坪江合戦_参
「このたわけ!」
ゴツンと重い一撃が兜を貫通して脳まで響く。
「重光が走れって叫んだから走っただけだろ!」
「それで敵の本殿に駆け込む輩がおるか!」
「それならそうと事前に言え!それに建物の中なら一人でも戦いようがある!小太刀だって優位じゃないか!」
「建物の構造もわからぬのによう言うわ!前後を挟まれて槍衾でも喰ろうたら仕舞いじゃ!」
俺と重光がボコボコと殴り合いをしていた間に杉本のオッチャンも合流し、乗覚との話は付いたらしい。
妙法寺の制圧はこちらの勝利で終わった。妙法寺側は僧兵四十余りが死亡。こちらも十三名の死者を出してしまったが人数比で言えば圧勝と言って良い出来だろう。
一向宗と渡りをつけた主犯でもある空覚は戦死。妙法寺は一時的に乗覚が復権し、残った僧兵と僧を合わせて二十名余りと共に妙法寺の本堂で座している。
「お主ら、少し静かにせい。こちらの庄屋三軒は全て抑えた。起請文の事を話したら直ぐに吐きおったわ。一揆の指揮は庄屋と妙法寺の空覚が取る手筈であったが、妙法寺が落ちたとあらばまず一揆は起きまい。」
「こちらの乗覚殿を本陣にお連れする。準備せよ。」
「杉本様、北村様。残る僧らは戦う意思はございませぬ。拙僧の命一つでどうかお収め下さい。」
「乗覚殿、それは殿のご判断となります。まずは本陣へ。」
北村のオッチャンが手勢と共に乗覚を連れて本殿を出る。俺と重光も肩をどつきながらそれに続いた。
・・・
「ようやった。大手柄よ。」
陽が傾きかけた刻限、殿様へ報告すると上機嫌でほめてくれた。
右に座る杉本のオッチャンも満足げだし、左手に座る~はますます苦い顔をしていてい気分が良い。
「殿。褒美は戦の後と存じますが、一つ願いを申し上げてもよろしいでしょうか。」
頭を下げたまま重光が芝居がかった口調で話し出した。一体どうした。
「聞こう。」
「此度の手柄、若党の武が居なければ得られなかったもの。この武は此度で二度目の戦となりますが未だ元服が叶っておりませぬ。日取り云々はございますが、どうか早々に元服の義を執り行って頂けませぬでしょうか。さすれば次の戦でも目覚ましい活躍をいたしましょう。」
「おお、それは良い!この杉本も賛同いたします。元服前の敦賀城攻めでも十分な手柄をあげました。此度の戦で更なる名をあげるためにも元服の儀は必要と存じます。」
この二人、いつの間に打ち合わせしたんだ。杉本のオッチャンも芝居かかった口調で重光に賛同し、全員の視線は殿様に注がれる。
個人的には元服の儀式なんていつでも良いが、カッコいい名乗りが欲しいのも事実なので他に倣って殿様を見つめてみる。
「そうきたか。よかろう。日取りなど些事は放っておけ。武が手柄をあげると言うのであれば元服の一つや二つ、儂が請け負ってやろう。」
「ありがたき幸せ。」と重光に頭をグイと押し付けられ、危うく地面と接吻するところだった。
・・・
全軍が集結するにはあと三日あった。元服は明日行うこととなり、北村のオッチャンが近隣の商家を通じて儀式に必要な物を取り揃えるために走り周ってくれた。その間、目下話題は俺の新しい名前についてだ。重光以下、安広と海次郎、幸千代と並んで地面に木の枝で漢字を書き並べて名前を考えている。
「家名はどうする。武に所縁のある一門などおらんぞ。」
「源氏か平氏か藤原氏か。この辺りから頂戴するのが良いでしょう。」
「そんな適当で良いのか?」
「本来であれば家名を継ぐか分家を起こすことが多い。しかし継ぐべき家が無いのなら一から家を興すしかあるまい。その家には格が必要よ。案ずるな。血脈の詐称などどこの武家でもやっておる。」
随分と適当なもんなんだな。家名って言わば苗字になる部分だろ。確かに孤児だった俺が名乗る苗字は無いし、貰えるならなんでも良いか。
「家名よりもまずは名乗りを決めるか。名乗りは我らから殿にいくつか言上できるぞ。」
名前、名前か。
「武は武人にとって良い字だ。これを活かすのはどうだ。」
「良いですね。あとは武を表すような言葉があれば…。」
「たわけだ。」「猪とかどうだ?前の猪狩りじゃ大活躍だったし。」「暴れん坊だからそれに関する言葉とかどうかな。」
重光に加えて海次郎と幸千代も参加してやいのやいのと勝手なことを言いやがる。
「あとは所縁のある土地はいかがでしょうか。」
「比叡山か?それは勘弁してくれ。あんまり良い思い出が無いんだ。」
「では敦賀かこの府中はどうですか。」
うーん。まぁ別にかっこよければ何でも良いが。
「敦賀か。海に関する名だと海次郎がおるしな。」
「そうだ!海は俺のものだ!淡海乃海だったらくれてやっても良いぞ。」
淡海乃海、琵琶湖か。琵琶ってのもなんだかなぁ。
「ここ府中だと、確か妙法寺の一帯は竹生と呼ばれていたはずです。」
「たけ繋がりか。良いではないか。武生、はどうだ。」
重光がガリガリと枝で地面に漢字を書いてどや顔をしている。たけふ、か。もう一声って感じだ。
武生、たけふ。生は何て読むか。なま、しょう、せい、お…。
「武雄、はどうだ。」
自分で考えた名前を書いてみる。うん、良いんじゃないか。
「雄ですか。確かに武に似合う字ですね。」
「一番似合うのは獣だがな。」
「でも武雄なら呼び方も似ていて呼びやすいね。」
「けっ。俺達より先に元服しやがって。みてろよ、この戦で手柄をあげて俺も幸千代も元服するんだからな!」
「二人供、無理に手柄をあげなくても敦賀に戻れば元服できますから。」
武雄、武雄か。
地面に書かれた名前を見て不思議と心に火が灯った気がした。
「あとは家名か。」
うーん、と全員で腕を組んで地面とにらめっこが続いた。
・・・
翌日。晴天の中、殿様の仮本陣のある陣屋で元服の儀式が執り行われた。
参加したのは殿様、杉本、北村、重光、安広、海次郎、幸千代。その他に山崎小次郎と敦賀城攻めで月見御殿攻めをした三段崎安基、そしてなぜか萩原爺さんの息子の萩原宗近とその子供の宗俊が広間の左右に座していた。
儀式が始まるまで俺は重光と共に控えの間でサイズの合っていない大きめの袴を捲りながらそれを眺めている。
「なぁ重光。なんでこんなに客が多いんだ。」
「小次郎殿はまぁ良かろう。三段崎殿は敦賀城攻めでお主の事が気になっているようじゃ。それにここには安広もおるでな。」
そういえば安広はなんで殿様に仕えているのだろうか。重光は兄の高間重村と不仲なのはわかったが、三段崎家はどんな関係でなぜ安広がここにいるのかはイマイチ分かっていない。
着慣れない袴の裾を踏まないように腰紐を高めに結いなおしながら重光の話しの続きを聞く。
「萩原殿は子息の宗俊殿が殿の小姓として付いているでな、その付き添いであろう。フン、あんな不満そうな顔をするなら帰れば良いものを。」
重光はもたつく俺の手から腰紐を奪って手際よく結びなおす。
萩原宗近を見れば確かに遠目でも口を尖らせて不満気な顔をしているのがよく分かる。一方で息子の宗俊は何一つ見逃さないようにと目をかっ開いて前のめりになっている。宗俊は俺達と同い年か少し下くらいだろうか。小姓として張り切っているのかもしれないがあれじゃ疲れちまうぞ。
戦場に向かう道中と言うこともあり、俺以外の全員は具足こそ着ていないが籠手や脛当てなどを付けた物々しい恰好だ。しかしそれよりも白い頭巾を被った殿様はやはり異彩を放っていた。
「武。参れ。」
殿様に呼ばれて立ち上がる。
重光は一歩ずり下がって頭を下げ、居並ぶ客達も頭を下げる。控えの間を出て殿様の待つ広間へ足を踏み入れ、頭を下げる左右の面々の前を通って中央まで進む。
部屋の中央には朱色の台にハサミ、桐の箱、櫛、水の入った桶、そして烏帽子がそれぞれ置かれている。
それらの前まで進んで座り、台を挟んで殿様に一礼すると、杉本のオッチャンが一つ咳払いをして何やら読み上げる。祝詞と言うらしいが意味はよく分からなかった。とりあえず無病息災とこれからの活躍を願う言葉らしい。
それが終わると北村のオッチャンが前に出て来てハサミを手にする。今は後ろで一つ結びになっている髪を手にし、その毛先を切る。次いで前髪を少し切る。
ここで小次郎が桐の箱を持って前に出て来た。北村のオッチャンが切った髪の毛を桐の箱に入れると、小次郎は恭しく掲げてから蓋をして赤い紐で箱を結い、台の上へと戻す。
そういえば元服が終わると髪の毛を剃るらしい。時代劇で良く見たような頭のてっぺんを剃り上げた髪型になるのか。見慣れた髪型になったが現代を生きていた自分としては不思議な感覚だ。とはいえ今は毛先を切るだけで終わりらしく、北村のオッチャンはスルスルと音も無く下がっていき、小次郎もそれに続いて下がっていった。
次に出て来たのは安広だ。水の入った桶に櫛を浸し、俺の髪を梳く。なんだか手馴れた手つきでサッサと髪が整う。
目の前にあった朱色の台は次々に持っていかれ、最後に残ったのは烏帽子だ。
杉本のオッチャンが前に出て台ごと烏帽子を持ち上げる。それを見てから殿様が前に出て、烏帽子を取って俺の頭に乗せる。
顎紐は杉本のオッチャンが結ってくれたのだが、力がこもっていてややキツイ。跡になっちまう。
結い終わったのを見計らい、顔を上げると座している面々が「おぉ」なんて感嘆の声を上げていた。
「烏帽子だけでも随分と変わりますな。」
「あの暴れん坊とは思えぬ顔立ちになったな。これで少しは落ち着くと良いが。」
「重光、祝いの席でそのような小言はよくないですよ。しかし良い顔つきになりました。」
何やら失礼な言葉も聞こえたが儀式はもう少し続く。
烏帽子をかぶせてくれた殿様が上座でパチリと扇子を閉じると、その場にいる面々も口を閉じた。
「では名を与えよう。これよりは出倉次郎左衛門武雄、と名乗るが良い。」
苗字は出倉、輩行と呼ばれるのは次郎左衛門、名前が武雄。ってことか。
名前は俺の希望通りになったが、結局苗字と輩行は殿様任せになったので聞きなれないものだった。
「出倉と言う家名は古くから越前におってな。元は蔵の管理から警護まで行っていたそうだ。延暦寺より今日までよう守り、戦ってきてくれたお主に合うと思うての。それにお主は延暦寺から蔵には縁があろう。」
殿様は意地悪くニヤリと笑う。蔵の横領の一件は話していなかったが北村のオッチャン辺りが調べたのだろう。チラッと北村のオッチャンをみるがいつも通りの無表情だ。
「輩行は儂の輩行である太郎左衛門の次席じゃ。お主には師範が大勢おる。そして今のお主はどれも二番手じゃ。全ての師範を抜けるように心がけよ。」
フンと鼻を鳴らして偉そうにする重光と涼し気に笑う小太郎、ウンウンと頷く安広に杉本のオッチャン。なぜかそれに同意している海次郎と幸千代。
今日まで生き残れたのは殿様をはじめ、全員のおかげでもあると思うので一応、形式上だが、感謝の思いを少しだけ込めて頭を下げる。
ついでにその後の酒盛りで酷い目に合ったことは記憶の奥底に封印しておきたい。
・・・
翌日。着慣れてしまった鎧兜に包まれて俺達は府中を出立した。この時点で朝倉勢は約二千。北上して九頭竜川を渡った石丸城で一乗谷勢や近隣の武家と合流したのは更に二日経った後だった。
「石丸城は三段崎家の城でな。古くはかの新田義貞公も座していた城なのだ。城と言っても本殿が一つにいくつか建物がある館程の大きさだが、ここを任せられる三段崎家の重要性が表された城よ。」
石丸城下の小さな商家の二階で重光が腕を組んで説明してくれている。
「で、その三段崎家の一門である安広はどうしてここにいるんだ。」
小さくなって部屋の隅で座っている三段崎安広を指さすと、重光は眉間に皺を寄せながら大きなため息をついた。
「安広。話すぞ。」
「えぇ。お願いします。」
「要はお家騒動だ。三段崎安基殿、敦賀城攻めと元服にいた御仁が今の三段崎家当主であり、安広の父御だ。三段崎家の長子は安正殿。軍略に長けており腕も立つ。三段崎家の跡取りとして十分と名高い御仁だ。そしてその安正殿の弟がそこの隅におる安広よ。」
安広を見ると申し訳なさげにはにかんでいる。
「知っての通り、安広は学はあるが武が無い。早々に武道を諦めて学問に傾倒した。これが安正殿の琴線に触れたようでな。『武家でありながら早々に武を捨てる者は三段崎家にあらず。』と追立てられてしまった。父御の安基殿は間を取り持とうとしてくれておったがなかなか難しいようでな。」
「三段崎家は朝倉家の庶流です。武勇に優れた者も多く、朝倉家からも頼りにされております。その一方で学問を好む者も多く、沢山の書物がある家でもあるのです。文武両道を進んでいた当家でしたが今は武道に傾倒しています。その中で学問に傾倒した次男坊を許せなかったのでしょう。」
自嘲するように小さく笑って安広は視線を手元に落としている。
「儂が言うことではないが、どの家もこうした騒動ばかりよ。家に男がおらねば家名が潰える。しかし男が多すぎれば家名簒奪の恐れもある。故に後継ぎとは苛烈に兄弟を追いやるのやもしれんな。」
重光はまた一つ大きなため息をついて頭を掻く。孤児として朝倉家に来た俺達三人には無い悩みに対して、かける言葉が見つからなかった。
「で、でも次の戦で手柄を上げれば安広も三段崎家として認められるよな!」
沈んでしまった空気を換えるように、海次郎がわざとらしい程明るい声色で叫ぶが、安広は小さく首を横に振る。
「此度の戦、私は兵糧方です。荷駄と共に本陣の後方に着くことになりますので戦場での功名は挙げられないでしょう。」
「まぁその腕前で出ても功名はなぁ。」
重光も難し気な顔をして顎を撫でている。人には向き不向きがあるから仕方ないだろう、と思っても今はそんな時代じゃない。安広が学問でも何でも花咲くことがあると良いのだが。
微妙な気遣いを要しながら、石丸城での軍備は着々と進んでいた。
・・・
石丸城に着いて二日後。
全軍に出陣命令が下り数千の兵が北上を始めた。今までの行軍と違い、不思議な緊張感と抑えきれない熱気が渦巻いているのを感じていた。
殿様は杉本と北村と共に出立し、俺と重光、海次郎、幸千代がその後続に。安広は更にその後続の荷駄隊と共に出立。馬が二頭並んで歩くのが一杯な道を細長い列を作って進んで行く。
「武。昨夜知らせがあった。加賀との国境に近い神宮寺城が囲まれた。」
「落城したのか。」
「いや、まだ耐えておるらしい。一向宗も力攻めはせずに取り囲んで牽制しておるようだ。敵の本軍は坪江に向かっておる。我らは坪江の手前にある竹田川の南岸に布陣する。」
川を挟んでの戦か。寒くなって来たこの時期にはしんどい。
それに水に濡れた鎧兜は重くて動けたものじゃない。下手に転べば起き上がることすら出来ずに溺れてしまう。
「敵は多いのか。」
「見立て通り一万といったところか。噂では一向宗は本腰を入れておらんようだ。息巻いておるのは甲斐と斯波の残党と朝倉元景よ。」
馬上で揺れる重光の口角が上がりっぱなしだ。ほんとに戦好きなんだな。
「武、一向宗相手では兵の首を取っても褒美にならぬ。取るなら武家を狙え。」
「おう。重光の倍は首を取ってやる。俺が城持ちになったら館の一つや二つくれてやるから今のうちに俺のことを褒めておけ。」
槍の石附で小突かれながら、六千の朝倉勢が竹田川の南岸に広がっていった。
次回は1月13日(月)18:00投稿予定です。




