4.名ばかりの妻じゃ、駄目ですか?
「十七歳ですって? このわたしが同性の年齢を見誤るとは……不覚」
「十七じゃ、ロリコン罪は適用されませんか?」
不安になって問いかけると、ソニアさんはきっぱりと首を横に振った。
「いいえ。成人は十八歳だもの。まして旦那様との年齢差は四捨五入で十歳、まごうことなきロリコンよ」
「なぜ四捨五入した?」
喧々諤々と議論しながら、私たちは長テーブルに用意された食事を平らげる。
木の実を焼き込んだ素朴なパンに、独特な風味があるけれど何だかクセになっちゃうチーズ。スープは具だくさんで、野菜だけじゃなくて肉汁が弾けるぶっといソーセージ(これまたクセが強め)も豪快に入っている。
「ああ、美味しい~。長旅の疲れが癒やされていくみたい」
「お口に合ってよかった。特別なパーティでもない限り、辺境の貴族の食事はいつもこんなものよ」
優雅にスプーンを使い、ソニアさんが薄く笑う。
美しい彼女をうっとりと鑑賞しながら、私は内心で首を傾げた。
貴族であるアレクシス様(とついでに、その妻になる予定の私)と一緒のテーブルにつくとは、彼女は一体どういった立場のひとなのだろう?
「わたし? 旦那様の愛人よ」
「あ~なるほどっ」
「違うッ!!」
疑問をそのままぶつけてみれば、アレクシス様がテーブルを叩いて吠えた。正直に認めちゃえばいいのにね。男らしくないっていうか何ていうか。
「事実と違うことを認められるかっ! こう見えて、ソニアは実は」
「愛人よ。ベルさん、わたしと仲良くしてくれる?」
「当たり前じゃないですかっ! 愛人さんがいてくれて、本当によかった……! つまりは私は、建前上のいるだけでいい妻ってことですよね? それぐらいなら何とかやっていけるかも」
心の底から大喜びする私を見て、なぜかアレクシス様の額に青筋が立った。
「ベル、お前……まさか妻としての役割を、ソニアに押しつけるつもりではあるまいな?」
低い声で脅しつけられ、私はむっとしてしまう。
別にソニアさんだけに負担をかけるつもりはありませんけど? 自分の仕事を放棄するつもりはないし、そんな怠け者だと思われるのは心外だ。
「私はもともとマリアベルお嬢様付きのメイドですから、身の回りのお世話なら得意ですよ? ドレスの着付けだってできますから任せてください」
「俺がドレスを着るかっ!」
まあ、それはそうだろうけど。
とりあえず名目は妻、その実態は使用人、って感じでいいと思うんだ。
「お前……妻の一番重要な役割とは何か、ちゃんとわかっているのか?」
アレクシス様が疑わしそうな顔をする。
一番重要? うぅん、一番重要ねぇ……。
必死に頭を回転させた私は、ややあってポンと手を打った。
「ズバリ、夫を愛すること!」
「惜しい」
アレクシス様はふんぞり返って否定する。
不正解でよかった。愛せって言われたらどうしようかと思ったよ。
ソニアさんは軽く肩をすくめると、「もったいぶっていないで、さっさとベルさんに正解を教えてあげなさい」とアレクシス様にうながした。
「ふん。では、教えてやるからよく聞くように。妻の最も重要な務めとは――」
ごくり。
「――この俺を、夫を癒やすことだっ!」
「…………」
癒やし?
「んっと……つまりアレクシス様は癒やされたい、と? すっごく疲れてるってことですか?」
しぼりたてのオレンジジュースが運ばれてきたので、一口すすって私は問いかける。うんうん、酸味があって美味しいなぁ。
私の疑問に答えてくれたのは、アレクシス様ではなくソニアさんだった。
「そう。旦那様に限らず、辺境の騎士たちは皆くたびれ果てている。――原因は、わかるわね?」
「あ、はい多分。魔界……ですよね?」
この国の最果て、辺境の北に通じるのは魔界であると言われている。
人間の住める土地ではなく、法も秩序もなく恐ろしい魔物が縦横無尽に跋扈しているのだとか。もちろん私は魔物なんて目にしたことはないけれど、小さな子どもだって知っている常識だ。
「そう。知っているでしょうけど、魔界と人間界はすっぱり分かれているわけじゃなく、境界には深い森が広がっている。森全体に結界魔法をかけ、魔物が人間界に出てくるのを防ぐのがセルヴァ辺境伯の役目なの」
私はうんうんと耳を傾けた。
ソニアさんによると、森の結界は決して完璧なものではないらしい。
例えるならざっくりと目の粗い網であるそうで、巨大で強力な魔物は防げても、小粒の魔物はひょいひょいと網目を気軽に越えてくるのだという。
「小粒といっても、わたしたち人間にとっては立派な脅威。辺境騎士団は日々『境界の森』を見回って網目からこぼれた魔物を駆除し、国内に魔物が侵入することがないよう厳重に警戒している。そのお陰で、辺境以外では魔物の襲来など絵空事でしょう?」
「はい。この年まで命の危険なんて感じたこともなく、のほほんと生きてきました」
本当に、辺境の皆さんには感謝感謝である。
借金の形の身代わり妻、というのは納得いかないけれど、ご恩返しと思えばそう悪くはないのかもしれない。
――で、話を戻すと。
「アレクシス様はお疲れだから、奥さんが欲しいなって思ったんですか? でも単に疲れを癒やすだけなら、ふかふかベッドを新調するとか甘い物をたくさん食べるとか、いくらでも方法がありそうな気がするんですけど」
「それで瘴気が浄化されるなら、俺だってそうしたさ」
アレクシス様がむっつりと眉間に皺を寄せる。……瘴気?
不穏な単語に緊張する私に、アレクシス様は昏い目を向けた。
「魔物と近くで同じ空気を吸い、命懸けで戦い、その返り血を浴びることで、俺たちは少しずつその身に瘴気を浴びていく。――澱のように溜まった瘴気は、やがて心身に異常を及ぼし始めるのだ」




