エセ霊能者を見守った話
以前知り合った呪術集団のリーダーである南部から「暇なのですが飲みませんか?」と誘われて、二人で飲んでいた時だった。何の話の流れだったか、昔関わった仕事の話を思い出した。
「そういえば、何年も前に現世のインターネット上で霊能者とかって名乗るヤツがいっぱいいたことがあったな」
「あ、知ってます。式神が、陰陽師が、眷属が、ってすごいことになってるって、現世に関するニュースで見ました」
オレと南部では酒の飲み方が全く違う。自分の飲みたいペースで飲み続けるという点では同じなのだが、南部は何と言うか静かに酒を飲む。オレはどっちかと言えば騒がしく飲むのが好きなタイプだと自分では思う。
そのためなのか、なんとなくオレが話し、南部は相槌を打ったりするという流れになっていた。
「そうそう。おもしれぇよな、現世のヤツらって。嘘を書き連ねて、どう見ても『ありえねぇ』って話なのに、信じて賞賛する人間まで出てくるんだぜ?」
ぐいぐいっとグラスの中の酒を飲み干した。
「あのニュース見て、南部はどう思った?」
「あぁ」南部は少し苦笑して続けた。
「私は呪術者で、仕事の場合はお金を頂きます。現世の方々も悪霊を払うとか霊視するとか言ってお金をとっていましたよね。本物の霊能者ならまだしも、偽者のなのにお金を取るのかと、気分が悪くなりました」
嫌悪感もあらわなその表情に、オレは酒の肴代わりに過去のその話を南部にすることにした。ちょっとは胸がすく思いがするかもしれない。
現世から見て『あの世』と呼ばれるこの世界の者達は、現世とあの世の関係を知っている。現世で幽霊や妖怪と呼ばれるものたちとオレらを形作る物質は同じらしく、オレらは幽霊も妖怪も見ることができる。……と言うよりも、現世の人間にとってはオレらも幽霊に違いないだろう。
だが、現世の人間にとって、現世とあの世の関係は宗教上の話であって、幽霊も見える者と見えない者がいて。幽霊や妖怪を信じる者と信じない者がいる。
そのせいなのか、霊能者を騙る者達がインターネット上に溢れかえっていた時期があった。
間違った、あるいは捏造した知識をばらまき、それらの知識を拡散し。『ありえねー』と、それらを見て何度思ったことか。互いに自分の語ることが嘘ではないと、相手に、サイトを見ている人間に思わせるために、相手の嘘に乗っかり話を大きくして。
中には金をとって何の効力も持たない御札を売ったり、あるいは除霊の真似事をしてさらに悪霊をつけていたり。
程度の差こそあれ、詐欺のような虚言のようなそれらを、オレらも見ているだけのことがほとんどだった。騙す方も悪いが騙される方も悪い。
ただ、悪質な霊が呼び寄せられてしまった時など、除霊を我々医師団で引き受けたこともあった。簡単な仕事ではあるものの、ある一時期は頻繁に入るその仕事が煩わしいとも感じていた。
その時対応した中でも、少し悪質なグループがいた。何がキッカケでそうなったかはわからないが、ちょっと調子に乗りすぎて、あらぬところからの怒りを買ってしまった。
彼らは四人からなるネット上でのグループのようで、住んでいる場所はバラバラ。それぞれが力の強い霊能者あるいは陰陽師と名乗っていた。そうして四人で悪霊を倒すと自らのサイトで実況したりしていたらしい。
一人目は東北地方に住むアルバイト。自身が飼っている犬の名前から『まろん』と名乗っていた。彼女いわく、とても強い霊能力を持っており、悪霊を退治してきたらしい。そんなことを自身のサイトに書いていた。嘘の心霊体験を、そういったものの投稿サイトに投稿していたこともわかっていた。
二人目は唯一サイトを持っていない『がっく』と名乗る関東地方に住む人物。彼は本名の『学』をもじって、そう名乗っていたようだった。霊能力があるから一応グループの仲間、といった程度だったようだった。ただ、ネットで知り合ったまろんとは彼氏彼女の関係ではあったらしい。インターネットと電話だけで繋がる、直接会ったこともない彼氏彼女。
三人目は都内に住むOL。どうやら彼女がこのグループのリーダー的役割を果たしていたらしかった。本人は陰陽師であるつもりだったようで、自らを『晴明』と名乗っていた。嘘の悪霊退治の大半が、彼女主導で行われ報告されていた。
晴明も問題だったが、一番の問題だったのは最後の一人。自らを『九尾の狐』と名乗っていた。夜の仕事をしている、東海地方に住むおっさんだった。彼も自分は陰陽師であると名乗り、六芒星をサイトのトップに載せていた。何かあればすぐに『この六芒星が真実を暴く』と言っていたらしい。ちゃんちゃらおかしい。
がっくを除く三人が、いわゆる個人サイトを元々持っており、どうやらそのサイトがきっかけとなってグループのようになっていったらしかった。
彼らは自分たちのサイト上で嘘の心霊体験や間違った霊能力に関する情報を書き連ねていた。あるいは悪霊退治中の実況中継もしかり。
いくら嘘であっても、三人もの大人のサイトで同じような内容が同じようなタイミングで書き込まれるものだから、彼らのことを信じ、まるでファンのような人間までいたほどだった。
そんなこんなで、自称霊能者や自称陰陽師たちの間で割と有名な存在になっていた。
ちょっと大きくなりすぎたんだよ、その存在が。
しかも、辞めときゃいいのに、大物の名前なんかハンドルネームで使うもんだからさ。
怒らせちまったんだよ。
九尾の狐を。
お狐様も最後には怒っちゃって。現世に留まる悪霊を何体か派遣したんだ、まろんのところに。一番情報が多くて、簡単に身元が割れたかららしいんだけどね。
サイトとかに書かれた個人情報って内容によっては簡単に身元が割れるもんなんだなーって感心したよ。まろんって犬の名前と犬種がわかってたから、その辺の飼い犬たちに稲荷の狐たちが聞き込みしたら、一日もしないで見つかったんだと。すげーよな、お狐様ネットワーク。
そんなわけでさ、悪霊がひとところに集まってるってんで、医師団に退治要請がきたんだけど。オレら、悪霊のすることを見守ってただけだった。気がすんだら元の場所に戻るって言うしさ。まー、関係のない悪霊が引き寄せられてきてたから、そいつらを見張って全てが終わってから一応退治もしてきたけどな。
悪趣味だったけど、まろんの怯える姿は「ざまーみろ」だったな。
酒を呷りながら、ポツリポツリと話を続ける。南部も時折り相槌を打つ以外は興味深そうに聞いていた。
「インターネット上では、悪霊退治しただの、大物だったからちょっと負傷しちゃっただの書いてたんだぜ。なのに、本物の霊を見たらびびっちゃって、布団の中にもぐって『がっくん、助けて!!』って彼氏に電話しててさ」
雨の降る夜だった。
悪霊がまろんの部屋に何体もいて。庭にも何体もいて。まろんって名前の犬はすっかり萎縮して犬小屋の隅っこで震えてた。
特に力の強い悪霊が、その力を増幅させて霊を見ることのできない人間――この場合は当然まろんのことなんだけど、そいつに自分の姿を見えるようにまでしたんだよ。
まろんが鏡を覗くと、後ろの髪の長い不気味な女が映ってて。振り向くとその女がいる。
恐怖だよな。今まで幽霊なんて見たことなかったんだから。
インターネット上ではいろいろ書いてたようだけど。
そんなことを数回繰り返したらさ、とうとう携帯片手に布団を頭からかぶっちまったわけ。
それで彼氏に電話してたんだけど、彼氏が取り合ってくれないみたいだったんだ。そりゃそうだろうね。普段から悪乗りしてまろんの虚言に付き合ってたんだから。幽霊がどうとか言われても、いつもの虚言としか思えなかったんだろう。
それでも、まろんが何度も怖い怖いって繰り返してさ、ようやくコレはヤバい事になってるんじゃないかって気付いたらしい。ま、気付いたところで遠距離恋愛中の彼氏君には電話ごしに話すことしかできなかったんだけど。
一晩中、悪霊たちがまろんを苦しめた。がっくはそんなまろんを電話越しに励ますことしかできなかった。
だけど、まろんんはそれが不満だったみたいでさ。「自分はこんなに怖い思いをしてるのに、なんでこっちに来てくれないんだ!」って怒ったら、がっくは「お前がくだらない嘘ばっかりついてるからだろ」って。そもそもあいつら実際に会ったこともないのにな。しかも嘘だって言っても途中からはがっくもノリノリでグループに参加して、悪霊退治がどーのこーの書いてたはずなんだけどなぁ。
ま、そんな感じで翌朝には二人は別れてたよ。
まろんはその日のうちにサイトを閉鎖。がっくも消えた。
まろんのところにいた悪霊は朝には解散。引き寄せられた関係のない悪霊は俺らが退治。
ことの顛末を聞いた晴明もサイトをすぐに閉鎖した。ちょうど同時期に、サイトへの嫌がらせが相次いでいたらしい。これも、お狐様が人の心を操ってさせてたってのがオレらの見解。
で、最後に『九尾の狐』を名乗ってたヤツは、サイトを閉鎖する気力もなくなってフェードアウト。実生活で不幸が降りかかりまくったらしい。オレらも、そっちはあんまり注意してなかったらよくわからない。オレらに課せられた仕事は悪霊を退治することだけだったからな。
結局、四人はその日を境に、エセ霊能者・エセ陰陽師としてネットに現れることはなくなったよ。
「いい気味だと思ったぜ、オレは」
あの時の恐怖に歪んだ顔。壊れていく人間関係。
後味の悪さは残ったけれど、彼女たちのしたことの代償は、それでも軽いくらいだった。
九尾の狐を名乗っているだけなら何も問題がなかった。
でも嘘をつき陰陽師を騙り、お札を売り、霊能相談まで金とって受けていた。何の力もないのに。適当な除霊もどきのことをしたこともあった。単なる逆効果で、相手に更なる悪霊を呼び寄せるだけになっていたが、本人は何の力もないのだから、当然そのことに気付いてすらいなかった。
そういったことが重なり重なり、お狐様を怒らせてしまった。神聖なお狐様の名前を騙って、悪事を働きすぎた。
そんな人間の末路にしては、生易しいものだった。
「九尾の狐って、どんな感じなんですか?」
話を聞き終えた南部の第一声がソレだった。
「さあ? オレも会ったことないんだよな」
しばらく九尾の狐についてあれこれ話した後、南部は深く溜め息をついて言った。
「それにしても、良かったです。その四人に関して言えば、それ以上誰かが騙されることもなくなったわけですから」




