表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Heretical Magician  作者: 藤高 那須
彼らのお話
7/7

ある兵士のお話

長かった。もう真っ白だよ……。



この作品は、その国の歴史や文化、情勢を少し改竄しています。この作品に説明されていることすべてが事実とは限りません。。

 魔法には属性というものがある。


 火、水、風、土の四つだ。


 特殊なものを除けば、だいたいの魔法はこの四つに分類される。


 魔法使いはその四つの属性の魔法が使えるが、すべて等しく使いこなせない。


 その原因を我々は多角的に調査したが、答えは得られなかった。


 調査がなかなか進まないので、私は気晴らしにと外界へ赴いた。


 そこである日私は占い師というものを見た。


 どう見ても占い師は偽物で、そして何故こんな当たりもしないもののために人間は列をつくるのか疑問に思った。


 だが占いというのに多少の興味はあった。私は列に並んで占いをうけることにした。


 占い師はまず私の星座を聞いた。私は何を言っているのか分からなかった。分からないと答えると、占い師は誕生日を聞いた。私は正直に答えた。


 占い師は私の誕生日を聞くと指をこめかみにあて、しばらくすると、星座の名前を呟き、そしてなんと私が得意とする属性を言い当てたのだ。


 その後の占いは耳に入ってこなかった。私は何故占い師が私の得意な魔法の属性を言い当てたかに頭がいっぱいになっていた。


 他の客がいなくなったのを見計らって、私は占い師に聞いた。何故私の誕生日から属性というものがわかったのかと。


 占い師は言った。産まれた日によってその人の星座が決まり、その星座によって属性は決まるのだと。なるほどつまり占い師が聞いた星座とは黄道十二星座――牡羊座や獅子座などと考えればいい―のことだったのだな。


 そして私はすぐに仲間を呼び再び研究を始めた。


 魔法使い達に自分の星座、もしくは誕生日と自分が得意とする魔法の属性を聞き、占い師に貰った星座の本を元に照合してみた。


 結果はなんと、全て一致した。


 これは私含め周りの魔法使い達も驚いた。


 私はすぐにこのことを発表し、見事、これが事実であると認められた。


 しかし、私にはまだ疑問が残っていた。


 なぜ星座と属性が一致したのか、それはまだ私にも分からないことだった。


 これはあくまで私の推測にすぎないが、もしかすると星を繋げてできた星座には特殊な力が発生し、その力に属性というものがあるのではないか。


 その星座が、生まれた者に星座の持つ属性を与えているのではないか。


 まったくもって馬鹿馬鹿しいことだが、私はそれ以外に答えが出なかった。


 それについては私の後を継ぐ者に任せよう。


『魔法使いの属性と星座の関係性』

  『著者、ラフトン・ハックバルト』





+++++++++++++++++++++++++




「そして、その星座によってどの十二星座の者達の中に入るか決められるようになりました」

「そっ、じゃあ私はどこ入ることになるんだよ」


 彼らはウクライナのある町の宿にいる。宿といってももうここには彼ら以外誰もいない。

 ウクライナはロシアに隣接する国で、その情勢はニュースでも取り上げられることが多い。

 さっきも説明したように、ウクライナはロシアに隣接する国だ。そして、ウクライナはキエフという町を境に東と西に分かれおり、それぞれ考え方、歴史が違っている。

 ウクライナの東側はロシアを支持しているが、西側はロシアを嫌っている。何故ならソ連の頃に食料を減らされたせいでたくさんの人間が餓死したからだ。そしてロシアを嫌っている西側は欧米がを支援している。

 そして彼らは今東側を抜けて西側にいる。東側はロシアの支援を受けているので、教会が目を光らせている恐れがあるからだ。


 というわけで、彼らは今から南へ進みギリシャまで向かうのだが、ある問題が浮上した。


「……移動手段がない」

「……」

「……」


 それは『足』だ。

 今彼らはロシア正教から一刻も早く離れなければならない。だが、徒歩では遅すぎるのだ。


「どうしましょうか……」

「どうしようもない」

「ハァ」


 いつも通りの二人のやり取りにライオットは呆れる。そろそろ本当に真面目に考えてほしいものだ。


「なんかさ、パッと遠くへ移動できる魔法とかないのかよ?」

「ありますよ。しかし私は旅をしているのです。なんでもかんでも魔法に頼ってはいけないのですよ」


 そうは言っているが、彼はちゃんと線を引いて行動している。ライオットと少女が危険に陥いったり、絶望的な状況になった場合には彼は魔法を使う。魔法を使うのは本当に最後の手段なのだ。


「じゃあさ、どんな魔法か教えてくれよ」

「えーと……何でしたっけ?」

「……まず遠くへ移動できる魔法を『移動魔法』と呼び、短い時間で遠くへ移動できる。魔法使いにはそれぞれ得意な属性を持っていて、その属性によって『移動魔法』の種類がかわってくる。まず火属性は体を煙のようにして遠くへ移動する魔法。風魔法は風となって移動する魔法。土魔法は砂となって遠くへ移動する魔法。この三つの魔法は風に乗って移動することから『風渡り』と呼ばれる。水魔法は体を水のようにして移動する魔法で、『海渡り』と呼ばれる。火、風、土はどこでも使えるけど水属性は水がなければ移動できない。けど移動時間は水属性の方が早い」

「私の属性は風。じゃあ『風渡り』が使えるわけだ」

「風属性は凡庸性が一番高い。一つを極めるより広く覚えることが大事」

「んーでもどうやったら魔法が使えるんだ? あの時は無意識だったし」

「まず強く願うこと。その願いは必ず現実となる」

「まあ私も風属性ですから、わからなかったら教えてあげますよ」

「風属性、じゃあ師匠も『風渡り』が使えるのか?」

「使えますよ。でも私は別の魔法で移動しますね」


 彼はニヤリと笑って返す。ライオットは舌を出し苦い顔をして、再び少女に話を振った。

 彼は涼しそうな顔をしているが、内心では焦っていた。

 今までの旅では一人でやってきたが、今回は旅の仲間が二人もいる。さらに自分の中に縛りをつけているため、中々前に進むことができない。

 ロシアは広い。アジアを西から東へと横断するくらい広いのだ。その行動範囲はわからず、敵が派遣する勢力も未知数。そんな中でむやみに動くことはできない。


「……どうしようも、ないですね」


 彼は天を仰ぎ、そう呟いた。


 翌日、彼らはこの荒廃した町から出ることにした。

 ここにいるより、もっと南へ行く方が危険が少なくなると考えたからだ。


「ちょおっと待ったあぁぁぁ!」


 遠くに誰か走って来る。顔もはっきりと見えないのに声だけは近くにいると錯覚するほど大きい。

 足音が大きくなるにつれて顔が見えるようになってきた。

 茶色いヘルメットと同じ色の服にズボン。そのどれもがボロボロで、いたるところに炭のような色がついている。両手で銃を持ち腰のベルトには手榴弾がいくつかつけられている。どうやら兵士のようだ。


「ハァハァ、そこの君達。ここの町の人間じゃないようだが、ここに一体何のようかな?」


 兵士は肩で息をしながら彼らに質問した。兵士の目は鋭く眉毛が濃い、さらに顔の掘りが深いこともあって泣く子も黙ってしまうくらいの威圧感が出ている。


「いいえ、ここに用はありません。私達は偶然この町に通りかかっただけですよ」

「むむ、そうか、それはすまなかった。なにぶんここには建物以外何もない。そんなところに人がいるのは怪しいと思ったのでな」

「いいえ、こちらこそ勘違いさせてすみません」


 そして今度は彼が兵士が何をしにこんな誰もいない町に来たのか聞いた。

 ここから西へ行ったところに大きな町があり、兵士の家はそこにあるそうだ。

 そしてその町に帰る途中にこの荒廃した町を通り過ぎるらしい。この町を通過しようとしたところで人影が見えたので不審者と思いこちらに近づいて来たたらしい。

 町へ行くと聞いて、彼はそこへ一緒に連れて行ってくれないかと頼んだ。兵士は顎に手をあてて考え、了承してくれた。


 四人は無事目的地にたどり着いた。

 彼はこの町を見て思った。前の町と大して変わらない大きさの町だ。何故あの町よりここが栄えているのか、あの町が荒廃してしまったのか。


「あの町で戦闘があったんだよ。そしてその戦闘は激しさを増し、挙げ句にあの有り様だ。今この国は大変なことになっているんだ」


 ウクライナでは二人の政治家がこの国を統治するために派遣を争っている。そしてその二人は東と西の人間で、どちらが大統領となるかでこの国のこれからが変わっていくのだ。東の政治家が大統領になると、親ロシア派の東側はロシアと手を組むこととなり、西の政治家だと欧州派の西側は欧州と協力することになる。

 そして水面下で互いの牽制が行われており、あの町の近くでとうとう火がついてしまったらしい。


「まさかそんなことがあったとは……」

「なにも珍しいことじゃない。最近じゃ人が死ぬなんてそれほど大騒ぎするほどのことじゃなくなってきたからな」


 人が死ぬことが普通になっている。そのことに彼は驚きさらに怒りを覚えた。それほどこの国はおかしくなっているのかと。

 それに対しライオットの考えは冷めたものであった。元々人の死というものに触れたことがあったし、こういったことは当たり前なのだと考えていた。さらに今は自分達のことで精一杯だ。他の人を心配している暇などない。

 彼も後半は同じ考えで、怒りを覚えてもそれをどうにかしようとは思っていなかった。


 町に入りしばらくした所で彼らは車に降りた。


「それでは、縁があればまた会おう」

「ええ、ありがとうございました」


 彼らはお礼を言い兵士と別れた。


 彼らは水と食料を手に入れた後、兵士におすすめされた宿へ向かった。

 

 途中、様々な人とすれ違ったが、みんな美男美女であった。

 ウクライナは美形の多い国としても有名らしく、美人首相と呼ばれる人がいたらしい。


「いらっしゃいませ」


 いい笑顔でこの宿の者らしき人物が目の前に現れた。

 店員は最初は笑顔であったが、彼らの風貌を見てその態度を一変させる。笑顔は一瞬にしてゴミを見るような顔になり、早く帰ってくれと言っているような空気を出した。


「三人部屋もしくは二人部屋と一人部屋で一泊させてほしいのですが」

「あぁ、一泊? 残念ですがもう部屋はいっぱいなんですよぉ」


 なんとか営業スマイルを保ち彼らをこの宿から出るよう促す。

 彼はハァッとため息を吐き、カウンターのような場所に袋を置く。店員が中を覗いてみると、そこには金や宝石が入っていた。


「こ、これは失礼いたしましたぁ! そういえばもう一つ二つほど部屋が開いておりました。それでよろしいでしょうか!?」

「ええ、いいですよ」


 さらに態度が変わった店員に何の反応もせず、彼は店員についていった。

 店員につれられ部屋に着いた。その内装は質素なものだが、本人にとってはかなりいい部屋を選んだのだろう。彼らはこの宿に泊まることにした。


「布団だー!」

「ふかふか」


 部屋に入った途端ライオットはとても柔らかそうな布団に飛び込んだ。少女も布団を人差し指で何度もつついている。


「にしても師匠って金持ちだったんだなー」

「失礼ですね。まあ金を稼ぐ方法はたくさんありますから」


 しかし彼の持っているものは現金ではなく宝石類のため、換金しなければならない。結局財政難なのにはかわりない。


「あとライオット君。君は生まれた日を知らないということ、風属性が得意ということ、私の弟子ということで『天秤リブラ』に属することになりました」

「そっかぁ、たしかそんなこも言ってたなぁ。……そういえばそっちは何座に入ってんだ?」


 ライオットはまだ布団をつついている少女を見て言う。ライオットは少女のことをよく知らない。別に知らなくてもいいのだが、一応聞いておこうと考えた。


「私は『乙女座ヴァルゴ』。土属性」


 少女は素っ気なく答える。


「へぇ、じゃあどんな魔法が使えるんだ?」

「それは言えない」


 当然である。たとえ少しだけだからといっても、他人に使える魔法を教えるのは自殺行為に等しい。自分の大事な手札を見せびらかすのと同じである。

 やはり素っ気ない答えにライオットは怒りもせずに「ふーん」と言って布団に顔をうずめた。


「もう少し言い方というものがあるのでは?」

「……そんな言葉、私は知らない」


 そう言って、少女は部屋から出ていった。


 日が沈み、夜になった。町はまだ明るく、人がまだ歩いている。

 彼は二階からその景色を眺めていた。

 夜風に吹かれ彼は町の人々を見る。

 酒に酔っている者、食事をしている者、はたまた泥棒に遭っている者。

 そこはまさにこの町そのものを表している。人のもう一つの生活である。

 町がよければ、そこに住む人の生活もよい。逆に、町が荒れ果てていたら、人の心は荒んでいるだろう。

 この町はいい。みな心に余裕を持っている。だからこそそれなりに繁栄しているのだろう。


 彼が外を眺めていると、ドアが開く音がした。


「戻ってきましたか」


 そこには少女がいた。いつもと変わらない無表情で、じっとこちらを見ていた。


「……こっちに来て」


 少女がついて来るよう促す。彼は言われた通りに少女について行った。


 二人が来たのは人気のない場所だった。周りに家があるものの、そこに明かりはついていない。彼らを照らすのは、今は空の星の光と、それを地面から反射させる水たまりだけだ。


「それで、どうしたのですか?」

「……この世界について、どう思う?」

「どうって、……ふむ、難しい質問ですね。貴女はどう思っているのですか?」


 少女の質問に、彼は冷静に答えた。これは、ひょっとして何か試されているのか、と考えたからだ。


「私は、腐っていると思う」

「……」


 瞬間、少女の空気が変わった。表情こそいつもと同じだが、どこからか黒いものが沸き出してくる。そう彼は感じた。


「人間は、強欲。それならまだ良い。でも、人間は残酷。自分の欲のためなら何でもする。そして、自分のしていることは正義だと言う。それを否定する人間はいるけど、もしその欲が同じだったら、それは正義だと同調する。人間は無責任。人間は自分の行いがどんな結果になるかも考えずに行動する。そしてその結果がどうなるのか、手遅れになってからやっと気づく。最後には自分を棚に上げて相手を糾弾する。そんな奴らにこの世界は蝕まれている。少しずつだけど、たしかに滅亡に近づいている。人間のせいで、この世界は腐っていく」


 少女の口調は話す度に強くなっていった。そこから彼が感じとったのは、この世界の哀れみか、はたまた人間への憎悪か。


「……そうですかね?」


 間の抜けた声で、彼は言った。


「たしかに人間はこの星の一部が壊滅するほどの兵器を作りました。それ以外にも、間接的にではあれ、地球の環境を変化させてしまいました。しかし、それがどうかしましたか?」

「……どうかしたかじゃない。それがこの地球を破滅に追いやって――」

「黙って下さい」

「っ!」


 彼の声が一瞬変わった。それに反応して少女は一歩さがってしまった。


「人間が何をしようとも、この星は破滅することはありません。人間は何十何百万といる生物の一つでしかありません。そんなちっぽけな存在が、すべての生物を創ったこの星をどうにかできるわけがない。人間の言う破滅とは、あくまで『人間の破滅』であって『世界の破滅』ではありません。人間の言う世界とは、人間の輪の中の世界でしかないのですよ」

「……」

「世界が腐って見えるのは、腐っている人間の輪の中にいるせいです。そこから抜け出せば、きっと違う景色が見えるはずです」

「……そう、ね。もう少し、考えてみる」


 少女は東を見る。日が少しずつ昇ってきている。


「ところで、さっきから視線を感じるのですが、私の気のせいでしょうか?」

「私もさっきから感じてた」


 建物の裏から白服の人が数人現れた。彼らは二人を囲みにじり寄ってくる。


「ここでお前達を排除させてもらう」

「ロシア正教の方達ですか? まさかまだ追ってくるとは」

「ここはロシアと隣接している国。信者は少なからずいる」


 ウクライナにはロシア正教の教徒は十人に一人いるが、彼らや前回ライオットを襲った教徒のような者達はその中で数十分の一ほどだ。そんな確率でこの小さな町にやって来るハズがないと彼はふんでいた。


「困りましたね。このままではライオット君が危ない」

「私が行く」


 そう言って少女は側にある水たまりに足から飛び込み、水に呑み込まれるように下に沈んでいった。


「ふぅ。これで一先ず心配はなくなったと」

「何を言っている。これでお前は一人になった。お前にもう明日はないぞ」

「さて、どうですかね?」

「何?」

「私が貴方達に遅れをとるとでも思っているのですか? 甘いですよ。この人数の戦闘、私は何度も経験しました。やられるのは貴方達の方ですよ!」


 彼は杖を敵に向け詠唱を始める。その瞬間、敵は八方から彼に襲いかかった。


「馬鹿がっ! 詠唱は魔法使いが戦闘で最も無防備になる時。お前はもうおしまいだ!」


 敵の腕から爪が飛び出る。それで彼を切り刻もうとするようだ。

 しかし、その攻撃は銃声により中断させられた。


「お前達! いったいそこで何をしている!」


 そこには、彼らを車で町まで送ってくれたあの兵士がいた。兵士は銃を敵に向け、警告する。


「今回は見逃してやる! 今すぐこの町から出ていけ!」

「ダメです! 彼らにはそんな言葉は通じません!」


 敵は兵士の持つ銃に怯みもせず、少し屈んだ状態からまっすぐ兵士に向かって走り出した。突然のことで兵士の反応が遅れ爪が兵士の顔を斬った。

 だが、その一瞬前に兵士は上半身と首を回転させ、できるだけ攻撃のダメージを減らそうとした。幸い、敵は爪を横から斬るのではなく腕を伸ばし突き刺すような攻撃をしたお陰で左頬に切り傷が走っただけですんだ。もし横からだったら、簡単に顔全体を斬られていただろう。まっすぐ突いてきたから上半身と首を動かして避けることに成功した。


 そして敵の追撃がないと判断した兵士は、迷いなく敵を撃った。

 全速力で走ったために次の攻撃が出せない敵は、一瞬の間に行動した。

 まずここから足を止めてはいけない。相手はもう銃をこちらに向けている。さらにこの至近距離。足を止めたら確実に被弾する。

 そこで敵は、スピードに乗りながら姿勢を低くし、そのまま前に転がった。

 兵士の撃った弾丸は敵に当たることなく、向こうの壁に衝突した。

 いや、敵の下に赤黒い液体が流れている。血だ。

 転がった時に足に命中したようだ。


「くっ!」

「おのれ、よくも同胞を」

「許さぬ」


 彼を取り囲んでいた敵は兵士を方を向く。


「余所見してもいいのですか?」


 しかしそれが間違いだった。彼から視線を外したせいで敵は彼にスキを作ってしまった。

 そのスキを見逃さず、彼は杖を振り回し敵の頭部を殴打した。


「くぅっ」

「仕方ない。退くぞ」


 敵は全員逃げて行った。




「奴らはいったい何だったんだ?」

「さあ、タチの悪いチンピラでしょう」


 彼と兵士の二人は銃声を聞いて集まってきた人から逃げた。


「それでは、これで」

「……いや、待て」

「何ですか?」

「……日が昇りきったら、またここで会おう。この町を案内してやる」


 彼は兵士に笑顔で会釈しながら、兵士と別れた。


「おかえり」


 宿に戻ると、ボロボロの壁や床と、ベッドに腰掛けている少女と、頭を抱え五体倒置をしているライオットの姿があった。


「何があったんですか……」

「何も」


 彼はフードの上から頭をかき困惑する。一旦、まだ頭を抱え震えているライオットを起こして何があったか改めて聞いた。


 まず、ライオットは嫌な予感がして目が覚めたらしい。そして外を見てみると、怪しい人がこの宿に入ってくるところを目撃きたらしい。

 ロシア正教の人間だと思ったライオットは部屋の中の物を扉の前に置き中に入れないようにした。

 しかし敵は簡単に部屋に侵入してしまった。

 なんで外開きなんだ。とライオットは叫んだ。

 だが今はそんことを言っているヒマはない。ライオットは近くにあった棒を持ち近づかれないようがむしゃらに振り回す。

 相手は棒を簡単に掴み遠くへ投げた。 もう武器のないライオットはしりもちをつき、恐怖で嫌な汗が流れる。

 敵がライオットに攻撃しようと構える。もうだめだとライオットは諦め目を瞑った。

 ……まだ敵からの攻撃がこない。目を開けると、そこには敵の攻撃を防いでいる少女がいた。ライオットが流した汗から現れた。と少女は言っていた。

 少女は魔法で敵の顔以外を土に埋め、そして敵の顔を拳や棒で何度も何度も殴り続けた。もうやめてとライオットが情けをかけるほどに。

 最後に気絶した敵を外に放り出し、しばらくして彼が戻って来た。というわけだ。


「そ、そうですか」

「もうやだ。こわい」


 三角座りをして泣いているライオットを慰め、やっと彼は眠りにつくことができた。


 朝になった。太陽はまだ昇り始めたばかりだ。彼はまだ眠っている二人を起こし宿に出た。


「おう、昨日ぶりだな」


 約束の場所へ行くと、そこには軍服を着た兵士がいた。彼は何故まだ軍服を着ているのか指摘したが、これが自分の私服だと兵士は言った。兵士も同じ疑問を彼に聞いたが、彼もこれは自分にとっての私服だと答えると、兵士は大笑いした。


 彼らは兵士にウクライナの様々な場所を案内された。ライオットはこの町を改めて見て目を輝かせていた。


「なあおっちゃん。あの楽器はなんなんだ?」

「お、おっちゃん……。あ、あれは『バンドゥーラ』という弦楽器で、西洋のリュートと東洋の琴を合わせたみたいなもの。と同期の兵士が言っていたな。れはこコサック・ママーイというウクライナ人にとって神聖な存在の人も弾いていたものだ。といっても、その人は架空の人物で、誰を元にしたのかはまだわかっていないとか」


 ウクライナにコサック・ママーイの絵画はたくさんあり、オーク(日本でいうならかし)の林を背景に、愛馬の隣であぐらをかき、バンドゥーラを弾いている姿が多い。またそれぞれに意味があり、バンドゥーラは歌、馬は自由、かしはウクライナのしぶとさを象徴している。さらに絵画の中にウクライナの人生観などを表す詩などが書かれていたりする。


 時間が過ぎ、昼になった。四人は食事をとることにした。

 ウクライナの料理は魚料理や肉料理などが比較的少なく、野菜料理が多い。調理法は茹でるや炒めることで、バターなどが好まれる。主食はパンやそれに近いものだ。

 そのウクライナ料理を四人はおいしくいただいた。


「いやー今回は楽しませてもらった!」

「いえ、こちらこそありがとうございます」

「ああ、で、もうここから出るのか?」

「はい。そろそろ行かないといけませんので」

「そうか。なら私の車に乗れ。途中まで送ってやる」

「いいのですか? もしかすると貴方に危険が及ぶかもしれないですよ」

「こんなご時世だ。家の中だって危険だ」

「……なら、お言葉に甘えさせてもらいます」





 太陽が少し西に傾いてきた頃。周りには草や石しかないような所の真ん中を彼らは車で走っていた。


「それで、今命を狙われているから、南へ行ってある人に助けてもらおうとしているのか」


 彼は大雑把な話を兵士に教えた。もちろん魔法のこと、教会のことは隠して。


「そうです。なのであまり関わらない方が……」

「ハハハッ。もうこんな仲になったんだ。今さら引けるわけがないだろう」


 兵士は笑顔で答えた。だが彼はまだ不安を拭えないようで、何度か周りを警戒している。


「いいか、私が連れていけるのは国境から数十キロメートル離れた場所までだ。その間に他の町にも通れない。その理由も言えない。すまないな」

「いえ、送ってもらえるだけでもありがたいことですよ」

「ならいい」


 彼らは何もない荒野を抜け、山を通った。途中ガソリンが抜けてしまったが、兵士はちゃんとストックを持っていたらしく、順調に南へと進んでいった。


「なあ、私達はどこを目指しているんだ?」


 不意にライオットが兵士に聞いた。ただウクライナから出るというだけで、それより詳しいことは聞いていなかったからだ。


「今はカルパティア山脈というスロバキア、ポーランド、ウクライナ、ルーマニアなどにまたがる山脈を通りルーマニアへ向かおうとしている。といっても、私が送れるのは途中までだが」

「山脈といってもそれほど険しくはなく、道路が鋪装されていたりもします。私達はその山脈の森から隠れてルーマニアへ入ります」


 そして数日後、彼らは無事ルーマニア付近にまで到着した。


「いや、ここまで送ってくれて助かりました」

「いいんだ。これは私が好きでやったことだからな」


 二人は互いに握手を交わす。兵士はライオットと少女にも別れの挨拶をした。

 兵士は車に乗り、エンジンをかける。彼らは反対方向へと足を進める。

 刹那、後ろからけたたましい音が鳴る。嫌な予感を感じた彼は振り返った。


「そう簡単には行かせないぞ」


 そこには、白い服に身を包んだ人間がいた。格好から見るに、ロシア正教の刺客のようだ。声がこもっているが、男なのだろう。ただこの前の刺客と違うことは、コートのようなものを着ておらず、さらに長袖のような服を長ズボンにいれていた。

 顔はマスクをしていて見えないが、男は獲物を狙うかのようにじっとこちらを見つめていた。

 所々がへこみ、煙を上げている車を背にして。


「こ、この糞野郎おぉぉぉぉぉ!」


 ライオットは怒りを露にして男に向かって走る。だがそれは彼に肩を捕まれていることにより阻止されられた。


「このままむやみに突っ込んでも意味がないですよ」

「だって、だってっ!」


 ライオットは泣きながら彼の顔を見て叫ぶ。それでも彼は冷静に状況を把握していた。

 車に煙は出ていても火はない。車にはへこみがあるだけで、それほど大きくはない。さらによく耳を澄ますと、僅かだが声が聞こえた。


「まだ生きています」


 兵士の安全を聞いて、ライオットは安堵する。ライオットは体力が抜けて、へなへなと崩れ落ちた。


「それで、今回は貴方一人ですか?」

「そうだ。が、今回相手をするのは私ではない」


 男はどこからか笛を取り出し、笛を吹き始める。その音色は繊細さがあるが、どこか不気味さも感じさせられる。

 吹き終わると、男は笛をしまい、再び彼らを見る。


「これで私の役目は終わった。せいぜい足掻くがいい」


 男はそう言うと、車を飛び越えどこかへ消えた。


「……! そうだ、はやく車に!」


 ライオットは車に駆け寄り兵士の安否を確かめる。中を見ると、兵士は規則的に呼吸をしていた。どうやら気絶しているようだ。自分の目で兵士の安全を確認すると、口から息を大きく吐き出した。


「……ぅ、ん、何があったんだ?」


 兵士は目を覚まし、今の状況を彼に聞いた。


「すみません。私の客が来てしまったようで、ご迷惑をおかけしました」

「いや、いいんだ。元よりこういうのを覚悟して君達を送ったのだからな。それで、その客とやらはどこにいるんだ?」

「どこかへ行ってしまいましたよ。しかし、もっと厄介なのが出てくるかもしれません」


 彼は男が逃げて行った方を見た。そこには誰もいない。が、彼はそこから目を背けることができなかった。


 彼らは道から外れ森の中に入ることにした。兵士は重症は負っていないものの、所々に打撲の跡があった。さらに車もあの時に動かないようになってしまったので、兵士を背負って一緒に逃げることにした。


「すまない。まさかこんなことになるとは」

「旅は道連れです。こうなったからには一緒に来てもらわないといけません」


 兵士を背負い森の中を歩いていた彼は、突然足を止めた。そして森を何度も見渡した。


「どうしたの?」

「……何か、います」


 彼の言葉を聞くと、彼らは周りの警戒を強めた。三人|(兵士は彼に背負われているので人数に入らない)は円の形になって背中から襲われないようにする。

 ライオットはまだ魔法がまともに使えないため、兵士が持っていたハンドガンを構えた。

 彼らはさっきまで気づかなかったが、森に入ってから風がまったく吹いていない。自分の心臓の音が聞こえるくらいに静かだ。


 辺りを警戒していると、突然風を切る音がした。その音はいろんな方向で聞こえ、やがてその音は消えた。


 どこを見渡しても動物の姿すら見えない。

 じっと警戒しているのにどれくらいの時間が経っただろう。動いていないのに息が切れ、暑くもないのに汗が滴る。

 だが、一瞬。ほんの一瞬だが、彼の体がピクンと反応した。それは、彼の今までの経験故か、はたまた風魔法使いだからこそか。彼の肌が微かな風が吹くのを感じとったのだ。


「上です!」


 彼らは一斉に上を向いた。

 そこには、灰色っぽい白色の体をしていて、とても長い八つの足を持ち、そして赤い八つの目を持つ、全長五メートルほどの巨大な蜘蛛くもが、木の上に張りつきこちらを睨んでいた。


「ピギャアアアアアアアアアアア!」


 おおよそ蜘蛛の声とは思えない悲鳴のような音が森に響く。彼らはその騒音に耐えられず耳を塞ぐ。

 音が止むと、蜘蛛は木から飛ぶと、なんと宙に浮いていた。


「なんだよあれはぁ!」

「恐らく、かなり細い糸がそこら中に張り巡らされているのでしょう。辺りを警戒している時に何度も聞こえた音は糸を出す音だったのでしょうね」

「おいおいヤバいぞ。ここは森の中。あの蜘蛛が乗っても耐えられる木はそこら中にある。とても不利な状況にあるぞ!」


 そう言った後、兵士はゆっくりと目を閉じてしまった。少女が魔法で眠らせるような魔法を使ったようだ。


「だったら木ごとあいつを倒せばいい」


 少女は三十センチの長さの黒い杖を木に向けて詠唱を始めた。

 すると地面が盛り上がり根っこごと木を持ち上げ倒した。

 だが蜘蛛は素早く他の糸がある場所へ移動した。


「はやっ!」

「どうやら見た目より軽いらしいですね」


 少女は次々と木を倒していく。だが蜘蛛はその度に移動していく。

 そして少女はとうとう息を切らし、詠唱を止めた。蜘蛛はその隙を狙ったかのように口から糸を少女に向けて放った。


「っ!」


 突然のことと、疲労していたこともあって少女は反応が遅れてしまった。

 その時、少女は横から誰かに押されてしまった。


「ぐっ」


 少女がいた場所から野太い声が聞こえた。

 そこには彼に背負われ、少女に魔法で眠らされていたはずの兵士がいた。

 巨大蜘蛛が放ったとてつもないスピードと遠目でも見えるほど太い糸が兵士に命中する。どこかの骨が折れる音がするくらい、その威力は強い。

 兵士は数メートルも飛ばされてしまった。


「おっさん!」


 ライオットが兵士に駆け寄る。意識はあるようだが、呼吸が荒い。仰向けに寝かせ、できるだけ呼吸が楽になるようにした。この教会でこのやり方が書いてある本を読んだことがあり、その知識が役にたったようだ。


 今度はライオットに向けて再び蜘蛛が糸を発射させる。だが糸はライオットにまで届かず、手前で落ちてしまった。


「そう二度もくらいませんよ」


 どうやら彼が魔法で糸がライオットに当たらないようにしたようだ。彼はライオットの背にして蜘蛛の前に立ちはだかった。


「お遊びは終わりです。ここで骸となりなさい」


 蜘蛛はずっとここにいるのは危ないと感じたのか、他の糸に移るため飛んだ。

 その空中にいる間を狙い彼は魔法を唱えた。

 小さく空気を切るような音が蜘蛛に向かう。音が蜘蛛に当たるかと思いきや、空中で蜘蛛は音を避けた。音は蜘蛛を通り過ぎ、その先の木を無慈悲に切り刻んだ。


「これは……」


 これには彼も驚愕した。なんと蜘蛛は尻から勢いよく糸と出し、その力でスピードを上げ避けたのだ。

 蜘蛛は魔法を見て脅威だと感じ、二度と当たらないように他の糸へ他の糸へと瞬時に移動する。やがてそのスピードは上がり、目ではなかなか追えないほど速くなっていた。


「あの大きさなのに速いですね。中身はどうなっているのでしょうか……」


 彼は蜘蛛の素早さを素直に誉めるが、余裕の表情を崩さない。


「……そうですね。ジー・ディー・ビーに体をバラバラにした状態で差し上げますか」


 蜘蛛は素早く移動しながら正確に糸を彼に向けて放つ。しかしその糸はまた手前で落ちてしまう。

 蜘蛛は考える。何故彼のいる場所まで届かないのか。先程の兵士には命中した。距離もこれぐらいであったし、それより遠くても当たるほどの速さと威力だった。

 蜘蛛の出した結論は、『わからない』だ。何度考えてもわからない。

 だが対策は考えた。それはとてもわかりやすく、そしてシンプルなものだ。

 移動の最中、蜘蛛は木と木の間に巨大な網を作った。してく蜘蛛は網に向かって勢いよく突っ込んだ。

 するとその網は少しずつ伸びていき、蜘蛛を弾き飛ばした。

 トランポリンに乗ったかのように飛んだ蜘蛛は彼を支点に反対側の木に移ろうとする。


「それは悪手ですよ!」


 彼は今までで蜘蛛の滞空時間が一番長いこの時を逃さなかった。彼は杖を真上に向け魔法を放とうとした。

 だが彼は詠唱をしなかった。嫌な予感がしたのだ。

 彼は蜘蛛を見た。すると、なんと蜘蛛をこちらを見ていた。いや、見ているのではない。狙っているのだ。

 そして蜘蛛が彼の真上にきた瞬間、蜘蛛は口から糸を放った。

 しかしその糸も当たらなかった。だが今度は違った。彼は糸を避けたのだ。

 蜘蛛は何故真上からだと彼は避けたのか理解はしていない。ただ、真上だったら当たるという結論だけがあった。

 何故蜘蛛の糸が当たらなかったのか、それは彼がある魔法を使っていたからだ。それは慣性をゼロにする魔法だ。これを使って彼は糸の勢いを殺していたのだ。

 なのに何故真上からだと当たるのか、それは慣性をゼロにする魔法を使っていたからだ。

 つまり、慣性をゼロにするとは、物体そのもの・・・・が働かせている力をなくすことであり、上から下への移動は慣性とはまた別の力が働くのだ。

 それは重力。地球の物体を引きつけようとする力が働いている。これにより糸は止まることなく目標に向かって一気に落ちた・・・のだ。


「まさかその結論に至れるだけの知能を持つとは、面倒臭くなってきましたね」


 そう言っているが、それでも彼は笑みを崩さない。


 蜘蛛は再び飛ぶ。そして口を真下に向け、糸を放つ準備をする。


「だから、二度もくらわないと言いましたよ!」


 彼は杖を真上に掲げ、詠唱を開始する。

 そして互いが真上と真下に来た瞬間、蜘蛛は糸を放ち、彼は風を起こした。




+++++++++++++++++++++++++





 彼と蜘蛛の決着はすぐについた。


 最初、彼は蜘蛛が出した糸を風で受け流そうと考えた。

 しかしそれは蜘蛛が真上から糸の放ち間近にその力を感じた瞬間諦めた。糸の威力が大きいことと、速すぎることが理由だった。威力が大きければその分受け流し難くなるし、速ければ攻撃が当たる時間が短くなるため受け流す時間もその分短くしなければならないからだ。

 さらに次の攻撃が蜘蛛を殺せる最後の機会だと考えた。あれだけ高い知能があればまた別の手を考えるハズだ。そうなってしまうと余計に面倒臭くなる。蜘蛛が宙にいる間はほとんど無防備で、さらに糸を出した時は後ろから糸を出すことはできないハズ。後者が間違っていたら次はない。まさに賭けだった。


 そして彼は蜘蛛の糸の対処法を考えた。

 だが考えている時間はない。蜘蛛はもう準備を始めようとしている。

 そして杖を真上に掲げた彼は、ある方法を思いつき詠唱を開始した。


 そしてとうとう蜘蛛が糸を放った。彼は魔法を発動させた。


 彼はさっきまでこう考えていた。あの糸をどうやって受け流すもしくは避けるかと。だがそれが間違っていたと彼は思った。

 そして彼は、逆にこう考えた。

 だったら、いっそ糸を風で切断させればいいのだ。


 そしてその目論見は上手くいった。糸の切断に成功し、そしてその先にいた蜘蛛までもを殺すことができたのだ。


 だが一部失敗したことがあった。

 糸は切断されたままで勢いは殺しきることができず、雨のように糸が彼の真上から降ってきた。


 だが糸の雨は彼に当たることはなかった。

 突然地面の土が噴水のように飛び出し糸の軌道をずらした。

 彼はひょっとしてと思い横を見ると、予想通り少女が杖を出していた。


「ありがとうございます」

「……どうも」


 彼が礼を言うと、少女は横を向いて返事をした。


「おい! おっちゃん!」


 ライオットが叫ぶ。どうしたのだと彼と少女は兵士の所に向かう。

 兵士は血を口から出していた。体は震え体温も低くなっている気がする。


「ハハッ、どうやらあの時にあばらが肺に刺さっていたようだ……ゴフッ!」

「安静にして下さい。早くどこかの病院へ」

「無理だ。私にそんな金はないし、持っていたとしても、もう、間に合わない」

「いえ、間に合わせます」

「最後まで、話を聞いてくれ」


 兵士は彼の手を掴む。やはり体温が低くなっていて、彼はその手がとても冷たく感じた。


「この前、私は軍の任務を終え、あの町に帰っていたと言ったな。あれは、少し嘘だ。任務を終えたのは事実だが、帰ったのではなく、逃げてきたのだ。君達が見た、荒廃した町。あれは、私と、私の仲間がやった。そしてあの町が壊れていくのを見て、私は、恐くなった。理由は聞かないでくれ。そして私は軍から逃げ出し、私は軍の闇を知っていたために追われる身となった。私はどこか遠くへ行こうとした。だがどうしてもあの町が頭から離れず、一度寄ってみようと思った。そして君達がいたわけだ。軍に命を狙われているから、同じく誰かに狙われている君達に協力をした。そして私は狙われているからどの町にも寄れないし、国境付近にも近づけなかった。あそこには軍の人間がいるからな」


 兵士の息が荒くなる。それでも兵士は必死に話を続ける。


「くそ、自分でも言ってることがわからなくなってきたな。まあ、そういうことだ。そして最後に、君達にこれを渡す」


 兵士は胸ポケットから何かを取り出す。それは白いしわくちゃの封筒だった。


「これをある場所に届けてくれ。場所はそこに書いてある。私の、一生の願いだ。もし私が死にそうになったら、渡そうと思っていた」


 彼は封筒を受け取った。それを見た兵士は安心したかのように笑った。


「もうすぐ死ぬってのに、こんなに長く話せるとは思わなかった。だが、もう話せない。少しの間だったが、いろいろと、楽しかった」


 兵士の手が地面に落ちる。兵士は死んでも笑顔は崩さなかった。


 彼らは兵士を埋葬した。


「こんなのって……」

「……私達について来た時点で、もう覚悟はしていたのでしょう。今さら何を言ってもどうにもならないです」


 彼は泣きじゃくるライオットにそう言いながら、木の枝を地面に差すと、その場で黙祷した。


「……彼のおかげでここまで来れました。こんなことが起きないように、すぐに行かなければなりません」


 そして彼らは歩き出した。


 ライオットは決意する。こんなことが起きないように、強くならなければと。


 目的地は、まだ遠い。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ