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三人組と支配者たる貫禄

休日の昼下がり——結衣ちゃんは居間でリゼとお勉強、リナは道具の手入れをしている。僕はみんなの様子が見える位置に置いた椅子に座っているが、みんなの様子は全然見えない。代わりにすごくいい匂いに包まれている。「なあ、リサ。降りてくれないか?」「いやです」いつもは僕の膝にリゼが座っているが、今日はリサが座っている。そして、なぜか拗ねている……

「機嫌が悪いのか?」「いいえ、マスターが最近かまってくれないので寂しいだけです」ほぼ毎日かまっているが、リサの記憶にはないのだろうか?まあ、今の会話で機嫌が悪いというのは理解できた。「ところで、リゼは結衣ちゃんに何を教えているんだ?」「英語です」英語を教えている割にはキャッキャと楽しそうな声が聞こえてくる。「勉強している割に楽しそうだな」「リゼは教え方が上手です」そうなのか、意外な一面を見た気がする。

しかし、僕の感覚では、英語は中学生から習うものだが。「英語は早くないか?」僕が問いかけるとリサは「いいえ、語学学習に早すぎるということはありません。それに、適した時期を待っていると、どこかのマスターのように童貞をこじらせてしまいます」と、ため息をついた。どこのマスターか容易に理解できるが、英語どころか学習というくくりにも関係ないだろう。

「親方、これでいいだろ?」リナが片付け終わった道具を見ろと言っているのだと思うが、リサが邪魔で見えない。「いいと思うよ。リナにまかせておけば安心だよ」「にひひひ、そうか。親方にそう言われると嬉しいぞ」リナは僕と仕事に行くだけでなく、簡単な仕事は一人でもこなせるようになってきて、頼もしい。おかげで厚化粧の婆さんの家に行く回数が減って助かっている。

居間からは「リゼちゃん、ずるいー」と結衣ちゃんの楽しそうな声が聞こえてきた。想像するだけでありがたい光景を、ぜひこの目に焼き付けたいが、リサの頭しか見えない……

「ところでマスター、昨晩はなぜリナがマスターの部屋にいたのですか?」リサは何を言い出すんだ?昨日は一人で寝たけど……そうか、リナのやつ忍び込んだんだな……「勝手に入ってきただけだろ。リナは姿を消して入ってくるからな」「しかも全裸でした」なに?全裸だと……昨晩寝落ちした自分を怒ってやりたい……

リナがリサの前に立ち、微笑んでいる。「全部脱がないと完全に隠蔽できないからな」どことなく含みのある言い方だが……まさかブックス竹光で買ったエッチな本を探していたのか?早めに処分しておいてよかった。

しばらく静かになっていたリサが、リナに「まあいいです。でもなぜリナはマスターの部屋に入っていたのですか?」と問いかけると、リナは満面の笑みを浮かべて「じゃあ、リサはなんで深夜に親方の部屋に忍び込もうとしたんだ?」と言い返した。ん?言われてみれば、リナが僕の部屋に勝手に入っていたのを知っているリサも、僕の部屋に入ろうとしたのか。

「昨日のリサの様子を見てて気づいたんだぞ。だから親方の童貞を守るために隠れてたんだ」そうだったのか。リナは僕が魔女っ娘になるためにリサから守ってくれたんだな。忍び込んだことは後で注意するつもりだったけど、今回は大目に見よう。「寝てる親方にチューしたけどな」——やっぱり後で注意しておこう。

それより、うつむいて黙り込んでるリサが少しかわいそうになってきた。「あのさ、リサ。忍び込まなくても隣に寝るくらいなら全然いいよ」リサも寂しいって言ってたし、これくらいは妥協してもいいだろう。話をしながら寝るのも大切かもしれないと思い、声をかけたが、リサは「ダメです!」と言い返してきた。喜ぶかと思ってたけど意外だったな。

「夜這いでマスターの童貞を奪うのが目的ですから」何言ってんだコイツ……「もしくは、マスターが野獣のように私に襲いかかってくるとか……いずれにしても滾ります!」リサはなんか変なものでも食べたのだろうか?「にひひひ、リサはシチュエーションを大事にするんだな」リナは理解したようだが、僕には理解できない。

そういうのって、なんかこう、もっとロマンチックで甘美な雰囲気の中で『本当に僕でいいのかい?』『私、大智じゃなきゃいやだから……きて』『——大丈夫?』『うれしい……大智……私は大智に染められちゃった』的なものじゃないのか?

「マスター、固くなった何かが私のお尻を刺激するのですが」リサの冷めた声で、僕は我に返った……しまった、想像だけで……不覚を取ってしまった。「リナ、マスターのズボンを脱がして、マスターの何がどうなっているか、確認しましょう」「いや、本気でやめてくれ」「おう、楽しそうだな!」リナは僕の後ろに回り込み、僕を羽交い締めにする。「リナも乗り気になるなよ」膝から降りたリサが不敵な笑顔で、両手をわきわきしながら僕に近づいてくる。


——チリンチリンと扉の開く音と同時に、リサの表情が曇った……僕を胸に抱きしめたリサが、小声で「マスター逃げてください。マスターの計画阻止を企む奴らが来ました……」とつぶやくと、すっと背筋を伸ばし店の扉の方を鋭く睨む。胸に抱きしめる必要はなかったと思うが、何かしらのカモフラージュだろう。おかげで一部が余計元気になってしまった……

「親方の後をつけてきたやつだ……間違いない」背後からリナの焦る声も届いた。「リサ、僕が逃げるわけにはいかない。結衣ちゃんを連れて裏口から逃げてくれ」僕の言葉を聞いたリサが、首を小さく横に振った。「ダメです。それなら、みんなで逃げましょう」だが、みんなで逃げればこの店は無防備になってしまう。まあ、取られて困るものはないが……

「この店はどうするんだよ」「マスター、ご安心ください。店は爆破します」安心要素はまったくないが、よく考えてみれば、そんなにやばいやつなのか?それなら単に警察を呼べばいいだけだろう。それとも警察も手出しできないほどのやつなのだろうか?

僕は静かに立ち上がり、店の扉へと振り返った。そこには、背の高い女性の左右に、マッチョの男とひょろっと背の高い男が立っている。それはいいが、その格好だ。

三人ともヴェネツィアンマスクをつけ、失敗したチョココロネのような形の帽子をかぶり、右のひょろ男はエナメル質の青色の全身タイツ、左のマッチョはエナメル質の緑のタンクトップを、中央の女性は同じくエナメル質の赤いハイレグスーツを着ている。リサと同じぐらい大きい胸に視線が吸い寄せられる。こ、これは……ある意味やばいやつが来たようだ……

僕はあえて冷静に三人に声をかける。「あの、今日は店休なのですが、急ぎの御用ですか?」一歩踏み出す際に、リナに小声で「しばらく時間を稼ぐから、四人で裏口から逃げて助けを呼んでくれ」と伝えた。満面の笑顔で三人に近づくと、左右の男はなぜかたじろぎ、中央の女性は僕の方をじっと見つめている。ヴェネツィアンマスク越しの視線をたどると……僕の元気な部分を凝視しているのが分かった。

——しまった……相手のことをやばいやつなんて言いながら、笑顔で女性の胸を凝視して、一部を元気にしている僕の方がよほど変態ではないか……こういうときはどうすればいいんだ……不自然に前かがみになったりすると、余計おかしいだろう……ここはあえて、股間の元気な部分に気づいていないふりをして堂々と振る舞うのが正解だ!


僕は胸を張り、少し腰を前に突き出して女性に微笑んだ。「どうしました?何かお困りごとですか?」と問いかける僕の前に、ひょろ男とマッチョが立ちふさがる。「リナ、今だ!」「おう!」僕の意図を理解したのか、リナがリサを抱え上げ、居間の方へと走り去った。「ダメです。私はマスターを……」リサの悲痛な声が届くが、僕は笑顔を崩さない。

リナを追おうとするひょろ男とマッチョの前に、僕は両腕を広げて立ちふさがった。もちろん、まだ股間は元気なままだし、なんなら目の前の胸から目を離せない。「くっ、さすがだねー。あたしたちなんて一人で十分ってことかい?あの三人を手に入れただけのことはある」ふっ、僕の男っぷりにあの女性も感心しているようだな。だが、これだけは声を大にして言っておく。「あの三人は、勝手に住み着いただけだ!」

僕の声を聞いてひょろ男が「そんな嘘が通用するわけないですよ」と鼻で笑った。マッチョが僕に一歩近づいて、「そうやで!あの三人はお前の意思に従って動いとる。ワイがお前を調べたんや」と凄んできた。もしかして、メランコリックの蒼井さんが言ってたマッチョって、こいつのことじゃないのか?そういえば、リナも僕をつけてた男だって言ってた。

「ところで、なんの御用ですか?」僕は落ち着いた口調で問いかける。もちろん女性の胸から視線を離せないままだ。「どうやらあの三人よりあんたをなんとかしなくちゃいけないね」僕をどうする気か分からないが、開き直った僕はすでに無敵だ。「へー、僕のことをどうするつもりだ」

「お前はなんの目的でこんなことをしてるのですか」ひょろ男が僕と女性の間に割って入る。「目的?僕はあなたがたがここに来た目的を聞いているだけです」近づく僕にたじろぐひょろ男は気を引き締めるように僕の前に立ちはだかるが、その肩を女性が引き、三人は円陣を組み、何かこそこそと話し始めた。


「エイダ様、あの男やばいですよ」「なんで膨らませてるんだい?」「ワイにもわからんで」「お前たちどう思う?」「この男で間違いないとは思います」「完全に制御してるように見えるんやで」「そうなると、やはりあの男をなんとかしないといけないね」「そうですよ。今の状況で無理に回収しても取り返されるだけです」「よし、あたしに任せな」「あれはエイダ様が原因かもしれませんよ」「気を付けてくれや。あれは常軌を逸した変態やで」


こそこそ話しているのが全部聞こえてるし、同じ変態同士じゃないか、僕を見習って堂々としてほしいものだ。ついでに言えば、元気になったのは僕が制御したからではないから、そこは訂正してほしい。三人は円陣を解き、女性が胸を持ち上げるように腕を組み、凛として僕の前に立った。漂ってくるいい香りとエナメルハイレグスーツを間近にした僕も、さらに元気になった。さらに僕は気づいた——女性の匂いって、人によって違うんだな……

女性が僕をじっと見つめ、「あんた……世界征服でもするつもりかい?」と放った言葉に僕は驚いた。もしかして、僕の計画が漏れたのか?「なぜ知ってるんだ……」思わずつぶやいた僕を見る三人の目つきが変わった。「お前は危険だね……」やばい、この女性は僕の童貞を無理やり奪い、僕が魔女っ娘になるのを阻止するために、こんな男を魅了するような格好で乗り込んできたんだ。


「私はエイダ。こっち二人はニコラとゴードン。あんたは?」「篠田大智だけど……」「そうかい、あんたは……」

「きゃー!リサママ、はやーい!」急に聞こえた結衣ちゃんの声に三人の後ろの扉に目を向けると、リサの一番星号が高速で横切っていった。その後ろをリナが、たぶん見えないだけでリゼも通り過ぎたのだろう。外に出てからかなりの時間が経ったと思うが、いったい何をしていたんだ?まあいい、後は助けが来るまで、この店と童貞を守りきれば僕の勝ちだ。

「あんたは私たちの敵ってことでいいんだね?」敵と言えば敵か……だが、僕は誰かと敵対する気はない。あくまで影の支配者として君臨するつもりだ。「僕は誰とも敵対する気はない。ただ……」「世界を手に入れるってことかい」やはりこいつらは僕が魔女っ娘になって人類を支配する計画を知ってここに来ている。もう隠すことは不可能だろう。「僕は……人類を影から支配する者になる」


——その言葉を聞いたエイダは目を細めた。『この男はやはりMAiDを利用して世界を征服するつもりなんだね……おそらくMAiDの全てを知り尽くしている。膨大な年月を費やして開発したMAiDをこんな短時間で理解するとは、只者じゃないね……』エイダは、大智への興味が自分の中で大きくなっていくのを感じた。


小さくため息をついたエイダが僕に向かって微笑んだ。「とんでもないことを考えているんだね。気に入ったよ」気に入った?いや、そう言って僕の油断を誘う気だな。しばらくの沈黙の中、僕の元気だった部分も少し落ち着いたようだ。

「きゃー!リサママ、すごいー!」再び一番星号が扉の向こうを横切った——帰ってきたのか?助けを呼びに行った割には早すぎないか?そもそもなぜ帰ってきたんだ?まあいい、もう少し時間を稼げば警察なり助けに来てくれるはずだ。


「どうだい?私たちの話を聞いてくれやしないかい?」「話?」「そうだよ。私たちはあんたのことを知り、あんたは自らの無謀さを知る必要がありそうだ」僕の無謀さを……そうか、魔女っ娘になれば、無謀と言えるほどの危険が生じる可能性がある……なるほど、この三人組は魔女っ娘になったらどうなるのかを知っている可能性が高いな。だが、ここで妥協するのは危険かもしれない。

「そんなことを知ってどうする?」「あんたの今の行動が危険だと理解してもらう」やはり、こいつらは知っているな。気にはなるが今は助けが来るまで時間を稼ぐのが優先だ。「まず、あなたたちは何者なんだ?正直に話せば、突然現れたセクシーな女性に僕は困惑している」エイダが少し視線を反らせた。そして、なぜか頬がほんのり染まっている。もしかして恥ずかしいのか?もしそうなら、少しは常識がありそうだ。

「私たちはMAiD回収チームとでも言っておこうか」——メイド回収チームだと……そうか、魔女っ娘のことをこいつらはメイドと呼んでいるんだな。僕が魔女っ娘になったら世界平和のために、僕はこいつらにさらわれる可能性があるのか。今は前段階として魔女っ娘になるのを阻止するために……ある意味、それも『回収』ではあるか。なるほど、理解できた……この世に童貞を堅持して魔女っ娘になったやつがいないのは、このような正義の組織が水面下で動いているからだな。

「私もひとつ聞いていいかい?」「なんだ?」「あの三人をどうするつもりだい?」あの三人?——リサたちのことか……どうするって言われてもな……勝手にやってきて住み着いただけだし……でも、今は結衣ちゃんのためにも必要な存在だからな……じゃあどうする?「そうだな……今後も必要な存在だから大切にする」「手放す気はないんだね?」手放す?何を言っているんだ……手放すも何も、勝手にやってきて住み着いているだけだぞ。


——カコーン……「やー!リナおねーちゃんのおにー」「結衣さん早く逃げてください」「我がリナから結衣姫を守る」「よーし、全員捕まえてやるぞー!」外から聞こえる声が、やけに楽しそうだ。みんなで缶蹴りでも始めただろうか……でも、その聞こえてきた声で僕は確信した。結衣ちゃんのためにあの三人は絶対に必要だ!


「手放す気はないな……」そうつぶやいた僕に、エイダがため息をついた。「やっぱりそうかい……想定どおりだよ」「だったらどうするんだ?」「なーに、手段を選ばないだけさ……」エイダが僕を見て浮かべた不敵な笑みに悪寒が走る。

「エイダ様、こいつを秘密基地まで連れて行きましょう」ニコラの不穏な提案に、「そうだねー、久しぶりに血が滾るよ」不安にくれる僕を見て、エイダが舌なめずりをした。ま、まさか僕をどこかに連れ去って、とんでもないご褒美……いや、拷問を加える気じゃないだろうか。思わず後ずさった僕を見て、エイダが笑った。まずい、逃げなければ……

「ゴードン!」その掛け声に僕はとっさに振り返り、全力ダッシュで裏口を目指す。「おっしゃー!ワイに任せるんやでー」と聞こえた声と同時に、僕はゴードンにものすごい力で羽交い締めにされ、引きずられるようにエイダの前まで連れ戻された。あー、僕はこのエイダを女王様と呼ばされ、彼女の気が済むまでお仕置きされた上に、童貞まで奪われ、魔女っ娘になることを阻まれてしまうのか……


——チリンチリン……扉が開く音に全員の視線が集まる。「げ、源屋さん……大丈夫ですか?」そこに立っていたのは肩で息をする金髪モヒカンの小豆沢さんだった……いったい、リサたちはどこに助けを求めに行ったんだ……

「おや、お仲間がいたとは驚きだね」……そりゃ、友達と呼べる友達なんて生まれてから今までできたことはないさ……だからといって驚く必要はないだろ……恋人どころか友達さえまともにできない僕の心を、エイダのひと言が深くえぐった。「ニコラ!」エイダの声を合図に、とっさに動いたニコラによって、小豆沢さんは一瞬で羽交い締めにされてしまった……彼は何をしに来たんだ?

それでも小豆沢さんは必死に抵抗している。意外と力が強いのか、ニコラを振りほどけそうな感じだ……いや、あのひょろ男が弱いのかもしれない。「離せ、僕は源屋さんを助けて、リサ姐さんに弟子入りするんだ……」——小豆沢さん、僕は助けに来た理由を聞いて正直残念だよ……でも、もう少しでニコラを振りほどけそうだし、心の中でだけ応援しよう。

もう一息で振りほどけるというところで、エイダが小豆沢さんを胸に抱きしめた。な、なんてうらやま……いや、卑怯な手を使うんだ。「小豆沢さん!」僕の心配と嫉妬の入り混じった声も届かないのか、小豆沢さんはエイダにしっかりと後頭部を抱きしめられ、顔は胸に埋まっている。「いけない子だね」エイダの声と同時に、小豆沢さんの体から力が抜けるのが見て取れた。——いったい彼は何をしに来たんだ?

エイダに代わって、ニコラが僕の前に立った。「私たちにおとなしくついてくるなら、あのお仲間は助けますけど、どうしますか?」どうしますかって言われても……小豆沢さんはなんだかとても幸せそうに見えるし、心なしかエイダもまんざらではなさそうな表情だが……なるほど、これは試されているわけか。

こういうときは単純に考えよう。僕がここで妥協すれば、小豆沢さんの至福のひとときを奪ってしまう。僕はそれほど空気の読めない人間じゃない。もう少し抵抗して小豆沢さんに夢を見させてあげるのが、大人の男の正しい対応だろう。

「僕はお前らについていく義理はない!」そう言い切った僕を見て、ニコラが不敵な笑みを浮かべポケットから何かを取り出した。その手に握られているのは、紛れもなくスタンガンだ。——やばい、選択肢を間違えたか?たいした知り合いでもない小豆沢さんの至福のひとときのために、僕が受けていい仕打ちの範囲を完全に超えている。


——チリチリチリ……バーン。豪快な音を立てて再び扉が開いた。「み、三浦先生……」思わずつぶやいた僕を見て一瞬目を見開いた三浦先生がズカズカと入り込んできて、あっけにとられているニコラに腹パンを見舞った。「おうふ……」崩れ落ちたニコラから奪ったスタンガンを、僕を羽交い締めにするゴードンにあてると同時にジジジジっと不快な音が響く。ゴードンは意識を失ったのだろうか、僕は静かに解放された。

三浦先生が僕の手を取り、「おじさん、助けに来ました」と涙ぐんだ目で見つめる。——はい、すでに助けられました……助けられておきながら恐縮ですが、正直、今は三浦先生に恐怖を感じています。「そ、そうだ、小豆沢さんも助けないと」僕は小豆沢さんを見る。

「へー、あんたの名前は伸餅って言うんだね」「はい……」「あたしのことは『エイダ』って呼んでくれるかい?」「はい、エイダさん」「さんはいらないよ」「エ、エイダ……」「なんだい、伸餅?」「なんか、恥ずかしいですね」「そうかい?ところで伸餅、年上の女性は好きかい?」「は、はい……」「そう言ってくれると、うれしいよ」……なんだかいい雰囲気になってしまっているし、いつまで抱き合ってるんだ、あの二人は。

僕は眼鏡を指で押し上げて店の中を見回す……いったいどうなってるんだ?悶絶してるニコラ、意識を失ったゴードン。目をキラキラと輝かせて僕の手を握り続ける三浦先生に、すっかり夜までコースを確保しつつあるエイダと小豆沢さん……ここは、僕の住居兼店舗なんだし、そろそろ全員出ていってくれないかな?


——チリンチリンと優しい音を立てて店の扉が開いた。「これは——マスター、いったい何をしたのですか?」何をしたって、こっちが聞きたいよ……「リサさん!私、おじさんを助けましたよ」僕が話すよりも先に、三浦先生がリサに声をかけた。「そうですか、意外でした」「約束守ってくださいね」「分かっています。でも……」「添い寝までですね」「そうです」——いったい何の話をしているんだ?

三浦先生が振り向いた。「おじさん、今日はお泊りさせてもらいます!」「えっ、何を言って……」「リサさんがおじさんを助けたら、一晩二人きりになれる権利をあげるって」おい、リサ……人を勝手に景品みたいにするなよ。「マスター、ご安心ください。監視はつけますので貞操は守られるはずです」はずとかじゃなくて、そこははっきりと言い切ってほしかった。

店の中を一瞥したリサが、「皆さん、そろそろ夕飯の時間ですから、帰ってください」と声をかける。いや——リサ、それで片付くならこんな騒ぎにはならないだろう……「そうかい、もうそんな時間かい」エイダさん?友達の家に遊びに来たようなその言い方はなんですか?「じゃあ伸餅、これからあたしと一緒にディナーなんてどうだい?」「えっ、いいんですか?」「もちろんだよ」——本当に彼は何をしに来たんだ?

エイダと小豆沢さんは腕を組んで店を後にする。「伸餅、ちょっと着替えたいし、うちまで付き合ってくれるかい?」「はい、大丈夫です!」その格好でここまで来たのかとか、秘密基地とか言ってた場所に小豆沢さんを連れて行っていいのかとか、いろいろ言いたいことはあるが……僕は「おいっ、おっさん二人も連れて帰れよ!」と声を大にした。しかし、エイダと小豆沢さんは二人の世界の中に旅立ったようで、僕の叫びは虚しく響いただけだった。


悶絶していたニコラが、いつのまにか露骨に危険そうな赤いボタンが一つついた白い四角い箱を手にしていた。「もうこうなったらやけくそですよ!」声を張り上げたニコラが赤いボタンを押した……声の反響が収まった店内が静寂に包まれる……いったい何が起きるんだ?いや、もうなにか起きた後なのか?

ニコラはリサとリナとリゼを一瞥して、手に持った箱に目を落とす。「お、おかしいですね……」何度も赤いボタンを押すニコラを見て、三浦先生は静かに歩み寄ると、いきなり無言で蹴り上げた。「おうふ……」再び悶絶するニコラの手から落ちた怪しい箱を、リサが踏み潰した……「あ、あー。なんてことをするのですか」絶え絶えに紡がれた言葉を無視して、リサは居間へと消えていった。

三浦先生が悶絶するニコラを見下ろし、「あなたはいつまでここにいるつもりですか?おじさんとの時間が減るのでさっさと帰ってください」と冷たい声をかけると、ニコラは表情を曇らせ、目が泳ぎ、手が震え始めた。「は、はい。ごめんなさい……」「分かっているなら、すぐに出ていってください」悶絶していたニコラが飛び跳ねるように立ち上がると、「イエス!マム!」と三浦先生に向かって敬礼し、足を踏み鳴らした。

いったい三浦先生はどんな表情でニコラを見ていたんだ?ニコラは静かに回れ右をして店の扉を開くと、「今日はありがとうございました!」と深くお辞儀をして、逃げるように去っていった。振り向いた三浦先生は震える声で「おじさん、怖かったです……」と目を潤ませて僕に近寄ってくる。——僕は明日の朝、生きているのだろうか……三浦先生の目に浮かぶ涙は、僕に不安しか与えてくれない。


「おじちゃん、だいじょうぶ?」聞こえてきた結衣ちゃんの声に振り向くと、気を失ったままのゴードンを結衣ちゃんがのぞき込んで、指で頬をつついていた。「結衣姫、それはばっちい。触っちゃダメ……」リゼ、その言い方はさすがにかわいそうじゃないか?「結衣ちゃん、そんな死にかけを触っちゃだめです」三浦先生も結衣ちゃんに声をかけたが、ゴードンが死にかけているのは、間違いなくあなたの仕業です。

「ううっ、ワイは……」どうやらゴードンが目を覚ましたようだ。「おじちゃん?」声をかけてゴードンの顔をのぞき込む結衣ちゃんを見て、彼は飛び起き正座して結衣ちゃんに向かい合った。「お嬢ちゃんは心配してくれてるんか?」「うん。おじちゃん、ねてたの?」「そ、そうやで……ちょっと寝てしもただけや、心配かけたんやで」ゴードンは恥ずかしそうに、顔をそむけた。

「はい」差し出した結衣ちゃんの手には、キャラメルが一つ乗っている。「ワイにくれるんか?」「うん、これたべてげんきだして」ゴードンは結衣ちゃんの手から、そっとキャラメルをつまみ取った。その様子を見ていた結衣ちゃんが満面の笑顔でゴードンを見る。「て、天使や……ここに天使がおるで」目に涙を浮かべるゴードンに、リゼが声をかける。「結衣姫は天使、理解できたなら感謝の言葉を述べ、崇めるべき」

ゴードンはキャラメルを口に入れ、「おいしいで、ありがとうやで結衣様……」と結衣ちゃんに手を合わせる。「おじちゃん、おなまえは?」問いかける結衣ちゃんに、彼は「ワイはゴードンって言いますねん」と答えた。「ゴンちゃんだね」結衣ちゃんの声を聞いたゴードンは「ご、ゴンちゃん……」とひと言残して、そのまま仰向けに倒れてしまった。——どうやら、ゴードンは結衣ちゃんにキュン死させられたようだ。

「結衣姫、リナとお風呂の時間……」リゼが声をかけると、「はーい!じゃあね、ゴンちゃん」と結衣ちゃんは卒倒しているゴードンに手を振って、居間へと去っていった。リゼは倒れたゴードンの足を持ち、「結衣姫参拝の時間は終わり……感謝して帰れ」と言いながら引きずり、店の外へ放り出してしまった。——リゼ、もう少し優しくしてもいいと思うぞ。


「おじさん」と声をかけられて、僕は思い出した。全てが片付いて安堵している場合ではなかった……今日の僕は三浦先生への景品にされていたんだった……「あの、明日もお休みですか?」「は、はい。一応休みです……」と言いながら、急な仕事が入ってこないかと願う。「ところで、三浦先生……さっきのスタンガンは?」問いかけた僕に彼女はニコリと微笑んだだけだった。

「おじさん……私、たくさんお話したいことがあるんです」「そ、そうですか……」逆らえば命すら危険にさらされるのを理解した僕は、三浦先生の言いなりになるしかなさそうだ。さっきの微笑みはそういう意味だろう……

——覚悟を決めた僕だったが、結衣ちゃんを寝かせに行ったリゼを除くリサとリナが、朝まで三浦先生と盛り上がってくれたおかげで、僕は安心して寝ることができた。

——翌朝、リサの強かさにも僕は恐怖を覚えた。

登場する三人組は『タイムボカンシリーズ』の悪役トリオのノリです。幼い頃の私はヤットデタマンが大好きでした。

お読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです。

毎週土曜日投稿予定。よければブックマーク・評価のひと手間を。誤字は各話末の『誤字報告』からお願いします。

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