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武勇伝  作者: 真田大助
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高坂の囲い_参

本丸を背にした俺と十兵衛を囲うのは十名。いずれも抜き身の太刀や槍を構え、切っ先は俺達に向いている。

恰好は俺達と同じような軽装だが、全体的に黒や濃い茶色の布で身体を覆っているのが特徴的だ。


「誰か。」

「そりゃこっちの台詞だ。テメェらがこの城を落としたのか。」


短い手槍を構えた小柄な男が俺と十兵衛を交互に見る。俺達が一向宗の援軍に来たとでも思っているのか。

仮にコイツらが高峠城を落としたのであれば、必ずしも敵対する必要は無いはず。

ジリジリと包囲の輪を狭めてくるのも鬱陶しいが、それ以上に城門の方角で続く怒号が気になる、野介達がやられる前に助けねぇと。


「俺は高藤家家臣、出倉武雄だ。一向宗の城を攻め落とすために偵察に来たらこの有様でな。ちっとばかし話しを聞かせてくれねぇか。」


フレンドリー感を出すために小首をかしげてみると、どうやら通用したらしい。小柄な男の持つ手槍の切先がふいに下ろされた。


「鹿丸を止めてこい。それと頭を城門までお連れしろ。」


小柄な男の指示を受けた黒ずくめの男が一礼して去って行く。どうやらこの場での斬り合いは治まりそうだ。野介達が怪我でもしていた場合はその限りではないがな。


小柄な男は手槍の切先を下にしたまま俺に向き直る。


「城門まで。」


それだけ言うとさっさと道を降りて行く。


「武雄様、罠やもしれません。」

「だとしても行くしか無いだろ。まずは清隆達と合流だ。暴れるならそれからでも遅くない。」


骸の他には誰もいなくなった曲輪を出て、十兵衛と二人で道を戻る。

どこに潜んでいたのか、左右には小具足姿の男達がこちらを見ている。中には弓を持っている者も確認できた。矢こそつがえていないが、いつでも俺達を射ることは出来るだろう。


敵意とも警戒とも取れる視線を浴びつつ城門まで戻れば、これまた十名ほどの男に囲まれた野介達が待っていた。

「武雄様!」と叫ぶ錦之助と弥五郎はほっとした表情。黙って敵を睨んでいる清隆。同じく警戒態勢のまま半弓を握る野介。全員無事のようだ。

合流して何があったかを聞く前に、俺の名前を呼ぶ声があった。


「久しいな武。息災だったか。」


そこにいたのは越前一乗谷の郊外に住んでいた、忍びの三吉だった。


・・・


四部屋しか無い本丸に集まったのは十人の男。全員揃って小具足姿だが、半数は高藤家の関係者。もう半数は三吉の手下。

円を描くように座って足を伸ばす。


「出世したな三吉。いや、頭って呼んだ方が良いか?」

「止めてくれ。そんな器じゃない。」


対面に座った三吉が迷惑そうに頭を掻く。三吉は一乗谷の郊外に流れ着いていた忍びだ。以前、高藤家にお小言を言いに来た依頼の再会だが、あれから大して時間は経っていないのに凄い出世だ。


「三吉は一人が好きだと思っていたよ。」

「その通りだ。さっきも言ったが頭なんて器じゃないんだが。」


はぁ、と大きくため息をついた三吉だが、左右に並ぶ三吉の手下は背筋を正して俺達を警戒し続けている。良い家臣じゃないか。

昔話に華を咲かせる性分ではないので本題に入ろう。


「で、お前らはここで何をしている。」


俺がズイを身を乗り出すと、三吉は頭を掻く手をピタリと止めた。

ここは加賀と越中の国境。越前に居た三吉が配下を連れて、しかも城を攻め落とすなんて理由無しには行わないだろう。

あからさまに疑っている俺の態度を見て適当な言い訳は出来ないと察したのか、三吉はまたも大きなため息をつく。


「山崎様からの依頼だよ。」


そう言えばそうだった。以前高藤家に来た時、山崎小次郎が一番の大口顧客だと言っていたことを思い出す。


「これだけ配下を揃えたのも小次郎の命令で?」


「あぁ。」と迷惑そうに答えた三吉が肩をすくめる。

雇い主でもある小次郎の命令とあらば、三吉も断ることが出来なかったのだろう。

長髪で整った顔つきの山崎小次郎を思い出す。確か鞍馬流だったか。手合わせで完敗したのは悔しいが良い経験だった。一乗谷の南に所領を持ち、朝倉家じゃそこそこの家格だった小次郎が、独自に忍び集団を結成したってことなのだろうか。


「朝倉家の中でも随分とご出世されておられる。おかげて羽振りが良くて困る位だ。」

「そうでもなきゃこれだけの配下を用意出来ないだろうからな。」


三吉と二人で笑うが、まだ欲しい回答を得ていない。


「それじゃ質問に答えてくれよ。お前らはここで何をしてるんだ。」


俺が問い直すと、三吉は「誤魔化されんか。」と呟いて頭を掻き始めた。


「この高峠城を落とすように言われておった。越中の武家と渡りをつけ、加賀侵攻の際に助けとなるように。」


「頭。」と誰かが三吉を止めるように口を挟むが、当の三吉本人は面倒そうに手を振ってそれを制す。


「武も知っておろう。朝倉家は加賀平定を目指しておる。九頭竜合戦以降、大きな戦こそないが国境では小競り合いが続いており、家中でも一挙に加賀を落とすべしの声が日増しに強まっている。いざ戦となれば越中門徒宗が加賀を目指すであろう。その動きを抑えるために、この高峠城を落としておきたいと仰せであった。」


随分と話してくれるんだな。明らかに不満げな表情を浮かべる配下を他所に、三吉は淡々と話しを続ける。


「しかし朝倉の兵がここを守るのは無理がある。何せ越前からここまで来るには加賀領内を二日は通らねばならんからな。そこで我らの出番。この城なら少数でも守るに容易い。野盗に扮して城を抑えてしまえばこちらのものよ。」


野盗にしては手際が良すぎると思うが…。


「守るにしても兵糧はどうする。数も足りるのか。」

「案ずるな。兵糧は山を越えて運び込む。数も足りておる。何せ山崎様肝入りの策だからな。ここに居る者はごく一部。いざ一向宗が攻めて来れば百は集められよう。」


百人の忍びを束ねるなんて大出世だ。

殿様のとこにいた北村のオッチャンも忍びの棟梁だったが、どう考えてもそんな大人数を抱えてはいなかった。むしろ、任務中の怪我や死傷で人数が減るばかりだと聞いていただけに驚きが大きい。


「次はこちらの番だ。高藤家の出倉武雄は何をしに来た。」


ジロリと三吉の眼が俺を睨む。

そこまで隠し立てするような内容でもないし、話しても良いだろう。それに高坂城攻めで後回しになってしまっているが、朝倉家とは好を通じることで決まっている。ここで隠し立てするのは得策ではない。

朝倉家から使者が来たことは伏せ、高坂城攻めの顛末から加賀に対する備えのために偵察に来た事を伝えれば、三吉の口角が吊り上がっていく。


「それはこちらにとっても有難い話しだ。武よ、手を組まんか。」

「手を組む、とは具体的にはどのようなことになりましょう。」


俺が答えるより早く、隣に座っている浅尾錦之助が口を開いた。外交の場面となれば錦之助の方が頭の回転が速いからな。ここは任せてやろう。

三吉は錦之助をチラリと見るが、子供と侮ったのか口角がまた上がる。


「二俣道を超えて越中に進む軍勢があればすぐに知らせよう。代わりに、我らに米を届けてほしい。」

「知らせであれば当家にも目があります。それでは釣り合いません。」


ふむ、悪い話しじゃないと思ったが確かにそうか。米ならお嬢の改善策のおかげで収穫量は多いし、福光や高坂から高峠まで運ぶなら荷車でも半日あれば十分。

俺達の目ってのは影尾衆のことだろう。影尾衆は「何かあったら知らせてくれ」程度の依頼なので目と言うには少しばかり曇っているのだが…余計なことは言わないでおこう。

影尾衆の棟梁である野介は腕組みをしてフンと鼻息荒くしている。忍びと山の民じゃ性質が異なると思うが、偵察において野介は己の腕に自信があるのだろう。事実、今回の道案内もそつなくこなしてくれているし、これからも影尾衆との友好関係は続けていきたい。

三吉はそんな野介と錦之助をみて露骨に鬱陶しそうな表情をする。


「では、山崎家を通して朝倉家への渡りをつけよう。朝倉家はいずれ加賀を攻める。その後に越中と無用な諍いを残さないよう、好を通じておくのはそちらにとっても良い話しであろう。」

「そちらも不要にございます。既に朝倉家からお話しを頂戴しております故。」


「は。」と短く息を吐いて三吉が俺を見る。そりゃ嘘だと思うよな。


「本当だ。冬光が殿様からの文を持ってうちのお嬢に会いに来た。追って返書を送るが、うちとしても朝倉家と好を通じるつもりだ。」


俺の答えを聞いて「面白くない。」と唾でも吐く勢いで顔を背けた三吉。ぴり着いた空気の中、一つ大きな深呼吸をしてから弥五郎が口を開いた。


「さ、三吉殿。我らとしても三吉殿と手を組むのは望むところ。どうでしょうか、ここは一つ、当家が不足しているものを用立てて頂くことは叶いますでしょうか。」

「ほう。」


片膝を立てて冷たい視線を向ける三吉に対し、弥五郎は小さく震えながら続ける。


「当家は人手を欲しております。願わくば、加賀からの流民を受け入れたいのです。」

「加賀から。」

「はい。この高峠城は加賀領に位置し、北陸道へと繋がる越中との繋ぎにございます。一向宗と越中との戦が起きた以上、人と物の流れは減りましょうが、全くの無人になることは無いはず。三吉殿には加賀にて高藤領の暮らしの良さを流布して頂きたいのです。」

「『高藤領は良い所だ。あそこに行けば飯にありつける。』と謳い、加賀から民を引き抜くと。」


三吉の問いに対して弥五郎が頷く。


「危険が伴うやも知れませぬが、三吉殿の懐は痛みませぬ。見返りとして、当家からは兵糧米を手配いたします。」


「如何でしょうか。」と弥五郎が締めくくり、チラリと俺を見る。

一応俺にも伺いを立てているあたり、気弱な弥五郎っぽいな。安心させるように大きく頷けば弥五郎は安堵したように眉尻を下げた。

三吉は目を瞑って頭を掻いていたが、また大きなため息を一つついてこちらを見る。


「よかろう。ただし、山崎様にお伺いを立ててからだ。返事は追って送る。」

「わかった。俺達は桑山城にいる。何かあれば訪ねてくれ。」


追加でやっかいな依頼をもちかけけてこないかだけ心配だが、小次郎なら断らないだろう。


「偵察にしては十分過ぎる手柄だな。」


俺がそう言って笑うとピリついた空気がいくらか和んだ気がした。

次回は5月14日(木)18:00投稿予定です。

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