22、「迷宮最深部 たまには俺TUEEEしてみたいと思った」
短め。
スプーンですくい上げた蜂蜜が、とろりとこぼれて流れ落ちるような。そんなゆったりとしたものではなかったけれど。
天井からどろりと垂れてきたスライム、その落下地点は俺の頭上だった。
「くそっ!」
とっさにシルヴィを抱きかかえるようにして横に転がる。
「む、なにを」
シルヴィが驚いて声を上げるがそれどころじゃない。転がりながら、その場を離れて起き上がろうとしたら、体がふらついて意識が朦朧とした。ただでさえスライムに取り付かれて体力を失っていたところに、シルヴィのエナジードレインを喰らっていよいよ意識が怪しくなってきたらしい。
「……っ!」
咄嗟に腰の破魔の剣を握る。まだ倒れるわけにはいかない。
「鈴里さん、大丈夫ですかっ?」
駆け寄ってこようとした、真白さんと真人くんを手で制する。
そこへ、どぷん、と波打つようにスライムの固まりが天井から落ちてきた。どろどろと流れるようにして床にたまって行き、脈打つように震え始める。
「……!」
「まだいたのかっ!」
真白さんと真人くんが剣を構えて俺とスライムの間に割って入ってくる。牽制して剣を振るうが、やはり「切る」攻撃ではあまりダメージを与えられないようだ。
「すまぬ、タロウ」
シルヴィが立ち上がり、指輪をスライムに向ける。牽制の光弾をいくつも放ち、スライムから距離を取った。
「……シェイラさん、確認だ。スライムは消滅させても問題ないんだろうな?」
すでに先ほど俺に取り付いた小さいヤツはシルヴィが灰にしたはずだったが、念のため確認する。
「できるもんならやってみろって感じですねー。ちなみにエッグノッグ卿は、ドラゴン形態のミルちゃんともガチバトルできますよー? 生命力的な意味で」
シェイラさんの気の抜けた声に、意識を失いかける。
あの一階のドラゴンさんとガチバトれるんかい。
しかし、マジで殺しに来てるよな……。いや、あれだけの体積があれば、いきなり全員の頭上から襲うことも可能だったはずだ。その意味では手加減されていると思っていいのだろうか。
「シルヴィ殿、これだけの大きさとなると、炎で燃やすのはまずい。冷却系はいけますか?!」
ヴァルナさんがシルヴィと同様に光弾で牽制しつつ叫んだ。
確かにそれなりに大きな部屋とはいえ、こんな巨大な物を燃やしたらこちらも火に巻かれる可能性があるし、何より酸欠が怖い。かといって先ほどからシルヴィやヴァルナさんが撃っている光弾では点の攻撃なのでなかなか全体にダメージを与えられていないようだ。
「すまぬ、冷却系は不得手だっ!」
光の矢をいくつも放ちながらシルヴィが叫び返す。
スライムはまだ天井からどろり、どろりと垂れ下がり続けていた。いくらかはシルヴィとヴァルナさんの魔法で削られるものの、次から次に補充され、むしろどんどん大きくなっている。
「……んー、流石にスライム相手にハンマーじゃどうしようもないねっ?」
寧子さんが俺の側に駆け寄ってきて、スライムから離れるように後方に引きずってくれた。
それから手に持った瓶の中身を俺にぶっ掛けてくる。ひんやりとした感じがして、少しだけ意識がはっきりする。どうやら回復薬の類のようだった。
「寧子さん、なんか手はあります?」
「魔法組に期待かなっ? 今回あたしはたろーくんを護るナイト役で来てるから、攻撃魔法とかないんだよねっ!」
まぁ、その気になれば何でもできるんだろうけど。寧子さんもそこまで無粋なことはしたくないようだ。とすると、今のようになんとか前衛組で後衛の魔法組を護ってもらいつつ魔法組に削ってもらうしか無いわけだが。流石に大きな魔法が使えない状況だと、こちらの体力が持たない。
リーアの衝撃波みたいなのも、あんなぷるるんじゃ役に立たないだろうし。
そういやニャアちゃんも魔法いけるんだっけ?
そう思い出して周りを見回してみるが、ニャアちゃんの姿がみあたらない。狂乱戦士のひとと戦ったときにも姿が見えなかった気がしたけど、何やってるんだろうな?
「もういっぽんいっとくっ?!」
寧子さんが回復薬を突き出したけれど、俺は首を横に振った。
「ありがとう、寧子さん。とりあえずは大丈夫」
なんとか、動ける程度には回復した。
「ん、じゃ。あたしも加勢してくるねっ!」
寧子さんは、盾を構えて真白さんと真人くんのところへ走って行った。
真白さんたちは、スライムからときおりのびてくる触手のようなものを切り払って魔法組をを護っているようだが、流石にきりが無いようだ。
しかし、どうしたものだろうか。このスライム。そういやすらちゃんがなんかスライムの生態について、前レクチャーしてくれたよな? なんか核がいっぱいあって、それ全部壊さない限り死なないとか言ってたっけ。これだけ大容量のスライムに核がいくつあるかなんて考えたくもない。シェイラさんの言うとおり、確かにこれを倒すのは不可能に近いだろう。
……となると、逃げることも考慮のうちか。
希望的観測になるが、部屋を守護している類の敵役は、部屋をまたがって追ってくる事がないと思いたい。隣の部屋に移って扉を閉めてしまえば、なんとか逃げられないだろうか。
甘いか。
少し考えて、隣が安全とも限らないと思い出した。
なら、出来るだけのことはやってみよう。
『マスター。すまぬが我は役に立てぬぞ? 首切りの能力は呪いにより封じられておるし、次元切断はまだマスターには使いこなせまい』
手にしたソディアが、すまなさそうな意思を伝えてくる。
「いや、力を貸して欲しい」
尻のポケットからスマホを取り出しつつ、ソディアの柄を握り締める。
「ナビ、状況はわかっているか?」
「ぜんぜんさっぱりですよ、太郎様!」
ぴょこん、と画面から飛び出すようにナビが顔を出した。それからきょろきょろと辺りを見回して「把握しました!」と頷いた。
……こいついつの間に3D仕様になったんだ。
「収束光の魔法作っといたの、準備できてるよな? いけるか?」
「ドラゴン戦で用意したものがいつでも起動可能です」
「反射板はいけるか?」
「……はい、ご用意しました。なかなかえぐいことを考えますねぇ」
「さすがナビ、仕事が早い」
三百の質問から作成されただけあって、たった二つの事柄から俺が何をしたいのかわかったらしい。ちみっこたちはナビゲーターなんて邪魔とか言っていたが、かなり頼りになる。
「いつでもどうぞ」
「じゃあソディア、頼む」
『待て、マスター。我に何をしろと?』
困惑気なソディアの意思が脳裏に響く。
「ポイントの指示を頼む」
『我はポインテイングデバイスではないぞ……?』
文句を言いながらも力を貸してくれる気はあるようで、脳裏にいくつもの光点が浮かんだ。
視線で対象をロックオン。なんか新人類の出てくるロボットアニメの主人公になったみたいだな。
「太郎様、角度の計算はこちらで」
「まかせる」
用意したバッチファイルをたたき、視界に映る光点全てを対象として反射板を発動する。
反射板というのは何のことはない、魔法を反射するための魔法だ。
「タロウ、何をする気だ?」
俺の魔法に気がついたシルヴィが牽制をの手を止めてこちらを振り向いた。
「みんなちょっと離れてて! あいつを格子状に切り刻む!」
右手を銃口に見立てて、最初に当てる反射板に向ける。
「いいぞ!」
最後の牽制として、シルヴィとヴァルナさんがまとめて光弾を放った。
ひるんだ隙に真白さんたちが離れるのを確認して、俺はもうひとつの魔法を実行した。
「”無限の錯乱光”」
収束した光、つまりレーザーを大出力を放つ。
最初の反射板に当たったレーザーはすぐさま向きを変えて別の反射板に向かう。さらにそれを次々と繰り返して、ミリ単位で幾重にも貫通してゆく。ただ一発レーザーを放つだけならぷしゅ、と一箇所穴が開いて終わりだが、反射して折り返して何度も何度も穴を穿ってやれば。
核を砕けるんじゃねーかなっ?!
「……どうだっ?」
見ている俺達の前で、巨大なスライムがぶしゅうと湯気を上げてへたりこんだ。
「ほう!」
ヴァルナさんが驚きの声を上げた。
「おーすごいねっ!」
寧子さんがひゅーひゅーと指笛を鳴らす。
「……魔法まで使えるとか、やっぱチートでしょう」
真白さんが呆れたような顔で睨んでいた。
「……はぁ。嫌になりますねこの人たち」
シェイラさんが、気の抜けた様子でため息を吐いた。
「どう、シェイラさん?」
やれるもんならやってみろってゆーから、やってみたぜいっ!
ちょっとだけ勝ち誇ってシェイラさんを見つめると、シェイラさんはちょっと肩をすくめた。
「……エッグノッグ卿は、まだやる気みたいですよー?」
「え?」
指差されて崩れ落ちたスライムの残骸を見ると。
『ふわははは、なかなかやりおるわい』
その中央から、丸い何かが浮かびあがった。
表面は鏡のように光を反射するようで、時折きらきらと光っている。
「――まさか」
『うむ、そのまさかである。核の表面を光を反射する構造に変化させた。ここまでさせるとはなかなか見所があるな、おぬしら』
残骸をかき集めるようにして、きらめく核が震えると、先ほどよりは大分小さくなったもののふたたび巨大なスライムがそこには鎮座していた。
『さて、第二ラウンドといくかの?』
ぐねねと動くと、今度はスライムの表面が銀色に輝き始めた。
つまり、先ほどの手はもう通じないと思ったほうがいいらしい。
――変身とかするのはラスボスだけにしてくれよっ! 耐性までつくとかやめてくれっ!
スマホとソディアを握りしめたまま、俺は内心大声で悲鳴をあげた。
バトルって書くの難しい。