小野寺由紀の暴走
これで終わると言ったな?すみません、もう一回分ください
「ゲホッゲホッ…ゴホッ!ゲホッ!ゲホッ!」
堰を切ったように口から海水を吐き出す小野寺由紀を、私とちーちゃんは少し遠くからただ冷静に見やり、Liarは楽しそうに目を細めながら眺めていた。
そんな私たちとは打って変わって、助手である田中とその友達たちは親身になって気道確保やら何やらをしてやっている。
あまりに対極的な対応だと私自信そう思うが、今現在はそうする気以外起こらなかったのだから仕方がないだろう。
「…さて、起きたね。渦中の眠り姫様が」
「眠り姫様っつーか溺れ姫様じゃねーか?」
「違いないね」
「ま、起き抜け早々申し訳ないが、早速色々吐いてもらおうか」
2人淡々と確認しながら、小野寺由紀との距離を詰める。
目の前で未だ咳ごんでいる小野寺由紀は、此方に気付いていないらしい。
涙の滲む目を無感動に眺めながら彼女が落ち着くまでただただ待つ。
そうしてたたしばらく眺めていると、ようやく落ち着いたらしく小野寺由紀紀は此方をねめつけてきた。一体何が気に食わないというのだろうか。
「あなたは?」
此方に向かってそう聞いてきた小野寺由紀に対し、私もちーちゃんも別になにも答えない。
別にそうしなくても、この場を勝手に取り仕切りたがっている固武堅固が説明してくれるからである。
事実、此方の読み通りに我らがポマード眼鏡が私たちのことを小野寺由紀に紹介してくれていた。
「小野寺さん、こちらは探偵の皆さんです」
裏探偵、という言葉は出さない。出すと不自然だし面倒くさいからだ。
だが時折思うことがあるのだ。事件現場に検察官とかじゃなくて探偵がいればそれはそれで不自然ではなかろうかと。
実際不自然さを指摘し、改善を提言したことはあった。だがそれで良いのだ、と一度言われてしまったのでそれ以降は素直に従っている。
そんな私の考えなど関係なしに、事態は進む。と言うより、ひとりの人間によって容赦なく進められた、と言ったほうが的確かもしれないが。
「おはよう茨姫!海水のベッドはよく眠れた?」
ヒョイヒョイと小野寺由紀に近づいたかと思えば、最初からぶっこんで来た。さすがのLiarだと思わされるほどの自己中っぷり。
「……っふw」
何故か横でちーちゃんがツボに入っていた。
恐らくある程度思惑があっての行動だと思うのだが、断言はできない。
何を隠そう相手はLiarなのだから。完璧な計算のもとわざと相手を躍らせていることもあれば、完全に本能のまま好き勝手動いているだけのこともある。
「で、起き抜けそうそう悲しいお話があるんだけど」
勿体ぶった口調でそう前置きしたLiarの口元に、小野寺由紀の視線が集中する。それが楽しいのか、Liarはまるでじらすように音を発さずパクパクと口だけ暫く動かした。
自分の口元に小野寺由紀の視線が完全に集まったことを認識してから、Liarは満足そうに、私たちすら予測できなかった言葉を吐いて見せた。
「あなたのお友達……馬場美也子さんだったっけ?残念だけどさっき亡くなったよ」
「……ふがっ!?」
Liarの声とほぼ同時か少し遅れてから、私の間横で変な音がこぼれた。ちらと目線をやってみれば、ちーちゃんが助手の口を手早く抑えていた。
どうやら要らない事を言われる前に口を物理的にふさぐことを選んだらしい。
その様子を確認してから私は更に視線を周囲に巡らせる。理由は単純、馬場美也子本人がこの周辺にいるはずだからだ。
事実、ポマード眼鏡……こと固武堅固も誰かを探すようにあちらこちらに頭を振っていた。
私と探している人物は同じだろう。しかし彼には見えず私に視えるものがある。
(……なるほど)
私の視界の端で、赤ら顔の小人、ことかまいたちの脛が動く。
脛だけが映る、これはかまいたちの透明化能力が中途半端に発揮されている際におこる事象で、妖怪を視認することができる人間には体の一部分が映ってしまうのである。
そしてそんな中途半端な発揮はどんな時に起こってしまうのか。第一は負傷や体調不良。そして第二が焦った時。そして滅多にない第三が、自分たち以外の何かを隠しているときである。
つまり今、かまいたち三人衆は馬場美也子を自分たちの透明化能力で隠しているのだ。
まあこの場でそれが分かるのは私くらいのものだと思うが。
助手の様子を見る限り、このことは知らなかったらしい。つまり鎌鼬三人衆は、契約者の指示なしに、独断でLiarの策に乗ることにしたのだ。
(臆病なかまいたちが乗るってことは……計算の上での行動か)
Liarにそう伝えられた小野寺由紀は焦ったように顔を左右に振り、馬場美也子の姿を探したようだった。そして見つけられなかったらしい彼女は、一気に顔を青くしてその場で泣き伏してしまった。
(……?)
何かの違和感を感じたのだが、上手く発覚させることが出来なかった。
「ごめん!ごめんね美也子、私のせいで……!」
「そうだねっ!だからこそこの事件を解き明かしていこうか。何で油なんて馬場美也子さんに頼んでたの?」
「それは、近々キャンプとか、揚げ物パーティーとかしようと思ってて」
「ふーん」
「そのせいで偶然火事が起こるなんて……!」
「「「ダウト」」」
「えっ!?」
再び泣きながら浜辺に突っ伏しようとした小野寺由紀の言動に対して、私とLiar、そしてちーちゃんが異口同音に声を発した。
そしてそこからは早かった。ちーちゃんが人の悪い笑みを浮かべながら小野寺由紀の方に近づき、無常にこう宣言した。
「もう演技要らねえよ、お嬢さん」
「え?」
「僕たちもう君が犯人ってわかってるからもう演技要らないよって言ってるの!」
「な、何言って」
「だっておかしいよねえ、なんで分かるのさ。馬場美也子さんが死ぬとしたら火事だって」
「だって油……」
「じゃあ質問変えよっか。なんで馬場美也子さんがここに居るの前提で探してたの?」
「……え?」
「あーごめん。正確には探してたのは馬場美也子さんじゃなくて油すましだよね?」
「は」
「油すましの方を見て君は泣き出した。油すましで馬場美也子さんの生死を判断したからだ」
Liarが珍しく、茶化すことなく淡々と諭すように言葉を紡ぐ。そして言葉を連ねるたびに、小野寺由紀の表情が硬くなっていく。
そんな彼女は完全に硬直していたが。途中から正気に戻り、理解できないというような表情をする。
「あの、あなた、なんで」
「ん?」
「なんで……なんで視えてるの!?」




