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武勇伝  作者: 真田大助
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坪江合戦_肆

陽が暮れ始める中、竹田川の南岸に朝倉勢が布陣していく。渡河できる浅瀬を抑えるように兵が陣取り、かがり火を焚いて警戒にあたる。他にも大急ぎで陣屋を建てたり飯の支度をしたり、丸太で柵を構築している家もあった。陣屋は間に合わなかったが、雨がしのげる程度の小屋は日没までにいくつか出来たようだ。

殿様は庄屋を借り上げて今日の宿とし、周辺の家々は武将格と護衛の敦賀勢が固めた。重光と俺、海次郎、幸千代は庄屋の廊下が今日の寝床だ。殿様と武将格の男達が囲炉裏を囲んで作戦会議をしている中、木戸を締め切った廊下で四人横一列になって会議が終わるまで護衛に付く。鎧の上から毛皮を羽織っているものの、冷たい隙間風が通る度に身震いする寒さだ。


「今日はここで寝るのか。物置小屋でも良いから空いてれば足を伸ばして寝れたのに。」

「物置小屋は警護の詰所になっておる。海次郎が夜通し警護に付きたいのなら殿に進言するぞ。」

「い、いや。そう言うわけでは…。」

「雨風が防げるだけ上等よ。他の兵は雨ざらしかせいぜい木の影に隠れて一夜を明かすのだ。先のような贅沢事は他所で口にするでないぞ。」


ムッとした表情で重光が海次郎を叱った。

俺達は恵まれた環境にいる。殿様は朝倉家でも一二を争う実力者で衣食住にも困らない。戦場でも優先的に陣屋が振り分けられて兵糧も来る。最前線で日夜警戒することも少なく、後方の比較的安全な本陣で眠れる。海次郎も幸千代も孤児だったらしいが、恵まれた環境が普通になっているのだろう。もう十五、六歳になるんだ。その辺はしっかりと自覚しておくべきだな。

一人納得してウンウンと頷いていれば海次郎に小突かれた。


「おい武、お前初陣も元服も済ませているからって偉そうにするなよ。この戦で一番手柄を立てるのは俺なんだからな。」

「フン、誰が朝倉家随一の腕前かもうすぐわかるさ。」

「おう武、随分な口の効き方だな。それだけ余裕があるなら明日は朝から偵察に付き合ってもらおうか。」

「ふふ、武、頑張ってね。」


しまった。口は禍の元とはよく言ったものだ。ニヤニヤ笑う海次郎と幸千代に小突かれながら、話しを逸らそうと話題を変えてみる。


「そういえばここからの作戦はどうなるんだ。いまのところ一向宗は到着していないみたいだし、ここて待つのか。」

「仔細は奥の間で決まるだろうが、川を挟んでの睨み合いになるであろうな。」

「寒いから風邪をひかないようにしないとね。」


幸千代がブルリと身を震わせる。


「先陣はどの家になるんだ。」

「渡河地点に陣を張る前波家と真柄家、杉本家、萩原家であろう。我らは殿の傍に控えて遊軍として待機する。手柄を求めるのは良いが、下知に逆らうでないぞ。」


重光は腕組みをして偉そうに話しているが、敦賀城攻めで山崎小次郎と競って勝手に月見御殿まで攻め上がっていったこと、忘れてないからな。

そんな雑談をしていれば奥の間がガヤガヤと賑やかになり、立派な鎧で身を固めた武将達が退席していく。どうやら作戦会議が終わったようだ。


「我らはこれで寝れるな。武、明日は早起きだ、よう寝ておけ。」


クソ。忘れていなかったか。明日も朝から重光と一緒になることが確定して落ち込む俺であった。


・・・


翌朝。

朝霧が立ち込める中、兜を外した状態で俺と重光が馬に乗って駆ける。庄屋を出て数分駆けると小高い丘があり、丘の上からは竹田川全域を見通せた。これから戦が始まるなんて思えないほど静かな朝だ。川向こうは霧で覆われており、一向宗の影は見えない。左右に並ぶ朝倉勢をグルリと眺めてから川に沿って東進し、朝倉勢の東端まで馬を進める。六千の朝倉勢の内、四千が川沿いに布陣しているらしい。

東は前線が前波家、その後ろに三段崎家。

中央の前線は真柄家、後ろに窪田家。

西は杉本家と萩原家が前線に並んでおり、後ろには印牧(かねまき)家と宇野家。

振り返れば殿様の本陣とその後方には北村家、三輪家。今回は山崎家は留守番らしい。

他にも大小の家があるらしいが正直覚えきれない。重光と並んで歩いていれば鼻をすすった重光が話しかけてきた。


「今朝知らせがあった。一向宗は神宮寺城に抑えを残して南下。昨日は細呂木館を焼き払って夜を明かしたようだ。今日中に現れるであろう。」

「わざわざ朝倉勢が陣取っている場所に来るのか?俺だったら敵のいない場所から川を渡ってさっさと越前中央に攻め込むぞ。」


重光と二人で朝倉勢の東端から西端に向かってゆっくりと進む。朝倉勢の陣立ては横幅が短く、縦に分厚いように見えた。川下や川上から渡河されて背後にでも回られたらマズイのではないか。


「一向宗だけならその手を取ることもあろう。しかし此度の大将は朝倉元景。取り巻きは斯波家と甲斐家の残党。そして奴らは越前から朝倉家を追い出すことを掲げておる。となれば数で上回る一向宗は決戦を望んでこよう。」

「その決戦の地がここってことか。どうして坪江なんだ。」

「坪江は平地で兵を並べやすい。数に勝る一向宗はその利を活かすために絶好の地と思うであろう。しかし一向宗は徒歩ばかりで騎馬は少ない。騎馬の数で勝る我らが縦横無尽に駆けることが出来る戦場でもあるのよ。」


確かに竹田川を挟んでこちら側は平地が広がっていて進軍が楽だった。騎馬が縦横無尽って俺も走り周ることになるのだろうか。

話しながら馬を進めていれば朝倉勢の西端に到達した。重光と並んで川で馬の水分補給をしていると、川向うから低い音がこだましていることに気が付く。


「武、気圧されるでないぞ。」


朝霧に覆われた川の向こう側。低い念仏と共に影が蠢いていた。


・・・


俺達が本陣に戻ると海次郎や幸千代をはじめ、全員が兜の緒を締めて戦支度を進めており、縁側に腰を下ろした殿様が伝令から報告を受けているところだった。

ひっきりなしに伝令が飛び込んでは飛び出ていく。殿様の前には坪江周辺が描かれた地図が置かれ、木製の駒が敵味方の陣立てを表しているようだ。重光は「よう見ておけ。」と一言だけ残して殿様の下へ駆けていった。俺達が帰ってきたことに気が付いた海次郎と幸千代と合わせて三人で地図を覗き込む。

中央に竹田川が描かれ、南岸には朝倉勢の家名が書かれた凸型の木製駒が並んでいる。伝令が来るたびに対岸、一向宗側の駒の数と名前が書きこまれていく。瑞泉寺、松岡寺(しょうこうじ)など寺の名前が並ぶ中、中央には斯波家、甲斐家、朝倉家の文字。


「見覚えの無い寺ばかりだ。」

「加賀のお寺じゃないかな。越前のお寺の名前は無さそうだね。」


確かに超勝寺や和田本覚寺など、越前の主な一向宗派の寺の名前は無い。後方でかく乱でもするつもりなのか、それともそんなに乗り気じゃないのか。

三人で槍を片手に地図を眺めていれば「武雄!」と慣れない名前を呼ばれて殿様の前に飛び出る。


「杉本勢に伝令だ。こちらから動かぬように申し伝えておけ。後ろの印牧(かねまき)勢が急いても突出するなと言い含めて来い。重光、お主は真柄勢じゃ。好きなだけ狩り取らせよ。」


「は!」と重光と並んで頭を下げて本陣の庄屋を出る。重光はこちらを見向きもせずに馬を駆け、あっという間に前線へと去っていった。さすが歴戦の武者って感じだ。俺も負けずに葉雪を駆けて前線の西側に布陣している杉本勢に向かう。

小高い丘をまで来るとまた低い唸り声が聞こえて来た。一向宗の念仏だ。朝霧の晴れた川向うには大勢の人が行きかっているのが見える。確かに騎馬は少ないし朝倉家のような立派な具足で身を固めている武将は少ないように見える。しかし槍を持ち、太刀を抱えて走っている兵の数ははるかに多く感じる。その他にも法衣に身を包んだ僧兵や南無阿弥陀仏と書かれた旗を持つ者など、まさに有象無象と言った軍勢がった。

一向宗は陣立てが整っていないのか、低い読経を続けて蠢いている。いつ動き出すともわからない不気味な生き物のように感じながら杉本勢の陣幕へと駆けこんだ。陣幕の中には杉本のオッチャンの他、六人の男が向き合って座っていた。


「伝令!殿からの伝令だ!」

「おお武雄か。如何した。」

「殿様からの伝令だ。『後ろの印牧(かねまき)勢が急いても突出するな。』 と。」

「あい分かった。森原、青野、組頭によう伝えておけ。」


森原と青野と呼ばれた二人の武士が立ち上がって陣幕を出ていく。俺はもう帰って良いのかな。片膝を着いた状態で様子を伺っていると、残った四人が杉本のオッチャンに対して何やら意見を言い始めた。


「敵はろくな武具も無いと聞きました。ここは宋滴様に攻勢を進言すべきでは。」

「いや、斯波家と甲斐家が武具を買い与えたと聞いたぞ。下手に攻め込むのは危険であろう。」

「斯波家と甲斐家だけじゃない。細川家からも援助があったとも。」


細川家って朝倉元景を支援していた細川家だよな。よほど朝倉家が嫌いなのだろうか、武具を援助したのが本当なら結構な大ごとになりそうだが。

杉本のオッチャンが口を開きかけた時、俺の後ろから伝令が駆け込んできた。


「一向宗、攻めかかって来ます!」


伝令が叫ぶと同時に、低い唸り声が雄叫びにかわり、朝倉勢でも敵襲を知らせる太鼓の音が鳴り響いた。


「来よったか!武雄、殿に伝令じゃ、この杉本氏義、一歩たりとも敵を川から上げぬと申し伝えよ!者共、いくぞ!」


「おう!」と勇ましい声を上げて杉本のオッチャン達が陣幕を出ていく。周囲の杉本勢も槍を抱えて陣形を組み始めた。念仏と雄叫びが混ざり合った声が迫って聞こえる。

杉本のオッチャンを見送ってから葉雪に跨り、来た道を急いで駆ける。一向宗は全域でほぼ同時に渡河を開始したらしく、朝倉勢からは太鼓の音と怒号、弓矢を放つ乾いた破裂音が響く。

何人もの伝令と押し合いへしあいしながら本陣へ雪崩れ込むと、地図を囲んで海次郎と幸千代が一生懸命状況の整理をしていた。


「真柄勢、一番槍!川の中央にて本泉寺衆と渡り合っています!」

「敵の斯波勢、前波勢に攻め寄せております!その勢い凄まじく、援軍を求めます!」

「伝令!杉本勢、一向宗と開戦!」

「萩原家よりご注進!甲斐家残党、本泉寺衆に続いて渡河の構え。先手を取って渡河の許可を求めております!」


次々と叫ぶ伝令に負けじと大声を出したが、これで良いのだろうか。とにかくどんどん伝令が来るのでさっさと横に下がって桶から水を汲んで渇きを潤す。


「武、杉本勢の加勢に行くぞ!」


振り返れば重光が馬に乗って大声で叫んでいる。海次郎と幸千代も大慌てで槍を手にしてこちらに向かってきているのが見えた。

他にも野坂や泉など見慣れた面々が興奮する馬の手綱を握りしめて準備を済ませていた。


「ここの守りは北村殿が入る。我らは杉本殿に加勢し、一向宗を押し返す!各々方、行くぞ!」


重光の号令で騎馬が十騎と足軽が三十名ほど駆け出す。


「武!俺の手柄見てろよ!」

「お、溺れないようにしないとね。」


勇み足の海次郎と青い顔の幸千代が息を荒げながら駆けて行く。俺だけ馬上なのが申し訳ないが、慌てて葉雪に跨り一団に加わる。野坂や泉は背中に朝倉家の家紋が描かれた旗を指し、足軽の一人はひと際大きな朝倉家の旗を掲げている。本陣の精鋭とでもいうのだろうか、前線にいた足軽と比較しても具足が整っており、手入れされている兜は陽の光を返して輝いているのが目についた。

葉雪の背中を撫でて鐙を踏む。多少息は上がっているが葉雪はブルリと一つ身震いしただけで駆け出した。

頼もしい相棒と共に、読経の声が響く戦線へと歩みを進めた。

次回は1月16日(木)18:00投稿予定です。

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