着眼点を変えて考えた
「ここは…?」
「お目覚めになりましたか…痛た…。」
「え?」
「あっお構いなく…ヨイショっと…いて…並行世界を…ふぅ…ご存知ですか…。」
「あのどっか悪いんですか?」
「いや、ちょっと腰がね。」
ゲートキーパーは大きく息を吐いて腰をさすった。
「すみませんでした…。」
大村ユウジは床にベッタリと頭をつけて土下座していた。ゲートキーパーはそれを一瞥する。
「どう言う状況?」
転生者は、ゲートキーパーと大村ユウジを交互に見た。
「あ、この人のことは気にしないでください。で、えーと、並行世界を…あー…ご存知ですか…んぎぎ…。」
ゲートキーパーは苦痛に喘ぎながら杖を構えた。
「あーはい…本当に大丈夫?」
「いや、まあ、大丈夫ですよ。腰痛いだけなんで。」
「腰…?」
大村ユウジがビクッとして頭を上げ、堰を切ったように喋り始める。
「ごごごごごごごめん!昨夜は本当に申し訳ない!なんかすごい疲れてて眠くて眠くて…正直何話してたかもよくわかんないうちに寝てたのよ。あっ!でも僕もびっくりしたよ。目覚めたら君に膝枕してて…」
空気が一変する。ゲートキーパーが鬼の形相になる。
「え…」
困惑する転生者。
「余計なこと言わなくていいですから。」
ゲートキーパーが氷のように冷たく言い放つ。
「本当にごめん!ごめんなさい!なんか急に気持ちが抑えられなくて…溢れてきちゃって…。」
「気持ちが抑えられなくて…溢れて来て…膝枕…?」
しばし考えたのち、頬を赤らめる転生者。
「変なこと考えてません?!そういうのじゃないです!大村さん!その話は後にしてください!」
ゲートキーパーは慌てているが、転生者は頬を赤らめたまま微笑んでいる。
「あ、いえ、気にせず続けてください。そういうの拗れると長引くし…。」
どういうのだよ!しかもこの転生者、何なんだ?やけに煽ってくる。ゲートキーパーは卓上の書類を乱暴に手に取った。転生者は男性同士の恋愛事情に関する漫画の本を作って売っていた過去があった。それもかなり濃厚な。
「ああ…あの、本当にそういうのじゃないんです。この人は、二度転生しましたが、すぐに死んで戻ってきてるだけの人です。その際、外傷性ショックとでも言いますか、死んでるから何と言っていい現象かわかりませんが、とにかく生じる苦痛などがあって、そのせいで昨夜はちょっと病んでたっていうだけです。」
ゲートキーパーは、誤解を生まないようにとできるだけ、大村ユウジの存在を端的に強調した。
「ゲートキーパーくんは説明上手いなぁ。僕はそんなに簡潔に上手くまとめられないよ。」
確かにいつもダラダラと何時間も喋っている。
「あ、それでちょっとほっとけなくなっちゃってる感じですか。」
ニヤニヤしながら転生者が聞いてくる。何でそうなる…ゲートキーパーはげんなりした。
「あくまで仕事の上です。俺は死者を転生させ、ミッションを達成してもらうことで生前を清算し、輪廻の輪に戻すのが仕事ですから放っておくわけにはいきません。」
「そう!そうなの!僕が一方的に彼に迷惑かけてるだけで、彼はきちんと僕を輪廻の輪に戻そうとしてくれているんだよ。そんなによくしてくれてるのに、昨夜は甘えてしまったというか…。」
転生者のニヤニヤは止まらない。大村ユウジの口を縫い付ける事ができるなら、俺は魂でも差し出すとゲートキーパーは思った。
「そう思うなら少し黙って、こちらの女性の転生をやらせてください。」
食欲を唆る香ばしい匂いが漂ってきた。
「まだ怒ってる?」
大村ユウジがキッチンのドアを小さく開けた。
「肉?ベーコン?みたいの見つけたから焼いたけど食べない?」
そう言えば、もう昼食。ゲートキーパーは午後の分の転生者の書類を精査する手を止め、一息ついた。
「怒ってないと言えば嘘になりますが…まあいいですよ。俺の方もシステム的に良くないなって思ったし。」
大村ユウジは、ホッとしたような顔をしていそいそと焼いた肉を持ってきた。
「システムって?」
「苦痛や死について、俺たちはよくわからないんですよ。だから、痛みや気持ちの落ち込みがあると思っていなくて、何のケアもせずに次に転生させることだけしか考えていませんでした。今後もあなたみたいにすぐ頻繁に死ぬ人が現れないとは言えません。そこのところの見直しをしなくちゃいけないですよね。」
大村ユウジは我が意を得たりと言わんばかりにフォークをブンブン振りながら言った。
「そうそうそうそう!だから僕、言ってたじゃん!」
「行儀悪いですよ。まあ、口で言うのは…特にあなたみたいなペラペラした人が言うのは、なんて言うか、重く捉えにくいって言うか…。」
「ペラペラ!」
「うん。だから、そんなあなたがあんな状態になるなら、死と苦痛はやっぱり対処しなくちゃだめなんだろうなって。」
「じゃあこれから死んで転生して死ぬやつは僕のおかげで少し待遇良くなるわけか!」
大村ユウジは嬉しそうに言って、肉を頬張った。流石に昨夜は心配したが、元気だとこの男のメンタルはやはり少し鬱陶しい。
「ところで次の転生先ですが。」
「お…おお…。」
大村ユウジの顔が曇る。もう即、死ぬと予想して、その苦痛を想像しているのだろう。
「俺もあなたのおせっかいについてもう一度よく考えてみました。困っている人がいると相手が誰であれ、我と我が身を顧みずむちゃをする。でも、仲間だけしかいない世界ならそうはならないんじゃないかと思いまして…新しい転生先は宇宙科学の進んだ世界です。そこで新しい星を仲間と共に開拓する。それがあなたのミッションです。」
ゲートキーパーは着眼点を変えたのだ。殺し合いのある世界だと自ら進んでまで殺される。惑星開拓なら、マッチング率はやや下がるが殺し合いは存在しない。
「おーいいねー。どうぶつの森みたいなもんか。僕、そういうの得意だから少しは長生きできそう。ゲートキーパーくん、さすがだよ。」
「それが何だかはわかりませんが、本当に!今度は簡単に死なないでくださいね。俺の残業が続きますし…あなたのメンタルもどこまで保つのかわからないし。」
大村ユウジが虚をつかれたような顔をしていた。ゲートキーパーは、言わない方が良かったかなと思った。
「ありがとね!死なないように頑張る。」
大村ユウジはニンマリと笑い、張り切って転生したが、そう言った六時間後にはここにいて、ゲートキーパーをうんざりさせていた。