意識
~ 本作品は特定の個人、団体、属性、地域を賞賛あるいは誹謗中傷する目的はございません ~
閲覧頂きましてありがとうございます。
初めての作品ですので拙い内容となっております。
また、誤字脱字・誤用などもありますが適宜修正いたしますのでご容赦ください。
本作品はフィクションです。
口調、名前などはわかりやすさを重視しております。
ご理解の程、よろしくお願いいたします。
「おい、おい。起きろ。」
遠くで声がした。
暗い闇の中で揺蕩う意識が急に吊り上げられた、そんな感覚だ。
重い瞼を上げれば目の前にはツルリと剃りあがった坊主頭の男が必死の形相でこちらを揺さぶっていた。
「おい、しっかりせぇ。大丈夫か。」
寝起きでいきなり見知らぬ坊主頭が目の前にいるのは精神衛生上良くない。
いきなり何なんだ、誰だアンタ。と発しようとして喉が掠れて声がでないことに気が付く。
「怪我はないか、どこか痛むか。」
坊主頭が頭から肩、腕、胴…と上から順に触ってくる。
言われてみれば痛い。全身が痛い。グイグイと揉むように触ってくるので痛みが増しているような気がする。勘弁してくれ。
目線を落として手のひらを見れば土まみれで所々血が滲んでいるじゃないか。それに着ている服も汚れ、破けている。
え、なんだこの格好は。黒い着物?
それになんでこんな細い腕なんだ。手も子供のように小さいじゃないか。
…いや、落ち着け。クールになるんだ俺。ナイスガイはクールであるべきだ。
まずはここがどこか確認しようと辺りを見てみる。
どうやら森の中のようで木々に囲まれている。時刻は夕方くらいだろうか、徐々に暗くなってきたのが分かる。以上。それ以外にヒントとなりそうな物がない。どこだここ。
状況が読み込めないまま顔を正面に向ければ坊主頭の男がほっとした表情でこちらを覗き込んでいた。年齢は二十代くらいだろうか。優し気な顔つきに整った鼻筋。タレントにでもいそうな優男だ。
「骨は大丈夫そうだ。これも日頃の修行を真面目に行っていたからだな。」
手を合わせて拝むような恰好をしている坊主頭の男も、俺と同じような恰好をしていた。
黒の着物を羽織り、肌着といって良いのかわからないが肌に触れる一枚は白い着物のようだ。
とにかくここはどこなのか、坊主頭はどこの誰なのか、何がどうなっているのか聞こうとしたところで、不安げな表情を悟ったのか坊主頭は俺をヒョイと抱きかかえて歩き出した。
おい、本気か。自慢じゃないが俺は身長190㎝の成人男性だぞ。
畏怖の念を込めて自分の身体をみれば、どこからどうみてもお子様サイズ。
ますます訳がわからなくなった。
「大事ない。薬師堂はすぐそこだ。全く…あの崖淵には近づくなと言われていたろうに。」
ブツブツと「これだから山法師達は…」「仏籍に身を置く者でありながら…」など小言を言われ続けるがそのどれも覚えが無い。
そもそもこの坊主頭は誰だ。こんな剃りあがった知り合いいないぞ。
小言を無視して辺りを見渡せば暗い林道を歩いているようだ。
既に日が落ち始めているのか足元すら見えなくなりつつある中、木々の隙間からはいくつかの灯りが見て取れる。
灯りは右に左に動いており、その周囲をいくつかの影が動いているのも見えた。
「皆、武を心配して探していたのだよ。おおーい。武はここだー。見つけたぞー。」
坊主頭の声に反応したのか、ワアワアと何か声を発しながら周囲の灯りが迫ってくる。
近づいてくる灯りと影をよく見てみれば、それは松明と火の光を反射する複数の坊主頭だった。
お、恐ろしい。ここいら一帯の毛髪は消え果てたのか?いつか見た心霊動画なんて比じゃないくらいの恐怖映像じゃないか。
「大丈夫だ。皆、武を心配していたのだ。それに武がああなったのには彼らにも責任があるからね。そう怒られはしないよ。」
少しズレた答えをもらっている間に、我々は十数本の松明とその倍はいるだろう坊主頭に囲まれていた。
無数の坊主頭が口々に「たけ、たけ」と安心したように声をかけてくるがちょっと待ってくれ。
妙に冷静になってしまい改めて周囲を見渡す。
坊主頭達の半数は黒い着物に綺麗に剃りあがった頭で光を反射している。もう半数は頭を白い布で覆っており、中には薙刀や弓を背負っている者もいる。
そのどれもがこちらを気遣っているところを見ると、自分も坊主頭と同じ一団なのだろう。
それを裏付けるかのように、恐る恐る確かめた自分の頭は綺麗に剃りあがっていた。
「武、無事か。」
「すまなんだ。ワシらが獲物を崖淵に追い立てたばっかりに…。」
坊主頭達は一様に申し訳なさそうな顔をしている。これはこれで怖いのだが、恐ろしい連中ではないことは分かった。が、本当にここは一体どこでコイツらは誰なんだ。
「皆、謝罪は後に。骨は大事なさそうだが傷が多い。薬師堂で手当を。」
俺を抱えている坊主頭がそう言うと、周囲の坊主頭達も頷いてから列をなして歩き出した。
「山法師め。うぬらが阿呆なことをせなんだらこの子は怪我なんぞしなかったものを。」
背筋がゾクリと寒くなるような声色が頭上から降ってくる。恐る恐る顔を上げればそこにあるのは俺を助けてくれた坊主頭。
先ほどこちらを気遣ってくれた表情とはかけ離れた、怒りを超えて憎悪の表情をした一人の男だった。
コイツ実は悪い奴なのでは?そんなことを考え始めた途端にぐわんと意識が遠のいた。
・・・
ガハハハ、と豪快な笑い声で目が覚めた。
よほど驚いたのかゲホゲホと大きくむせて喉がひりついた。最悪だ。
首だけ動かして声の方を見れば囲炉裏があり、数人の坊主頭が火を囲んでいるのが見える。
坊主頭達はこちらを見る素振りもなく再び大声で笑っている。手にしているのは酒だろうか。お椀を煽っては何か楽し気に話しているようだ。
自分はと言えば、どうやら布団に寝かされているらしい。しかしどうにも背中が痛く、布団というより布の上で転がされていると表現する方が正しそうだ。
「起きましたか。」
囲炉裏とは反対方向から声が聞こえて驚いて振り向く。また坊主頭だ。
だが昨日の坊主頭達よりだいぶ若い。若いというより幼いとすら感じる。
「慈明様の見立てでは骨には異常ないそうです。あの高さから落ちてよく無事でしたね。切り傷の方は薬を塗り込みましたのでじきに良くなるでしょう。あとは暑さに負けぬよう、水をよく飲むように。」
掛けられた薄い布の隙間から身体を見れば汚れた着物を一枚羽織っている。そして所々に緑色の染みが付いており妙に青臭い。
横になったまま腕をまくってみるがそこにあるのは細い腕。記憶にある筋骨で固められた太い腕とは程遠い。
夢でも見ているのかと顔をつねろうと思ったが、つねるまでもなく身体中がヒリヒリする。
「ここは一体…。」と発した自分の声も子供の声だ。
手当をしてくれていたのか、幼い坊主は布やらを木箱に詰めながら「は?」と間抜けな顔を向けてくる。
昨日の坊主頭と同じように黒い着物を纏っているがやはりその顔は幼く、十歳にもいかないのではないだろうか。
生意気そうな顔だな。と思いながら見ていると木箱の蓋を閉めてからこちらに向き直った。
「ここは薬師堂です。武は丸一日寝ていたのですよ。宿坊に動かすのも手間ですからここで寝かせていたのです。」
呆れた、と書かれた顔で説明してくれるが、怪我人なのだからもう少しいたわってくれても良いのではないだろうか。
「まったく。武も悪童ですがもっと酷いのは山法師衆です。天台座主様ご不在の時を狙って狩りをするなんてもってのほかです。」
幼い生意気坊主は非難するように囲炉裏の方を見る。視線の先からはまた一際大きな笑い声が響いていた。
山法師、天台座主…知らないはずなのになぜか知っている。
「ですが山法師衆が浮かれる気持ちもわかります。聞きましたか?昨年の焼き討ちの件について将軍家から金子が下されたとか。流石は天台座主様ですね。焼き討ちをしかけた足利将軍家から金子を出させるなんて痛快です。」
クスクスと嘲るように笑う生意気坊主。確か名前は松だ。子供坊主の中で一番頭が良かったはず。
松の笑い声でようやく気が付いたのか、囲炉裏の方から一人の大柄な坊主がドスドスと足音を立てて近づいてきた。
「よう松。武は大丈夫そうか。」
「はい、行山様。早ければ数日後には元通りの生活が出来るだろうと慈明様もおっしゃっていました。」
慈明。俺を見つけて抱えてきた優男だ。顔を思い出してほっとするあたり、良くしてもらっていたのだろうか。
「そうかそうか。武や、悪かったな。巻き狩りなんて久々なもんで皆やり方を忘れておってな。あっち方面に追い込む気は無かったんだが…。」
ぐりぐりと乱暴に頭を撫でてくる大男は行山。ボサボサの眉毛に角ばった顔の形が特徴だ。歳は三十代だろうか。黒い着物を羽織っていても筋骨隆々なのがわかるくらいに肩や胸筋が盛り上がっている。
この大男に対しても特段悪い感情は抱かない。むしろ友人のような親しみすら感じているのは武が良くしてもらっていたからか。意外と人気者だったのか?
しかし行山の話ぶりからすると俺は狩りの最中に崖から落ちたようだ。ずいぶんと軽い謝罪だが俺は心が広い漢だ。許してやろう。
「松。今しがた足利の話をしとっただろ。」
「はい。昨年の詫びとして足利家から金子が下されたと聞きました。」
「その通りよ。あの火付けで根本中堂も大講堂も焼き落ちてしもうた。管領細川め、忌々しいものだ。」
行山はドシンと胡坐をかいて座り舌打ちを鳴らす。
「しかし結局は和睦と言う名の詫びがあってな。内々に金子を渡されたようだ。由緒あるこの比叡山延暦寺を焼こうものなど不届きにもほどがあるわ。」
比叡山延暦寺。
聞き覚えの無い寺だが、この身体はよく知っているようで不思議とすんなりと今いる場所なのだと理解できた。
子供の身体とこの記憶。
混ざるようで混ざらない、言葉にし難い感覚を持ちながら二人の間で横になっていた。