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衰退世界の人形劇  作者: 小柚
中巻

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第十六章(5)

「しかし、なんで金凰はあんなに狼狽えていたんだろうな」

 虎白さまが起きるまでの時間に、わたしとルカさんは近くを視察しながら先ほどの戦闘について語り合った。

「腕からの出血が止まらなかったようです。傷口がさらに開いているように見えました」

「どうしてそんなことが起きたんだ? 虎白がなにかやったのか?」

「恐らく、ナイフに毒が塗られていたんだと思います。色々な毒の研究をしている国があると昔、どこかで聞いたことがあります。ハクトのことだったのかもしれません」

「毒? どこでそんな話を聞いたんだ? 物騒だな……」

「え……」

 わたしはルカさんにしかめ面を向けられ、ふと言葉につまる。確かに、そんな話を一体どこで聞いたんだろう。マグノリアに問いかけてみるけど、彼女も知らないと言う。

 おかしいな。確かにそういう話を聞いて、実際に仕入れた記憶がある。飾りがついた毒入りのナイフを二本商人から仕入れて、一本をオズワルド君に託したのだ。

 そこまで思い出して、わたしは吐き気に襲われた。おかしいわ。わたしはオズワルドさまからそのナイフを貰ったのではなかったかしら。どうしてわたしが仕入れたと思い込んでいるの?

「どうした? カノン」

「いえ、なんでもありません……」

 ルカさんは首を傾げたけど、深く追及せずに元の話題に戻った。

「虎白は司彩に毒が効くことを知っていて、準備していたってことか」

「入念に準備されていたシナリオなんですね。虎白さまは底が知れないです……」

「そうだな。敵には回したくないな」

 ルカさんは指を噛んで少し落ち着きがなさそうにそう言ったので、今度はわたしが首を傾げる。

「スイさんは大丈夫と言っていたじゃないですか。虎白さまは神さまに愛されているからって……」

「そういうことじゃない。あいつが金凰になるかならないかは別にどっちでもいい。俺が言いたいのは……」

「? 言いたいのは?」

「…………」

 ルカさんはハッと目を見開き、視線を泳がせる。その不自然な様子に、わたしはおぼろげながら理解した。

 もしかしたら、ルカさんにも起こっているのかもしれない。わたしと同じ、記憶の混同が。前世の記憶を持つ白子は皆、多かれ少なかれ同じような苦しみに苛まされるのかしら。怖くなったわたしは深く追及せずに、にっこりと微笑んで見せた。

「なんでもいいです。とにかく虎白さまは大丈夫ですよ。そろそろ起きるんじゃないですか」

「そ、そうだな……」

 原っぱのほうから歓声が聞こえたので、わたしたちはそちらに向かう。歓声を上げる仲間たちの中心で、虎白さまが目を覚ましていた。彼の髪の毛は金色に染まったままだったけど、目は以前と同じ虹色で、わたしは心の底からホッとした。

 なんとなくだけど、目の色が意識と直結している気がしていたから。目の色が同じであれば、あれは金凰ではなく虎白さまなのだと思うのだ。

 目覚めたばかりの彼は、少しの間焦点の合わない目をしていたけど、すぐ隣に控えていたリンさんを認めて口を開いた。

「リン。俺はどのくらい寝ていた?」

「一時間程度です、虎白さま」

「それなら問題ない。行くぞ」

「ど、どちらに向かわれるのですか、虎白さま……」

「クラウディアヘイルだ。船を出せ」

 仲間たちは一瞬だけ戸惑いを見せたけど、すぐに『はい』と声を揃えて言い、勢いよく立ち上がる。虎白さまは楔樹の方へと向かい、ウロの前で立ち止まった。

 ウロはなぜだかグニャリと変形し、地上から離れた位置へと移動している。わたしは樹を見上げて思った。

 もしかしたらこの樹は少し成長したのかもしれない。虎白さまを"頭"にすることによって……。

 ウロから何人かの人が飛び降りてくる。それは謁見の間の柱の側に控えていた金凰の人形だった。

「虎白さま! 危険です!」

「危険はない。俺の人形だ。獣人と話を付けるために使う」

 しなやかな動きで着地した人形たちは、ギラギラと光る金色の目を細めながら、にこやかに会釈した。仲間たちはたじろいでいる。あまりの急展開に、みんな頭が付いていけていないようだ。わたしだって同じようなものだったけど、他の人よりは理解が追い付いていたので冷静でいられた。

「船に戻りましょう、リンさん」

「は、はい、そうです、そうでした……」

 わたしが話しかけてようやく、リンさんたちは歩き出す。人形を引き連れる虎白さまに追い付いて、入り江に停泊していた船に乗った。

「俺はクラウディアヘイルで降りる。一週間ほどで戻るから、皆はハクトに戻っていてくれ」

「そ、そんな。お一人で向かわれるのですか?」

「危険です、虎白さま」

「危険などない。俺はもう金凰、いや、金鳳だ。クラウディアは俺の国だから、心配するな」

「…………」

 みんながみんな、複雑そうな顔をしている。

 金髪になった虎白さまが、虎白さまのままであることは疑いようもない。だけど、底はかとない違和感が付きまとい、どう対応していいかわからないという感じだった。

 クラウディアヘイルで船の積み荷を全て下ろし、虎白さまは人形とともに去っていく。わたしたちは獣人の兵士たちに追いたてられるようにして港を離れた。

 ハクトまでの二日間、誰もが言葉少なく重苦しい顔をしていた。

「ニト。私は今日初めて、虎白さまに意見したくなりました」

「私も……」

「虎白さまはああ仰いましたが、本当に帰ってきてくださるのでしょうか。そのままクラウディアの王として玉座に収まってしまいはしないでしょうか」

「わからないよ……リン」

「わかりません。虎白さまが何をされたいのかがわかりません……」

 ハクトに戻り、出迎えてくれたファイさんたちカミノタミ派の面々に、リンさんはありのままを報告する。ファイさんたちも驚いていたけど、リンさんたちとは全く違う反応を見せた。

「そうですか。ついに虎白さまも司彩になられましたか」

 ファイさんは嬉しそうに呟く。どうやらカミノタミ派はこの事態を好意的に捉えているようだ。

 これから忙しくなりますなどと言いながら、彼らはハクテイに戻る。わたしたちはリンさんから帰宅を許されたので、数日ぶりにお家に帰り付くことができた。

 それから四日が過ぎ、約束通りに虎白さまは帰ってくる。リンさんの懸念は杞憂に終わったわけだけど、ハクテイには斜め上の事態が起きていた。

 ウィスさんから報せを聞いたわたしは、虎白さまに会うためにハクテイへと参上する。そこでは驚くべき光景が広がっていたのだった。

「あ、あの……ウィスさん。皆さん、なにをやっているんですかね?」

「工事をしています」

「工事……ですか」

「新しい設備を導入するそうです。クラウディアの研究所と同じものだそうです」

「は、はぁ……」

 ハクテイの殺風景な庭にはたくさんの資材が置かれていて、顔に毛が生えた大工さんたちが設計図を見ながら作業を進めている。

「獣人さんがたくさんいますね」

「クラウディアヘイルの研究者さんたちらしいです。彼らはハクトよりも進んだ技術を持っているそうです。金属工芸や生物に関する研究が特に進んでいるようです」

「はあ……」

「ハクトからも何人かクラウディアに派遣することになるようです。主に製紙技術を持つ人ですが……。ハクトとクラウディアは名実ともにひとつの国になるらしいです。ハクテイはもう大混乱ですよ……」

「でしょうね……。それで、虎白さまは?」

「あちらです」

 ウィスさんの指差すほうを見ると、獣人さんと話している虎白さまの姿が見えた。

 金色をしているけども、いつものようにざんばらにした髪とラフに着こなしたカミノタミ風の黒い衣装が目に入り、安心感を覚える。

 わたしたちは彼のもとに駆け寄り、緩く礼をした。

「お、カノンとルカ。先日は世話になった。よく働いてくれた」

「いえ、虎白さま……。何も出来なくてすみませんでした」

「そんなことはない。万事上手く行った。お前たちのお陰だ。感謝する」

 快活な笑顔を見て、わたしは胸のつかえが取れたようだった。周りの慌ただしい様子は気になるけども、とりあえず虎白さまが笑っているのだから大丈夫なのだろう。

「カノン。すまないが、アピスヘイルの件はもう少し後になりそうだ。まだひとつ懸念点が残っていてな……」

「懸念点ですか?」

 虎白さまは頷いて、少しだけ眉を潜めながらこう答える。

「イグニアだ。クラウディアとハルムに挟まれた国なのだが、どうも雲行きが怪しい」

「イグニア……」

「少し様子を見たい。ハクテイもこんな状態だしな。待ってくれるか?」

「は、はい。虎白さまが忘れないでいてくれるなら、わたしはそれで大丈夫です……」

 そう答えたけど、一瞬だけ不安な気持ちがよぎった。待つのは一月? 数ヶ月? まさか一年も待てなんて言わないわよね……。

「これからも有事が続く。今まで通り夜は演習に来てくれると助かる。お前たちは彩謌隊としても優秀だからな」

「はい、わかりました」

「では、よろしく頼む」

 虎白さまはわたしたちとの会話を切り上げて、獣人さんと向こうへ行ってしまう。何だか寂しい気持ちがしたけど、わたしよりも不安な精神状態に陥っている人がハクテイにはたくさんいた。

「リンさん、大丈夫ですか?」

「え? あ、はい、すいません。えっと、何でしたっけ」

「この彩謌はどんな効果をしているか、ですよ」

「ああ、そうでした、そうでした。これは『縮地』といいまして……」

 その晩からわたしたちは、リンさんとニトさんに新しい彩謌を習うことになった。

 初めの内はいつも通りのリンさんだったけど、時間が経つにつれボンヤリと何かを考え込むことが多くなる。それはニトさんも同じだった。わたしたちの隊のもう一人の仲間のカリナさんも、使節団で一番の老け顔だったマグニスさんもそうだった。

 サイグラム派の人たちは、獣人と仲睦まじくする虎白さまにモヤモヤした思いが隠せないようで、事あるごとに獣人たちの愚痴を漏らしていた。

 あまり良い雰囲気ではないなと思ったけど、その内に解決するだろうとも思っていた。

 何だかんだ言っても、みんな虎白さまのことが好きだから。虎白さまがやれと言えば、どんなことでも黙って従うのだから。

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