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転生者がすぐ死ぬので俺が残業続きです。  作者: 溝野魅苑


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後1人。

「今日はあと一件で終わりか。」

ゲートキーパーは壁にかかった大仰な時計に目をやる。定時まであと1時間。今日は残業しないで帰れそうだ。三日間、残業が続いていたゲートキーパーは軽やかな気持ちで机の上の書類を手に取った。


人は死ぬと、天国、地獄、そして転生に分けられる。

転生に分けられた者の情報はゲートキーパーの元に届き、ゲートキーパーは転生者の生い立ち、生前の行い、思想、望みなどを見て、転生者を望む世界線とマッチングする。


「んーと、なになに?大村ユウジ、三十六歳。まあまあおっさんだなあ。今の仕事が…無職?三十六歳無職ねえ…終わってんな。」

ゲートキーパーは手に取った書類を見た。

「その前が…転職十五回?しかも全部クビ…理由もセクハラ、パワハラ、連続無断欠勤一ヶ月…全部こいつが悪いじゃん。んで最後が横領…死因は…クビになった日に電車に轢かれてる…。」

ゲートキーパーは大きくため息をつき書類をヒラヒラと机に落とした。

「とんだ社会不適合者…これはあれか。」


近年、不況や戦争、感染症の流行などで死者は増え、地獄も天国も過密状態となっていた。そのため、天国は、良き行いを積んだ者でも転生先で勇者や救世主、王や皇帝などになれる素養があれば転生に回すし、地獄は少々の罪なら転生に回す。言うなれば、天国と地獄の下請けのような仕事も回ってくるようになり、ゲートキーパーはなかなかに忙しい仕事となっていた。

下請け仕事のおかげで仕事量が増えたとはいえ、ゲートキーパーは天国から回ってくるものは好きだ。勇者や救世主となって世界を救う、良き指導者となって世界を幸運に導くなど、前向きで夢や希望があるから。だが、地獄から回ってくるものはあまりやりたい仕事ではなかった。なぜならば、地獄の代替品としての転生ゆえに、その罪の重さに応じたリスクが大きい転生先に転生させなくてはいけないから。コンピュータに支配され人間が自由意志を持たない世界、高次元の存在の侵略に遭い、レジスタンスとして戦う世界など殺伐としており、そこには夢も希望もなく、転生者達は日に日に生気を失い、与えられた役割を放棄し放浪する者、悪に寝返る者、自ら命を断つ者などがいた。

「でも地獄に行ってたらもっと悪い目に遭っていたのだから…。」

と自らに言い聞かせているが、それでも他人に暗い未来を与えることはストレスだった。

「まあでも、こいつが終われば今日の仕事は終わりだ。さっさと異世界に送り込んで定時で上がろう。」

定時で上がることでモチベーションを高め、気持ちを切り替えたゲートキーパーは詠唱を唱え、死者の魂を召喚した。

黒いスーツ。ツーブロックに整えられた髪。年相応に少しくたびれた感じ。それが大村ユウジ、三十六歳だった。

大村ユウジはしばしきょろきょろと辺りを見廻していた。ゲートキーパーに気がつくと緩んでいたネクタイをキュッと締め直した。

「いやあ。これはまた素晴らしいお宅ですねえ。調度品は全てアンティークですか?申し遅れました。私こういう者です…あれ?!名刺がない!」

ペラペラと澱みなく喋り始める大村ユウジにゲートキーパーはあっけに取られていた。

「すみません。名刺を切らしているようでして…。」

「いやちょっと待って?」

転生までの手続きを円滑に…そして定時までに…進めるためにはイニシアチブが自分が握らねばと我に返ったゲートキーパーは大村ユウジを遮る。しかし大村ユウジは止まらない。

「ちょっとどういう経緯でこちらのお宅を尋ねさせていただいたのか失念致しましたが、これも何かのご縁です!私、株式会社ハッピーハッピーライフの大村ユウジと申します。弊社のことはご存知でいらっしゃいますか?」

「まあ知ってると言えば知ってるんだけど…待って。あの話を…」

「いやあ!ご存知とは嬉しい限りです!弊社はサプリメントの販売をやってる会社でございまして、最近は、シミが薄くなるってテレビでも結構取り上げられてましてね…まあローカルではありますけど。」

「ねえ。本当にちょっと待って。だま…」

「でもローカルとはいえお昼の情報番組では良心的なご紹介を受けておりましてね。あの!大女優の加藤富美子さんが大絶賛してくださいまして、それだけ弊社商品は…」

「待てって言ってるじゃん!」

吐く息が全て言葉になっているかのように、絶え間なく喋り続ける大村ユウジに苛立ったゲートキーパーは大きな声で一気に捲し立てた。

「まず!俺の話聞いてくれませんか?!あなたの名刺はありませんよ!あるはずもない!あなたは死んでいるんですから!しかも会社はその日にクビになっているでしょう!」

大村ユウジ三十六歳はしばしくうを見る。

「あれ?そういえばそうだな…じゃあここは死後の世界?でもさー、死後の世界って川の向こうでおばあちゃんが手を振ってくれるやつじゃないの?おばあちゃんじゃなくても家族とか親戚とか友達とか…僕、君のこと知ってる?ごめんねえ。知ってるのに覚えてないって営業失格だよねえ。でもさ…」

「もううるさい!黙って!」

ゲートキーパーは叫んだ。少々大きな声を出した程度ではこの男は止まらないと思ったからだ。

「あーうん、ごめんね!ちゃんと話聞く!聞くからそんな怒んないでよ。いや、僕もおかしいなーと思ってはいたよ?いたけど、まあ営業の血が騒いじゃったっていうかさあ。も…」

「営業ったって、半年しかやってないだろ!騒ぐ血なんて三滴も流れちゃいないよ!」

「何でそんなこと知ってんの?まさか僕のストーカー?いやあ、参ったなあ!僕、知らないうちにそんな人気者になってたの?でもごめんね、僕、恋愛対象女性なんだよ。いや!いや、でもLGBTに差別的であるとかそういうことではないよ?でもやっぱ個人の意思の尊重っていうのも大事じゃん?だから…」

ボーン…

壁にかかった大仰な時計が半時間の鐘を打つ。

こいつのお喋りだけで定時まであと半時間だと?!ゲートキーパーは愕然とした。そして恐怖した。半時間も経っているのに俺はこいつにまだ何も話せていない。このままではまた残業だ。

「俺はあなたのストーカーじゃありません!転生者と転生先を繋ぐ門の管理者です!死んだ人は生前の行い、思想、希望などを考慮して、天国行き、地獄行き、転生者の3つに分けられます!あなたは転生者に分けられここにきました!だからあなたと異世界を繋ぐために情報をもらってるんです!三十六歳の社会不適合おじさんのストーカーなんてするわけないだろ!」

ゲートキーパーは、若干雑で、過剰に感情が乗ってしまったが、手早くチュートリアルを終わらせてさっさと異世界に送ろうと思い畳み掛けた。それでも大村ユウジが口を開こうとする。だめだ!こいつが発声する前に俺が話し始めなくては残業になる!そう直感したゲートキーパーは更に声を張り言葉を重ねる。

「あなたはあなたの助けを必要とする世界へと転生します!あなたの生前の行い、思想、希望とかがオーラを成長させてて!それが異世界での力に変換されます!あなたのいく世界はディストピアな世界!あなたのオーラは知力に変換されます!知力でこの世界を救ってください!」

いつもならゆっくりと重厚な雰囲気を大切にし、転生に神聖さを演出するように心がけていたが、この男を相手にするにはそんなことを言ってはいられず一息で言い切った。

後にはゲートキーパーが大きく呼吸する音だけが残った。

「えーと…つまり僕はディストピアの世界に行ってそこの問題を解決してくればいいってこと?」

「…まあそんな感じです。」

「オッケーオッケー。それならそうと早く言ってよ。」

「…!!!!」

ゲートキーパーは、お前が喋り続けたんだろうが!と怒鳴りつけたかったが頂点に達した苛立ちから言葉が出なくなっていた。

「んじゃ、ちゃちゃっとやっちゃって!」

ゲートキーパーはちらりと大仰な時計に目を走らせた。定時までは後十分。色々と思うところはあったが、こいつが乗り気になっている今のうちに異世界に送れば定時で帰ることができる。

ゲートキーパーは机の上の杖を手に取り、素早く魔法陣を叩いた。魔法陣は光を放つ。大村ユウジを振り返り、杖で叩く。

「いったぁぁっ!」

心なし、先程の転生者よりも強めに。頭を抑えた大村ユウジは光の粒子となり魔法陣へと吸い込まれていった。

ボーン…ボーン…ボーン…ボーン…ボーン…

壁にかけられた大仰な時計が定時を告げた。

「よおーし!終わった!帰ろう!」

どうなることかと思ったが万事うまくいった、定時で帰れる!ゲートキーパーは壁際のキャビネットに杖、転生者リスト、処理済みの個人情報書類をしまうためにウキウキしながら振り返った。

「ただいまー」

そこにいたのは大村ユウジであった。

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