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俺と辛党と古い村

失踪気味だがこんにちは!

わーい漸く話できました。温かい目で読んで欲しいです。

明らかに古めかしい…言い方を変えれば純日本ホラーな雰囲気あふれる…うん取り繕うのをやめましょう。

俺は今、明らかになんか出そうな村にいます。

そして横には辛牙少年。なんでこうなった。


〜遡ること数時間前〜

「ねえ雑用係」

「険を含みまくった呼び方とトーンですねなんですか」

「だいぶ慣れたよね」

「脈絡なさすぎて何に慣れたかわかりませんけど!?」

甘原少女は『裏探偵』という立場と十代という若さ故か、人の前では基本的に完璧超人であろうとする。が、慣れた仲だと段々と敬語や愛想が抜け落ちる傾向にある。まあ猫被りの猫の皮が剥がれているとも言うが。

そして気を許しきり、かつ気を抜き始めると今度は主語述語が抜け始める。

辛牙少年に対してもそうなることが多いらしく、被害者本人から直々に「超絶面倒臭いから気を付けろ」忠告された。

最初のうちは気を許してくれた感動の方が勝ち、そうでもないとタカを括っていたのだが、数週間で理解、そして発言撤回せざるを得なくなった。

この人、酷い時は「ん」だけで全ての要件を

終わらせようとしてくるのだ。

書類、飲み物、妖怪、否定肯定、食事を筆頭にその他諸々。

ありがとう、ごめんなさい、その他挨拶系統はしっかり言葉にするあたり彼女の生真面目な人柄が出ているが、他はもう『イントネーションで察してくれるだろ』と完全に受け取る側であるこっちに投げてしまっている。

もはや英検みたいな専用の言語検定があった方が良いのではないかと考えてしまうレベルである。

まあ話を戻し、それと比べればまだこれはマシな方だ。なんてったって動詞がある。

「慣れたでしょ?私の仕事に関するあれやそれや」

「下手すると卑猥にも取れそうな言い方しないで頂けると嬉しいのですが?」

でもまあ慣れてきたのは事実だ。

次から次へと舞い込む依頼は、警察関連から個人のなんでもない思い込みまで多種多様で、それらをひたすら補助、もしくは俺が担当…もっと的確に言うなら丸投げされる事でかなりの速さで慣れることができたと思う。

何か下手をすると勉強不足として問答無用で「甘原ブートキャンプ」に連行されるので、緊張感とそれを回避するために集中力も尋常ではないレベルで総動員した。

ブートキャンプに関しては、もう…許されるならば思い出したくもない。

お陰様でサバイバル能力を筆頭とした生存能力と筋力、妖怪の知識だけは他人に堂々誇れるレベルに到達した。

まさか自分の腹筋が四つに割れる日が来るとは思わなかった。

生命活動の存続を左右する重要な場面で怪我や死亡を回避させてもらっているので、強く出られないとも言うけれど。

「慣れたよね。だから、ちょっと『社会見学』してきてもらおうと思って」

ほう、社会見学とな?

首をひねる俺を傍目に、甘原少女は黒電話を慣れた手つきで回して誰かに連絡を取り始める。

黒電話は自由自在に扱えるのに、スマホは長時間四苦八苦して漸く電話をかけられる彼女は何なのだろうか。

公衆電話関連禁止してスマホを持たせてみたら、電話かけるの諦めて狼煙で連絡とってきた猛者である。

曰く『細かい操作は苦手』だそうだが、効率的にもそろそろ最新機器に慣れて頂きたい。

「おっけ、許可出た。いってらっしゃい。集合場所は…」


で、今。

なる程社会見学って『辛牙少年のところで雑用係してこい』ってことか。

でも甘原少女も辛牙少年も同じ裏探偵だ。

社会見学になる様な要素はない様に思えるんだけど…

「…あー、まぁ、言いたいことは分かる。実際他のとこよりはやりやすいと思うぞ。あと間違いなく勉強にもなる」

ほい、と資料を渡されたのでそれに一通り目を通す。

内容をざっくりまとめると、「爺さんが死んだらなんか夜な夜な枕元に立って『影寄越せ』って日数カウントダウン付きで脅す何かが出るようになった、なんとかしろ」である。

「把握しました。内容と情報の薄さ的に警察案件じゃないですね」

「…さすが、理解が早い。あと敬語外してくれ、仕事だからって分かっててもゾワゾワする」

一応こう言うメリハリは大切だと思って敬語をつけたのだけど、本人からやめろと言われれば突っぱねる理由もない。素直に従って敬語を外す。

「分かった。取り敢えず情報集めしてみる。…ガア、オル、マー。頼める?」

人型の鎌鼬、風を司る友達であるこの三人は情報集めに尋常ではなく長けている。

情報関連にのみ絞れば、俺は千里眼の如く先を見通す裏探偵二人よりも優れている。(と言っても実際優れているのはガア、オル、マーの三人だが)

こくこくと頷いてくれた三人に、俺は三つ指を立ててお礼は何がいいかを問うた。

ガアは一番右、オルは真ん中、マーは一番左に飛びついて俺を見上げる。

いつも通りの選択。これならばあらかじめ用意してあったストックで足りる。

下手すれば戦争も起こりかねない三択なのだが、幸いな事にこの三人は毎度平和的解決できている。

「はい、ガアは○のこの山、オルは○のこの里、マーは○のこの村」

三種類のスナック菓子をそれぞれ一種類ずつ手渡せば、三人が三人とも自分の体と同じくらいの大きさの箱を身に纏っているミノの中に収納する。

もう見慣れた光景ではあるが、相変わらずどうなってるんだその四次元ミノ。

「溶ける前に食べなね」

忘れないように念押しする。

つい最近…夏になってから分かったことだが、ミノの中では時間経過はかなーりゆっくりになる為腐りにくいらしいが、溶けたり冷たくなったりというのは気候や三人の体温の影響をモロに受けるらしい。

三人とも体が小さいので比較的体温が高く、更には夏、ついでに保温機能抜群のミノの中と来た。

どうやら一日一個ちょっとずつ食べる…という可愛らしいことをしていたらしいのだが、夏の暑さゆえに爆速で溶けた結果、全身ベットベトのチョコまみれで大号泣しながらスナックが入っていた箱を埋葬している三人組、というシュールすぎる絵面が完成した。

元々臆病な妖怪である為、俺と友達になるまでは俗世の事にとんと疎く、チョコは暑いと溶けるということ、もっと言うとチョコ自体を知らなかったらしい。

因みに後々分かったことだが、埋葬していた訳ではなく植えなおせば八年後くらいには新しく生えてくるだろうと考えていたらしい。

完全果物のノリだが待て、チョコは植えても分解されるだけだ。

そのことを伝えるべく泣きじゃくる三人に対し四時間かけてチョコとは何かを教えた結果、溶ける前にさっさと食べることを覚えてくれた。(なお、他を理解してくれたとは言っていない)

ついでに、溶ける速度が上がるのにミノに収納するのは純粋に体の大きさ的に持ち運びにくいからである。

閑話休題。

「んじゃ俺たちも動くか」

「そうだね」

辛牙少年に促されて此方も動く。

手帳とボールペンを手に取って、取り敢えず『影』『お爺さん死後』『夜』と書き込む。

ガア達の帰りを優雅に待ったりなんかしない。そんな暇があるなら少しでも情報を集める、それが基本であり助力してくれている彼らに払うべき最低限の礼儀だ。

勿論情報がかぶることなんて日常茶飯事だが、ガア達が持ってくる情報の方が内容も細かく正確性も高い。照合の意味も兼ねており、無駄であることなどない。

「ここで問題、まず調べるべきは?」

「その地縁の寺や怪異スポット」

「正解。んじゃ悪いがブーストさせてもらうぞ」

ぴた、と俺に引っ付いて辛牙少年が意識を集中し始める。その瞬間俺に辛牙少年の『補助』が入る感覚がしたのだが、視界にいつものような怪異や違和感が映り始めない。

(あれ調子がおかしいのか?)

目を数回擦ってみても変わりはなく、瞬きしても変わらない。

しかし、次の瞬間『補助』と、『勉強になる』という言葉の意味を理解する。

耳元で音が爆発した。

いや、爆発したというよりは、聞こえる音の種類が尋常ではなく増えたというのが正しい。

人が他には居ないのに囁き声が聞こえる。

蹄のような音が聞こえる。とにかく『聴こえる』のだ。様々なものが。

「…補助、分かったか?」

耳にこれでもかと言うほど音が大量に雪崩れ込んでいると言うのに、少し不安げに聞いてくる辛牙少年の声をしっかり聞き分けられる。

不思議な感覚だった。まるで聴覚そのものが二つに分離したような。

「分かった。『聴こえる』ね」

「これが『社会見学』の意味だ。俺は【視る】方はサッパリ駄目でな。何時ぞやの天狗の時みたいに、力そのもの誰かに叩き込んで【視せる】なら問題ねえんだけど…補助だとこっちしかできない。すまない」

「いや大丈夫…凄い不思議な感じだねこれ」

確かにこれは勉強になる。

複数同時に聞こえる音を的確に聞き分けるのは至難の技だろう。いや、視るのも相当キツいけど。

ついでに、入ってくる情報の種類が違う。視ている時は形やら軌跡やら変形やらに重点が置かれるのだが、聴く場合、音と内情と共通項が大事になってくるようだ。

甘原少女が【視て】、辛牙少年が【聴く】。

お互い手に入る情報が違うのだから、持ち寄ってすり合わせる事ができればそれこそ最高だ。

二人で一組扱いされるのも納得といえよう。

「ギウ様、ねぇ…?」

「うっわイケボやめて鳥肌立ちそう」

「あんたも無自覚だけど大概失礼だよな?いいから聴け」

そう言われたので気合を入れて聴く。

そうすると、主に浮ついた男の声で『ギウ様』という単語が飛び交っていた。

「んー、えーと、『ギウ様との逢瀬が叶う』に、『ギウ様を身請けするにはいくら必要か』…?これ内容的に…」

「多分娼妓の名前だな」

アッサリと言われてしまった。そりゃそうだ。むしろ他に何がある。ただ問題は、

「メッチャ聞こえてくるんだけど」

そう、四方八方から聞こえてくる。なんなら複数同時に聞こえることもある。

昔の人がよっぽどの常春頭だったのか、それともその娼妓が相当凄い人気だったのか分からないけど、娼妓関連の…要約すると色事に関する声がこの量なのはいかがなものか。

「多分ここ、元は遊郭だったんだろ。夜の仕事だ、今回の妖怪も出てくるのは夜、調べる価値はあるかもな」

嗚呼成る程なら納得。遊郭ならまあ、そのために来てるんだからこの量も納得だ。

「じゃあギウ様について、調べてみようか」

「ああ。これだけの量音が『残ってる』なら今現在の地域でもよく知られてるはずだ。聞き込みのが効率いいだろうな」

「残る?」

ポヘっとした顔で鸚鵡返ししてしまった俺に対し、あー、と少し困った顔をして辛牙少年は言葉を詰まらせた。

呆れているというよりはどうやら伝わりやすい表現を探しているらしいので、素直に待つ。

「えっと、【視る】時も一緒なんだけどな…残滓みたいなのがあって、時間が経つほど薄れるんだけど、地域に色濃く根付いてるほど消えないんだわ」

「あ…確かに」

つまり、残滓が残っていればいるほど地域住民に知られているということだ。

変に資料を漁るより、地域住民の話を聞いたほうが圧倒的に早いし正確だろう。

はぁー、とかなり深いため息をついてから、ぼやくように辛牙少年が呟いた。

「…まーじで[見て盗め]徹底してんだな千里のやつ」

「…あはは」

庇おうとしたが苦笑いしかできなかった。

事実甘原少女はこんなに懇切丁寧に一つ一つ解説なんてしてくれない。

勿論俺の柔軟な思考という武器を残すための行為なのだが、少し扱いづらくもある。

こちらが疑問を持って質問すれば答えてはくれるが、それが当たり前と誤認してしまえばそのまま放置する。

今現在、辛牙少年の【聴く】力、そして残るという言葉に反応していなければ、俺は多分それが当然だと信じて疑わなかっただろう。

何もかも[言葉足らず]なのだ、俺の上司は。

でも何もかも手取り足取り教えていれば柔軟な発想力は擦り切れて、ただ水を与えられるのを待つだけの苗木になる。

【贄】相手にそんな悠長な育て方をしていれば、育つ前に速攻で食われる。

その不足分の発見と補充も兼ねるための社会見学なんだろうな、と予測しながら聞き込みを開始した。


「ギウ様かぁ?遊女だよ。人気を独り占めにしてたべっぴんさんだ」

のんびりとした口調でそう言ったお婆さんは音を立てて茶を啜った。

こちらも出された緑茶を飲んで次の言葉を待つ。

僕の前にはお饅頭が二個、辛牙少年の前には何故かおにぎりが山のように積まれており、辛牙少年は黙々とおにぎりを国の中に納めていた。

「よしよし、いっぱい食って大きくなれよ」

満足気に微笑むお婆さん。多分孫感覚なんだろうけど、いっぱい食べると言っても五十個近いおにぎりは多すぎないだろうか。

一つ一つの大きさが握りこぶし以上あるんだけど。

まぁそれを半分以上既に食べきっている辛牙少年には丁度良いのかもしれないが。

「…他に特徴はあるでしょうか?」

本日何度目かの台詞を口から溢す。

そして、本日何度目かの台詞が返ってきた。

「そんだけだよ。他には何もない」

横から静かな落胆の気配が漂う。

辛牙少年だった。

予測通り、この村の人たちは皆『ギウ様』を知っていた。

ただ、誤算もあった。皆確かに知ってはいた。しかし、『綺麗で人気な遊女』という情報しか得られなかった。

「…どん詰まりだな」

礼を言い、お婆さんの家を後にしてから辛牙少年は速攻で方針を切り替えた。

人に聞くのが駄目だと分かった途端に、今度は書類や伝承を漁った。

だが、徹底して『何もない』。まるで故意に消されたかのように。

図書館の一角、これでもかというほどの量の書類に囲まれて、苦虫を噛み潰した顔で宙を仰いだ辛牙少年に麦茶を渡せば、半ばヤケで飲み干した。

一気飲みはあまり体には宜しくないが、まあその気持ちがわからないわけではない。なので今回は黙認することにした。

圧倒的に情報が足りない。ガア・オル・マーも、まだ情報集めが終わらないらしく帰ってこない。

煮詰まりそうな頭を切り替える為に外に出て、風通りの良い木陰で休む。

あまりにも進展がなさすぎる現状に嫌気がさしてため息を溢し、顔を上げると…視界一面が紫で埋め尽くされていた。

「エッ、何!?」

「ハローぉ、おにーさん」

紫色越しに聞こえた声で現状を理解した。

顔の前に垂らされた紫の布を払い、その先にある布よりも深い紫の猫目と真正面から向き合う。

「久しぶりだね、Liar」

「適応と対応早いねぇ、成長したじゃんお兄さん」

木にぶら下がる形で俺に悪戯を仕掛けたLiarに一言声をかければ、紫色の目が楽し気にニィと三日月に細められた。

「情報が要るんでしょ?」

「流石だね、何の情報がいるかも分かってる感じかな?」

「勿論」

嬉しすぎるタイミングでの情報屋の襲来に思わず笑みが溢れた。情報不足を解消するのにこれ以上の一手はあるまい。

「遊女ギウ様について、情報を…いくら?」

勿論タダでもらえるとは思っていない。相当な額を要求されるのを覚悟で聞いてみたが、あっさりとつっぱねられた。

「要らないよ。まだお兄さん変わってないみたいだし」

変わってない、それが褒め言葉なのか罵倒なのか。それに、彼女の基準での『変わった』は、何が変わったことを指すのか。

分からないことだらけだが、基本的に理解しようとしても無理だったのでやめておくことにする。

ついでに、多分聞いても教えてもらえない。「ギウ様についてだよね。美人で人気な妓女ってのはもう知ってるね?彼女に一人の、そりゃあもう面食いな殿様が興味を持った」

お殿様…そんな情報は持ってなかった。いきなり新情報だ。やはり色々不足していたらしい。

「で、見に行った…んだけど、正確には彼の影武者が見に行ったんだ。まあ殿様直々にノコノコ見に行くわけにはいかないからね。で、まさかの両方ビンゴ」

「両方ビンゴ…て、まさか両方一目惚れ?」

その通り、と言わんばかりにLiarはパチンと指を鳴らして見せた。

終始にぃと笑っているので白く鋭い八重歯がどこか攻撃的に存在を主張している。

「殿様には予約一杯でまだ会えてないと言い訳して、影武者はギウ様の所に通い詰めた。相思相愛の逢瀬さ。でも甘い時間はそう長く続かない、物語のセオリーだね。案の定殿様にバレた。ついでにギウ様がどんな女かもね。殿様はすぐギウ様を城に呼び寄せた、勿論結婚する為に。ギウ様は必死に抵抗したよ、影武者としか結ばれる気はないと。でも殿様は認めなかった。だから彼女に見せてあげたんだ…影武者の生首をね」

ヒュ、と喉で風切りのような音がした。心を折るには最適な手段。

Liarはまだ止まらない。朗々と語るような口調はそのままに、締めくくるように更に続けた。

「だから彼女の詳しい伝承と共に、この言葉も伝わってるのさ。『影を返せ』」

『影を返せ』…その言葉が引っ掛かった。依頼者が毎晩聞いているのと同じ言葉。

「内容的にギウ様が大本命と見て良いわけだな?Liar」

いつの間にか背後まで接近していた辛牙少年が声をかけた。

Liarが一瞬だけ顔をしかめてすぐ戻した。

でも観察眼が他者より遙かに優れている裏探偵の前ではその取り繕いなど意味がない。

そんなことを情報屋である彼女が知らないはずはないだろう。つまり、隠すつもりがさらさらないという事だ。

「それ決めるのは僕じゃないでしょ」

俺の時と比べるとかなり素っ気ない対応をしたLiarだったが、どうやらそれがデフォルトらしい。辛牙少年は別段気にした様子もなく軽く詫びてから俺の方を見た。

「取り敢えず依頼主に報告だな。対応決定は『一応』その後だ」

一応を強調した一言。うんまあ、確認するまでもなく「祓うなり何なり自分に影響が出ないようにしろ」って言う未来が既に見えてるけど。

でも大事だもんね様式。しょうがないよね。

言質…げふんげふん許可取っとかないと後であーだこーだ言われるの面倒くさいもんね。

主に狗神関連の時とかね。

「…毒されてきたなあんたも」

「ナンノコトカナー?」

「大根役者丸出しの棒読みは現在のようで何より。顔に出てたっつの」

軽く小突かれた。いや君鍛えてるから普通に痛いんだけど。

「あ、ありがとうLiar…あれ?」

お礼を言おうと振り返った時、既に紫色の目の情報屋は影も形もなかった。

いつの間にいなくなったんだろうか。会話をしていたとはいえ、移動する気配に一切気づかなかった。

「いつものことだろ。行くぞ、急がないと夜になる」

確かにいつものことだが、ちゃんとお礼を言えなかったことは残念だ。

少し後ろ髪を引かれながら、既に依頼者宅へ足を進める辛牙少年の後を追った。


結論から言おう、夜になりました。

更に言うと、まだ依頼者に会えてません。

ついでにもう一言、隣の人の堪忍袋の尾が悲鳴をあげております。

「なんっなんだよマジで!何で居ねえの!家に!居るだろ!普通は!」

謎に細かく区切り、ついでに不思議な倒置法を使いながら、怒りを必死に言葉に変えて逃している辛牙少年の後を黙ってついていく。

甘原少女なら駄菓子で緩和することができたが、今俺は彼を満足させられるような辛いものは持ってない。

(…次からデスソース持って歩こう)

側から見ると意味不明であろう小さな決意を胸に刻みながら、依頼者を探す為に視線を左右させるのは止めない。

家に居なかったが、どうやら履いて出たのはツッカケらしい。車も自転車も残っていた。

そんなに遠くには行けないはずだ。

二人揃って彷徨い歩くこと既に十数分、情けない話だが、帰ってくる気配が微塵もないガア・オル・マーが恋しくなっていた。

俊足の彼らがいてくれたら単なる中年男性一人見つけることなど秒殺だったと言うのに。

居そうなところ…主に居酒屋とネカフェ…は完全に潰した。まず前者はまだしも後者はこのド田舎には一軒しかない。

どんどん村の中枢から離れ、今は村外れの社のようなところにいる。

「さすがにココに居る訳ないと思うけど…」

夜の社とか雰囲気満点すぎる。しかもかなり長いこと放置されているらしく、結構荒れている。好き好んで入る馬鹿なんて…

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」

居たわ。超居たわ。

奥の方から聞こえてくる、自分酔っ払ってますよと言うことをわざわざ周知するような笑い声。

いや俺依頼者の声知らないけど、横の辛牙少年がもはや哀れなものを見る目で社の方見てるから依頼者で間違いない。

伸びまくった草を掻き分けるように社に向かえば、その祭壇の前で酒の浴びるように呑んでいる呑兵衛が一人。

おい待て神聖な祭壇を酒の置き場にするな。

「おい何してんだよこんな所でこんな時間に!」

珍しく相手が依頼者であることをすっかり忘れたらしい怒りもあらわな口調で、辛牙少年が叫ぶように言った。

相手は全く聞く耳を持たずに酒を更に口の中に流し込む。

呂律も怪しいふにゃふにゃな声で、けれどハッキリと拒否を示した。

「どーせ意味なんてないんらよぉ〜、十時になったらまたあいつが来るにきまってらぁ。家でビクビクしてても意味なんてないんらから、此処で酒呑んで迎えてやれば嫌味の一つでも言えるらろ」

あまりの馬鹿さ加減に二人揃って額を抑えてしまった。恐怖で頭がパラリラピーになっていたとしても愚か極まれりだ。

万が一酒の勢いで嫌味の一つでも言い返せたとしても、その後逆鱗に触れて返り討ちか気絶した後野犬の餌だ。

「いーから!帰るぞ!」

「やだああああ飲むうううう!」

「ガキか!」

十代にガキと称される三十代男性暫定無職とはこれいかに。

しかも無理矢理ここに留まろうとしているのに、余裕で力負けして引きずられている。

なんか反面教師ってこんなんなんだろうな、と思わせる要素を煮詰めたような、理想的な反面教師像だ。

田舎の通り道で、泥で背中が汚れることなど一切考慮せず、嫌々と赤子のように駄々をこねるアラフォー男を無理矢理家に引きずり戻し、寝ずの警護をしてみたが…なぜか襲撃はこなかった。

因みに依頼者は、ずっと叫んだり駄々こねたりぐずり出したり遠吠え(何故)しだしたりで煩かったので、堪忍袋が昇天した辛牙少年が手刀で沈めた。

西部劇映画とかの腹パンみたいだったが、マジで沈むのは初めて見た。

うん、見たのは初めて。最初の頃は俺がされてたから。見たのは初めてです。うん。


そして次の日、ギウ様探しというか、正しくはギウ様の幽霊探し。

辛牙少年の耳は、持ち主の意思が強いのであれば残留思念的なものを辿れるらしく、朝からずっと辛牙少年と接触し続けている。ブーストのために。

残留思念を辿るなら、それに影響を受けているものを起点にするとやり易いので、起点(煩いのでガムテで口塞がれた上にロープでふんじばって引き摺り回されてる依頼者・絶賛涙目)と一緒に怪しいところを虱潰しに調査していた。

だがしかし、辛牙少年の眉間に刻まれた皺は時間を追うごとに深くなっていっている。

せっかくのイケメンが台無しだ。持たざる者から見ても非常にもったいない。

「…なんでだ?なんもねぇ」

「どゆこと?」

「いや、マージでなんもねえの。普通毎晩脅しに来れるならがっつり残留思念残ってんだろ。噂とか、伝承残ってるけど残留思念は一切ないんだよ。耳澄ましても蹄の音とか牛の鳴き声ばっか」

ギウ様が相当な牛好きだったのか、いやそれはないだろう。だったらLiar が教えてくれていたはずだ。

色々なところを調べすぎてそろそろ夜になる。さっさと終わらせないと田舎故に帰り道は相当暗い。

夜目は効かない方なのでそれは避けたかった。実際昨日も足元の根っこに気づかず見事足払いを喰らって顔面着地した。いまだに顔がひりひりする気がする。

思い出して顔をひと撫でした時、急に鋭く風が吹き抜ける。

足下に目をやれば、案の定見慣れた3人組が立っていた。

「お帰り、ガア・オル・マー」

頭を撫でれば、嬉しそうに頬を染めて鼻先をかく。

そしてしばらく余韻に浸った後、思い出したようにミノからゴソゴソとあるものを取り出した。

・缶ビール(空)

・升と杯(酒の香り)

・ワインボトル(未開封)

以上三つ、謎のラインナップである。

そして次に何をするかと思いきや影踏みで遊びだした。何故。

こちらが首を傾げているのを見て、三人は必死に持ってきたものを掲げ、影踏みをし、を繰り返し始めた。

どうやら共通の意味があるらしい。

そしてマーが何か思いついたと言わんばかりに手を打って、オルに何かを伝えたと思ったら今度は闘牛ごっこを始めた。

申し訳ないがさっぱりわからない。

「…ごめん、書いてくれる?」

この三人は字が書ける。そのことをようやく思い出して紙とペンを手渡すが、何故か何か書こうとした瞬間に後ろを振り向き…真っ青になって突き返してきた。

理由はわからないが、彼らは無意味な嫌がらせなどはしないと理解している。

書いては行けない理由でもあるのだろう。

なら自分で考えるしかあるまい。

辛牙少年は依頼者を家に返しに行ったのか、もう社にはいなかった。

確かに長いこと借りているとお手伝いさん達に要らぬ心配をかけるだろう。さすが辛牙少年、紳士の気遣いである。

いつもなら直ぐに追いかけるところだが、何故かやたらと社が気になった。

中に入る。当たり前ではあるが、社の中は昨日のままだった。

古いわりに比較的しっかりしており、崩れたり雨漏りしたりしている気配はない。

というより。

「…補強工事されてる?」

窓やら壁やらが補強してある。しかも比較的最近の技術によるものだ。つまり誰かが管理していたことになる。

でも草などは伸びていた。つまり、比較的最近管理者がいなくなって一気に荒れたのか。

社の奥には何故か酒蔵まであった。全て空だったが、死ぬほど酒樽が詰め込まれていた。 

脱税の為に社を装った酒蔵?だとしても立地が悪すぎる上に補強工事やらなんやらで大赤字だ。

「…昨日の缶ビールもそのままだし」

それにしても三人の友が持ち帰った内容もそうだが、随分酒、酒、酒、そして牛だ。

一体酒がなんなんだ…と少し嫌になりながら缶ビールを持ち上げて思った。…軽い。

いや、この缶ビールは無開封だ。昨日これを飲みたくて駄々をこねまくった見苦しい生き物を見たのだから間違いない。

念のためプルタブを開けてひっくり返す。

…何も出てこない。

ガア・オル・マーが足元でぴょんぴょこ跳ね回ってアピールしている。

どうやらこれが関係あるらしい。

他の未開封の缶ビールも開けてみたが、尽く空。

手渡されたワインボトルも、コルクに開けられた形跡はないが空だった。

頭が高速回転を始める。暗くなりつつある空の速度と競うように、思考が高速化していく。

酒。人ならざる方法で呑まれた酒。

ここは社、つまり神、もしくはそれに近いものが祀られていた場所。

ギウ様の残存思念は無かった。依頼者から聞こえた牛の声と蹄の音。

酒、社、牛。まだ足りない。

ガア・オル・マーが何かに怯えて答えを書けなかった。妖怪の彼らが恐れるのは人間ではない。今が幽霊か何かであっても元が人間なら関係ない。

万が一神になっていたとしたら別口だが、ギウ様が神になったという情報はない。

「ガア・オル・マー、何かヒントは…」

そう呼びかけながら下を向くが、三人は既にずっと動いていた。影踏みをして遊んでいた。

影踏み。……影?

酒、神、牛、…影。

「…酒、神、牛、影…待って、まずい!」

思考がまとまると同時に外を見る。

もう空は暗くなっていた。夜だ。

慌てて社を飛び出して走り出した。目指す先は依頼人の家。ガア・オル・マーも俺が理解したことを察して、嬉しそうに高速でついてきた。


依頼人の家は比較的豪華で門と壁が付いている。

もう夜なのだから当然ピッタリと閉じられていたが、時が惜しい。

お手伝いさんが開けるより早く、甘原ブートキャンプで鍛えられた筋肉に物を言わせて無理矢理敷地内に飛び込んだ。

案の定室内からうるさい悲鳴が終始途切れずに響き続けている。おかげで位置の特定は容易だった。汚い悲鳴は耳に毒だったものの。

途中で一つ寄り道をしてあるものを回収し、スライディングの容量で悲鳴の発生源である室内に滑り込めむ。

中には札のようなものを取り出しながら臨戦態勢の辛牙少年…にたった今沈められて気絶した依頼人と、案の定、ソレが居た。

胴体は牛だが、通常の三倍以上の大きさがあり、捻れたツノが生えている。

長く赤い舌に、サラのような巨大な目が二つ。

「牛鬼…!」

牛鬼の情報も聞こえては居たはずだが、似たような響きもギウ様にかき消されて聞こえなかったのだろう。

突然の俺の登場に少し驚いたらしい辛牙少年を完全無視して、俺は牛鬼に一つのものを差し出した。

俺が差し出したそれに、先ほどまで気絶していたはずの依頼人が悲鳴を上げた。

凄いな、さっき本気で辛牙少年にオとされてたのに無理矢理戻ってきた。

「やめろぉー!それは俺でも一生飲めるか飲めないかのとっておきなんだ!」

知るかそんなこと。俺は迷いなくその【とっときの酒】を牛鬼に渡した。

牛鬼は少し微笑んでからあっさりと消えた。

…事件解決、ある意味あっけない幕引きだった。


「まさか牛鬼だったとはなぁ。ギウ様は全く関係なかったわけだ?」

事後処理に追われている依頼者を傍目に、辛牙少年が呟いた。

「全くね」

牛鬼。影と、影と連動して寿命を喰らう、牛の鬼の妖怪。

大の酒好きで、自分に酒を渡した人間は襲わないという律儀さも兼ね備えた妖怪。

どうやら依頼人の家系で、先祖代々神として牛鬼を祀り、絶えず酒を捧げて村全体を襲わないようにしてもらっていたようなのだが、

「このボンクラ息子がどうせ迷信だと突っぱねた、と」

で、暫くは社の中に備蓄されていた酒を消費していたので襲わずにいてくれたようなのだが、その酒が丸々無くなったので襲われなく無かったら酒を捧げろ、と襲うまでの猶予を律儀にカウントしに毎晩来てくれていたらしい。

あの夜襲撃もカウントもなかったのは、放置された未開封缶ビールを供物としてカウントしてくれたかららしい。

ガア・オル・マーは他者の介入を嫌う牛鬼により、牛鬼が原因なのは突き止めていたが口止めを喰らっていたらしい。書いて教えてくれなかったのはそのせいだった。

それでも可能な限りヒントをくれるその姿勢は、嬉しい上に非常に優秀で助かったので全力で褒め称えてお菓子とジュースを捧げておいた。いつもお世話になってます。

今後は毎月一定量の酒を捧げることで牛鬼に襲わないでいてもらうことになった。

というか、元の状態に戻った。

その分災害から守ってくれるというので十分すぎる守り神である。

「…で?勉強になったか?」

俺全く役に立たなかったけどな、とどこか悪戯っぽく微笑む辛牙少年に、本心から微笑み返した。

「勿論」

社会見学も終わり、俺はいつもの事務所への帰路についた。

「サボりの理由は?」

『リアルが忙し…』

「それはもう要らん。千里とあの人はともかく、俺どんだけ久しぶりの登場が分かってんな?」

『ハイ』

「…覚悟は?」

『よろしくない!では!』

「逃がすかオラー!」

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