表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武勇伝  作者: 真田大助
3/67

談合

来る日も来る日も同じことの繰り返し。土日の休みすらなく続くのでここを地獄と呼びたい。

サボり?大人はそんなことしないのさ。飯を抜かれるのが嫌だとかそんなんじゃない。本当だぞ。


だが講堂にいく時間はめっきり減った。最近は山法師と連れ立って雑務をすることが多くなったからだ。川で魚を取ったり狩りに出かけたり。座って経を読むくらいならこっちの方が数倍マシだ。

松は大して気にしていないが、慈明は明らかに不機嫌そうだ。


ちなみにだが、山法師と連れ立つことは問題ではないらしい。

小坊主達はある程度の年齢になると、このまま真面目に僧として修業するか、山法師になるか、山を下るか決める。いわゆる進路と言うやつだな。

とりあえず真面目な僧は向いていないので山法師ルートってことで勉強から逃げている。いや、山法師の勉強に励んでいる。


真面目な話、現代に戻りたいが戻る方法が全く思いつかない。

同じように崖から落ちればいいのか?でもタイムスリップしたわけじゃないからそもそも帰れないのでは?と答えが出ない問題にぶち当たり、せっかくなら戦国時代楽しんでやろうぜと切り替えているのだ。


今日は山間の清流で行山と二人並んで魚を焼いていた。持ち帰るだけの量が獲れなかったから仕方なく焼いているのだ。中途半端に持ち帰ると喧嘩になるからな。

ちなみに行山だが、少し前までは侍だったらしい。どこかの家に使えていたが戦で民を斬り、略奪に走る侍を見て嫌気がさして延暦寺に来たとか。身長180㎝越えの体格にあのゲジゲジ眉毛だ。さぞ強かったのだろう。延暦寺に来てすぐに百人を束ねる隊長になっているのもうなずける。

そんな大男が川べりで子供と並んで焚火をしているのは不思議な光景だろう。


「武や。お前さんもそろそろいい歳だ。ちょいと俺達の仕事を手伝ってはくれまいか。」


焚火の火力を調整しながら行山が話しかけてきた。いい歳って十歳の子供に何をさせるつもりだ。

不審者を見る目つきで睨めば行山はあからさまに目を泳がせている。


「なに、危険があるものじゃない。まぁ御仏の教えには反するがお前さんは今更気にせんだろう。」

「そりゃ気にしないけど。」

「仕事は人に話せないことだ。広まればお前さんを斬らにゃならん。」


おいおい、危険があるじゃないか。面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。

しかし俺の身分だと何をするにも知識も金もツテも無い。ここで行山に恩を売っておくのが得策なのではなだろうか。

うーんと腕を組んで考える。


「駄賃は弾む。」

「やってやろうじゃないか。」


しまった。ここにきて初めての報酬に脳を介さず承認してしまった。

ニンマリと笑う行山を見て、失敗したかもしれないと早くも後悔した。



・・・



翌朝。

朝餉の後、薬師堂の前で行山と落ち合った。松にはいつものように武芸稽古だと言ってある。


行山は周囲に人がいないことを確認すると行くぞ、と言って歩き出す。薬師堂の裏に回って倒木をまたげばその先には獣道が続いていた。どうやら山を下るらしい。

滅多に人が通らないであろう道をただひたすらに下る。行山は子供の歩幅を理解していないのでこっちは常に駆け足だ。体力には自信があったがそれでも息も絶え絶えになるくらい歩いた先にあったのは古びたお堂だった。


「道は覚えたな。といっても一本道だ。間違えようもなかろう。念のため適当な間隔で木に白い布を巻いている。わからなくなったら白い布を探していけば良い。」


移動時間は一時間くらいだろうか。こちらがぜぇぜぇと必死に息を整えているというのに行山はケロリとしていやがる。体力オバケめ。道を振り返ると遥か遠くに白い布が見える。あんなの知ってないと見えないぞ。道中にあったかどうかなんて覚えてもいない。

愚痴を言ってやろうと前をむけば行山はさっさと歩きだしていた。児童虐待だと文句を言いながら慌てて追う。


俺達が下ってきた獣道は古いお堂の裏手に繋がっていた。獣道の終着点もまた倒木に隠されており、知っている者でないと気が付かないような道だ。

お堂はといえば、周囲を木々に囲まれており建物らしいのはこの一棟だけ。人気はなく、地面には草が生い茂っているから手入れはされていないようだ。正面に回ってみると扉は閉まっていて中を見ることは出来ない。不思議と朽ち果てた感じはしないが、言うならば使っていない物置のような感じがした。


お堂の正面から続く道を少し歩くと開けた場所にでた。眼下には短い下り階段があり、このお堂が小高い場所にあることがわかった。いつの間にか横に並んでいた行山は白い頭巾を目深に被り直し、薙刀で階段の下を指示した。


「ここは穴太(あのう)集落の裏手だ。先に見える街道を右に上っていけば延暦寺の東塔(とうどう)の辺りに着く。左に下っていけば穴太衆(あのうしゅう)の住む村があり、その先は坂本や大津に繋がっている。」


なんだと。延暦寺と道が繋がっているならわざわざあんな獣道を通らずに来れたじゃないか。非難するような目つきを察したのか、行山はやや申し訳なさそうにボリボリと頭を掻いていた。


「街道は目立つ。この仕事は目立っちゃいかんのだ。」


目立ってはいけない仕事なんて大体がろくなもんじゃない。


「で、俺達は一体何をするんだ。」


腕を組んで行山と向き合うと同時に、下から一人の女性が階段を登ってくるのが見えた。



・・・



やっぱり面倒なことに巻き込まれた。

行山と女がお堂の中で向かい合って座り、俺は入口近くに腰を下ろしている。

二人は何やら細かい事を話しているが、要は売春の計画だ。そりゃ表立って話せないし目立っちゃいけないな。

売り手はこの女が取りまとめているらしい。名前はフクと言ったか。線は細いが釣り目で性格がキツそうだ。あ、睨まれた。黄緑色の着物に青い帯。なんだか帯がキラキラしているが高級品なのだろうか。


売春は決まった日、決まった時間に男女をこの堂に案内し、終わったら何事もなかったかのように双方帰る流れらしい。体裁としては「悩みのある女性に説法する。」だと。

買い手と売り手の調整があるらしく、日程の調整と金銭のやり取りが問題となる。

今まではフクと行山が調整と手配をやっていたが、これを俺にやらせようという話しだ。


調整の仕方だが、まずは売り手が床下に文を忍ばせる。それを俺が確認したら寺に戻って行山に伝える。行山が買い手を探し、見つかれば翌日の夕方までに文を破って床下に戻す。買い手が付かなかった場合は破らずに戻す。

で、当日は当人達をお堂に連れて行き、買い手はコトの最中に金銭を床下にしまう。コトが終わったら買い手が先に帰り、売り手は床下にしまわれた金銭を回収する流れだ。

まず面倒なのが文を確認するために三日に一度、このお堂に来ないといけないということ。それと聞く限りほぼ毎回買い手が付くらしいので山の往復回数がめちゃくちゃ多いこと。これが大変で行山は俺に押し付けたらしい。金銭感覚が分からないが、受け取る駄賃は見合っているのだろうか。


「おい、武。」


腕組みをして必死に計算しているところを行山に邪魔された。


(ふく)殿。これがワシの代わりに連絡役となる武だ。頭の出来は良くないが、実直な男よ。」


行山に頭の出来は言われたくないがここは顔を立ててやろう。腕組を解いて胡坐のまま軽く頭を下げる。


「武殿。福と申します。よしなに。」


改めて福と名乗った女性を正面から見る。その声はやや高く、歳は二十代半ば位だろうか。頬は薄く、固く結んだ口に紅を引いている。顔は色白に見えるが粉でも振っているのだろう。長い髪を後ろで一つにまとめているがどうも髪質が悪そうだ。派手な帯だけが目立ってしまい、見栄を張って着飾っているようにしか見えない。

ジロジロ見ていたのを勘違いしたのか、行山がゴホンとわざとらしい咳をして話を再開する。


「では予定日は四日後。返書は明日の夕刻までにいつもの場所に。」


・・・


福を見送った後、改めて行山とお堂の中で向き合う。先ほどとは違って互いに足を投げ出しており、行山は頭巾も外してトレードマークのゲジゲジ眉毛をなぞっている。


「延暦寺は女人禁制でな。教えとして必要らしいが、それでも男共には発散の場が必要だ。中には男色を好む者も多くおるが、ワシらのように外から来た者には耐えられん。」

「それで女の斡旋をしていると。」

「そんなとこだ。だがな、勧進聖(かんじんひじり)共も一度山を下りれば自由にやっておる。山に籠っている僧ばかりが我慢するのもおかしかろう。」


勧進聖(かんじんひじり)が何だかわからなかったが、聞けば募金活動をするために各地を説法して歩いている僧のことらしい。


「で、あの福って女はどこの誰なんだ。」

「坂本にある商家の娘らしいが、その商家が上手くいっていないようでな。今は遊女をあちこち売り込んどるようだ。」


女元締めか。この時代だと生き残るのは大変そうだ。


「とにかくだ、ここでワシは小銭を稼いどる。武にも分け前はやるから、上手くやろうや。」


黄色い歯をこれでもかと見せながら笑う行山を前に、諦めと一抹の不安を覚えていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ