パタつかせてトラウマ
「さて、このくらいにしようかの……」
「ぐぅ、つかれ、た……」
「ありが、とう……ございまし、た……」
新たに出来た弟子達は、ちぃと可愛がりが過ぎたらしく気がつけば屍のように地に臥してしまっていた。ほんの数十回打ち合っただけでこの様なのは残念な所ではあるが。
鍛錬を始めて思ったのは、フェニスの子らは親が親なだけあってという感想しか浮かばん。
ジョニーは幼さ故に力任せな所は多いが、助言を素直に聞き入れ己の力としてどんどん吸収しておる。飽きっぽい所もあるが楽しさを見い出せばいつまでも求めおる。ある意味では三羽のなかで一番成長が早そうでもある。
メアリーは起用の一言に尽きる。魔術と格闘を使い分け、頭も回る。時折よく分からん言葉を並べる癖もあるが、こちらの話を飽きもせずよく聞いてくれる昨今では稀有な存在じゃ。唯一難点を上げるとするならば、攻撃を受ける事に臆する事があるくらいか。
そして……
額に浮かぶ心地良さの残滓を名残惜しくも拭い、儂は手のなかで遊ばせていた小枝を暗器よろしく投げ放つ。鋭い軌道が微かな風の音を引きながら――
「ファッ○ン……すぅ、すぅ……」
すぺん。と、間の抜けた音と共に小枝は役目を果たすことなく巣の外へと弾き出されてしまった。
いくら過酷な修行の休憩とあれど、目を離した隙に寝入るなどとは無礼先晩な事この上ない。少なくとも儂が若い頃は、あらゆる技術を盗むべく二つの眼が飛び出さんばかりに見ておったというのに。
「まったく、末恐ろしい奴め……」
果たしてソラ自身はどう思っておるかは知らぬ所ではあるが、修行は順調……それ以上の速度で進んでいる。"寝ながらも反応出来る"ほどになるとは思わなんだ。
修行を始めた当初こそ、儂の見立ては間違っていたのではないかと思える程、ソラの力は稚児のそれであり、あるいは木偶のそれであった。
実際、本当にミルキーワームと大差ない強さである事には驚かされた。まさか冗談ではなかったとは思わなんだ。聞けば赤い奴にくびり殺されかけた事もあるそうな。そうして覚えたのが奥義というのもある意味恐ろしいところではあるんじゃが……
それこそ、不可思議という言葉が浮かぶ。そんな弱き者が多少の手心はあれど儂を……儂と引き分け、あまつさえ魔物災害のひとつと称されるキラーマンティスの幼体群から生き延びる事が出来るのか、と……
判断力は悪くない筈なのに、頭の反応に身体がついて来ない。物事に対して酷く達観しておる。フェニスから聞けば、産まれた時からメアリーとソラはこうであったらしい。
そう、思えばフェニスの子として強いのは理解が出来る。しかし、その賢さはフェニスやジョニーと一線を画しておる。
幼子としては不自然なほどに……
「やはり、"転生者"。なのだろうな」
日が傾き、幾分か冷えた風がその呟きを彼方へと連れ去っていった。
転生者。
いったい誰が、何の目的で、いつから、それは定かではない。ただ、この世界にそういった存在が度々現れる。
触れる武具をその道の達人達よりも気安く、誰より上手く扱い、平和を謳いながら数多の戦場を敵味方なく好き放題荒らした者がいた。
容姿が優れた分、中身の歪んだ姫の目に留められるべく、姫の意のままに国を文字通りに燃やし尽くした者がいた。
一時は農耕に革新を起こしたが、後に土地一帯に住む妖精達を殺す原因を作り、大地に死を与えた者がいた。
貴族の子に産まれ、私腹を肥やし、あらゆる種族の女を侍らせ、ひたすら欲に溺れた者がいた。
奴らはその頃、魔族と呼ばれる人類共通の敵に対しては人類の誰より勇者であり……
実際は、この世界に住む者達の"共通の敵"でもあった。
進むべき正義も、守るべき道義も、果たすべき大義もなかった人魔大戦を経てして尚、人類は――
「あの、ジョルト? すっかり遅くなったようだけれど、私だって避けては通れない物があるのよ。そんなに不機嫌にならなくてもいいんじゃない?」
「ぬぅ、そういう訳では――」
いつの間にやら帰って来ておったフェニスに向き直り、言葉を返しながら儂は自身が言葉以上に思考に耽っていたと悟らされた。
「ママ。なんか、や……さむい……」
「寒い……? 嫌……嫌……」
「ぐしゅっ、さむ……ずぅ……」
いつもであれば寝起きであれ、我先にと母のもとへと駆け寄る子達ですら今のフェニスには一向に寄ろうとしない。まぁ、それでも寝通す豪の者がいるのだが。
「戻ったか、フェニス。訳有りはお前の方と見たがの?」
「……久し振りに暴れたわ」
どこで? とは敢えて訊くまい。
元々頭が強くないフェニスが話し合いをしに行っているという事自体、信じられるものではなかったのだ。
聞けば、人類が煮え湯を飲まされ続けてきた名高き魔族達が一同に会する場だという。魔王軍とは名ばかりであり、自由奔放に人類を食い荒らした者達がそんな事をしていると人類が知ればどうなるやら、と目眩が起きそうだった。
儂が覚えてる限りでは、
【完全氷結の氷精王女】ことネージュ殿を始め、
【万物を喰らいし眠る巨狼王】フェンリウス
【青き海を統べる魚人賢王】ピスケス
【不死の不滅覇王】ヴァルガス
【獣欲の豚王】ブーサン、など……
しかし、フェニスの拙い記憶から魔王軍から人類侵攻を考えてる事はなく、フェニス、ネージュ、フェンリウス、それとナントカという黒い鎧の男が穏健派である内は問題ないそうだ。フェンリウスの場合は、相変わらず寝続けているらしい。あの駄犬め、やはりまだ生きておったらしい。
「とにかく、疲れたわ。さっさとご飯にしましょ――」
「あ、あの……も、もう、よろしいでしょうか?」
……ぬぅ?
唐突に聞こえた小さな声。しかし、確かに今、フェニスの背から女子の声が――
「そういえば、忘れていたわ。面倒ごとがあったのよ。私の嫌いな面倒ごとが……」
「ママ!! さむい!! やめて!!」
「ごめんなさいお母さん、ごめんなさいお父さん。私が良い子じゃなかったから、ごめんなさい、私があの子と違って悪い子だから――」
「フェ、フェ、フェニスニスさ、さ、まさま。そのけ、件に関しましては――」
「これ、フェニス!! この一帯を凍らせるつもりか!! メアリーもジョニーも怖がって……メアリー!? いったいどうしたんじゃ!?」
フェニスを中心に寒気が吹き荒ぶなかで、死んだ人間のような目のメアリーを揺さぶるが、これはいったい――
「あぁ、人が寝てるってのに騒がしい!! 阿呆マザー、寒い!! いくらペンギンだからって――」
ようやく起きた馬鹿弟子が声を上げた辺りで、フェニスも我に帰ったらしい。それより、メアリーは――
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」
「メアリー……?」
「ひっ……あ、あぁ……」
見紛う事なき恐怖に濡れた瞳が儂を写す。
その時、儂の記憶にあった何かが、かちりと音を立てて重なった。
悪しき風習である、奴隷商の檻。身体の至る所に切り傷や打撲や火傷の跡を抱えてそのなかで震える――
「大丈夫じゃ。ゆっくり息を吸って、吐いて……もう、大丈夫じゃ」
「いやっ、いや……もう……」
抱き止める腕から逃れようとするメアリーじゃが、次第に力もなくなってきたのか、小さな寝息が聞こえた事に儂は安堵の息を吐く。
「って、ジョルト師匠? メアリー、どうかしたの?」
「メア!! だいじょうぶ!?」
「ジョルト、もしかして私のせいで……」
「いや、なんでもない。お主らのせいではなかろう……おそらく、な」
同時に、身体を内から焦がす熱があった。フェニスこそ、きっかけとなりはしたが儂の見る限り、知る限りメアリーがこのような事になる理由は見受けられない。それは平時の間柄を見れば分かること。
錯乱したメアリーは言った。
"お父さん"、と。
知る限りでは存在すら分からぬ者だ。
しかしメアリーが転生者であるならば、恐らくは恐怖に歪む目の由来、受け身に臆する理由。それは前世の――
「歪んでおるのだな。どの世界も……」
熱を帯びた言葉は、幸か不幸か誰にも消えることなく。白い吐息とともに消え果てた。
もうジョルト師匠が主人公でメアリーヒロインでいいんじゃないかと思った。
そしてまだ名無しの彼女はいったい……




