第三十五話「雲行き」
ここは王都、ライシス家本邸。
その執務室で一人頭を抱える人物がいた。
50歳前後、年のせいなのか元からその色なのか真っ白な髪と口ひげを蓄えた細身の男性。
彼こそがイース王国三大貴族その一角である、「ジェイド・ライシス」その人であった。
「ふぅ」
彼はため息を付く。
数日前に報告があった息子、「アルフォンス・ライシス」についてだった。
アルフォンスはアーコードにて直接執政を行っている。
その息子がどこの誰ともしれない一庶民の少女に婚約を申し込んだと言う。
三大貴族が庶民に婚約を申し込んだ、その事実だけでも大事件である。
それを聞いたジェイドはすぐさま調査を命じた。
彼の部下は優秀だ、そろそろ報告が上がってくる頃である。
コンコンコン
その時、執務室のドアがノックされた。
「入れ」
彼はドアを睨みつけながら入室を許可する。
すると女性が一人入ってくる、彼女はジェイドの秘書である。
「旦那様、アルフォンス様の件についてのご報告がございます」
「……話せ」
彼女は淡々と報告を始めた。
「まず、アルフォンス様が婚約を申し込まれた事は事実であると確認が取れました、現場に居た者の証言が取れています。婚約自体は『友人から始めたい』と断られているようです。
相手はアーコードにて『チハタン食堂』なる食堂を営む少女『ミーシャ・ラダッド』七歳、フィリス村出身、特殊部隊『魔法剣士団』創設者である『クリフ・ラダッド』『トリシャ・ラダッド』が養子に取った少女の様です」
「ラダッドだと?」
貴族でラダッドの名を知らないものは居ない。
彼は兵士の運営、管理方法に異を唱え、新たに『魔法剣士団』なる組織を創設した。
その組織は主戦場においては精鋭部隊として高い機動力と魔法火力で敵軍を翻弄しつつ殲滅し、後方支援においては諜報活動・破壊工作・要人暗殺・情報操作などを行う。
また高い地形適性を持ち、山岳・雪原・草原・森林・沼地、果ては水中から飛竜を使っての対空、対地戦まで行う。
その凡用性、特殊性から必ずしも馬を必要とせず、組織名も『魔法騎士団』では無く『魔法剣士団』となっている。
前線のクリフ、後方のトリシャの二人の優秀な司令官を持つこの組織は10年前には諜報活動で北方帝国の攻撃力を削ぎ、8年前には東の魔界からの大攻勢を防ぐなどの戦果を上げている。
しかし、組織に反感を持つ者は必ず居る。
騎士こそ戦場の華であると唱える貴族達だ。
彼らは魔法剣士団を卑怯者と強く批判し、ラダッドを引きずり下ろすのに奔走した。
そして8年前、戦場にて総司令であるクリフが不慮の『事故』で負傷、トリシャも貴族たちの圧力により一線を退く事になった。
特殊部隊の父と母を失い、効率的かつ的確な指示を出す者を失った魔法剣士団は運用に支障を来たし解体、メンバーは各地に散っていったと言う。
「フィリス村などという田舎に引っ込んでいたとはな」
ジェイドがそう呟いた時、秘書が言いにくそうに口を開いた。
「ミーシャ・ラダッドについてですが、目撃者から瞳の色が黒だったと言う証言が上がっています」
「なんだと!?」
ジェイドはその報告に思わず立ち上がった。
勢いで椅子が倒れるがそんな事は気にならない。
「……隠していたようですが、髪の色も黒だったと」
「馬鹿を言うな! あの件は、『アレ』は既に『処分』された! 終わった話だ!!」
「しかし、処分された年数、証言から可能性は高いかと」
ジェイドは両手を付き、苦虫を噛み潰した様な表情で机を睨みつける。
「……馬鹿な」
彼は7年前に起きた事件の事を思い出していた。
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『国王に第一子、第二子が誕生』
王宮及び貴族たちはこの報に湧いた。
貴族達はその子供を使って王族に取り入る為に大忙しだ。
待ちに待った後継者の誕生、吉報。
国民への発表はまだだが盛大な祭りになることだろう。
生まれたのは双子、どちらも女の子だ。
しかし、問題は先に生まれた方、姉にあった。
彼女の瞳の色はすべてを飲み込むような黒だったのだ。
この情報に王家関係者と三大貴族はお祭りモードから一変、大混乱に陥る事になる。
王家の血筋から、『偉大なる血族』から魔王の子が生まれたと。
この情報が各貴族、庶民に伝われば国内は混乱の渦に巻き込まれ、国家が消滅しかねない。
そこで御三家と王家で緊急の会議が行われた。
国防の為に生物兵器として飼い慣らすと主張するフェンゲル家
魔法実験の被検体として引き受けるとするスミテル家
国内に危険物を放置するわけにはいかないと処分を訴えるライシス家
ジェイドは国王とは親友と呼んでも過言ではない程に懇意であった。
彼は国王である『ノーブル・イース』と秘密裏に会談を行う。
『クロ』の存在を消してしまわなければ王家の弱みになる、最悪の場合国家の存続に……いや、この世界の危機に値すると。
実際にイース王国は北は敵対国家である『北方帝国』、南は中立ではあるが民族間で亀裂が生じている『コスタリカン連邦』、そして東には魔王を自称する『マシリー・ノイルン』率いる魔界が存在する。
北方帝国とは冷戦状態であるし、コスタリカン連邦との関係悪化の可能性もありうる、魔界からは断続的に戦闘が続いている。
そんな状態で『クロ』を抱え込む余裕など無いと。
幸いなことに第二子は父親譲りの銀の瞳と母親譲りの金色の髪の毛を持っていた、王位継承者は第二子にすればいいと。
そして国王は第一子を出産後死亡したとして処分する決意をする。
かくして、国民には生まれたのは一人だけであると言う情報が公開された。
この時に、第一子である『クロ』は処分される。
本来であればここで終わっていた話である。
しかし、事件はさらに続く。
第一子がさらわれたのだ。
犯人は世話係の一人だった、北方帝国からの諜報員であったその人物は王都から第一子を連れて逃亡。
しかし、すぐに憲兵に捕まり後日処刑された。
諜報員を捕まえた周辺は野犬やモンスターの出没する危険地帯であり周辺から子供が入っていたと思われる籠が見つかった、その籠は血で汚れていたという。
しかし、この血は諜報員が戦闘で付けたものなのだがそれを判別する手段はない、第一子は死亡したと報告された。
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どういうわけかその第一子は生きていて、今アーコードで食堂を開いているうえ、自分の息子が惚れ込んでいる。
ジェイドは頭痛に顔をしかめながら考える。
会談の際に親友である国王が見せた苦悶の表情、震える声で処分を決意したその時を思い出しながら。
こんな事実を国王に知らせるわけにはいかない。
「……その娘に……生きていてもらう訳にはいかん」
親友の為にも、息子の為にも、そして何より国家の為にも。
その存在が魔王として開花してしまえば、東の自称魔王なぞ取るに足らない程の驚異だ。
「ここでなんとしても処理せねば」
13.05.20 一部修正しました。ご指摘ありがとうございます。




