が魔王だとも思う。これだけの力なら、アユムの優しさならきっといいことに使えるようになるはず…と大村ユウジは考えた。
「アユム聞いて。くじらは大きくて強いけど優しいんだよ。アユム、くじら好き?」
「しゅき!」
「じゃあ、じゃあさ、アユムも大きくなって強くなっても、くじらみたいに優しくなれる?」
アユムは大村ユウジをじっと見て言った。
「くじら、お父しゃんとおんなじ。」
「あんなでかくないよ。せいぜい177センチ位なもんだよ。」
「やしゃしい。お父しゃんもくじらも。おんなじねー。」
「じゃあアユムもおんなじだね。アユムが元気なのも頑丈なのもお父さんとおんなじ。そしたら、優しいのもおんなじだよね。」
大村ユウジはアユムの手を引いて売店に行き、大きなくじらのぬいぐるみと二人分のソフトクリームを買い、アユムと二人並んでベンチに座って食べた。
その後、二人で砂浜に出た。日差しはポカポカと暖かいが、海特有の塩混じりの冷たい風が吹いている。
「お父しゃん!見て!」
「おー、大きな貝殻だねー。」
「あいあら?」
「貝殻。ほら、日に当てて見てごらんよ。裏側が虹色に光ってる。」
「わあー!」
日中は人目があるからあの公務員達も何もしてこないだろうと大村ユウジは考えていた。夜になったら移動しようと思っていた。
アユムは波打ち際でキャアキャア声を上げながら遊んでいる。考えなくてはいけないこと、やらなきゃいけないことが多すぎて重苦しく沈んだ大村ユウジの気持ちが明るくなる。
「よし!アユム〜!そろそろドライブ行こうか!」
「あい!」
大村ユウジは気持ちを引き締めて、夕方の日差しの中、車を走らせた。遊び疲れたアユムは助手席でうとうとしている。そろそろ暗くなろうとしていた。高速はカメラがあるので、なるべく使わずに運転すること八時間。夜も更けてさすがに疲れてきたその時、対向車線の車がドリフトし、大村ユウジの車の行く手を塞いだ。
「くっそ…!」
慌ててハンドルを切りブレーキを踏んだが間に合わず、車は突っ込んでいった。
「うがっ!」
大村ユウジはハンドルに胸を強打し、エアバックが開いた。道を塞いだ車からゾロゾロと人が降りてきた。
公務員達だ。
「お父しゃん?」
「大丈夫。ほら、抱っこするからアユムは寝てていいよ…う…。」
抱っこ紐を使い、アユムを抱き上げた時、胸に痛みが走った。ハンドルにぶつけた時どこか痛めたのだろう。だが、そんなことを気にしている時ではない。大村ユウジは道路脇の森に分け入って行った。
一時間ほども歩くと息が上がってくる。さすがに大分離れただろう。今、自分がどこに向かっているかも分からない。場所と時間を確認するために、大村ユウジは大きな木の根元に身を小さくして座った。ポケットのスマホの画面を開いた時、胸を何かが貫いた。
銃弾である。
「お父しゃん!お父しゃん!」
「大丈夫…大丈夫だから…。」
実際は大丈夫ではなかった。心臓の鼓動がいつもより大きく聞こえ、それに合わせて脈打つように血が溢れ出ている。まずい、これは死ぬと大村ユウジは思った。
「大村ユウジさーん。いい加減、手間をかけさせないでくださいよ〜。」
真後ろから穏やかなのに感情が一切読み取れない声がした。
「逃げるならアユムくんは置いてってください。それができないなら…」
声の主は拳銃を大村ユウジに突きつけ撃鉄を下ろした。
「逃しませんよ。」
大村ユウジはアユムをギュッと抱きしめた。
「ねえ…その子、あなたの子じゃないんでしょ?その上、一瞬で五人の人間を消滅させるような子ですよ、怖くないんですか?」
「怖いわけ…ないだろ…僕の…子なんだから。」
一言言葉を発する度に息苦しさが増し、口からドバドバと血が出て喋りにくい。
「突然滑り台の上に瞬間移動したり、そこから落ちて地面に大穴開けて無傷でいたりとは能力の次元が変わってきてるんですよ。」
「なんでも…知ってるんだな…。」
男はめんどくさそうに言った。
「三年前、私の部下達がヘマをしましてね、殺しそびれてるんですよ。その時からずっとアユムくんを監視してきています。」
「アユムの両親の事故…」
「あら、知ってましたか。そうそう、その事故です。その時はまだ能力も弱く、アユムくんも自分が生き延びるだけで精一杯だったみたいで。でも今回は違う。いよいよ世界を崩壊させる…魔王の頭角を現してきました。」
「お前らが…何も…しなければ…。」
「それは結果論です。さあ、このまま死にますか?アユムくんを渡しますか?」
ざあっと風が吹き、森の木が大きな音を立てて揺らぎ始めた。
「うおっ!何だ?」
風に煽られた男がバランスを崩し倒れ込んだ。
「お父しゃん!」
ミシミシと音を立てて次々に森の木が倒れ始める。
「これが魔王の力…?」
男が呆然と倒れる木々を見ている。今死んだらアユムはこの男を殺し、世界を滅ぼしてしまうかもしれない。大村ユウジは視界が薄暗くなってきているのを感じていた。アユムを止めないと…。
「アユム…ダメだよ。殺さないで。」
「お父しゃん、げんきだして。だめ。しぬのだめ。」
いつの間にか空には暗雲が立ち込め、電気を孕んでいる。
「アユム。お父さん…大丈夫だから…逃げて。殺さないで…逃げて、生き延びて。くじらみたいに優しく。ね。」
もう話すのはしんどい。大村ユウジはただアユムを抱きしめていた。
「きっと…どこかで会える…。」
大村ユウジが事切れた時、木々は何事もなく静けさを取り戻し、空に立ち込めていた暗雲は集まり、くじらを模ったかと思うと溶けるように消えていった。そしてそこに大村アユムの姿はなかった。




