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第二話 「石の上にも怨念」転2

「いいですか!保育士にとって園児の叔父さんのお迎えはですね!貴重な出会いのチャンスなんですよ!それが!高校生って!」

「なんか、すみません。」

俺は、さくら先生のアパートの居間で、「飲まなきゃやってられるか!」とコンビニで買ってきたお酒をガバガバ飲み、完全に出来上がったさくら先生のだる絡みを一人で受けていた。

「ていうか麻生先生は?」

麻生先生とは、保護者の間でさくら先生と付き合っていると専らの噂の男性保育士さんである。陸はこの話を聞いた時、「さくらせんせぇは、ぼくのことはしたのなまえでよぶけど、あそーせんせぇのことはみょーじでよぶから、さくらせんせぇがすきなのはぼくなんだよ」と言っていたが、それは陸が園児で麻生先生は大人だからに過ぎないという現実は突きつけずにおいた。

「麻生先生は〜ゲイですよ〜?」

「あ、そうなんですか!」

別にこれにはそこまで驚かなかったのだが、数秒後突然どデカい爆弾が投下された。

「そうそう。それで〜、くみちゃんパパと不倫してま〜す!アハハ!」

「え!!」

くみちゃんパパは直接には知らないが、くみちゃんは今年のバレンタインデーに陸にハート型のチョコをくれた子なので、我が家では(特にうちの長姉的には)、陸の将来のお嫁さん候補として通っている子である。まあ、お嫁さんというのは流石に気が早すぎるとは思うが、くみちゃんは良い子そうなので幸せであって欲しいと思う。

「なんか~、誤爆?みたいな感じで、私にくみちゃんパパから麻生先生宛のメッセージ来て!アハハ!すぐ送信取消されて忘れてくださいとか言われたけど、忘れるわけねえ~!アハハ!」

陸ごめん、俺、この人が義理の姪になるのは嫌。

「ていうか佐野さんはさっきから何やってんの?」

「ふっふっふ!いざって時のために武器を作っている!」

見ると、さっきコンビニで不審なほど貰った割りばしと買った輪ゴムでゴム鉄砲を作っていた。まじか、こいつ。ゴム鉄砲で大の大人と戦えると本気で思ってんのか?まだフライパンの方が武器になるだろ。

「そういえば塾とか大丈夫だったの?」

「塾?ああ、それよく聞かれるけど行ったことないよ、塾なんか。」

え?

「あ、嘘かも。中学受験の模試受けに何回か行ってるわ。」

と、佐野詩織は的外れな訂正をした。え?塾行ってないの?

「へえ、家で勉強するタイプなんだ。じゃあ今日、教材とか家に取りに行かなくて良かったの?」

「いや、教材全部学校に置きっぱなしだけど。テスト前でもないのにちゃんと家で勉強してる聖人君子なんかいるわけないじゃん!」

と笑われた。あれ?一応今、中間試験の二週間前ではあるんだが。

「佐野さんっていつ勉強してんの?」

俺は単刀直入に聞いた。すると奴は曇りなき眼で、当たり前だと鼻で笑うように、「授業中。」と言い放ったので、俺はそっと目がしらを抑えた。こいつ天才だったのか……。

「痛てっ!思ったより威力あるなこれ。」

佐野詩織はそんな俺をよそに、出来上がったゴム鉄砲を自分の足に向かって試し撃ちしていた。まじで何なんだこいつ!

「ゴム鉄砲はゴムの装填に時間がかかるので、織田信長が長篠の戦いで用いたと言われる戦法『三段撃ち』が出来るよう、最低でも三丁は作る!」

急に学年一位感出してきたな。

そんな風に、完全に我々の気が緩んでいた時、突然ドアチャイムが鳴った。俺たちの間に一気に緊張が走り、佐野詩織が真っ先に出来上がったばかりのゴム鉄砲を突入態勢の刑事のように構え、ドアに近づいて行ったので、俺も後ろからついて行った。佐野詩織は、背伸びしてドアスコープを覗くと、目をまん丸くしてこっちに向き直って、「お姉さん……!」と小声で伝えてきた。俺が「え、一人?」とまだ確認している途中で、さくら先生が飛び出してきて、佐野詩織を押しのけ、すぐにドアを開けた。

「お姉ちゃん……!」

まさに命からがら逃げだしてきたかのように、髪も服装もボロボロで半泣き状態のお姉さんの姿がそこにはあった。

「ごめんね、さくら!私が間違ってた!こんなもの、何の意味もなかった……!」

お姉さんはそう言って、左手の薬指にはめていた結婚指輪を外し、床に投げ捨て、靴底で踏んづけ、泣き始めた。姉妹が感動の再会にむせび泣き、熱い抱擁を交わす中で、俺の頭は、「この人給料三か月分を踏んづけやがった……!」ということでいっぱいだった。

「ごめんね……。本当にごめんね……。」

と繰り返すお姉さんを、さくら先生は居間まで招き入れた。佐野詩織がそれを横目にドアの鍵とチェーンを掛け直す後ろで、俺は『給料三か月分』を拾い上げ、フ~っと息をかけて土埃をはらった。すると、石が曇ってしまったので、俺は服の袖で丁寧に拭いた。……ん?おかしいな。

「なんかよくわかんないけど、解決して良かった。ゴム鉄砲作った意味なかったな。」

と残念そうに佐野詩織がつぶやいたので、俺は我に返った。

「いやむしろやばいんじゃないの?石玄の恨み、より買っちゃったんじゃない?」

「あ。そうか。ゴム鉄砲増産せねば。」

そういうことではないと思うんだが。そんなこんなで俺たちは、姉妹で仲良く眠るさくら先生たちの横で寝ずの番をすることになった。


翌朝、さくら先生は保育園に休みの連絡を入れ、今日は姉妹二人、石玄たちの襲撃に気をつけながら仲良く家で過ごすことにした。問題は俺たちが今、二人で登校している姿を学校関係者に目撃されやしないか、ということだ。佐野詩織は有名人なので、一発で噂になること間違いなしなのだ。

「ねえ、別々の車両にしない?」

「なんでだよ!離れたところで石玄の弟子とかに拉致されたらどうするんだ!」

佐野詩織の方は俺と噂されることよりも何よりも石玄の方にビビっているらしく、話が通じなかった。

「一応ゴム鉄砲は持ってきたけど……。」

それこそなんでだよ!ゴム鉄砲を鞄に忍ばせて登校する学年一位、全国津々浦々探してもこいつだけだと思う。

そんな調子で、俺の教室横の階段まで仲良く一緒に登校する羽目になった俺は一日中好奇の目に晒された。もういっそ、誰か聞きに来てくれれば全力で否定できるのに。一日、誰も来ないまま、放課後を迎えた俺は、スマホを開いて、さくら先生からメッセージが来ているのに気が付いた。「急ぎ伝えたいことがあって、陸くんママから連絡先貰っちゃいました!」という最初のメッセージの方はすんなり読めたのだが、急ぎ伝えたいことであろうメッセージの方が、この間入ってしまったヒビにもろ被っていて、しかもメッセージがこの二件しかないためスクロールも出来ず、読めない。う~!買い替えなきゃダメか~!あ、コピーして文字入力欄に貼れば良いんだ。俺天才。そして、やっと読めた、『急ぎ伝えたいこと』は、石玄邸で東原裕紀人氏があのしめ縄の大石の下敷きとなって遺体で発見された、ということだった。

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