26.魔法みたいな
外の炊き出しでは、ドロッパゲの塩焼き以外の料理も用意されてた。
ドロッパゲの横で焼かれているのは、大ぶりのソーセージに厚切りベーコン。境界の森産の巨大キノコのバター焼き。
お皿を持ってアレクシス様と一緒にもらいに行き、再び店の中に戻ってくる。
店の厨房では具だくさんのスープが作られていたらしく、それと一緒に焼きたてのパンも運ばれてくる。
私たちはかなり遅めの昼食を大喜びで平らげた。
ようやく満腹になって、食後のお茶で一服。
横に添えられた小さな豆菓子が嬉しい。お星様のような見たことのない形をしているから、きっとこれも境界の森産なのだろう。
ぽいと口に放り込んで――……そこでようやく、思い出した。
「あああっ!?」
ざあっと血の気が引く音まで聞こえた気がする。
私は大慌てで甘い豆菓子を飲み込み、隣に座るアレクシス様にすがりついた。
「ベル? 急にどうし――……」
「アレクシス様っ! 瘴気っ、瘴気は大丈夫なんですかっ!?」
そう。
見事ドロッパゲを討ち取ったアレクシス様は、きっと瘴気を浴びたに違いない。
妻でありながらそんなことにも思い至らず、のんきに食事をしていた自分に腹が立つ。
震える手を伸ばし、アレクシス様の頬に恐る恐る触れてみた。体温は……冷たくはない、みたい。というか、どんどん熱くなってるような……?
「アレクシス様。具合い、悪いですか?」
「い、いや。全く問題ない」
明らかに顔が赤いくせに、アレクシス様がそんな強がりを言う。
私から離れようと顔を背けるので、逃がすものかとますます距離を詰めた。
「駄目です、ちゃんとじっとして! 瘴気を確認しないと――……って、そうだ! 確か、さっきのドロッパゲの魔石がありましたよねっ」
「!? いやベル、それは!」
アレクシス様が何やら叫んでいたが、私は構わず騎士服のポケットに手を突っ込んだ。
ごく小さな石に触れた感触がして、私は以前と同じように握り込んで意識を集中する。椅子から立ち上がり、アレクシス様の姿を上から下まで慎重に確認した。
…………
…………
…………
あれ?
おかしい……よね?
ごしごしと目をこすり、もう一度集中してみる。
「……瘴気が、ない?」
何度確認しても同じだった。
どれだけ目を凝らしても何も見えない。
ぽかんとして立ち尽くせば、アレクシス様が大きくため息をつく。私の手を引いて椅子に座らせると、バツが悪そうに目を逸らした。
「わかったろう? 確かに先ほどの戦闘で多少の瘴気を浴びはしたが、もうとっくに浄化されたから問題ない」
「え? だけど……」
納得いかずに私は眉根を寄せる。
おかしい。浄化なんてできるはずがないのに。
だって、アレクシス様が瘴気を浄化するためには、私のほっぺをつねるのが必須なんだから――
「……お前が」
目元を赤く染め、アレクシス様がぶっきらぼうに口を開く。
「お前が、あまりに幸せそうな顔で食べるせいで。……眺めているだけで、俺まで幸せになってしまった」
「…………」
んん?
一瞬呆けた私は、今のアレクシス様の言葉を頭の中で反芻する。
私が幸せそうだから、アレクシス様もつられて幸せになった?
幸せになったから――瘴気が浄化された?
アレクシス様の顔をまじまじと覗き込む。
アレクシス様はかたくなにこちらを見ようとしないが、私は首をひねって無理やり目線を合わせた。
「それって……つまり、私のお陰ってこと?」
「……そうだ」
むっつりと、うなずく。
「私が側にいるだけで、幸せ?」
「そうだ」
「ほっぺに触らなくても、癒やされるの?」
「そうだ」
笑い出しそうになりながら、私は必死で真面目な顔を取りつくろう。
アレクシス様は真っ赤な顔で、怒ったみたいに私を睨みつけてくる。
深呼吸をひとつして、私はにっこりと笑った。
「勝手に瘴気が浄化されちゃうぐらい、私のことが好き?」
「……っ、そうだ!」
我慢の限界。
とうとう私はぶはっと噴き出した。
じわじわと嬉しさが込み上げて、アレクシス様の首に腕を回して飛びついた。
アレクシス様もぎこちなく私を抱き返し、私の肩に顔を埋めて小さくうなる。
「うう……、どうしてこうなった。当初の予定と違いすぎる……!」
「どんな予定だったの?」
顔を上げていたずらっぽく問い掛ければ、アレクシス様が瞬きした。
私に掛けた騎士服に目をやり、ポケットに手を突っ込む。
「魔石?」
「そう。ドロッパゲの魔石はかなり小ぶりだが、飛び抜けて質がいい。……ほら、これだ」
アレクシス様がそうっと手を開くと、まんまるの小粒の魔石が載っていた。
そのあまりにの美しさに私は息を呑む。
「光の欠片が……!」
以前もらった魔石とは、比べものにならないほどの光を蓄えていた。
それは魔石の地の色が見えなくなるほどで、小さな魔石の中を光が明滅しながら弾け飛んでいる。きらきら、きらきら。
まるで私を誘惑するように輝き続ける。
「これを結婚のあかしとして、お前に気持ちを伝えようと思っていた」
「……っ」
「美味いドロッパゲをたらふく食わせて気分を盛り上げ、そこですかさずこの魔石をプレゼントする――……くっ、俺の計画は完璧だったのに!」
アレクシス様ががっくりとうなだれた。
まあね。
しょっぱなからマリアベルお嬢様とデズモンドに再会しちゃったり、ドロッパゲが街に現れたり、挙句の果てには旦那様まで駆けつけたりしちゃったもんね。
想定外すぎる事態に連続して襲われたアレクシス様が面白すぎる。
本当に締まらない夫なんだから、もう。
「ベル。そのう……この魔石は、指輪に最適だと思うのだ」
頬を赤らめ、アレクシス様がそっと私の手を握る。
「お前は身代わりなんかじゃない。マリアベル・ゲイツとしてではなく、ただのベルとして俺と結婚してほしい」
「…………」
まっすぐな求婚の言葉が、以前と違って何の抵抗もなく私の心に沁み込んでいく。
嬉しさと、幸せと。
アレクシス様のことは笑えない。側にいてくれるだけで勝手に幸せになってしまうのは、何もアレクシス様に限った話ではないのだ。
「……だけど、契約はどうするんです?」
それでも、この問題だけは残しておけない。
そうっと問い掛ければ、アレクシス様はちらりと背後のマリアベルお嬢様たちのテーブルに目をやった。
「またしばらく辺境を留守にすることになろうとも、ゲイツ伯爵領に向かい解決策を探るつもりだった。だが幸いにして、ゲイツ伯爵自らが辺境に来てくれた――……」
「解決策って?」
「まあ、単純ではあるが。ゲイツ伯爵にどこかしらから金を借りさせ、いったん俺への借金を清算させる。それでひとまず契約は反故になったという体を取り、契約書を破棄するのだ」
契約書を破棄したら、もう一度アレクシス様が旦那様の借金を肩代わりする。
ただし今度は借金返済できないなら娘を嫁に寄越せとは言わず、少額ずつでも真っ当に返してもらえばいい。なんならそのまま踏み倒してもらっても構わない。
アレクシス様はそう熱を込めて説明する。
「あはは、なるほど。良い案だとは思いますよ?」
「っ本当か!?」
「うん。……だけど、駄目です」
ふるふると首を横に振れば、アレクシス様の表情が凍りついた。
私はアレクシス様のこわばった頬をつつき、しかつめらしく言い聞かせる。
「だって、その言い訳ちょっと苦しいです。確か元々の契約って、『借金を肩代わりしてやる代わりに娘をもらう』でしたよね? 借金を返すから全てなかったことに、っていうのは難しいんじゃないですか?」
「それは……っ、ああ。確かに俺もそう思った。だが、口八丁で何とか誤魔化せぬものかと」
「領主様が契約を破るのは駄目ですってば」
それにそのやり方だと、ゲイツ伯爵――旦那様の借金がなくならない。
いくら返済しなくていいとは言っても、大恩ある相手が借金に苦しむのは嫌だった。
しょんぼりするアレクシス様の頭を撫で、私はカタリと音を立てて椅子から立ち上がる。アレクシス様が驚いたみたいに顔を上げた。
しいっと唇に人差し指を当て、私は内緒話するようにアレクシス様にささやきかける。
「大丈夫。全部、私に任せてください。すべて完璧に解決して、全員が幸せになれる――……。そんな、魔法みたいな方法を見せてあげますから」




