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俺と火災と裏事件関係者

千里辛牙、裏探偵、自他共に認める辛党(と言っても酒好きという意味ではなく本当に『辛味』が好きという意味合いの辛党だが)。

一応自分の事務所的なものも所有している。

そんな見慣れた自分の事務所に異物がある。

異物…それ即ち、来客用である比較的辛さ控えめの菓子やつまみを勝手に食べて一瞬白目をむき、そして何とか踏みとどまって現実に帰ってきた十代の少女。

見慣れた、否。見慣れすぎた、作り物かと思うほど整った顔に、俺は遠慮なく毒を吐くことにした。

「なぁに勝手に来客用のもん食って勝手に気絶してんだよ千里」

「ぢーぢゃんざぁ…味覚壊れてない…?」

べ、と舌を出したままソレをぱたぱたと手で仰いでいる来客こと同業者・甘原千里は、辛さのあまり常日頃屁理屈を展開しまくる舌が臨時休業しているらしい。

食べたことに関する弁明をするより先に、こちらに味に対する批判を投げつけてのけた。

まあ言いたいことはいろいろとあるが、とりあえず『ちーちゃん』呼びに対して定めておいた制裁を加えることにした。

頭に握りこぶしを思いきり押し当てそのまま回転、言い方を変えれば『ウメボシ』による制裁である。

「いだだだだだだだだ!?」

そろそろ改めてもいいと思うのだが、頑として譲らない。

何がこいつをそんなに頑なにさせるのか、むしろ知りたいんだが。

三十秒ほど刑に処した後開放すれば、千里は頭を押さえつつ本題に移る。

千里が俺に掲示して見せたのは、一枚の書類だった。

生真面目な明朝体で記入されている文字は『裏探偵招集命令』。

「呼ばれたから呼びに来た。私の助手も連れて行く。異論ある?」

要するに仕事ということだ。こっちに『招集』の情報は届いていない、ということは多分担当した職員が古いほうの書類を参照したんだろう。

認めたくはないが正直助かった。命令違反は意図的でもそうじゃなくても、あとがひたすらに面倒くさい。隠す気などさらさらないため息をつきつつ仕事鞄に向けて歩を進める。

「異論はない、が質問はある。その『助手』は今どこにいる?」

仕事鞄を持ち上げつつそう問いかければ、窓にもたれていた同業者は視線だけで外を示す。

視線の先を見やれば、件の人物が河原にいた。まあそれは別にいい。問題はそいつが何をしているのかということだ。

…なぜか小豆研いでいる。しかも横に小豆研ぎがいる。

井戸端会議さながらに普通に喋りながら、小豆研ぎと鎌鼬三人組と一緒に河原で小豆研いでる。

「何やってんだあいつ!?」

「さっきここ来る途中に『贄』につられてやってきた、小豆そして餡子の良さを広めるために力が欲しい小豆研ぎと、小豆を始めとしてこし餡粒餡その他諸々な餡の良さを道中延々と私に猛烈トークしてた菓子好きの魂がシンクロした結果ああなった」

「分かりそうで何一つ分からんぞその解説…っておい、目が死んだ魚のみたいになってるけど何があった!?」

「私もう『贄』が何なのかわかんなくなりそうアハハハハハ」

「落ち着け頼むから!ほらヒッヒッフー!」

「ちーちゃんそれラマーズ法。私出産する気ない。そしてお互い落ち着こう」

落ち着かせるためにガタガタと肩を揺らしながら呼びかけると、逆になだめられた。

どうやら自分もかなり取り乱していたらしいので、素直に指示に従った。

お互いに息を吸って、吐いてを複数回繰り返して、常の冷静さを無理やり自分の中に引き戻す。

最近色々と規格外すぎる行動が目立ってきているあの人は、時折自分が妖怪に狙われてなんぼの存在であると忘れているような行動を取る。

事実忘れているのかもしれないが、だとしたら怖いことこの上ない。

「…あの危機感のなさは後でちょい指導するとして、召集の指定時刻は?」

「二時間後に現地集合だけど」

「ふざっけんなよお前!」

二時間後、現地にここから行くとなるとかなりギリギリだ。

あっけらかんと言い放ってくれた同業者を尻目に靴に足を捻じ込み荒々しくドアを開けた。

千里は携帯を耳に当てつつ後をついてきていた。それに伴うように河原からこちらに向けて走ってくる足音複数。

それを聞きつつ俺は集合地点とそこへの最短ルートを再確認していた。


一時間五十分後、現地にて、俺たちは三人そろって一つの建物……元・建物を見上げていた。

「焼けてますね…」

「見事にね」

「放火魔が居たら喜びのあまり失神するレベルで焼けたんだろうな」

三人とも、ろくな感想が出てこない。まあ、火災現場に感想を求めること自体まずないことだから当然といえば当然なのだが。

まあどのみち、この火災現場はこの一言に集約できた。

「恐ろしいほどきれいな現場だな?」

特段奇麗の定義があるわけでもないが、無理に例えるならこうなるだろう。

壁紙やカーテン、床板はともかく、骨組みもガラスの破片も無い。

何一つ残っていないのだ。

本当にそこが焼けたのか、と疑問に思うほどに何もない。

ただ、地面が少し焦げているのだけが、辛うじてある火事の痕跡と言えた。

「まあ呼ばれるでしょうねぇ、これじゃ」

そう呟きつつ、千里がきょろきょろとあたりを見回す。

恐らく郷仲さんを探しているのだろう。俺たちを現場に呼ぶ人間などあの人くらいしかいない。

俺も同じく郷仲さんを探してみるが、かの人のトレードマーク、無精髭は見当たらない。

その代わりと言わんばかりに、ポマードべったりの八二前髪と銀縁のスクエア眼鏡が目に止まった。

「げ」

千里が俺の背中で掻き消すように声をあげる。それでも相手に聞こえないように的確に小細工するのはさすがと言えた。

ポマード八二銀縁眼鏡(以下、ポマード眼鏡)は、此方に気づくと変な早足で近づいてくる。

千里が渋々と(と言ってもその『渋々』が分かるのは俺たち程度の擬態具合)俺の背中から出てきて、ポマード眼鏡に挨拶をする。

「お久しぶりです固武(こたけ)さん」

さらりと相方がした挨拶により、俺は漸く目の前の男の名前を思い出した。

固武堅固こたけけんご。なんとも妙ちくりんな名前だが…

「裏探偵だかなんだか知りませんが、挨拶する程度の知能はまだあるようで何よりですよ、大原さん?」

「甘原です」

「ああそうでしたね、すみません。裏探偵なんてペテン師たちの名前なぞ、覚えるつもりもないもので」

ご覧のとおり、頭がバリバリに固いのである。なんてったて俺たち裏探偵のことも、妖怪のことも信じていないのだ。

この人に至っては、名は体を表すということで似合った名前だと思う。

千里の顔色を静かに伺う。表情にこそ出してはいないが、目が笑っていない。

何を叫びたいかは痛いほどわかる。

“じゃあ何で呼んだんだよポマード眼鏡”である。口には出さないが。仕事なので。

「それに……」

ほう、まだ嫌味を言おうとするのかね?

千里と二人揃って年相応にキレそうになった時、一つの声がその負の流れをぶった切った。

「あの!それより仕事の話進めましょうよ」

田中さんである。千里にどんぐり飴を与えてご機嫌を取りつつも本題に引き戻した。

間違ったところなど一切ないど正論にポマード眼鏡が変な声を出す。

咳払いを数回して、やたらと偉そうに書類を提示した。

「確認を」

受け取り内容に目を通す。

要約するとこうなる。

海の近くのマンションが異様なまでに綺麗に全焼、しかも居住者の一人が行方不明らしい。

「行方不明?死亡じゃなく?」

「他の人は奇跡的に全員無傷だし、死体が見つかってない」

「了解」

千里がハンチングをかぶり直す。俺も一つ深呼吸してから、二人揃って同じ行動をとった。

それ即ち、【贄】との接触による能力ブースト。

千里が右について目を凝らし、俺が左について耳を澄ませる。

今、補助を入れているのは千里のほうだ。つまり【視て】いるのが二人、【聴いて】いるのが一人の構成。これが一番安定する。

「何してるんですかあなた達。現場で遊ばないでください。そんな演出いりませんから」

千里の目の前で手を振り、俺の耳元で喋るポマード眼鏡。

信じてねえくせに的確に邪魔すんな、眼球にひしゃく投げるぞ。柄のほうで。

……そう考えた瞬間、海のほうから悲鳴のような声が聴こえてきた。

いや安心しろ海坊主、お前には投げん。でもすまんかった。

落ち着いて考えたらこいつ眼鏡してるしな。外して割って投げてじゃ手間が多すぎるか。

「……ちーちゃん」

多分表情の機微から俺の思考を読んだのであろう千里が、小声でたしなめてくる。

さすがにばれたが、この声は本気じゃない。なるほどお前も同じようなこと考えてたな?

気持ちは大いに分かるので、口には出さずに鷹揚に頷くだけで済ませる。

多分この時点でポマード眼鏡がどのような性格の人間か、そして俺たちがそいつをどう思っているか理解したのだろう。

俺と千里の手を強く握り口の中で、ぎゅり、と嫌な音を鳴らした田中さんの手を軽く抓る。

「気にしすぎるな。この手の人間は多い」

聞こえるかどうか怪しい程度の小声でそう伝えれば、十中八九聞いたのではなく唇の動きを読んで、田中さんは頷いた。

「おい千里、何教えてんだお前」

目線だけでそう伝えれば、

「読唇術。色々役に立つでしょ」

目線だけでそう返してきた。

食い下がろうとしたところで、こいつに常識を説いても意味ないなと思い直して肩の力を抜く。

それに今これについて言い合ってもなんの意味もない、なにせ、既に習得してしまった後なのだから。

目の前の火災現場(無)と向き合い、さて何か【聴こえ】ないかと耳を澄ませた時。

「いやああああああぁぁあぁあああ!!」

超絶デカい声が聞こえて、反射で耳を塞いだ。

女性特有の甲高い金切声。

【聴く】事に集中している時はいつもより遥かに良く聞こえるのだ、そんな時に不意打ちのこの高音は、なかなかにキツい。

千里の協力で高音にはかなり耐性をつけたのだが、やはり不意打ちは厳しいらしい。

立て直しに少し時間がかかる俺の代わりに、千里が女性に声をかけた。

「いかがされましたか?」

千里はこれ以上叫ばれない為にも、至極優しく声をかける。

しかし女性は、それに答えるどころか俺にとってなかなか辛い声を発し続ける。

「嫌!嫌!嫌あぁああああ!」

「落ち着いてください。何が嫌なんですか?」

千里はさすがに慣れている。いつも通りの声のまま、女性にもう一度質問を投げかける。

それで少し落ち着いたらしい女性は、今度は千里に縋りついて質問に答えずに逆に質問を投げつける。

「由紀!由紀は…何処…!?」

「……由紀?ああ、小野寺由紀さんですか」

小野寺由紀、名前だけを聞いてすらりとそのフルネームが出てきた千里に内心で拍手を送る。

そして、小野寺という名字は俺も覚えている。なんせ……

「現在は行方不明です」

そう、この火災で唯一の行方不明者。

はっきりと答えた千里に対し、何故か女性は怒り始める。

「ふざけないで、行方不明なんてありえない!死んだの?それとも生きてるの?死体ならそれで良いから、居るなら会わせてよ!」

なるほどそういう事か。

感情が昂ったのだろう、女性は千里に対して片手を振り上げたが、千里はあっさりとその手を掴んでしまった。

「落ち着いてください。馬場美也子さん」

今日はよくあいつの記憶力に驚かされる。

相手はそれも同じらしく、惚けた顔のまま固まっていた。

「小野寺さんは現在行方不明です。私たちはその捜索のために来たようなものですので」

まあこの事件…というか事故か?を解決するべく動けば、必然的に小野寺由紀についても調べることになるが。

「…あんまり安請け合いはするなよ?」

「ひゃいっ!?」

「…っと、悪い悪い」

一応小声で耳打ちすると、予想外の過剰反応を返された。

こいつ耳弱かったっけ、と思いつつも謝罪を口にしたが、涙目で睨まれたままである。

悪かったって本当に。

「で、なんであんたは拝んでんだよ」

「あ、気にしないで続けて」

「気になるわ。つか続けるって何をだよ」

何故かこちらを拝んでいる雑用係+鎌鼬三人衆にツッコミを入れつつ、気合を入れなおすために相方の口の中に飴玉を放り込んだ。

「まずは情報収集といこうぜ」

「了解」

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