傷
「エデン!」
「あ、こら、お館様のご家族の前であるぞ。控えよ」
門番の兵士が慌ててあとから走ってくる。
やっと門番が配置できるまでになった。
が、基本、館への出入りはスル―である。
だってないんですもの塀とか!
杭を打ち込んで境界線を示してあるのだが、跨いだらいける(泣)
それだけ平和ということではあろうが。
「ごめんなさい!失礼いたしました。でも、やっぱりエデンだわ。エデン・・・・」
そう言うと、その女性はエデンと呼ばれた少年に取りすがった。
少年はぼんやりとその女性を見返す。
「わたしはモルド村の金物屋の妻リタと申します。わたしの実家のあるソルドレイン領のトンダス村出身の奴隷がお館様のところにいると聞いて・・・かけつけて来ました。
エデンの家はトンダス村では生活雑貨を扱う店を開いていて、彼を知っています」
支援物資を領内の各地に配給した際に、奴隷の話も一緒に伝わったようだ。
「エデン・・・トンダス村は、村のみんなはどうなったの?情報が何も入ってこなくって」
エデンが野盗に身をやつして、捕まったことからして想像もついているのだろうが、一縷の希望をもって、エデンと呼ばれた少年から実家の家族の安否を聞きにきたのであろう。
「みんな死んだ」
虚無のむこうから響いてくるような声だった。彼の返事はそれだけだった。
「おおおおぅぅぅぅ」
絶望の叫びをあげて女性は倒れた。
「ああああぁぁ~」
髪をかきむしって、地面の土をがりがりと指で齧る
狂人のように唸り声をあげて涙をボロボロとこぼす。
ついで、ひぃぃぃ~と息をつぎ、気を失った。
「いかん。ひきつけを起こしている」
精神がショックに耐えきれなかったのだ。
私達は舌をかまないように布を女性の口の中に押し込んで、屋根に葺くために用意してあった藁の上に女性を寝かせた。
それがトリガーだったのか。
少年達が次々と号泣しはじめ恐慌状態になってしまった。
泣きながら頭を地面に打ち付ける者、狂ったように地面を殴りつけはじめる者
叫び声を上げ続ける者。自分の首を自分でしめはじめる者。
もう家を作るどころの騒ぎではなくなって、建物をたてていた若集も慌てて事態収拾のために屋根からおりてくる。
「気沈め薬です」
ニコルがいてよかった。
私達はパニックで暴れる少年達を一人ひとり押さえつけ、ニコルから渡された薬を口に流し込んだ。
「これは・・・自立を助けるどころの段階じゃないな」
暗澹たる様を見据えながら、誰もが言葉すらなくしていた。
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「味も感じないようなんですよ。腹はすいたのはわかるようだが・・水などこちらから飲むよう指示しなければならないくらいで」
彼らの世話を主にしている者の言である。
もう人として壊れているのではないか。
大人の奴隷達と引き離したのはまずかったかもしれない。
「主人をあなたに替えて、いくつか契約事項を追加しましょう」
ニコルは契約魔法にも詳しい様である。
いったい何を目指しているのやら。
兄の許可を得てあったので、さっそく契約事項を変更する。
「自死と自傷を禁止しました。あとパニックを起こしそうになったら強制的に止まるように・・・」
いつものニコルはただウザイだけなのだが、今日は頼もしく思える。
「魔物討伐は避けた方がいいかもしれないですね・・・。まだ到底乗り越えるだけるだけの心の力が戻ってないように思えます」
彼らが失くしてしまった物、彼らが負った傷の深さを思うとやりきれない。
私はこの世界で、彼らのような存在にいったい何ができるのだろうか。




