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衰退世界の人形劇  作者: 小柚
中巻

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第十八章(1)

 出陣の日。虎白さまは兵士たちに好きな装いで集まるように命じた。前回の金凰戦とは違い、使節団とかいう名目でもないから、一番相応しいと思う装いで来いと述べた。

 そんなことを言われても、相応しい服なんて持っていないわたしたちは、リンさんに頼んで前と同じ衣装を用意してもらう。

「使節団の礼装は戦闘には向きませんから、一ランク下の正装を用意しました。私たちもこれを着ます」

 白いフード付きのローブの下に、紺色の正装を着込んでわたしたちは準備されていた船に乗った。

 船上は二種類の衣装を着た兵士に真っ二つに分かれていた。好きな装いで、と虎白さまが言ったのはそういうことだったのかとわたしは理解する。わたしたちと同じサイグラム派の正装が半分、白くゆったりとしたシルエットのカミノタミ派の正装が半分。わたしたちも白いローブを羽織っていたので、前をきっちり金具で閉じてしまえば遠目に見たら同じ装いだと思えなくもない。だけど船上にいるわたしたちには、二種類の違う衣装を纏った部隊に分かれていることが良くわかる。

 ハクトは異様に衣装に拘る国なのだ。彼らは衣装によって、自分の志を表現しているんだろうなと薄々ながら理解しはじめていた。

 そんな中、当の虎白さまはどんな格好をしているかと言うと、普段の黒いカミノタミ風の装束の上にサイグラム派の白いローブを引っ掻けている。なんとも雑な服装、と呆れたものだけど、彼にとって最大の配慮をした結果がそれなのかもしれないとも思った。誰もその格好を気にしている素振りを見せていないから、その配慮は上手く受け入れられているんだろう。

 イグニア国へ向かうルートは、ざっくりとこんな感じらしい。安全なフリンジ国の大河を下り、外なる海へ出る。外なる海をぐるりと周り、ハルム領を突破してイグニア領へ入る。

 外なる海は有色にとって危険な場所だから、守備がどうしても手薄になりやすいようだ。ハルムも今や混乱の真っ只中、外なる海にまで警戒を向けている余裕はない。

 ハクトの船団は、彩謌隊の乗るこの船と、ハクトの一般兵さんたちが乗る三隻、クラウディアの獣人兵さんたちが乗る一隻の合計五隻。闇夜に紛れてこっそりと通り抜ければ事を荒立てずにイグニアに潜入できるだろうという見立てだった。

 兎緋を直接叩くと言うので、向かうのは緋の都カーネリアかと思いきや、イグニアヘイルらしい。兎緋は何故だか司彩がいるべき場所におらず、仕都イグニアヘイルの王宮に住み着いているようだ。

「兎緋はとにかく暴君なんです。麗しい女性の姿をしていますが、中身は子供なんです。人に全てをやらせるのが好きで、自らは何もしない。自分の思い通りにいかないと癇癪を起こす。全く困った神様ですよ」

 ハオランさんの話によると、兎緋というのは随分他の司彩とは違うようだった。寂しがり屋で常に人を周りに置いておきたい。ちやほやされているのが好き。後先考えずにめちゃくちゃなことをする。まるで三歳くらいの子供のようだと彼はひどく嘆いていた。

「兎緋の頭は天真爛漫な餓鬼だ。橙戌もそうだったろう。司彩というのは生命力のある魂を好むから、そういう精神的に幼い者を頭に選びやすい」

 虎白さまの発言に、なるほどなと思った。寿命のない司彩は、活力があり長く生きることができる魂を頭にしないといけない。藍猫の頭であったエリファレットさまも、ちょっと子供じみたところがあった。彼らは永遠に続く生を楽しく生きようとして、自分のつまらない拘りを仕都の人々に押し付ける。

 藍猫はまだ大人しいほうだったのだろう。アピスヘイルの人々は、藍猫の姿を誰も見たことがなかったのだから。兎緋や橙戌は、自らの姿を人々に見せ、力を誇示し、ワガママ放題に振る舞い私腹を肥やしていたようだ。

「それでもイグニアやハルムが百年以上も国の体裁を保っていられたのは、国民の努力と、金凰のお陰だった。先代金凰は狭量な奴ではあったが、暴君の兎緋と橙戌に灸を据えて、国を滅ぼさんように導いてやっていた」

 その金凰を失って、タガが外れてしまったのが今の兎緋の状況らしい。なんだか可哀想な神さまだなと思った。

 たとえ司彩だと言っても、三歳児並の知性しかないのなら、信頼していた保護者がいなくなれば寂しいだろう。寂しくて寂しくて、暴れまわっているだけなのだと思うとなんだかやるせない。

「俺は金鳳としてこの落とし前を付けねばならん。最後まで面倒を見てやるのが保護者というものだ」

 虎白さまは事も無げにそんなことを言うけど、わたしの心はチクリと痛んだ。

 そのきっかけを作ってしまったのはわたしだ。わたしが死にたくないなどと思って、白子の審判を失敗してしまったのがそもそもの原因だ。そこからなし崩しにここまで来て、虎白さまたちに迷惑をかけている。

 千年問題があるから、どっちにしろ世界は荒れていたとスイさんは言ってくれたけど、それでもあと数十年はみんな平和に暮らせたわけで……。

 わたしもこの落とし前を付けなくてはならない。虎白さまを助けなくちゃならない。わたしは段々とそんな思いに支配されていき、自分の通常の感覚を麻痺させていった。

「イグニアヘイルの周囲にはたくさんの民兵がおります。正規兵はほとんどがクラウディアの国境へ向かっていますから、仕都を守っているのは民兵です」

 彼らは仕方なしに兵役についている農夫たちだとハオランさんは言った。兎緋から解放されるとわかれば大人しく投降するでしょうと語った。

「どうか彼らに温情をおかけください。悪いのは全て兎緋なのです」

「わかっている。我々が討つのは兎緋一人だけだ。イグニア国民への被害は最小に抑えよう」

 虎白さまたちは何度も何度も議論を重ね、イグニアヘイルの侵攻手順を確認していた。民兵の鎮圧、投降の呼びかけ、被害を抑えるための支援、ハクトよりもイグニアと親交があったはずのクラウディア兵による説得など様々なことが話されていた。

 わたしたちはリンさんたちと彩謌の音合わせを何度もした。

「私たちの部隊は、柔軟に活動する機動部隊です。戦況に応じて、兎緋との戦闘の補助を行うか、民衆の保護を行うか私が決めます」

 機動に必要な、素早く移動する術である『縮地』。戦闘補助に必要な術である『恒常』、『防壁』、『強化』。敵部隊を無力化させるための『発電』、『制止』。民衆を保護するため、『水塊』、『冷却』といった新しい彩謌も学んだ。

「『水塊』は藍猫の調律である『ラグの基準律』、『冷却』は龍紫の調律である『イアーの基準律』でないと発動しませんから、石を割ってください。皆さんに該当の石を渡しておきますね」

 自分の立ち位置の音でない石もいくつか受け取った。最悪の場合、二つ以上を同時に割らないといけない。わたしは何度も石の色を確認して、ポケットに大切にしまいこんだ。

 わずか一日程の航海で、船はイグニア領の大陸側の先っぽに辿り着く。そこにはアピスから藍の都に渡るときに通った水門と砦に似た場所があり、篝火が煌々と焚かれ闇夜にその勇ましい姿を浮かび上がらせていた。

「この砦から、イグニアヘイルまでの航路に兵はいないか」

「おりません。ここが仕都を塞ぐ最大の壁です」

「では、さっさと終わらせよう」

 虎白さまは船首に進み、大きく息を吸う。そして次の瞬間、彼は凄まじい超音波を前方に放った。

 それはおよそ人間が発声できるような代物ではない。鼓膜が裂けてしまうのじゃないかと思えるまでの衝撃波にみんな耳を塞いでいたけど、意味のある防御策とはとても思えなかった。

 一瞬だけ、虎白さまの周りに金色の煙が現れた気がする。金鳳の力を使ったということなのだろう。耳鳴りが収まり、再び静けさが訪れたところで虎白さまは言った。

「大人しくさせた。進もう」

 いったい何をしたのだろう。みんなは不安そうな顔をしていたけど、命令通りに船を走らせる。

 煌々と篝火の焚かれた砦は静かで、わずかな物音もしない。所々に兵士さんが倒れているのが見てとれた。その場に前のめりに倒れた姿、壁に持たれたままズルズルと座り込んだ姿、塀に体を任せ上体をブラブラとさせている危なっかしい姿もある。

 死んでいるわけではないのなら、眠っているのだろうか。アピスの砦よりも数倍大きなこの場所には、十隻を越える船が停泊していた。どの船にも立派な砲台がついている。その砲台は火を吹くこともなく、それどころかこちらを向くこともなく、静かにわたしたちの視界から消えていった。

 虎白さまたちは周りの敵船団に興味すら示さず、船首の辺りに寝かせられた大きな鏡を覗き込んでいる。そこに映り込んでいるのは夜空ではなく、どこか遠い風景だった。

 リンさんに習ったことがある。『縮地』という彩謌はルオンを介すと一瞬で間合いを詰めることができる術だけど、ルオンを介さないとああやって鏡面にどこかの風景を映し出すことができるのだと。

 恐らくあそこにはイグニアヘイルまでの航路やイグニアヘイルを映しているのだろう。彩謌にも有効範囲というものがあるので、果たしてどのくらい近付けば兎緋を映し出せるのかはわからないけど、ハクトにいるときよりは敵地の様子をつぶさに観察できていると思われる。

 用意は万全だ。わたしたちは必ず勝てる。すんなりと兎緋を討ち取り、その魂をわたしか虎白さまが引き受けることで、イグニアにも平和が訪れるはずだ。

 わたしはそう信じて疑わなかった。実際にイグニアヘイル占領作戦が開始するまでは。

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