第十話 ダン
第十話 ダン
大統領一家との別れの朝がやって来た。
パパ、ママ、大統領と弟は、迎えに来てくれて、バス停まで送ってくれた。すっかり仲良くなっていたので、別れは少し辛かったが、ショウチャンは家族だからいつでも来ていいよ、と言われ、みんなでフェイスブックを交換した。
自分はこれからバスで、バコロドまで行き、飛行機に乗ってマニラに向かうのだ。
途中、雨が降ったりして、南国の旅の、途中の別れとしては、なかなか情緒があってええ感じだった。
バコロドに着くと、少し都会になって来るのだが、観光案内とかに、ボラカイ島の案内が出ている。
日本で言うと、北海道のニセコの客を、石垣島に連れて行って、超高級リゾートにつくり変えた感じだろうか?!
基本、外国人観光客、特に白人の行く島である。最近ちょいと金のあるフィリピンの庶民にも流行って来たらしい。
とりあえず飛行機に乗って、マニラの空港に着くと、タクシー乗り場に向かう。
人は多いし、何処に並んで良いのかもわからない。携帯のSIMカードも残り少なかったので、先にSIMの交換をした。
そうこうしていると、日本人っぽい雰囲気の男性がいたので、声をかけたら日本人ではないと言う。その割には、少し日本語が話せたので、よく聞くと、昔日本で、企業のドライバーとして働いていたらしい。特に社長専属のドライバーだったらしい。
確かに上品で、男前だったし、雰囲気も良かったので、信頼もあったのだろう。「ぢゃあ俺のドライバーやってくんね?!」と頼むと、
「了解」と返って来た。話がうまく行きすぎだが、今でも彼とは仲良しだ。彼の名前はダン。のちに、奥さんとも仲良くなって、一緒にマニラを案内して貰った。
ダンは私の事をボスと呼んでくれて、マニラにいる間はいつでもLINEで呼ぶと、飛んで来る約束になった。そのかわり、距離に関係なく、一回につき、千ペソ払う事で合意した。当時一万円が三千ペソだったので、良い稼ぎになっただろう。
とりあえず、フィリピン人の大好きな、ジョリビーに行って、二人で飯食って、それからデカいスーパーまで、行って貰う事になった。
スーパーに入って買い物してる間は、ダンは、普通にタクシードライバーで、他の客をとって仕事して、自分が移動する時には、優先的にいつでも来てくれると言う約束も出来た。
そこは、スーパーと言うか、日本ではイオンみたいな大型のショッピングモールだった。
まず驚いたのが、子供も家族も入るような店なのに、銃ぶら下げて、ショットガンまで持った警備員に、ボディーチェックされるのである。日本ではまるで考えられないが、現実はそうである。
危険物を持っていないか、拳銃を所持していないかである。日本人ならまるで映画の撮影か?!Vシネマの世界であると思われるだろう。後に空港でも似たような事が起こるが、ここは日本ではないのだ。
しかも、明日、えりんが、空港に到着するのは、夜の九時過ぎだ。
飛行機の到着が遅いし、そこからホテルまで着くのに夜十一時くらいになるだろう。治安がちょっと悪くなる時間なので、チケットの代理店に、せめて午後四時くらいに着く便に、変更してくれないかと連絡したら、ここ二、三日の便はいっぱいで無理だと言われた。
「マニラに、午後九時着なんて、不安ですよね、もうキャンセルします?!」とか言われたが、えりんの性格だと、絶対嫌だと言うのはわかっていたので、しょうがない変更なしでと、現状維持にした。
後でえりんに「根性なし」と言われるのであるが、えりんは、マニラの怖さが全くわかっていなかったのだ。
まあ、しかし、ドレルテ大統領が就任してから恐ろしく治安が良くなった事は、肌で感じられたので、まあダンもいるし、大丈夫だろう思った。
ショッピングモールでは、海パンを買った。短パンでも良かったのだが、たぶん、高級なホテルで普通の短パンはアウトだろう。専用の海パンは、海に入った時には、実はあまり居心地はくないのであるが、たぶん、ホテルのプールでも使うだろうからしょうがない。自分が海の側で生まれ育った子供あるあるだが、ここではしょうがない。
えりんの水着はどんなんだろうか、性格からいってそんな派手な水着ではないだろう。でも、出来ればハイビスカスなどの花がついた白ベースの派手なビキニがいいなぁと思った。えりんは、別嬪なんやから、ガーンと華やかさを全面的に押し出して欲しい。
それから、ぷらぷらと、モールの中を移動する。
フィリピンは、至る所にアメリカの影響がある。警官の雰囲気や、車、売ってるジーンズや、食べ物に至るまでそうだ。
特にジョリビーのスパゲッティなんかは、甘ったるくてアメリカかぢゃね?!と思ったが、ホンマのベースは中華資本らしい。全く全然違うが、なんとなくの雰囲気だ。笑笑。でも実際、アメリカ好きな人が多いみたいだ。
あまり戦争については触れたくないが、その国の教育で変わる。『死の行進』は、どう言う風に教えられているのだろうか?! 日本人からなら、アメリカが悪い。だが、フィリピン人からしたら、どっちが悪いなど、どうでもよくて、自分達に危害を加えた来た外国人は全て悪い筈だ。
自分の国に勝手に入ってくるのだから。
そんな外国人や、日本人など、今の時代も、簡単に受け入れてはくれないと思うのだが、全然反日でもない。
そもそもスペインや、他国の支配から脱出来たのは、皮肉にも、第二次世界大戦があったからで、済んだ事を蒸し返しても、現実は変わらないので、歴史やイデオロギー的な事は今回避けておく。
まあ、フィリピン人が、アメリカを好きなのは事実で、日本人も全然嫌われていないのも、事実みたいだから、今はそれで、良いのではないだろうか?!
モールの中のウロウロも、だんだん飽きて来たので、そろそろダンを呼び戻す事にした。
ダンは機嫌良く飛んで来てくれた。
ダンには、娘と奥さんがいて、三人家族だった。普段は、タクシードライバーをやって、時々大口の仕事が舞い込むと、デカい車で観光ガイドもやるのである。
独立して、自営でやっているみたいだが、まあまあ儲かっているのだろう。毎日が楽しそうだったからだ。
生活が苦しいと顔に出るから、まあまあ大丈夫だろう。それから、ダンの助手席に座って、太ももにスマホを置いていると、「ボス、ソレハフィリピンデハアウトネ、ソトカラテヲ、ツッコマレテ、モッテイカレルネ」と注意されてしまった。大袈裟な話でなく、本当の話である。もしくは銃をつきつけられて、持っていかれる。
まあ、普段、こっちは平和ボケ最前線の、日本人だからしょうがないかも知れない。
「後、気をつけることは?!」と聞くと、「イヌハダメヨ」と、言われた。噛まれると、狂犬病で一発死ぬらしい。
知らない日本人の女の子が来たらやばいなぁ〜と思った。彼女らはすぐに犬にチュウをするからだ。
自分はそんな事はしないが、もしかすると触っていたかも知れない。そこら辺に犬がいっぱいいる。普通に犬好きなら、触ってしまうだろう。
ダンとたわいもない話をしながら、マニラをドライブする。ダンは、日本人なれしているのか、間合いが自然である。
名古屋の会社に就職してから、社長に気に入りられ、専属のドライバーになったらしい。なので、日本人の英語も通じるし、英語の訛りもきつくなかった。最高のパートナーになったもんだ。
それから、明日えりんが来て、ボラカイ島まで行く事を伝えると、
「ボスハカネモチネ!!」と言っていた。当時のボラカイはそんなに凄いセレブだったのか?!
まあ、でも、何処に行くにも、一度降りたら千ペソ払うので、そう思われても仕方ないし、気前のいい、おおらかな日本人は、ダンも気が楽だったのだろう。
もうちょっと、マニラ市内ついて書くが、ホームレスが異常に多い。現在、ガンガン発展しているマニラでも、ホームレスはそこらにいる。若い女の人もいる。スーツがヨレヨレで少し破けてたりするが、元々は良い商品の様で、田舎からマニラに就職に来て、都会に呑まれて、そのまま身を落としてんぢゃないのかと、想像したりもする。容姿も悪くないのに何故?!とか。
あと、幼い子のホームレスが異常に多い、旅行の初日に、マニラでご飯食べた時、マカティに住んでる大統領の親戚のセレブ夫婦が、僕らは、ボランティアをやってるから、残ったご飯や唐揚げを持って帰っていい?!と聞いていたが、夜の教会に避難している子供のホームレスにあげる為であったのだ。それを元締めの大人が、みんなに公平に分けていた。
しかし、子供達は、大人のホームレスに比べてたくましかった。昼も夜も働いている。後に、「根性なし」とか、えらそうに言ってたえりんも、いきなり夜の街角で、女の子に声をかけれてびびっていたが、花売り少女などがいっぱいいて、ダイレクトに、
「メグンデクレ」と言う少年少女は昼夜問わずいっぱいいた。あまりしつこいと、周りの大人がたしなめてくれるが、結構、強気だし、強引である。
前出のえりんに、いきなり声をかけて来た女の子は、近くのおじいさんに
「無茶はやめろ」と、たしなめらえていた。フィリピンも勢いはあるが、少しマイルドさも出て来たか?!ドテルテ氏のおかげか?!自分の知ってる昔のマニラとは幾分変って来た様な感じがした。
続く〜




