ニューマシンとありがとうの意味
——某大国の諜報機関。諜報部門のトップを務める女性の部屋に一人の男が駆け込んできた。ノックもなく開いた扉に一瞬向けられた視線は、無言のまま手元の書類に落ちる。
「失礼ではありませんか……」「申し訳ございません」肩で息をする男は小走りで女性の前に出ると、敬礼をして姿勢を正した。「長官、三体目も所在不明になりました……」その言葉を聞いた女性は、手にしていた書類を静かに置いた。
「これで全てですか……」「はい……この後の対処を……」男の言葉に、小さくため息をついた女性は「現状はどうなのです?」と問い、再び書類を手にした。「三体全てが任務とはまったく関係のない国の、ほぼ同じ地域で消息を絶ちました。それ以外は……何も分かりません」
「いずれにしても回収を急がなければいけません。たとえ破壊されていたとしても、我が国の機密を他国に放置しておくことはできません……」書類から視線を逸らすことなく口にされたその言葉に、男の表情が曇る。「——承知いたしました」「指揮はあなたに任せます」男は姿勢を正し、足を踏み鳴らし敬礼をした。手を下ろすと同時に振り返り、部屋を後にする男の背中を見送りながら、女性は深くため息をついた——「局長には荷が重いかもしれませんね」書類を置いた女性は静かに目を伏せる。
『Mechanized Artificial Intelligence Doll』略して『MAiD』——我が国において諜報、軍事目的に開発されたアンドロイド——『ViEL』を搭載して試動を開始した三体全てが消息を絶つとは……根本的な欠陥があったか、もしくは情報が漏れていたのか……
——コンコンと局長室の扉が軽くノックされる。「入りたまえ」の声と同時に開いた扉から、背の高い中年の女性がゆっくりと部屋に入る。「失礼いたします。局長、お呼びでしょうか」軽く会釈をする女性に、局長は「エイダ君、休日に呼び立てて申し訳ない。まあ、かけたまえ」とソファを勧める。
エイダが腰を下ろすと同時に、局長は「ついに三体目の所在も分からなくなった……」とため息をついた。エイダは右手をあごに当て、「やはり……」と小さくつぶやいた。続けてエイダは「何かしらの妨害を受けたと考えるべきではありませんか?」と顔を上げる。「最初から君はそう言っていたね……正直、私はその意見に否定的であったが、君のほうが正しかったようだ」「そう申しますと?」首を傾げるエイダの前に、局長が「見たまえ」と地図を広げた。「三体全てがここだ」
その地図の小さな島国の一箇所に赤い点が打たれている。さらにその地図の上に小さな町の地図が広げられた。そこには赤い円と、三つの赤い点が打たれていた。「位置情報が途切れる前の行動範囲も、三体全てが一致する。もはや偶然とは言えまい」「乗っ取られた……」エイダのそのひと言が部屋の空気を重くした。
「その可能性もある……いずれにしても、この付近にMAiDを支配できるほどの科学者が存在しているのは間違いない」さらに部屋の空気が重くなる中、エイダは目を閉じた。「その国の手の者では?」「その可能性は限りなくゼロだ。これについては外務省の意見と一致しているので間違いないだろう。ただし、他国の手のものである可能性は排除できない」
「そこで、君のチームのうち、君とニコラとゴードンの三名で極秘裏にMAiDを回収してもらいたい。たとえ分解されていても回収し、修理と改良を加えた上で再度任務に復帰させる」「承知いたしました」エイダを立ち上がるのを引き止めるように、局長が話を続ける。「ただし、この計画は私の一存で開始する……責任はすべて私が負う。君たち三名は行方不明として処理しておこう」「——しかし、それでは……」エイダの曇る表情に、局長は微笑んだ。「心配するな、長官には話をとおしてある」「承知いたしました、準備が整い次第出発いたします」
局長室を後にするエイダの背中を見送った局長の目が細まる。「秘密裏に回収し私の手中に収めれば……三体全てを収めることができれば、私はこの国、いや世界を支配できる……」もうあの無愛想な女に媚びへつらうこともない。「見ていろ……」その口元を歪める笑みは誰にも見られることなく部屋の空気に溶け込んでいった。
——リゼを膝の上に乗せ、リナと並んでぼんやりしていたら、ふいに店の扉が開きリサが顔をのぞかせた。「リナ、自転車ができました。試乗してみてください」リナはカウンターをドンとたたき、勢いよく立ち上がると「本当か!やっとあたいのマシンができたんだな」と目を輝かせた。マシンか……たしかにこの数日リサは倉庫に眠っていたシニア用三輪車と子ども用ペダルカーを修理していたけど、マシンと呼べるほどのものなのか?
勢いよく駆け寄るリナに、リサが「そんなに慌てなくても大丈夫です」と言って二人は店を後にした。膝に座っていたリゼがふと「主様、我も行ってよいか?」と僕の顔を見る。リゼ用にペダルカーを修理すると聞いたとき、「我は子どもではない」とか言ってたけど、やっぱり気になるんだな……「行ってきなよ。僕はここで電話番してるからさ」と微笑むと、リゼは僕の膝から降り、トテトテと駆け出していった。
「さて、しばらく三人とも戻ってこないだろうし、お昼ご飯を準備しておこうかな……どうせ、はしゃいでお腹空かせるだろうから、少し多めに作っておくか」僕は一人で台所に向かい、電話番をしながら昼食を作り始めた。「なんだかんだ言っても、こんな生活も悪くはないか……」
修理が終わった三輪車とペダルカーを見て、リナとリゼは目をランランと輝かせている。「すごいな、リサ。これがあのボロっちい三輪車か?別物じゃないか……」「うん、よくできている。これなら我が乗っても恥ずかしくない」二人の声を聞いて、リサは得意気に胸を張る。
リサは黒をベースにオレンジのラインが入った三輪車の前に静かに立った。「リナ用に改造したマシン『仏恥義理・愛三輪』号です」自信満々なリサの声を聞いたリナは、恥ずかしそうに「お、おう……『肉の三段腹』みたいで、なんかすごいな……」と目を逸らし、リゼは呆れたように「主様の病気が伝染ったかも……」とため息をついた。
そんなリナとリゼを気に留めることなく、リサは『仏恥義理・愛三輪』の説明を始める。「リナのマシンは、限界まで伸ばしたフロントフォークにつながるエイプハンドルを採用し、無駄なサスペンションを取り外して、チョッパースタイルに仕上げました」さっそく三輪車にまたがったリナはハンドルを持ち、ペダルに足をかける。「これ、いいな。ちょうどいい角度でペダルに足がかかる」「ペダルも限界まで前に出して、低重心を確保しています。さらに無段階変速を搭載していますので、リナの体力次第で高速走行も可能です」
リサは三輪車から降りたリナに後部についた箱を開けてみせる。「リナのリクエストどおり、後ろのかごを大きくしましたので、炎のデザインが一段と引き立ちました」リナはリサに勧められるままに、箱をのぞき込み、中を確認した。「おう……もう、かごじゃないけど、すごいぞ。荷物もたくさん積めるし、この炎のパターンがかっこいいな!」リナはリサに抱きつき、彼女の胸に頬ずりをした。「ありがとうな、リサ。これで親方と仕事に行ける日が増えるぞ」と喜ぶリナをリサは優しく抱きしめる。
喜ぶリナを抱きしめたまま、満足げな笑みを浮かべるリサのスカートが、ふいに引かれた。「我のはこれか?」問いかけるリゼに、リサは「いらないのではないのですか?」とわざとらしく顔をそむけた。「ごめんなさいリサ。やっぱりほしい……」表情も言葉遣いもしおらしくなったリゼの頭を、リサが「最初から素直になってください」と優しく撫でた。
リサはリナを抱きしめたままペダルカーに近づく。赤・青・黄・緑と四色の極彩色を用いて、直線で塗り分けられた車体は、十分すぎるほどの存在感を放っている。「リゼのマシンは、ル・マンハイパーカーをイメージしたうねるフルカウルのボディを、往年のベネトン・フォーミュラカーを思わせるカラーリングでデザインした『白百合・コルサパレット』号です」ドヤ顔のリサにリゼは「白百合成分がどこにもみあたらない……」と首を傾げ、リナは「リサ……苦しいから離してくれ……」と腕をタップする。
「でも、カラーリングがかわいい……気に入った……」車体を撫でるリゼにリサは「白百合はリゼのことですよ」と微笑んだ。「タイヤも太くして幅も広げましたので、走行性は安定しています」リサはリナをさらに強く抱きしめ、車体後部を指さす。「さらにリアには大きなディフューザーを搭載しましたので、高速走行性能も万全です」
リサはコクピットのカウルを開いた。「もちろんコクピットも完全クローズで空力を活かす設計です。ハンドルについているレバーでギアチェンジできます。六段変速でバックギアも搭載していますから、車庫入れも楽々ですよ。リゼが少し頑張れば簡単に時速五十キロは出せます」「うん、すごい。これなら主様と出かけられる。ありがとう、リサ」
左手をわきわきと動かすリサを見て、リゼは身構える。「感謝はするが、我は近寄らない……なぜなら、リナはその大きな胸に抱かれて失神寸前……」とリゼはリナを指差した。
——店のテーブルに昼食を並べ終えた。「三人がどれを選ぶかちょっと楽しみだな」ありきたりなおにぎりとそうめんだが、ちょっと頑張って薬味をいろいろ揃えてみた。「全然戻ってくる気配がないな……呼びに行こうか」
大智が昼食をテーブルに並べている頃、リナとリゼは店の前を何度も往復しながら試乗し、リサが微調整を繰り返した。「大丈夫そうですか?」リサの前に仏恥義理・愛三輪を停めたリナが、「おう、いい感じだ」とサムアップして答えた。「リゼはどうですか?」コクピットを開けたリゼは「うん、我の体に合ってきた」と小さくうなずいた。
リナがリゼを見て、「にひひひ……」と笑った。「なに?」と顔を向けたリゼに、「なあ、リゼ。どっちが早いか競争しようぜ」とリナが笑うと、リゼは「望むところ……」と顔をそらせた。「リサ、審判してくれよ」リナの声に、リサは「わかりました」とスカートから白いチョークを取り出した。
店の前の道路にリサが白線を引き、リナとリゼがそのラインにマシンを揃えた。リサが三百メートルほど離れた電柱を指差し、「あの電柱とここまでの往復です」と声をかけると、リナとリゼは「よし、やるぞ」「我の勝利は間違いない……」と、気合を入れる。リサは「勝ったほうは、今夜結衣さんと一緒に寝る権利でいいですか?」と言いながら道の脇に避ける。リナは「おう、結衣と人形で遊んでから寝るんだ」とペダルに足をかけ、「結衣姫は我と寝るべき……」とコクピットを閉じた。
二人の準備ができたのを見て、リサは二台の前に歩み出て両腕を広げた。リナとリゼを一瞥し、静かに目を閉じて両腕を真上に上げた瞬間、二台は勢いよくスタートを切る。同時にリナの仏恥義理・愛三輪が一気に加速して、リゼの白百合・コルサパレットを引き離した。「にひひひ、あたいの勝ちは決まったな」前輪を浮かせてリナはさらに加速する。
しかし、白百合・コルサパレットの速度が上がるにつれて、走行が安定し、じわじわとその距離を詰め始める。「我が白百合・コルサパレットはここから……」ぴったりと仏恥義理・愛三輪の後ろについたリゼは、折り返し直前でギアを落とす。その直後、ホコリを上げながら後輪を滑らせ、リナのインをついて可憐に追い抜く。「ふっ、我がテクニックにかなう者はいない……」「なっ、リゼやるな」
リナの仏恥義理・愛三輪も加速するが、リゼの白百合・コルサパレットとの距離は縮まらない。「くそっ、リゼのマシンは高速だと強いな」リゼは少し後ろをうかがい、「ふっ、我が白百合・コルサパレットに勝てるはずがない」とさらに加速する。
スピードに乗ったリゼの白百合・コルサパレットが、「みんな、お昼ご飯にしないか」と店から出てきた大智を豪快に跳ね飛ばす。そのせいで白百合・コルサパレットの速度が落ちたのを見て、リナは「よし、追い抜けるぞ!」とラストスパートをかけ、地面に落ちて転がった大智を仏恥義理・愛三輪でさらに跳ね飛ばした。豪快に跳ね上がった大智をよそに、リナは速度を落とすことなく、ゴール直前でリゼの白百合・コルサパレットに並んだ。
リサの両腕が上がると、二台は急ブレーキをかけて停まる。「リサ、どっちの勝ちだ?」リナの声に、「同着でした。今日は結衣さんとリナとリゼの三人で寝てください」「仕方ない……我はそれに同意する」「あたいは楽しかったぞ」満足げな表情を浮かべる二人をしり目に、リサは熱い戦いが繰り広げられたコースに顔を向ける。「私はあそこに転がっているのと一緒に寝ます」その視線の先では大智がぐったりと倒れていた。
リサが大智を膝に抱き、「マスター、大丈夫ですか?」と声をかけたが、まったく反応がない。「ちょっとまずいですね……」リサの表情にわずかな焦りが浮かぶ。リゼが大智に馬乗りになり、「我に任せよ……」と彼の体をくまなく撫でていく。うんと頷いたリゼが「全身の打撲と内出血だけ、大事はない……」と胸元から取り出した小瓶の液体を、大智の口に含ませた。
「これで意識が戻るはず」安心したリサは、愛おしそうに大智の頬を撫でながら、彼の顔に微笑んだ。「リサ、ずるいぞ。あたいにも親方を抱っこさせろ」「ダメ、我が主様に抱っこされる」リサは割り込んできたリナとリゼを一瞥して微笑んだ。「これは今晩、私のものです」
——柔らかい……温かい枕に包まれているようで心地いい……「気がつきましたか、マスター」リサの優しい声に目を開くと、美しい笑顔が僕を見つめていた。どうやらリサに膝枕されているようだ……「いったい何があったんだ?」「安心してください、マスター。仏恥義理・愛三輪と白百合・コルサパレットに跳ねられただけです」
まったくわからない……跳ねられたのはなんとなく記憶にある。だがあの猛スピードで走ってきたのが、仏恥義理なんとかか白百合なんとかのどっちかなのか?それと、そのどこに安心要素があるのか理解できない。「なあ、リサ……理解できるように説明してくれないか?」「はい、結論から説明しますと、今夜がマスターと私の初夜になります」目をそらして頬を染めるリサが、ちょっとかわいいけれど、その説明はまったく理解できなかった。
体を起こすと、後ろからリサに抱きしめられた。「さっきまで気を失っていたのです。無理をしないでください」と気遣ってくれる彼女に少し身を預けたとき、リナが僕の顔をのぞき込んで、「おっ、気がついたか親方。心配したんだぞ」と微笑み、リゼが僕に馬乗りになって、「主様、大事なくてよかった」と目に涙を浮かべた。
三人の優しさにほだされてしまいそうになるが、僕がリナとリゼに「いろいろ疑問があるんだけどさ、まず仏恥義理なんとかと、白百合なんとかっていうのは何なんだ?」と問いかけると、リナは「ちょっと待ってくれ」とどこかへ向かい、リゼもトテトテとその後についていく。何かあるのか?と疑問に思っている僕の前に、二台の乗り物が並んだ。
「見てくれ、これがあたいの『仏恥義理・愛三輪』だ!」元はたぶんシニア用三輪車だったのだろう。それにまたがるリナは胸を張っているが、さっき僕を跳ねたと聞いた一台なんだよな……
その隣に並ぶ、ちょっと派手なゴーカートのような車体のコクピットが開き、リゼが顔を出して、「我の『白百合・コルサパレット』を見よ」と得意げな顔をしている。流れから考えるとこれはペダルカーだったものだろうが、原型をとどめていない。リサの腕に感心してしまうが、それよりも大事なことがある。
「なあ、リサ。あの二台が僕を跳ねたのか?」「そうです」なんとなく想像はつくが、一応確認しておこうか。「あの二人が乗ってたの?」「はい、レース中の悲劇でした……」リサは僕を抱く腕に力を込める。「リサも見てたんだ」「はい、私は審判をしていましたので」結局三人とも関わってるんじゃないか……「そんな危ないものを作るなよ」「危険はありません。現にマスターを跳ね飛ばしながら、車体には傷一つついていません」あー、そっちの心配をしてるんですね。
「そうじゃなくてさ、さっきみたいに人にぶつかったら危ないだろって話をしているんだ」「それは……でも、マスターの怪我はリゼが治しましたので……」リサはまだなにか言いたそうだったが、リゼの声が割って入る。「心配するな、主様が死んでも我が力を持ってすれば、半分の確率で蘇生できる。安心して死ぬがよい」自信に満ちた口調だったが、半分は死ぬんだろ?こいつらの安心はかなり低いレベルにある気がしてきた。
「あっ、そういうことを言うんだ。僕が死んだら、人類支配計画はなくなるんだぞ」「むっ、それは困る……わかった、謝罪する」顔をそらしたリゼを見て、他人事のように笑っているリナにも声をかける。「リナもそうだ、もう仕事に連れて行かないぞ」「イヤだ!親方、悪かったよ」これで二人とも分かってくれただろう。
だけど、せっかくリサが作ったんだし、取り上げたりするのは僕の本意ではない。「乗るなとは言わないけど、スピードを出さずに、ちゃんとルールを守って乗ること」僕がそう言って立ち上がると、リサが背中を払ってくれた。「申し訳ございません、マスター。私も反省しておりますので、今夜は添い寝だけで我慢します」ところどころ同意しかねるが、反省してくれたのならよしとしておこう。「分かってくれたんならそれでいいよ。さあ、お昼ご飯にしよう」
店のテーブルを見てリナが目の色を変えた。「これ、親方が作ったのか?」「作ったって言うほどのものじゃないけどね」おにぎりとそうめんだから、『どうだすごいだろ』なんて言えるはずもないが、ちょっと嬉しかったりする。「リナ、マスターはこう見えて器用なのですよ。朝食を作るのを毎日エロい顔で手伝ってくださいます」リサはなぜいつも一言多いのだろうか?朝食を作っているときがエロい顔なら、僕は四六時中エロい顔してるじゃないか。「意外……我の中で主様ポイント急上昇」リゼ、そのポイントは僕にとって不安でしかないんだが……
テーブルを囲むと、リナを除いて穏やかな時間が始まる。リサはみょうがが好きなようだ……だが薬味に用意したみょうがだけをひたすら食べ続けられると、微妙な気持ちになる。リゼは意外にもわさびを好んでいるようだ。まあ、見た目はちっこいけど、中身は大人……ときには年寄りのようなときもある。ロリババアとはコイツのことを言うんじゃないのか?リナは——両手におにぎりを持って夢中で頬張っている。昼食のときはいつもこうなんだよな……何かと戦っているのだろうか?
「マスター、どうしました?そんないやらしい目でリナたちを見るなら、私を見てください」リサの声を聞いて、リナは胸を張り、リゼは両手で胸元を隠した……いや、見た目と動作が逆だろう……「そうじゃないんだ。いったい何人まで増えるんだろうなって思ってさ」「どうなんでしょうか。ちなみに私は一体目で試作品に近い立ち位置です」と首を傾げるリサが、僕には試作品に見えない。「リサが試作品なんだ……」いったいどれほどの技術力を持った国なんだろうか。
「今日だって死にかけただろう?だから、もう一人でも増えれば、次こそ僕は死ぬんじゃないかな?」「主様、安心せよ。これ以上増えない」リゼはそう言うと席を立ち、僕の膝に座った。もうお腹いっぱいになったみたいだ。「そうなの?」問いかけた僕にリゼは小さく頷いた。「我が最後に作られたが、あの国はもう作れない」「そうだな、あたいたち三体があの国の国庫を食いつぶしたからな」両手におにぎりを持ったリナにそう言われると、次は我が家が食いつぶされるんじゃないかと思えてきた。
「そうか、まさに国の威信をかけたんだ……国庫を食いつぶして作られた国家機密の三人がここに集まってご飯を食べてる……なんでこうなったんだ?」「マスターがいつも『ありがとう』と声をかけてくれたからです」リサが言った理由の軽さに思わず「本当に?」と首を傾げると、リナは食事の手を止め「そうだぞ」と微笑み、リゼは大きく頷いた。
リナとリゼも同意したところを見ると、どうやら本当のようだ。だが、腑に落ちないところも残る。「そんなことでうちに、国家機密が集まるものなのか?」何気なく発したひと言に、リサが僕の頬をつねった。「そんなこととはなんですか、マスター」リサの声が鋭く刺さるほどに冷たい。「そうだぞ、あたいたちにはそんなことで済まされることじゃないんだ」リナの表情に怒りが見える。「そのとおり……我は今、主様に殺意を抱いている……」どうやら、リゼには怒られるだけで済まないらしい……
「いや、ありがとうって、社交辞令的な部分もあるだろ?」「マスターは、社交辞令でこのいたいけな私の純粋な心を弄んでいるのですか?」いろいろツッコミどころ多いリサのひと言だったが、根本的に何かが異なるようだ。「なあ、なんでそうなる?」あまりに聞きたいことが多すぎて、逆にこうしか聞きようがない。
突然リサが声を荒げる。「マスター、ありがとうとは、お前を一生愛し続けるという意味です!」——えー、そんな意味はないし、もしあるなら小学生の頃には教えておかないといけないほど大切じゃないか……僕はいったい何人を愛し続けなければならないんだ?
「親方、ありがとうっていうのは、お前のすべてを奪いたいって意味だ。親方は、社交辞令であたいのすべてを奪ったのか?」リナ、いろいろおかしいだろう?いままで誰かを奪いたいと思ったこともないし、奪った記憶もないんだが……
「ありがとうは、お前を不自由のない贅沢な環境で生涯厚遇するという意味。主様は責任を取るべき」リゼの中の主従関係は、僕の知っている主従関係とは異なる価値観だということは理解できたが、それ以外は意味不明だ……
「マスター、責任を取って今夜は私を女にしてください」やっぱりそうなるんだ。黙っていればリサと添い寝くらいはいいかと思った自分が情けなくなる。「そうだぞ、責任を取ってあたいと風呂に入れ」だいたいリナは奪われたとか言いながら、一緒に風呂に入れなんておかしいだろ。「責任を取って我を心からもてなせ」リゼはもういい。彼女は異世界の価値観で話している。
「なんだよ、その責任」そもそも責任なんて言いながら、その内容が意味不明なんだ。「責任は責任です。マスター、分かっていますよね」こういう時のリサの押しの強さは感心する。「責任!せ・き・に・ん」リナはノリノリで何をはしゃいでるんだ?「主様、せ・き・に・ん……」リゼは僕の膝に座って何をねだってくれてるんだ……「そんなの責任じゃなくて願望だろ」呟いた僕にリサが微笑んだ。「いいえ、責任です」表情の割に重い言葉だ……
突然リナが僕の左腕に抱きついてきた。「じゃあこうしたらどうだ、親方」「どうすんのさ」聞き返した僕に、なぜかリサも抱き着いてきた。「まず、マスターが風呂でリサを抱く」——まずのハードルが高すぎるし、その時点で魔女っ娘を目指す僕に却下されるのは理解できそうなものだが。「お風呂で初めてですか……ありです」リサは乗り気なようだが、僕は断ることを決めている。間違いでも起こそうものなら、リサは何かいろいろ重そうだし。
「その親方の背中をあたいが流すから、親方はリサの上に座ったリゼをもてなせ」なんなんだその絵面は……「それは名案……」リゼ、本当に名案だと思っているか?リサに座ってもてなされたいか?「確かに名案です。マスター、毎日そうしましょう」リサはそれでいいのか?リゼに椅子にされるんだぞ。
「できるわけないだろ」とあきれる僕に、リサが甘えた表情で「では、今日だけ」と潤んだ目で僕を見つめる。だが、話はずれている。「日数の問題じゃないだろ」「我は構わぬ。全裸で我をもてなせ」リゼはずっと僕の膝に座っているんだから、それで満足してほしいものだ。
だいたい、三人とも押しかけてきておいて、僕の扱いが雑すぎるじゃないか……「それじゃ、僕がみんなのおもちゃみたいじゃないか」「えっ、違うのか?」とリゼが本気で困った顔をして僕の顔を見た。リナも首を傾げて「親方は何を言ってるんだ?」なんて言ってるし、リサに至っては、「マスター、おもちゃみたいではなくて、おもちゃです」と言い放つ。まあ、そこまではっきり言われると、気持ちがいいくらいだ。
もう考えるのをやめよう——おかしなマシンに跳ねられるし、よくわからない理由でよくわからない責任を負えなんて言われるし、全員からおもちゃ扱い宣言されるし、変に疲れた……「僕はちょっと出かけてくるよ」「マスター、どちらに行かれるのですか?」「そうだな、営業がてら何軒か回ってみるよ」
僕の膝に座っていたリゼを下ろして立ち上がる。「そのまま結衣ちゃんを迎えに行くから……」僕はそれ以上何も言わずに店を出た。「メランコリックで暇を潰すか」そうつぶやいて、僕はバッカル三号にまたがった。「まあ、三人ともよくやってくれてるし、いいんだけどな。たまには一人になる時間も必要ってことか……」バッカル三号で切る風が僕を優しく包んでくれた。
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