二の足を踏みまくる
「ひっ!?」
どことなくホラーなその光景に声を漏らしてしまったが、甘原少女は驚いたそぶりを見せなかった。
寧ろこの状況を喜んでいるようで、彼女に問われた瞬間こう言ってのけたのだ。
「丁度良かった!」
「は」
女性にとってもその言葉は完全に予想外だったらしく、気のない音が口からこぼれた。
そんな彼女の心情を知ってか知らずか、甘原少女は女性の問いに応えつつも自分の問いを女性にぶつける。
「私は三武郎さんの依頼を完遂するために情報収集をしようとしています。なのであなたにも質問をしたいのですがよろしいですか?」
「三武郎さんの依頼、ですか」
「はい。行方不明になった奥さんを探してほしいと」
「行方不明の妻を」
「はい」
にこにこにこ、と三武郎さんから依頼内容を引き出した時とはまるで別人のように無邪気に微笑む甘原少女。
そんな彼女の態度に面食らったのか、女性はぱちぱちとせわしなく瞬きをしていた。
そして甘原少女が自ら名乗ると、そう言えば名乗っていなかった、と思い出したのか女性もまた名乗り返してきた。
「菊、と言います。長男、一郎様の妻です」
ふわりと笑った菊さんは、管原少女に負けず劣らず美しかった。
◇
今度は菊さんに先導され、俺たちは淡々と廊下を進む。
数歩先を進む彼女は、どうやら俺……というか甘原少女に見せたいものがあるらしく、迷いのない足取りで先へ先へと進んでいた。
暫く進み、菊さんは唐突に足を止める。そしてある部屋に続くふすまに手をかけながら、甘原少女に向かって言葉を投げかけた。
「彼女は……桜は絶対に帰ってきます。帰って来なくてはいけないのです」
「……桜、というのは三武郎さんの奥さんの名前ですか?」
「はい」
「絶対に帰ってくる。その根拠は?」
「この中に」
そう言いながら菊さんはかけていたふすまを開く。その中には、一つのゆりかごがあった。
甘原少女は菊さんの声掛けを待たず、まるで誘われているようにそのゆりかごの方へと歩を進める。
反射的に止めようかと思ったが、菊さんは何も言わない。なので俺も何も言わず、数歩遅れてから甘原少女に追随した。
部屋に一つ置かれたゆりかご。そしてその中にいるのは、案の定赤ん坊であった。
「これは桜さんの?」
「はい」
「今は誰がお世話をしているんですか?」
「私と、次男嫁の梅が世話をしております」
「そうですか……」
淡々と答える菊さんと、淡々と質問を重ねる甘原少女。顎に指を当て考え込むそぶりを見せた彼女に、菊さんはぽつりとつぶやくように確認した。
「これが、根拠です。納得していただけましたか」
「ええ。ありがとうございます」
甘原少女が素直に礼を述べる。自分が提示した根拠が肯定されたのに安心したのか、菊さんは胸をなでおろすような動作を見せた。
そんな彼女に、甘原少女は更に質問をする。
「三武郎さんは育児に参加しないんですか?」
「それは私たち女の仕事ですので」
「……それはそれは。もしかすると女の仕事というのは……」
「家事育児、家の全般は女の仕事と認識しております」
「………」
甘原少女は何も言わない。そして俺も何も言わなかった。というか言えなかった。
『仕事してない男が家事育児もしなかったら何するんだ』と言おうとしたが、あまりの衝撃で詰まってしまったのだ。
男は外で稼ぎ、女は家を守る。昔ながらの考え方だが、この思想には『男が女子供を何不自由なく養えるほど稼いでくる』という前提がある。
確かに不自由はないだろう。三武郎さんから聞く限り、孫の代までは遊んで暮らせるほどの遺産があるのだから。だがそれは稼いでいるとは言わない。
というか稼いでいたとしても男性も家事育児に参加する、仕事家事育児ほぼ全てにおいて夫婦で協力して、という考え方が一般的な現代においてあまりにも異色すぎた。
何と言うか、色々ずれている気がする。せめて育児くらい手伝えと言いたいほどに。
「……何かおかしなことを言いましたか?」
「はい、いや、いいえ……?」
甘原少女も、珍しく目に見えて回答に困っていた。
しかし菊さんはなぜ甘原少女が回答に困っているかまでは分からないらしく、ただ不思議そうな顔をしながら小首を傾げている。
甘原少女もしばらく説明するための言葉を見つけようと躍起になっていたようだが、諦めたらしく、まるで頭上に浮かんだ思考を払い落とすように頭の上手で軽く手を振った。
「話を切り替えましょう」
「はい」
「桜さんが日中よくいる場所に案内していただいてもよろしいですか?」
「桜が、日中よくいる場所……」
複数候補があるのか、菊さんはどれでしょうか、と言いながらしばし考え込む動作を見せた。そして結論に至ったのか、軽く手を合わせて音を鳴らしてから歩き出した。
「ついてきてください」
促されるままに、俺と千里は菊さんの後をついて行く。そしてしばらく歩いたのち、子供のいた部屋の前で止まった時と同じように、菊さんの足取りが急に止まる。
持ち前の体感を活かして菊さんに衝突する前に急停止した甘原少女。しかし俺は上手く泊まり切ることが出来ず、甘原少女の背中に容赦なく激突してしまった。
しかしさすが師匠、姿勢を崩して転倒するどころか、身じろぎひとつしなかった。……それはそれでなんか悲しい気がするのだが、今は自分の気持ちを全力で無視することにする。
そして体勢と心情を立て直した俺だったが、そんな俺の五感にはあまりにもなじみがある情報たちが飛び込んできていた。
視覚には見慣れた調理器具の山。聴覚には効きなれたお湯が沸騰する音。嗅覚には嗅ぎなれた味噌その他食料と調味料の臭い。
「ここって」
「桜が日中一番長くいる場所です」
「台所が……日中一番長くいる場所ですか」
「はい」
迷いなく即答する菊さん。その回答に甘原少女は頭を抱えた。
彼女が何をしようとしているのか理解していた俺も同じく頭を抱えたくなってしまったが、何とかギリギリのところで踏みとどまった。
甘原少女は恐らく、足跡やら何やら、人探しで使えそうな一連のものをここで確認しておきたかったのだろう。
人探しの対象者に深く関係するものを欲していたのだ。そうすれば多かれ少なかれ、癖や特徴などが分かるはずだった。
分かりやすく言えば、自室のような情報の多い場所を求めていたのである。
しかし導かれたのはキッチン。俺と菅原少女は揃って足踏みをすることになってしまった。」




