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『身代わり結婚』いただきます!不浄の辺境伯様は、どうやら私の◯◯がお気に召した御様子です。  作者: 和島 逆


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8.夫、家庭の重みを噛みしめる

 毎日わくわく待っているというのに、未だ夫は私に魔石をプレゼントしてくれる気配がない。

 仕方なく辺境で暮らす人々から情報を集めてみれば、「魔石は宝石とは比べ物にならないほど美しい」「一度魔石を見てしまうと、宝石が単なる石ころに思えてしまう」などと気になる証言が続々と出てきた。何それどういうこと。夫、早く私に魔石を見せて。


「お帰りなさい夫ー! 今日こそお土産くださいっ」


「えぇい、疲れて帰ってきた夫に毎晩土産を強請るなっ!」


 今日も今日とて、いそいそと玄関までアレクシス様を出迎えにいく。

 アレクシス様は怒ったふりをしているが、妻である私には手に取るようにわかる。可愛い妻の可愛いおねだりに、内心では満更でもないに違いない。


「違いまくりだ。勘違いも甚だしい」


「とか言いつつ、背中に隠したそれは何ですか?」


「ぐっ」


 顔を引きつらせるアレクシス様の後ろに回り、隠した()()に手を伸ばす。明るいオレンジ色の花束で、期待していた魔石ではないけれど気持ちが浮き立った。


 目を輝かせる私に少しだけ頬を赤らめ、アレクシス様はぶっきらぼうに花束を渡してくれる。


「えへへ、いい匂い~。ありがとうございます、アレクシス様」


 柑橘系の爽やかな香りだ。

 私は花束に顔を突っ込むようにして、その香りを堪能する。見たことのない花だけれど、花弁が大ぶりですごく豪華だった。


「……ふん」


「早速寝室に飾らなきゃ。これ、辺境では有名な花なんですか?」


 声を弾ませて尋ねれば、アレクシス様が偉そうに胸を張った。


「境界の森でのみ採集できる珍しい食虫花だ。魔物の排泄物や死骸が栄養となり、森の中で独自の進化を遂げたらしくてな。獲物を見つけるとパカッと花弁が開き、一息に飲み込む様は圧巻だぞ」


「プレゼントのセンスが絶望的すぎるだろ」


 駄目だこの夫。


 慌てて花弁から顔を離す私を見て、アレクシス様は「心配するな」と笑った。


「土から摘み取ってしまえばただの美しい花に過ぎず、害は無い。それに()()の根は高値で取り引きされる貴重な薬草でもあるのだ」


「……へぇ。何のお薬ですか?」


「下剤だ。これでお前も毎日快便だな」


 駄目だこの夫!


「もう突っ込みどころしかない。アレクシス様が今まで結婚できなかった理由がよおぉ~~~~っくわかりましたっ!」


 ぷんぷん怒りながらも、私は剪定バサミを取ってきて花瓶に食虫花を生ける。

 まあね、花に罪はないからね。あ、根はいらないから売っぱらっちゃおうね。


「だんだんお前という妻の生態がわかってきたぞ。嬉しいときは照れ隠しでまず文句を言うのだな」


「私にもアレクシス様という夫がわかってきましたよ。根本的にアホ」


「誰がだ!?」


 やかましい夫を適当にいなしながら、切り落とした根っこを洗って庭に出しておく。

 この乾燥のひと手間をかけることで、さらに高値で売れるらしい。しめしめ。


「食虫花、毎日持って帰ってくれてもいいですよ?」


「駄目だ。辺境の大事な収入源のひとつだぞ」


 天日干し(もう今日は日が落ちてきているけど)の支度はアレクシス様も手伝ってくれた。疲れているだろうに、なんだかんだマメな夫である。


 食虫花そっくりなオレンジ色に染まる空を、アレクシス様と二人並んで見上げた。

 辺境の空は高く、空気が澄んで美しい。振り向けば背後にある魔界の空は、相変わらずどんより不吉だけれど見ないふり。


 無言で見とれていると、アレクシス様がふっと笑う気配がした。


「次の休みは、二人で街へ行くか。この根を売って、もうけた金でお前のドレスを(あがな)おう」


「はあぁ? 私の収入を宛てにしないで、夫なら気前よくプレゼントしてくださいよ」


 口では文句を言いつつ、頬をゆるめる。

 辺境に到着してから休みなく働くアレクシス様が、遊ぶ気になってくれたなら少し嬉しい。本っ当に、少しだけだけど。微々たるものだけど。


 くすっと笑って、私はアレクシス様に手を差し伸べる。


「お花のお礼と言ってはなんですけど、食後のお仕事は私も手伝ってあげますよ。ああでも、その代わり今夜はお酒はなしですからね? ベッドに入って、アレクシス様が寝入るまで見張ってやるんだから」


「ほう。俺の健康を心配するとは、さては俺に惚れたな?」


 得意気に決めつけて、アレクシス様が私の手を取――ろうとしたので、逆にその手をペチンとはたき落としてやる。


「違いますぅー。子守唄まで歌ってあげる気満々なんだから、むしろ子ども扱いしてるんですぅー」


「はあッ? 誰が子どもだ、俺はお前より四捨五入すれば十も上なのだぞ!」


「都合のいいときだけ四捨五入するんだからもう」


 面倒くさい夫だなー。


 今日も今日とてぎゃあぎゃあ言い合いながら、私たちは屋敷の中へと戻っていった。

 喧嘩しながらもしっかりスケジュールを確認すれば、なんと次の休みは十日も先だという。いやいくら何でも働きすぎでしょ!


「もっとお休みを増やさなくっちゃ駄目ですよ。ソニアさんが心配してましたよ?」


「…………」


 苦言を呈すれば、なぜかアレクシス様が眉根を寄せた。

 んん? これはもしや、あれか。「妻の分際で夫の仕事に口出ししてくるとはケシカラン」とかいう亭主関白宣言でも飛び出してくるのか。


 思わず身構えていたら、アレクシス様がぶすりと口を開いた。


「……ソニアだけなのか?」


「はい?」


「お前は、俺を心配しないのか?」


「…………」


 一瞬だけ固まったものの、私はすぐさま手を打った。

 ああはいはい、そういうことね! うん、面倒くさい方向に拗ねてるだけね!


 こほんと空咳して、私はアレクシス様の背中を勢いよく叩いた。


「妻ですもん、わざわざ言うまでもなく私だって心配してますよー!」


「……本当に?」


「本当、本当。……だってもしもアレクシス様が過労で倒れたら、妻の私が辺境伯代理になっちゃうんですよ? そんな責任とても負えない。だからね、アレクシス様はしっかり休まなくっちゃ駄目なんです。可愛い妻に苦労はかけたくないでしょ、ね?」


 私としてはからかうつもりで言ったのに、なぜかアレクシス様は大きく目を見開いた。

 じっと考え込み、ややあって大仰な仕草で肩をすくめる。その目元は少しだけ赤く染まっていた。


「……まったく、まさか家庭を持つというのがこれほど面倒なことだったとはな。ただでさえ辺境を守るのに忙しくしているのに、これからは己の家庭にも心を砕かねばならんとは」


 おお?


「そうそう。領主様として辺境の皆さんを幸せにしつつ、私のことも大事にしてくれなきゃ許しません。んんん、でもこれってすっごく大変だと思うけど……アレクシス様にできるのかなぁ?」


「見くびるな。その程度余裕だ」


 心配そうに見上げてみたら、ものすごく偉そうに宣言された。わあチョロい。

 チョロすぎてなんか可愛く思えてきた――……って、気のせい気のせい。


 笑いそうになるのをこらえ、アレクシス様の腕にしとやかに手を置いた。


 どんなときでもしっかり私をエスコートして、守ってくれなきゃ駄目ですよ? 我が夫。

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