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九話

モデルにした時代設定が意図的に混在していますが、これはこの世界が実在したどの時代の国でもない異世界だからです。

異世界語から現代語訳した時に、一番ニュアンスの近い単語に置き換えられていると思ってください。

ようするにいいとこ取りです。

 ニヌムが鷹使いとなって、一年と少しの月日が経った。


 山はまだわずかに白いずきんをかぶったままだが、村のまわりはすっかり花色に染まっている。

 あたたかい風は、たくさんのにおいをはこんでくるようになった。


 ほころぶ花の甘いにおい、芽吹く若葉のうす青いにおい。畑にまかれた肥のにおいや、川に生えた水ごけのにおい。

 田んぼは菜の花やレンゲでうめつくされ、あぜ道にたんぽぽが咲き乱れている。

 緑の萌えだした大地の間をぬうように、雪どけ水をたっぷりとふくんだ川が、足早に山をかけおりては生き物をはぐくんでいく。

 生命の息づかいが、あたりいっぱいに広がっていた。


 ニヌムは今年で十二になった。鷹使いとなってから二度目の春だ。

 鷹使いとなった長女を支えようと思ったか、下の兄弟たちもずいぶんと頼もしくなった。おかげで、ニヌムは家のことを少し多めに彼らにまかせ、農作業のかたわら、のびのびと鷹使いの修行ができている。


 祖父のサンシュは、畑の作物だけでなく、鷹を育てて生計を立てていた。

 彼の育てた鷹はとても評判がよく、その声は都にまで届いていた。


 王をはじめ、身分の高い人々にとって、〈鷹狩り〉はたしなみのようなものである。毎年冬になると、王の直轄領にある狩猟地で大規模な〈鷹狩り〉がおこなわれるのだ。そこで結果を出すことに、貴族の威信がかかっていた。


 そういうわけで、都の貴族はこぞってよい鷹を買い求めたり、腕のよい鷹使いを〈鷹匠(たかじょう)〉として召し抱えようとする。

 サンシュの育てた鷹も、そういった都人によく売れた。

 大金を積んででも欲しがる者も多くいたが、サンシュは気に入らない相手には決して売らなかったので、家計はそれなりだった。


「よっこらせ」


 背負った(かご)にたくさんの洗濯物をつめこんで、ニヌムは川へと向かっていた。

 重たいが、末の弟をおぶりながら両手で籠を抱えていたころに比べたら、なんてことない。


 数えで三つになった末の弟シコロは、すでに自分の足で歩けるようになっていた。そのぶん、目を離すと危なっかしくて、とても川なんかには連れていけない。今は家で次女のイケマと、三女のスミリが面倒を見てくれているだろう。


 ちょうどいい川べりに腰をおろし、ニヌムは汚れた衣を洗いはじめた。


「……っと、冷たっ」


 朝日にきらめく川は温かそうに見えたが、その期待に反して、氷のように冷たかった。


「風があったかいから、川も温まってると思ったのに」


 ぷりぷりと文句を言いながら洗い物をしていたニヌムだったが、ふと、


「……そうか。暖かい風で雪がとけたから、冷たいんだ」


 と、気づいた。


 雪どけ水をたっぷりふくんだ川は、生き物を育むと同時に、洪水の危険もある。冬のうちにつもった雪が、暖かくなったころに大量にとけて、川の水が増えるのだ。


「そういえば、ここ三日くらい雨だったよね。ようやく晴れて、洗濯日和だと思ったけど……気をつけなきゃ」


 日陰になっているところは、まだ下生(したば)えに雨つゆが残っているほどだ。ぬかるみに足が取られそうでいやだと思っていたが、それよりもっと気をつけなければならないことがあった。


「早く帰って、村の人たちにも知らせよう」


 ニヌムは慎重にあたりを観察しながら、なるべく急いで洗濯をすませ、一目散に村へと駆けていった。




       ※




 ニヌムが村へ戻ると、自分の家のほうがにわかに騒がしくなった。

 なにがあったんだろう、と近づく。家の入り口に牛車がとまっていて、


「ああ、また貴族のお方がいらしたのね」


 と、納得した。


 牛車に乗ってきているなら、まず間違いなく貴族だろう。気位の高い人たちなので、頑固者の祖父とはしょっちゅうぶつかり合っている。


 鷹部屋のほうに向かうと案の定、サンシュが貴族に囲まれていた。

 そのさらに後ろ、彼らに守られるようにして、薄絹を垂らした笠をかぶった貴族の女性と、うつむいた少年が見える。どちらも絹でできた着物をまとっていて、身分の高さをうかがわせた。


「では、どうしても売らないと申すのだな?」


 護衛であろう男性が、ややきつい口調で問いただす。

 サンシュも負けじと、


「おうとも。あんたらにゃ売れねぇよ」


 と、言い返す。


「貴様ッ、このお方がどなたかわかっておられるのか!?」

「誰が相手だろうが関係ないね。技術のないやつに鷹は売れん。とっとと都に帰りな」

「言わせておけば……!」


 まずい、とニヌムは割って入った。


「お待ちください! 祖父は口下手なものでして……。じいちゃん、言い方ってものがあるでしょ!」

「ニヌム、口出すな」

「言わせてもらうけどね。じいちゃんひとりで、ちゃんとお客様のお相手ができるなら、わたしだって口出ししません」


 叱りつけるニヌムから目をそらし、サンシュはばつが悪そうに、


「おまえは最近、ホーコに似てきた」


 と、ぼやいた。

 ニヌムは客人に向き直り、緊張を押しころして、精いっぱいの笑顔を浮かべる。


「申し訳ありません。祖父が言いたいのは、つまり……、鷹は危険なのです。一歩間違えば、こうなります」


 と、ニヌムは袖をまくった。

 そこから見えた腕を見て、客人たちがどよめく。


 彼女の腕は、大小さまざまな傷がついていた。本人は「自分がまだ未熟なせいだから、仕方ない」と割り切っているが、血を〈穢れ〉として忌みきらう貴人らは仰天した。


「女児の腕に……なんとむごい」


 と、口々に憐みの声をあげている。

 ここぞとばかりに、ニヌムは畳みかけた。


「きっと、皆さまにとって大切なお方なのでしょう。そんなお方が、このように怪我をすることを、ほんとうにお望みになりますか?」

「う、む……。そなたの言うとおりだ。なかなかに聡い女童(めのわらわ)よ」


 護衛の男は感心した様子だが、ニヌムは今年で十二歳。貴族ならそろそろ成人するころだ。〈女童(めのわらわ)〉と呼ばれるほどではない。


 小柄な彼女は、歳よりも幼く見られることが多々あった。

 複雑な気分ではあるが、この場は勘違いされていたほうが都合がいいので、あえて指摘しない。


「致し方あるまい。この場はここで……」

「――待て」


 話がまとまりかけていたその時、さえぎる声があった。

 護衛に守られていた女主人だった。


「そなたの言うこともわかる。だが、我らにはどうしても、よい鷹が必要なのだ」

「なぜですか?」


 ニヌムはつい、聞き返してしまった。

 傲慢からきている(かたく)なな態度には見えなかった。むしろ、どこか切羽詰まったものを感じる。


仔細(しさい)は言えぬが……今年の〈野行幸(ののみゆき)〉は、決して仕損(しそん)じるわけにはいかぬのだ」

「ののみゆき……」

「うむ。そなたらには耳馴染みがないか。下々(しもじも)の者は〈禁野(しめの)〉には入れぬからな。〈野行幸(ののみゆき)〉とは、毎年冬に王がおこなわれる鷹狩りのこと。我らはそれに同伴し、成果を出さねばならぬのだ」


 サンシュの顧客には貴族が多いので、実のところニヌムは、〈野行幸(ののみゆき)〉のことは知っていた。

 しかしそれより、ニヌムはこの女主人の言うことにどこか引っかかりを覚えて、もごもごと押し黙った。


「どうか、重ねて頼みたい。〈野行幸(ののみゆき)〉で成果をあげられるだけの鷹を差し出してほしい」

「しかしなぁ……」

「――母上、もうよいのです」


 水かけ論に陥る中、膠着(こうちゃく)をやぶったのは、これまでひと言も発しなかった少年だった。


 先ほどまでうつむいたままだった顔をあげると、絹のようにさらりとした黒髪の隙間から、黒曜石のごとく深いきらめきの瞳がのぞいている。


「よいのです。どれほどよい鷹を手に入れても、使い手が能なしでは意味がありませぬ。天命がなかったと諦めましょう」

「ああ、アサヒ……!」


 女主人は薄絹の向こうで目もとを拭っている。

〈アサヒ〉と呼ばれた少年は、再びうつむき、ぎゅっと口を引きむすんだ。指が真っ白になるほど拳を握って震わせている。


 なんだかこちらがひどいことをしているように思えて、気まずくなってきた。サンシュも同じ気持ちなのだろう、二人は思わず顔を見合わせた。


「どうやら事情がおありのようで。なんとかしてやりてぇところですが……」

「……いや、よい。そなたの言うことには筋が通っている。此度(こたび)は屋敷へ戻るとしよう」


 そう言うと、女主人はスッと向こうの荘園を指差した。


「あの向こうに我が屋敷がある。もし気が変わったら、いつでも訪ねてきてくれ」


 そう言って、牛車に乗って去っていった。


 彼らには悪いが、きっとサンシュの気持ちが変わることはないだろう。

 もう会うこともない、そう思っていた。


 ――予想が覆されたのは、翌日の昼ごろのことだった。

現実主人公の西洋風異世界ファンタジー『わたしにかまうな、英雄ども。〜ぼっちのわたしが魔法学校で不本意にも友を得るまで〜』の連載を始めました。

冤罪で孤立無援となった素直じゃない女の子が、問題児の公爵令息と関わることになったり、学園の陰謀に巻き込まれたりする話です。

よろしければ、こちらもよろしくお願いします。

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