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『身代わり結婚』いただきます!不浄の辺境伯様は、どうやら私の◯◯がお気に召した御様子です。  作者: 和島 逆


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10.癒やしってそれかい

 その瞬間。


 アレクシス様の手が確かに動いた。

 ほんの微かに、だったけれど絶対見間違いじゃない。


「……ベルさん! 今、旦那様の目が開いたわ」


 ソニアさんの言葉に、私は慌てて身を乗り出した。

 アレクシス様を覆う瘴気が邪魔をして、私の目からは何も見えない。それでも彼が目覚めたことを知り、私は急いでアレクシス様の大きな手を取った。


「ほら、つらいでしょうけど立てますか? なんとか一緒に部屋まで――」


「いや……、おれは……ここで、かまわん」


 えっ。


(いやいやいや! 私がめちゃくちゃ構いますけど!?)


 動揺して周囲を見回せば、ソニアさんは無言で親指を立ててうなずいているし、コンラートは「イヤ~ン」と身をくねらせているし、使用人さんたちは赤い顔を気まずそうに逸らしているし。って誰か止めんかいっ!


「だ、駄目です二人きりじゃないと! ひとに見られて喜ぶ趣味とか私にはありませんからっ」


「ベル――……どうか」


 苦しげな声音に、胸が締めつけられる。

 アレクシス様の大きな手が力なく動き、手探りのように私の顔に伸ばされた。冷え切った指先が頬に触れ、私は泣き出しそうになる。


「もぉ……っ」


 本当に、仕方のない夫なんだから。


 覚悟を決めて、一瞬だけきつく目をつぶる。

 はらりと落ちた髪を耳に掛け、私は自ら動いてアレクシス様に顔を寄せた。


 瘴気で彼の顔が見えないからか、これが人命救助に過ぎないからか。心臓の鼓動は落ち着いていて、心はひどく凪いでいた。


「さあ、いいですよ。どうぞ、アレクシスさ――……んっ!」



 ――むにっ



(……むに?)



「ふっ、ふにゅうううっ!?」



 ものすっごく間抜けな声が出た。


 いやだって、だってだってこの夫ってば、一体私に何をやらかしてるの!?


「――ああ。最高の、触り心地だ……。やわらかい……」


 シュワワッ、と弾けるような音を立て、またたく間に闇の霧が晴れていく。

 一気に開けた視界いっぱいに広がるのは、とろけそうな恍惚の表情を浮かべるアレクシス様の姿だった。


「…………」


 いや待て。

 おい待て。夫よ。夫よ。


 お前はなぜそんなにも嬉しそうに、最愛の妻のほっぺをつねっているんだ。

 ここはどう考えてもキ……じゃなくて、接……じゃなくて、口づ……けじゃなくって、ええぃとにかくそういう流れじゃなかったかっ!?


「にゃんにゃんでしゅきゃぁっ」


「この弾力、伸び……そしてやわらかさ……。ああ、極上の癒やしだ」


「…………」


 いい加減にしろや変態。


 号令を下すがごとく勢いよく挙手をすれば、自称・お母様がすぐに察して動いてくれた。


 スパァァァァンッ!と激しく痛そうな音を立て、アレクシス様の手を叩き落としてくれる。


「痛っ!? おいソニア、怪我人になんという狼藉をっ」


「ベルさん。旦那様の瘴気はどうなの?」


「完璧に消えてますのでご安心を。ってことで、もう金輪際私に触らないで変態。心が傷つきました変態。慰謝料を請求します変態」


「夫婦なのにか!?」


「夫婦でもです変態」


「語尾にいちいち変態と付けるな!?」


 わあわあとものすごい騒ぎになった。


 剣呑に睨み合っていたら、濡れてしまった玄関を掃除したいと使用人さんからお願いされてしまったので、私たちは場所を移動することにする。ずぶ濡れの変態には入浴と着替えも必要である。


「あ~あ、昼メシ食い損ねちゃったな。ベルちゃん、アレクシスが身支度をしてる間に、オレに何か食べさせてもらえない?」


「もちろんです、すぐに食堂から何か持ってきてもらいますね。変態、ではなく夫を連れ帰ってくれてありがとうございました。コンラートさん」


「コンラートでいいよ。敬語もいらない。オレとベルちゃんの仲だろ?」


 どんな仲だよ。


 あきれつつ、面倒くさいので聞き流すことにした。

 聞けば、コンラートはセルヴァ辺境伯に仕える子爵家の次男坊であるらしい。辺境騎士団の団長を務めているのだそうな。へえ、初耳。


「アレクシス様が団長様じゃなかったんですね?」


「あいつは伯爵家当主だからな、本来なら危険な現場に出る必要なんかないんだ。アレクシスが騎士として辺境騎士団に参加しているのは、あくまで無駄な責任感と自己犠牲精神からだよ」


「む、無駄……!」


「ごめんなさいね、ベルさん。コンラートは旦那様の幼馴染でもあるから、全く容赦がないの」


 ぞろぞろとアレクシス様の自室に移ると、すぐにメイドさんが食事を持ってきてくれた。

 今朝焼いたパンと温め直した朝のスープの残り、分厚いハムのステーキだ。デザートには果物も添えてあった。


「すっごい量だな」


「何度も頼んだら悪いし、ついでにアレクシス様の分も持ってきてもらったんです」


「……冷めちゃうけど、いいの?」


「いいのあんな変態夫」


 ポットから温かいお茶をカップに注ぎ、ソニアさんとコンラートの前に置いた。ついでに自分のと、アレクシス様の分も。冷めちゃうけどね!


「あ、そういえばこの魔石。勝手に持ってきちゃったけど大丈夫かな?」


「構わないと思うわ、ベルさんへの求婚のプレゼントだもの。本来なら指輪に細工してから渡すべきものだけれど」


「えっ指輪にするには大きすぎません?」


 言いながら、私は窓から差し込む光に魔石をかざしてみた。

 陽の光の下では不思議と色が変わり、先ほどまでの濃い藍から、うっすらとした青色になっている。……まるで、朝の空の色みたい。


「別に必ずしも指輪である必要はないのだけれどね。辺境において、魔石の指輪は既婚のしるしと見られるの。指輪以外の、例えばブローチやネックレスなんかだと単に家族からの贈り物と勘違いされてしまうわ」


「へえぇ、なるほど~……って。お帰りなさい、アレクシス様。ちゃんと温まりましたか?」


 まだ完璧に乾いてない髪をタオルで拭きながら、不機嫌な変態夫が戻ってきた。

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