将軍
彼は生まれながらにして、そうなる事を望まれた。父親の位を継ぐ事を望まれたのだ。
アトラスはそれを当たり前の事として受け入れた。だが、自身の息子にまでそれを受け入れろとは言えなかった。しかし、勘の鋭い息子なのだ。
アトラスは周囲の期待の強さを熟知している。息子は確実に己の跡を継ぐ事になるだろう。ならば、彼のすべき事は決まっている。
その為にはこの「好機」を物にしなくてはならないのだ。
ウリクセスはアトラスの問いに正直に答えた。その答えにアトラスは満足する。アトラスは微笑みながらその場を後にした。残ったのはウリクセスとアイアコス。
アイアコスは父だけでなく、自身も満足した答えに微笑む。こちらまでも、腐敗させようとする物を許す気は彼には無かった。
「ウリクセス殿」
アイアコスの呼び掛けに彼が振り向く。そして、アイアコスの笑みに息を呑んだ。好戦的な光を宿した笑みであった。驚きながらも、ウリクセスは先を促す。
「手合わせをお願いしたい。良いだろうか」
宿している物の通りの言葉だった。ウリクセスは苦笑を浮かべて頷く。彼は噂通りの男だったのだ。テーヴァでの彼の噂はかなり印象的である。将としての強さは最高の評価を受ける、エリシオンの後継者。だが、非常に好戦的で流血を好む。流血は望まないだろうが、十分に好戦的である。
ウリクセスは純粋に彼の申し出を受けたいと思った。ウリクセスもまた、将としての性なのか好戦的な所がある。
力強く頷くウリクセスにアイアコスは微笑んだ。早速とばかりに渡された剣を手に馴染ませる。彼は戦う事は好きだった。ただただ無心になって剣を振るった事もある。
それは逃げだったと思うが、彼には気持ちが良かった。そして、鍛練は実を結んだ。裏切る事の無い結果に喜びを感じた。
二人が構える。隙の無い構えに笑みが浮かんだのをウリクセスは感じた。
そして、辺りが暗くなった頃、荒い呼吸を繰り返しながら二人は目前の女性を見つめた。滲み出る怒気は前線で戦った彼等でも恐ろし物を感じる。ウリクセスは流石アトラスの娘だと思ったが、隣のアイアコスの顔には苦い物が浮かんでいた。
「夕食を覚えていらっしゃいます?」
美しい容貌に艶っぽい声はそう言う事に疎いウリクセスでも胸がざわつく。恐らく彼の弟が見たら、手を出してしまっているだろう美貌だ。尤も、それをした瞬間にエリシオンを敵に回すだろうが。
二人は気不味そうに顔を見合わせた。つい、夢中になってしまっていた為、時が経つのを忘れてしまったのだ。空を見れば既に日は沈んでいる。やってしまったという顔のアイアコスは姉であるエリテュイアを見やった。
「ごめんなさい」
謝罪を素直に口に出来たのは何故だろうか。ウリクセスは疑問に思うが、不快感は無い。そして、その謝罪の声は二つ重なっていた。謝罪を聞いた彼女は微笑み、頷く。本当に美しい女性だとウリクセスは思った。
「では、早く食べてしまいなさい。折角、用意された食事なのだから」
踵を返して立ち去る彼女の背を見送った男二人は未だ決着の付いていない手合せを中断する事になった。しかし、満足のいく内容だった手合せにウリクセスは笑みを浮かべる。こんな風に気持ちの良い疲労感を味わえるのは滅多に無いのだ。
額から流れる汗を拭って、ウリクセスは歩き出す。
手に入れるのは誰だろうか。その好機は直ぐそこまで迫っている。




