閑話 魂管理コンピューター
扉の管理部署で課長なんてものをしている鈴置が、仕事中にオレの部屋へ顔を出すのは珍しいことだった。
「ちょっと暇になったからさ、来てみた」
片手をちょっとあげた鈴置は、仕事中だからだろうがそれは見事なほどの『事務員』姿だった。役所という堅苦しそうな場所に見事にピッタリな、事務員の鏡とでも言えそうないでたちの鈴置。外見そのままに性格も真面目な鈴置が、オレのように仕事中でも構わずふらふらと出歩いていることは滅多にない。
「仕事はいいのか?」
何も言わなくても勝手にソファーの上を片付けて腰掛ける鈴置に、視線だけを送る。
「システムがダウンしたらしい。もー、お手上げ。仕事にならなくて。復旧するまでは暇になってね」
体をソファーの背もたれに預け、両腕は背もたれの上。天井を仰ぎ見る鈴置は、少し疲れているようだった。
「辻村は何してるの?」
「んーー。……何だろう?」
自分で自分が何をしていたのか、わからなくなっていたところだった。オレのヤル気のない答えを聞いた鈴置は、声をあげて笑い出した。けれどそれも、ほんの少しの間のことだった。
「結局、仕事してないのと一緒だろうが」
天井を仰ぎ見る姿勢のまま言った鈴置は、どうやら笑いをこらえることにしたらしい。抑えきれない笑い声が漏れて聞こえてるっつーの。
「システムダウンしてさ、辻村の仕事はできるわけ?」
システムがダウンすると、コンピューターを使用する役所内のほとんどの仕事ができなくなってしまう。仕事の効率化で導入されるシステムは、一度ダウンしてしまえば復旧に時間がかかる。その間、仕事ができずに鈴置のように暇を持て余すヤツがどれほどいることか……。
「魂管理コンピューターは役所のシステムとは繋がっていないからな。そもそも、どういう仕組みになっているかもわからん」
そうそう、オレは胎児リストのデータを入力していたんだった。そんでもって、それが終わってボンヤリしてたんだった。
「そういえば。俺さー、一度でいいから魂の管理コンピューターを見てみたいんだよね」
いつの間にかソファーに座りなおしていた鈴置が、楽しそうな顔で言った。
「そうだなー。個人情報がどうとか、いろいろめんどくせーからなぁ……。おまえ自身の魂のデータなら見せてやってもいいぜ?」
言うが早いか、魂の情報を閲覧するために画面を切り替えた。鈴置もソファーから立ち上がり、オレの後ろへとやってきた。
「どんな情報が見られる?」
「まずは前世。いつの時代だったか、誰、もしくは何だったか」
「誰、もしくは何?」
そうか、魂の転生について、オレらのような魂の管理に携わる者以外はあまり知らないんだった。
そう思い至り、魂の転生について簡単に鈴置に説明をする。
魂には大きさというものがある。同じ大きさの魂を持つ動物に、魂は転生していく。虫だって転生するけれど、蝶だった魂が蛾やバッタに転生することだって普通にある。普通、魂の大きさは体の大きさに比例していることが多い。自分の体より大きい魂を持つ生き物なんて、いない。
人間だって、人間から人間に転生するとは限らない。
人間の持つ魂は一番大きなもの。つまり、人間より大きな生き物は全て人間と同じ大きさの魂を持っているということになる。ゾウから人間に、人間からキリンに……、なんていう転生の仕方だって十分あり得るわけだ。
「それって変じゃね? 人間が死んだら、その魂は管轄の役所が回収して保管しちまうだろう? それってさ、人間は人間にしか転生できないんじゃないのか?」
鈴置の疑問はもっともだと思う。
「それが、魂管理コンピューターの仕組みがわからん理由」
魂を管理しているのに、いつの間にか魂が消えていることがある。管理コンピューターのデータベースで確認すると、それらは人間以外の動物へと転生したとなっている。誰かが入力したわけでもないのに、コンピューターが自分の意思で管理しているような感じさえ受ける。
逆に、いつの間にか増えている魂もある。データベースにもきちんと追加されていて、それらの魂は人間以外の動物の魂だったものたちだ。
「魂管理コンピューターと便宜上は呼んでいるし、形もコンピューターのナリをしてはいる。けどさ、データベースがどうやって作られているのか、どうやって魂を選び出すのか。その辺のことは何にもわかりゃしない」
鈴置はこういうことに興味でもあるのか、真剣に聞いていた。オレの説明が終わると、しばらく考え込むようにしていたけれど、その後はいつもの表情に戻って笑みを浮かべた。
「神の遺産? 神が創り出して、そして与えてくれたもの? わからないけれど、俺たちが知っていいことではないんだろうね」
そう、オレたちが知っていいことではない。知るべきではないこと。知ってしまったら、現世を神のように管理しようとする者が現れるかもしれないのだから。
「とりあえず、お前の魂のデータでも出してみるか」
話を元に戻し、コンピューターに必要な情報を入力していく。カチっと最後のキーを勢いよく押すと、画面が切り替わる。
「ほいよ、鈴置のデータ……」
出てきた画面のある部分を見て、オレは危うく吹き出しそうになってしまった。
「えーっと、最初の部分が『魂の履歴』? ふーん、最初の俺は現世の人間だったんだ」
ブツブツと画面の情報を読み上げていく鈴置の声が、ある箇所で止まった。オレが吹き出しそうになった情報。
「……辻村、コレ、何?」
「何って、お前のイッコ前の人生?」
「いやいや、だってコレ……」
「オレ、言ったよな? 必ずしも人間から人間に転生するわけじゃないって」
そこでようやくオレは鈴置を振り返った。その顔はメガネの奥の目が真ん丸になって、口もポカンと開けっ放し。ま、気持ちもわからないでもないけれど。
「鈴置の前世って、……クジラだったんだな……」
「い、言うなーーっ!」
そう、鈴置のイッコ前の前世の部分には、人の名前などではなくただ一言。『クジラ』とだけ書かれていた。
「……ク、クジ、ラ……」
我慢していたけれど、堪えきれなくなってしまったオレはしばらくの間、笑いをおさめることが出来なかった。鈴置はオレの後ろで茫然自失。
オレの笑いがようやくおさまった頃、役所内のシステムが復旧したという放送が流れた。
いまだにショックから立ち直れない面持ちの鈴置は、それでも真面目に仕事へと戻っていった。がっくりと両肩を落としたまま。その後姿は、影でも背負っているかのように、暗かった。




