好機と戦意
それはようやくやって来た。アイアコスはその報告を鍛錬の最中に聞いたが、鍛練を中断する事は無い。好機は急いても逃してしまうだろう。それは避けなければならない。必ず、この好機はこちらの物に・・・アイアコスは呼吸を整える。父に会わなければならない。
「アイアコス」
「姉上」
「何時までやっているつもりかしら?もう、お客様がいらっしゃっているわ」
呆れたように言うがその顔は優しく微笑んでいる。アイアコスは微笑む。
「直ぐに行けますよ・・・ただ、まだ早いので」
もう少しだけですと告げるアイアコスにエリテュイアは溜息を吐いた。仕方が無い子ねと呟いている。楽しげな声にアイアコスは微笑む。好機を手に入れる為の準備はしてきた。後は、それを成すだけなのだ。
だから、もう後には戻らない。進む事を選んだのだ。
アイアコスは大広間へと足を運ぶ。準備は整っている。大丈夫なのだと自身に言い聞かせた。最善を尽くしてきた。だから、ここで無駄に終わらせるつもりは無い。
「・・・必ず、手に入れる」
そして、幸せになるのだ。大切な人達を失わない為にも、この好機は必ずこちらが手に入れなければならない。アイアコスの瞳に宿った戦意は呼び寄せる為の決意だった。大広間に辿り着いたアイアコスは父と相対する存在に目を向けた。彼はアトラスの気迫に押されているようだ。そんな使者しか寄越せない相手に負ける気がしない。
かの国は本当に愚かだ。見極める事の出来ない者が人々の上に立ってはいけない。それさえも分からないのだから。
「父上」
「アイアコスか」
死者は縋るようにアイアコスに目を向けた。アトラスの息子である彼が味方になると思ったのだろうか。それともアイアコスがアトラスの息子だと認識出来ないのか。
アイアコスは使者に侮蔑の目を送る。年若い彼の目に使者はたじろぐ。まさか、目下だと思っていたアイアコスがここまで強者だと思っていなかったのだろう。実際には戦場に立った事もあるエリシオンの将軍、アトラスの息子であり、その座を継ぐ存在なのだ。甘い蜜を啜るだけ啜り、肥えに肥えた使者如きでは相手にならない。
口をパクパクと動かしているが声にならない使者の様子を見て、エリテュイアが小さく笑う。良い大人がだらしないと一喝する価値さえ無いだろう。
「そろそろお引き取り願おう」
アトラスが従者に使者を案内するように指示した。
「待て!話は終わっていないぞ!」
「終わりましたよ」
従者が使者に告げる。自らの主が声を発する必要も無いと言外に示唆していた。使者は顔面を蒼白にし、ゆっくりと立ち上がる。その様子は幽鬼のようであった。エリテュイアは自分の横を通り、大広間を去って行く彼がぶつぶつと呟いているのを聞く。愚かな男だとエリテュイアは息を吐き出す。弱点を曝け出しているような物なのだ。
「・・・どうするのです?お父様」
エリテュイアの問いにアトラスは鷹揚に頷く。
「アイアコス、支度は整っているか?」
アイアコスは馬上の人となっていた。彼の愛馬はこれから長い距離を走り切る程の健脚を持っている。目的の場所には夜が明けるまでに着くだろう。愛馬を撫で、アイアコスは傾いた太陽を見詰めた。




