第十八話 キャプテン山本
第十八話 キャプテン山本
週末にえりんが帰って来た。
「来週からは、時々帰って来れそうよ、指は大丈夫なの?!」
「痛みはロキソニン飲みまくっているからだいぶまし、ただ、ギター触れないのが辛いな」と言うと、
「ネットラジオも無理ね」と言われた。
そー言えば、ネットラジオの事をすっかり忘れてしまっていた。
実は、この頃からインターネットラジオと言うのが流行り出して、一度だけ
『キャプテン山本』と言う強烈なキャラのDJの、ネットラジオに出た事があるのだ。聴取率が良かったり、金持ってる人は、次回も出てと言われるのである。
何故ならラジオ番組に出演する人が、出演料を払うからである。昔のドサ周りの演歌歌手みたいな感じである。
なので誰でもラジオ番組に出れる。
自分の場合は、月間の聴取率ランキングの上位を取った事もあるし、三宮のスタジオから、大阪のスタジオに移籍する時の、目玉にしたいから、とか何とか言われて、おだてられて引き受けたのである。
しかも、「ネットなら一応全世界放送やで!、あんた!」とか、しょーもない誘惑で、納得させられたのである。
売れないミュージシャンには良くある話だ。でも出演料はやっぱり取られてしまった。
「ラジオも延期して貰わなあかんなぁ〜、それと、えりんにさあ、実は頼みたい事があってさ、YouTube出てくんね?!」、「えっ、嫌よ、恥ずかしい!!」
「ギャラ出すから」
「恥ずかしいわよ、でも、そもそも儲かるの?!、つまんないやつなら出ないよ」
正直、数学のYouTubeなんか儲かる筈がなかったが、
「やってみないと、わからへんやん、何でもトライやで」、と言うと、
「考えとく。とりあえず落ち着いてからにして!、三宮の仕事まだ全然覚えていないから」、確かにそうだった。
「わかった、落ち着いてからね、ごめん、ごめん」と言った。
えりんは、前も言った通り、夕方から中華料理店で働き、その後、中国人のママのスナックで働き、ママの部屋で仮眠を取って、塚口に帰って来てからまた寝るか、帰って来ずに、そのまま夕方まで寝て、それから仕事と言う感じだった。
借金が少し残っているし、中華料理店とかで商売も覚えたいとの事なので、止めはしないが、塚口で働いて欲しかった。
『居酒屋森の熊さん』で働いて欲しかったが、嫌だという。まあしゃあないなと言う事で、今日は、えりんの部屋を一緒に片付けだした。
「こっちの塚口の別なお店で働いたらどうなん?!」と言うと、
「三宮が好きなのよ」と言う、確かに三宮の方が時給も高いし、同じ中国人達に囲まれている方が楽なんだろう。
「今日はこれから何をする?!」と言うと、
「ホームセンターに行って、壁紙が欲しいの、手伝ってくれる?!」
「ああ、いいよ」と言った。
ホームセンターは近いけど遠い。歩くと15分くらいかかる。えりんは歩きで、自分はチャリでゆっくり行くと言うパターンだ。
一応えりんが入居する前に、リフォームをやっているので部屋は綺麗だった。
森熊は、うちのアパートをよく、
『お化けアパート』と呼ぶが、内装はかなり、かっちりやり直しているので綺麗だったのである。
所謂、ここは、関西圏で言う文化住宅だが、元は、大手の会社の社宅だったし、ハイツ的なアパートより結構綺麗なのだ。
特に中国人は実をとるので、外装悪くても内装綺麗なら気にしないのである。
なので、伊丹のママが、アパートごと売ってとか、部屋貸してくれとか言ってくるのである。
ホームセンターに着くと、えりんが壁紙を選ぶ。
「花柄が好きねぇ〜と言うと」、
「うん、そうよ女の子だもん」と言うえりんは可愛いかった。
ボラカイ島でキレてたえりんとは別人みたいだった。
それから色々買ったが、ドラセナの木をプレゼントで私に買ってくれた。
出世と幸せになれる為の木らしい。時々ゲリラ的に優しいので、えりん事がどんどん好きになっていった。
それから家に帰って二人で作業をした。壁紙を貼り替える作業中、途中でえりんをヤってしまったが、時間たっぷりなので、ゆっくりと優しく愛しあった。
フィリピン以来、えりんの肉体にどっぷりと浸かっていた。指の痛みは、ましになったが、行為の後、コルセットをつけた指でえりんの髪を触ろうとすると、えりんは笑っていた。余韻で、軽くえりんを抱いていると、
「ねえ、もし離婚したら、結婚してくれるの?!」と言う。
「うん、それはいいけど、離婚してすぐには結婚出来ないだろ?!」と言うと、
「そうね、六か月は出来ないわね、でも離婚しないと結婚も出来ないし、」
「それはそうやね」と言った。
*当時は、女性は離婚して、六か月は結婚出来なかった。
今は、DNA鑑定の技術が向上し、簡単に、どちらの子供か?!はっきりわかるようになったので、法律が撤廃され、離婚後すぐに結婚出来るようになった*
「だったら、そろそろ、相手と話し合いを始めてくんね?!」とえりんに言うと、「わかったわ、来週末に会って、話合いが出来るようにする」
「俺も行こうか?!」と言うと
「話がややこしくなるから来ないで」と言われた。まっ、そりゃそーだ。
晩御飯は火鍋みたいなしゃぶしゃぶだった。つかの間の幸せと言うのだろうか?!フィリピンの時より、ゆっくりな感じだった。時々のえりんの笑顔が愛おしかった。
話変わるが、ちなみにレイレイは、今の日本人の旦那の子供ではなく、その前の中国人の旦那の子供だ。
写真を見せてもらうと、すんげえ男前だった。
「元の旦那、メッサ男前やん」と言うと、「見た目より中身が大事よ、面白い人ではなかったし、あまり性格合わなかったわ、彼が結婚を急いだのよ、私がモテモテだったから、逃がさないように妊娠させたのよ」と、笑って言ってるが、それは正しいやろうなと思った。
自分も、えりんが恋人だったら、逃したくないからすぐに妊娠させて、誰にも渡さないだろうなぁ〜?!と思いながら、幸せな日曜日も過ぎてしまい、月曜日の昼過ぎには、えりんを三宮まで送っていった。
帰り道、三宮まで来ているので、キャプテン山本に電話して、ラジオのスタジオに寄った。
「久しぶり、指骨折してもーた、出演延期してくんね?!」と言うと、
「いいよ、こっちもラジオの放送局の移籍がちょっと遅れんねん、あのね、今から番組の収録やから、三十分後に来てや」言われた。
三宮の駅から、ラジオ局までは、十五分くらいなので、ゆっくり歩いて行った。
すぐ隣がパチンコ屋だったので、中に入って台を見て回った。
自分はスロット専門だが、今日は明らかにパッとしない台だらけで、全然出ていなかった。休憩室の椅子に座って時間を潰していた。もうそろそろ三十分経ったかなの感じで、隣のビルに入った。
スタジオは二階にあって、扉が、ガラスなので中を覗き込んで、終了した感があったので、中に入った。
キャプテン山本は、どーんとした感じのふくよかな女性だった。
「えーっ、正ちゃん、骨折ったってか?!、ギター持てないぢゃん! どーするん?! カラオケでやる?!」、
「阿呆な!!、弾き語りの意味ないぢゃん、とにかく治るまで待ってや」と言った。
自分は昔、バンドも組んでいたが、バンド良くある、あるあるで、メンバー達と喧嘩し、解散を繰り返していたので、しまいには、ギター一本だけで、弾き語りの活動していたのである。
オリジナルと昭和歌謡だけをやっていたのだ。実は、子供の頃から昭和歌謡も好きで、クラッシックギターの練習の合間に、昔の歌謡曲の弾き語りもやっていたのである。
最近YouTubeで、昔の曲のカヴァーを若い連中がリスペクトして、自分なりに消化してやっているが、結構昔から自分はやっていた。
バンドが流行っている時代は、自分もバンドやっていたが、時々路上で弾き語りもやっていたのだ。これでもマニアックなファンが一部いて、キャプテン山本はそのうちの一人だった。
「まあ、二ヶ月と言われているけど、なんとか一か月ちょいで、弾けるようにするよ。と言った。
それから軽い打ち合わせをした。
三十分番組なので、五、六曲を、楽しく、笑い話を交えながら進めていく。
曲は、昭和歌謡五曲で、オリジナル一曲。候補を十曲くらい上げといて、会話の中で、キャプテン山本が、流れの中で無作為に曲を選ぶ様な感じだ、
オリジナル曲だけは決めておいて、最後に披露すると言う形になった。
「しかし、骨折治らな出れんなぁ〜」、「そやなぁ〜まぢ頼むで!!」と豪快なキャプテン山本は言った。
続く〜




