ハラムビジネス 4
絢爛な円卓院の扉を潜ると白亜で造られた神殿の様な部屋が現れた。灯りは薄暗く、どことなく厳かで神聖な雰囲気を感じられる。
中心に置かれた大理石の机はその存在感を主張しており、過去の膨大な歴史の中でどれほどの物語が刻まれたのか、感じさせる風格があった。
天井を仰ぐと、日と大地と二人の神を表した肖像画が描かれていた。片や、聖杯を掲げており、片や杖を携えていた。ベルファンド王国が信仰する神であるリースライトと、このセインブルグ王国が信仰する大地神のコーリアガイアの御姿らしいが、カーリアリアはその絵を美麗と感じることができなかった。過去にその旨をグランクに伝えると当時の高名な芸術家が描いた名画だと教えられた。青空教室の子供が手持ちぶたさに描いた落書きの方が上手に見えるのに芸術とは難解なものだとカーリアリアは思ったものであった。
カラールストンという最高品質の大理石を当時一等の職人が丹精と手塩を込めて加工した巨大な円卓の座にはすでに顔触れがそろっていた。
まず、目に入ったのは大柄な獅子の亜人であった。いや、獅子の亜人というのは間違いである。彼は血統の証明されたセインブルグ人で純粋な人間であった。
カーリアリアの目から見て、獅子の亜人と紹介されても疑う事もないと思われる眼光鋭き屈強な男性はバナン=バルザックであった。今日もジャケットタイプの高官用に仕立てられた軍服に身を包む。
バナンは、カーリアリアの姿を見ると立ち上がり、敬礼をした。隣に座っていた二人もそつなくそれに倣う。草原で眠っていた獅子を起こしてしまったような威圧感があった。
お世辞にも賑わっているとは言えないこの不毛な議会に顔出す利など無いのに、密会のような形でこのような場に参加していたら快く思わない者もいるだろう。彼ほどの人物ならそれが判っているはずである。それなのに、部下に任さず、なぜこのような場に足を運ぶのか、カーリアリアはその真意が分からなかった。
隣に並ぶのは、軍部の総大隊長補佐官である二人であった。ゼナン=フェルランドゥとフォルス=クレイレンである。
ゼナンは濃く赤みがかった髪の美青年であり騎兵大隊の高官らしく鍛え上げられた体躯をしている。身長も高く、歳相応以上の落ち着いた大人の印象があるのできっと女性にもてるのだろうとカーリアリアは勝手に思っていた。ただ、騎士には衆道が多いという噂もあるが。
対するフォルス=クレイレンは藍みのある黒髪で身長は低く、魔術師らしい肉付きの無さである。もちろん魔導大隊は軍なので魔術を用いて戦をするにしても戦場で十二分に活躍できるように、騎兵大隊と同様の訓練は行っている。肉付きが無いのは単純に本人の資質なのだろうとカーリアリアは思う。
二人とも軍の高官が着用するジャケットタイプの軍服に身を包んでいる。ラファール小隊長には一生縁のない代物だ。
ファラリスとセリナの姿は今日もない。二人とも大隊の統括を担っている。周りが想像する以上に忙しい役職というのはカーリアリアも強く理解していた。大隊規模における最終決定権を持つ二人は責任を負うことが大きすぎる。
セリナは十代から数え、すでに軍に十余年所属しているので、様々な経験を得て、勝手知ったるといったところだろうが、ファラリスなどまだ十代の半ばなのによくやっているとカーリアリアは感じていた。あの歳で数千人の命に対して重責を負うというのは中々出来る事ではない。
上座を挟んで対面にはバッファがいた。アークガイアの都市運営に置ける統括。眼鏡をかけた初老の男性である。年齢は四十代の半ばと聞いている。中肉中背で身長は六トゥース弱。バナン将公やゼナン総大隊長補佐官よりは気持ち背丈が低いが、セインブルグ人としては長身と扱っても良いだろう。今日も品の良いグレーのコートを身に纏っている。
そして、その隣にはカーリアリアの見知らない男性がいた。いや、実際に本当に見知らぬわけではなかった。おそらく、なんらかの公務の時に顔を合わせたことがあるのだろうが、いつ顔を合わせたかは覚えていなかった。その程度にはバッファの隣に座る男性の顔を覚えていた。
軽く隣を見やると、グランクとは面識があるらしかった。なるほど、と、妙に納得した表情をしていた。実際に口には出していないが態度で察することができる程度には彼との付き合いも長かった。
歳の頃ならば、バッファと同世代だろう。同じく初老なのだろうとカーリアリアは察した。年齢を重ねているので少し皴のある顔立ちだが、若かりし頃はさぞ女性にもてたのだろうと思えるほどには端正であった。短めのブラウンヘアーにも瑞々しい艶が残っている。
身に纏っている制服にも見覚えがあった。王都治水院、つまりは区役所の職員が身に纏う制服であった。おそらくはバッファの部下なのだろう。そして、グランクが見知っていた事、ここに召喚された事からもそれなりの身分なのだろうとカーリアリアは察した。
バッファは慌てて立ち上がり敬礼をする。この落ち着きのなさが本来の有能を曇らせる原因になるのにとカーリアリアは思う。偉いのだから憮然と構えていればよいのである。歳の若い小娘の女王にへりくだる必要はない。他の貴族たちのように白い目で蔑めば良いのである。
と、思いながらもやはり、こうして敬意を示してくれる忠臣にカーリアリアは悪い気がしなかった。グランクの直属であることも理由なのだろうが、良い男だとカーリアリアは感じていた。
「陛下。本日もご壮健そうでなによりです」
バッファが恭しく挨拶をする。丁寧な所作が几帳面さを表していた。カーリアリアは微笑で彼の誠意に答える。
隣のグランクが厳格にバッファに問う。
「バッファ=ザーフィス治水院総長。本日は女王陛下に進言があると事前に聞いているが、その詳細な報告については一切流れてきていないのだが」
グランクの圧のある物言いにバッファが恐縮する。グランクももう少し物腰柔らかにものを言えば良いのにと思うと同時に、バッファも卑屈にならずに堂々とするべきだともカーリアリアは感じた。バッファはグランクの圧が苦手なのかしどろもどろになりなが答える。
「いえ。事前に書面で概要を話して変な誤解を招くより、この場で当人に全てを説明してもらった方が万事つつがなく進行すると思いましたので、事前説明は控えさせていただきました」
「前もってある程度の情報が無ければ、いざ状況の判断をする場で困るのはこちらなのだ。仔細判断に当たって実際の場で状況が止まってしまう恐れもあるのだから、事前に情報を流してもらわなければ困る。精査が遅くなる」
「いえ。申し訳ありません」
「この場で話すという事は、別に秘密裏にしておかなければならない事でもないだろうに。それで。今回議題として提示された案件は、そちらにいる区長と関係はあるのかね?」
そこで、カーリアリアは気付く。バッファの隣に立つ男性の正体に。
会ったことがあるはずである。彼はクリュール区の区長を務める男性であった。正確には王都治水院クリュール区役院長という役職を持つ。区の自治における総括の役割なので必然的に公の場に顔を出すことも多い。
端正な顔立ちの初老の男性は女王を前に敬意を忘れず、恭しく礼をする。
「陛下。本日はこのような場を用意していただき誠にありがとうございます。私のような者の為に陛下の大事な時間を頂けた事、感謝の極みにございます」
男性の慇懃な挨拶にカーリアリアは戸惑いを隠せない。勿論、臣下の前で顔に出すような愚行はしないが、目の前の男性の名を思い出せずに困惑しているというのが本音であった。
ただ、そこはさすがグランクである。即座に王の困惑を察し、さりげなく支援をする。
「久しぶりだな。ライナス=ノーヴ=ランリュート区役院長。壮健そうで何よりだ。クリュール区の飲食事業の発展は他領や他国からも評判良いと聞く。下賜された職務において十二分に活躍しているようだな。なによりだ」
「恐れ多く存じ上げます」
そこでカーリアリアは納得した。ノーヴという爵名から男爵位なのだろう。爵名だけで領名がない事から領土運営は行っていないと察することができる。
グランクもさすがに、ライナス区長にまで苦言や嫌味を申したりはしない。あれは直属であるバッファだから行っているのである。グランクにとっては一つの区を統括する人間とて末端の部下の一人なのである。老齢で身分の高い人間がグランクに恭しく頭を下げる光景を見る度に、なぜこのような偉い人間が自分にかしずいているのかとカーリアリアは度々疑問に思う。
それはさておき。
「ライナス区役院長。バッファから本日は提言があると聞き及んでいます。年端もいかぬ未熟者ですが、私のような矮小な者の力であれば、なんなりとお使いください」
「いえ、もったいないお言葉。痛み入ります」
ライナス区長はカーリアリアの言葉に、狼狽と共に答える。
さすがに、名前を憶えてすらいなかったとは言うまい。公務の中では矢継ぎ早に様々な人間が現れるので人の名と顔を覚えるだけでも一苦労である。グランクがいなければ今頃、ボロが出ていたに違いない。
ちなみに、今のあからさまな謙遜に対して「そすね」と答えると不敬罪で最悪、死刑になるらしい。間抜けな返答で死刑になる方もなる方だが、死刑にさせてしまった方も目覚めが悪い。常に臣下が暴言を吐かないように祈る。女王家業も気苦労が絶えない。
そのような人知れぬ思案をしていると、ライナス区長が口を開く。
「実は、このような場を頂けた事に対する僅かばかりの感謝の意を示したく思い、心ばかりの品を用意させて頂きました。恐縮ですが、お納め頂けたなら誠に嬉しく存じ上げます」
ライナス区長の言葉を受けて補佐官の一人がキリノキの箱を運んでくる。キリノキとは珍しいとカーリアリアは思った。シフォンを原産としている希少な樹木で、王侯貴族でも贈与品の際に用いられることが多い。
ちなみに、円卓議会ではこのような贈与品は基本的に受け取らないことになっている。贈賄罪として本来、円卓議会が目指す公平性、誠実性を失うからである。ただ、だからといって無下に返すのも忍びないと感じ、カーリアリアはグランクを横目で見た。グランクは、「受け取ってはどうですかな」と目で言葉を返した。厳格なグランクにしては随分と緩い対応だと思うが、無下にするのも人情に反すると感じたのかもしれない。融通の利かない中に、そういった微妙な遊びがあるのが、彼が慕われる原因なのかもしれない。
カーリアリアは頷き、視線をキリノキの箱を運んできた補佐官に移す。補佐官は女王の意を察し、キリノキの箱を開いた。上蓋になっており、それを外すと中に入っていたのは。
「……」
カーリアリアが無言でキリノキの中身を見つめていると、ライノス区長は聞いてもいないのに語り始めた。
「ルグナルド連邦共和国で生産されたマルセムの飾り壺です。白磁の一品でお耳にされたことはあるでしょうか?名高き磁器職人であるテューリン渾身の作品と聞き及んでおります」
テューリンの名はカーリアリアも聞いた事がある。世界的にも有名な白磁器の大家である。マルセムの飾り壺に関しても良く知っていた。豪商や王侯貴族が自らの屋敷の装飾の為に購入するような代物である。グラン・ゼ・アートの本殿にもいくつか置かれており、白磁器にはそこまで明るくないが、高価な物だと白金貨が数枚動くとも噂されている。
ライノス区長が持って来てくれた物はさすがにそこまで高くはないだろうが、大金貨数枚、一般的な平民が半年は暮らしていける程の金額は最低でもするだろうというのがカーリアリアの見解であった。間違っても壺預金の為になど使ってはいけない。中の硬貨よりそれを収納する箱の方が高いなど笑えない。自分だって本殿の私室にある白銀であしらえた宝石箱にそこらの露店で買ったアミュレットを入れたりなどしない。
「もしや、お気に召しませんでしたかな」
壺をじっと見つめ、無言を貫くカーリアリアの態度に、ライノス区長は気分を損ねてしまったのかと要らぬ気をもむ。無用に客人に気を使わせてしまった事に罪悪感を得て、カーリアリアは慌てつくろう。
「いえ。有難く頂戴いたします。あまりにも見事な彫刻なので見惚れてしまいましたわ。この審美眼がクリュール区の運営にも活かされているのでしょうね」
「勿体なきお言葉。胸に刻みます」
ライノス区長はカーリアリアの情が含まれた言葉に恭しく頭を下げた。
いや、別に贈り物に不服があったわけではない。むしろ、このような場で悪戯に彼に気を使わせてしまったことにすら申し訳なさを感じる。ただ、壺かあ、と思っただけなのである。
カーリアリアの左手の人差し指一本で数える足りるほどの数しかいない友人の一人が、壺収集癖を持っていて、露店で安い壺を見つけては買ってくるというまことに救いようのない悪癖があった。一度、バックヤードの彼女の私室を見せてもらったことがあるのだが、棚一面に並ぶ陶磁の壺を見た瞬間、軽いめまいを覚えたのも記憶に新しい。なので、カーリアリアは最近、壺を見るたびになんともいえない微妙な気持ちになるのであった。
ただ、せっかくもらったものである。今度、その友人に日頃から世話になっているお礼と、この壺を贈ってみるのも一興かもしれない。普段、ルーデンス市で安物の壺ばかり買いあさっている彼女がこの飾り壺を見たらどのような顔をするのだろうか。それも又、見ものである。
「陛下。そろそろ」
グランクが、背後から声をかける。
会の開催を促しているという事を、彼のさりげない一言から察することができた。この場に参加している一同は皆、要職の者であり、多くの責任が伴う業務の傍ら、時間を割いてきているのである。会の進行を遅らせて、悪戯に彼らの時間を奪うのは、善意から集まってくれた彼らの恩情に反するし、国益の損失にも繋がる。
カーリアリアは一つ頷き、声を発した。
「では、議会を始めることにしましょう」
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