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衰退世界の人形劇  作者: 小柚
中巻

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第十一章(5)

 わたしたちは兵隊に連行されるようにして砂漠を進んでいく。辺りの砂煙は、魔法が解けたかのようにいつの間にか消え去っていて、眼前には立派な砂色のお城があった。

 近付くにつれ、それが本当に砂で作られたようなチャチな造形をしていることがわかる。のっぺりとした外壁と、穴を空けただけの簡素な窓の建物に囲まれて、信じられないくらいに巨大な幹が空に向かって伸びていた。

 樹は日の光を受けてオレンジ色にキラキラと輝き、同じようにキラキラ輝く砂の粒を雨のように降らせている。そこは、藍の都に負けず劣らず風光明媚な場所だった。

 折角の風景なのに、わたしたちはそれを楽しむことすら許されず、固く冷たい甲冑におしくらまんじゅうされながらお城へとなだれ込んだ。階段を上ったり下ったりしながら、よくやく目的の場所に辿り着いたらしい。怪物の口からペッと吐き出されるようにわたしはとある部屋の床に顔面から着地した。

「痛い……」

 ぼやきながら体を起こすわたし。

 そこはとても殺風景な部屋だった。砂色のざらざらした床と壁には何も敷いておらず飾りも何もない。手作業で四角に掘り出されたかのような窓から、青空といくつかの三角屋根が見える。この部屋はとても高い位置にあることが、その情報だけで把握できた。

 床と同じ砂色のテーブルと椅子が窓の前に置かれていて、そこにひとりの人物が座っているのが見える。逆光で顔がよく見えなかったけど、とても小さな体つきで、わたしよりも歳若い子供のように思えた。

 その子供は、似つかわしくないほどふんぞり返って椅子に座っており、おもむろにわたしを指差して言った。

「いつまで地べたに座っておるのだ。情けない。早う姿勢を正せ、貴様も司彩なのだろう!」

「は、はい!」

 わたしはつい返事をして立ち上がる。多分わたしに向けられた言葉だと思ったからだ。目の前の男の子は満足そうにニヤリと笑うと、わたしから視線をずらす。わたしの隣に立っていたスイさんに注意を向けたのだろう。

「こやつがさっき言っておった代替りした藍猫か」

「そうだよ、橙戌。なんだか変わった子だろう」

「確かに奇妙な風体じゃ。見た目は白子ながら藍猫の臭いがまとわりついておる」

 この男の子が橙戌さまなんだろうか。クンクンとにおいを嗅いでいる彼の、あまりにも幼い容貌にわたしは戸惑っていた。

 雲によって日が陰り、今は彼の姿がよく見える。彼は本当に幼い顔立ちをしていた。くりくりと丸く大きい瞳は綺麗なオレンジで、フワフワした濃い茶色の髪に、一房だけ白い髪が混じっている。

 鋭いギザギザの歯がちょっと狂暴そうな印象を受けたけど、それ以外は普通の可愛らしい少年にしか見えない。彼は目の前のテーブルに置いてあったいくつかの玩具を小箱に片付けながら、スイさんと話を続けていた。

「それで、この藍猫のせいで今クラフティの気候が乱れているわけか。手足に少し偵察をさせたが、いくつかのオアシスが干上がっておるようだ」

「元々アピスの辺りは常雨の土地だったじゃないか。それを藍猫が無理矢理ねじ曲げていたから、その反動だろう。フリンジでも今後乾気に襲われるかもしれない。すでに各所で藍素の停滞が観測されている」

「思い出した。ハルム北部の乾燥地が百年前に水没したのは、藍猫の仕都への過保護のせいだ。そう儂が抗議をしたのは何十年前じゃったか。先代の藍猫はヘラヘラして誤魔化しおって……あの時もっと問題視しておくべきじゃった」

「百年間の藍素の滞留は、数日では平衡に達しないよ。早々に藍猫を起こして対応させないとまずいかもしれない」

「それで、この小娘をどうするつもりなんじゃ、狐翠よ」

「どうしようか悩んでいるところでね。君ならどうするかい? 橙戌」

 ふたりはわたしに目を向け、なにかを熟考しているようだ。わたしは怖くなって視線を泳がせる。ルカさんはどこにいるんだろう。兵隊さんたちに連行されている間にはぐれてしまった。ルカさんはこの部屋にまだたどり着けていないようで、どこにも姿を見つけられない。

「儂は司彩の代替りに他の司彩が介入することを好まんよ。事故があるやもしれぬし……。自然な代替りであるなら放置しておけば良いのではないか」

「さっきは私を殺そうとしたじゃないか。代替りさせてやるとか言って」

「貴様は気に食わんから仕方ない。その内また奇襲を仕掛けるかもしれん、心しておけ」

「怖いなあ。注意しておくよ」

「白子も近頃では貴重な資源じゃ。少々欠陥のある小娘であっても、無駄にするのはよろしくなかろう。なに、その内藍猫も起きてくるだろう。数年くらい様子を見ようじゃないか」

「君がそう言うなら、私に異論はないよ」

 なんだかよくわからないけど、ふたりの意見はまとまったらしい。スイさんはふらりと窓際の方に足を向け、橙戌さまはわたしに向けて手招きをする。

「藍猫。折角来たのだから、ゆっくりしていけ。貴様にとっての初めての仕事じゃ。外交じゃ」

「は、はぁ……」

 わたしは招きに応じて、彼の向かい側のソファーに座る。それは砂で出来ているような見た目だったけど、座り心地はフカフカのクッションみたいで驚いた。

「藍猫。貴様はゲームは得意か?」

「ゲーム?」

「ボードゲームじゃ。駒を動かして遊ぶんじゃ」

 ゲーム……。わたしは記憶を掘り起こす。

 木版に格子状の模様が彫ってあるものに、黒と白の駒を並べて遊んでいる平民のおじさんたちを見たことがあるけど、ああいうやつかしら。

「そういうやつじゃ。貴様はやったことがないのか。よいよい、儂がちゃんと教えてやるから」

 橙戌さまもわたしの頭の中を読むことが出来るらしい。あまり変なことは考えないようにしよう。わたしは橙戌さまがテーブルの上に用意する道具に全神経を集中した。

 彼がまずテーブルに敷いたのは、立派な大理石の石板だった。格子状の線が彫られているのはわたしが知っているものと同じだったけど、こちらのものには金箔が埋め込まれてあって豪華さが段違いだった。

「このゲームは『ラージャ』という。ハルムの平民どもが作ったゲームじゃ。このボードと駒は仕都の民に献上させた。なかなかの逸品じゃろう?」

「はぁ……」

「ゲームは至って簡単なルールじゃ。貴様は儂の陣地にいる王を殺せば勝ち。儂は貴様の陣地にいる王を殺せば勝ち。王とはこの駒じゃ。頭に冠を着けておる」

 橙戌さまは目の前のボードに駒を乗せながら説明してくれた。王と大臣、象と馬、船と歩兵……と六種類の駒をわたしの目の前の二列に並べ、鏡対称に自分の前に駒を並べる。

「一マスにひとつの駒が置ける。他の駒を同じマスに置きたいときは殺して退けねばならん。歩兵は歩兵と馬、大臣と王は殺せるが、象と船は殺せん。馬も同様じゃ。象と船は王と大臣を殺すことが出来んのじゃが、他の駒は全て殺せる。王と大臣は全ての駒を殺すことが出来る」

 橙戌さまは初心者用らしい、駒の動き方を説明する板をわたしに手渡してくれた。なるほど、歩兵はたくさんいるけど前方に一マスしか動けない。馬、象、船は二駒ずつあり、馬は斜めにニマス、象は前後左右に二マス、船は前後左右にまっすぐなら何マスでも進める。大臣と王は一駒ずつあり、大臣は前後左右に一マス、王は全方位に一マス進めるらしい。

「儂と貴様が交互に一駒ずつ動かして、先に王を殺した方が勝ちじゃ。簡単だろう?」

「多分、わかりました……」

「では早速始めよう! なにを賭けてやろうかの」

「賭け、ですか?」

「何かを賭けんとつまらんだろう。そうじゃな、儂が負けたらあの甲冑をやろう。人形に着せているものだ」

 人形……。わたしは入り口の先にひしめく兵隊さんたちを見た。フルフェイスの兜を被っているからわからないけど、あれも白子なのかしら。白子の儀式を終えた後の、冷たくなってしまった白子……。

「立派だろう? 金凰がくれたんじゃ。ゴーキンとかいうもので出来ておる。意外と軽いんじゃ」

「金凰がくれたのかい? それは凄そうだ」

「そうじゃ。金凰は貴様と違っていいやつじゃ。たくさん面白いものをくれる。もし儂らの中からテンシを選ぶ羽目になった場合は、金凰なら譲ってやっても良いと思うわ。冗談じゃがな!」

 スイさんと橙戌さまが楽しげに話していたけど、わたしは甲冑には全く興味が引かれなかった。

 そんなことよりも、わたしの脳裏には恐ろしい考えが浮かんでいた。人形というのが亡くなった白子を指すのであれば、この橙の都でも白子の儀式のようなものが行われていたことになる。

 ということは。スイさんは否定していたけど、司彩にとってやっぱり白子は食べ物であり、橙戌さまも彼らを食べていたということだ。しかも人数が藍猫さまとは桁違い。橙戌さまはこんな可愛らしい顔をしながらも、すでに何十何百もの白子の血をすすっている……。

「貴様には何を賭けてもらおうか」

「あの、ええと……わたし……」

「何でもよい。何か持っておらんのか」

 そう言われ、わたしは慌ててポケットをまさぐった。お財布には銀貨と銅貨が数枚入っている。駄目だわ、こんなものに神さまが価値を感じるとは思えない。パルフィートは駄目だ。わたしの宝物だから渡せない。あとは、懐中時計くらいのものだけど……。

「それでよい。なかなか精巧な品ではないか」

 またわたしの頭の中を覗いたのか、橙戌さまは現物を見てもいないのにそんなことを言い出した。

 これはオズワルドさまにいただいたものだ。長い間大切にしていたけど、今となっては要らないもの。これなら取られても問題ないわ。

 わたしはポケットから懐中時計を取り出そうとしたのだけど、何故だか手がピタリと止まる。何度も動かそうとするのだけど動かない。

「すみません、これは大切な人からの贈り物でして、差し上げられません」

 あまつさえ、わたしの口から思ってもみない言葉が飛び出して仰天した。

「差し上げるのではない、賭けに使うのじゃ。取られたくないならゲームに勝てばよい」

「でもわたし、一度もやったことがないのに勝てるわけありません」

「大丈夫じゃ。手加減してやるから」

「手加減なんて曖昧なものじゃ困ります」

「わかったわかった、狐翠に助言をもらってもよい。狐翠、手伝ってやれ。間抜けな手を打たんように」

 スイさんはやれやれと言う風に首を振りつつも、窓枠に背中を預けて盤面に目を向けてくれる。

 真面目にアドバイスをしてくれるのかは甚だ疑問だったけど、勝っても負けても大して支障はない。

「わかりました。では、勝負をお受けします……」

 気楽にやればいいと思いながら、わたしはそう答えた。そして橙戌さまによる第一手をぼんやりと眺めた。


 

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