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終末の血族  作者: 天津千里
9章:交錯のウルファリア
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第71話 交錯のウルファリアVII

【帝国紀元1799年11月3日 11:00】

【ビレクトゥス・城館執務室】


 ユリアたちがビレクトゥスを解放してから二日目。

 城館や大通りなどは掃除が行われ、市内も徐々に落ち着きを取り戻し始めていた。捕虜への尋問が行われ、ドルススたちがもたらした傷跡の解明も始まっている。


「ユリア、損害報告がまとまったわ」


 執務室に入ってきたルシアが羊皮紙の束を机に置いた。


「……どうだった?」

「死傷者は一割。ただ、比較的負傷者が多くて、復帰可能な兵も多いわ」

「それはよかったわ」


 ユリアが安堵の息を吐く。


「被害が大きいのは若熊傭兵団とカリスさんの第二歩兵中隊ね。特に若熊傭兵団は重傷三名、全員が軽傷以上よ」

「……むしろあの戦い方で重傷三名で済んでいるの?」

「ええ。その重傷者も回復の見込みがあるそうよ」

「信じられない話ね。よく帝国は彼らと戦争していたものよ」

「ほんとにね」


 ルシアが苦笑する。


「とりあえず、若熊傭兵団は雇用継続ね。彼らを工兵にできないかしら?」

「適性は間違いなくあるけど……本人たちの誇りの問題ね」

「そこらへんは今後詰めていったほうがいいわね」

「ええ。それと、ビレクトゥス側の被害だけど……」


 ルシアの表情が曇る。


「……ダメだったのね」

「捕虜からの情報で、城館の裏庭を掘り起こしたところ、いくつもの遺体が見つかっているわ。今照合をかけているけどおそらくは……」

「そう……」


 ユリアの声が沈む。


「子爵の家族、内政官、侍女……かなりの人数が埋められていたわ。詳細はまだ調査中」

「あいつら……!」


 ユリアが拳を握りしめた。


「……続けましょう。領内の治安はどう?」

「領内の村には通達を飛ばしているわ。まだ落ち着きは取り戻せていないけど……近隣の村の様子を聞く限り、市内同様、早いうちに治安も回復していくはずよ」

「軍だけじゃ治安の維持と復旧が限界ね。ウルファリアからの行政官たちが早く来てくれるといいのだけど」

「そちらはまだ準備中みたい。私たちがこんなに早くビレクトゥスを落とすと思っていなかったんじゃないかしら」

「もう! 作戦を説明したのに……仕方ない。行政官が来るまではできることをやりましょう。領内に内政官経験者とかいないかしら。ちょっと探して手伝ってもらってもいいかもね」

「そうね。市内は徐々に落ち着いてきているし、探せば見つかりそうね。手配しておくわ」

「よろしくね」


 ユリアが羊皮紙に目を落とした。窓の外からは、街を復興させようとする人々の声が聞こえてくる。


【帝国紀元1799年11月7日 20:00】

【ビレクトゥス・城館執務室】


 ビレクトゥスでの統治が軌道に乗り始め、個々の仕事量も落ち着いてきたときを見計らって、ユリアは瑞希、レオニダス、アウレリア、リオフェル、セリーヌを執務室に集めた。

 集められた五人は顔ぶれを見て各々、困惑や好奇の表情をしている。


「今日は皆に大事な話があって集まってもらったの」


 ユリアが全員を見回す。


「カリスやフィリオ殿はいいのか?」


 レオニダスが尋ねた。


「ええ。その二人はちょっと立場がね」

「ああ、貴族でしたな」

「そういうことよ。……姉さん」


 ユリアが後ろに控えていたルシアに声をかける。


「Nostra manent secreta」


 ――われらの秘密は守られん。

 ルシアが歌うように詠唱すると、周囲の音が消えた。


「えっ」


 瑞希が驚いて周りを見渡す。


「ほう!」


 リオフェルが興味深そうに目を輝かせた。


「今のって……」


 セリーヌが呟く。


「……静音の魔法よ。地球の、ね」

「やはりか!」


 リオフェルが膝を叩く。


「ユリアさん!? どういうことですか!?」


 瑞希が驚きの声をあげる。


「瑞希さん?」


 アウレリアが不思議な顔で瑞希を見た。


「地球に魔法なんて……あれは空想の世界の話じゃ……」

「一般的にはそうよ。けど本当は違う。地球の魔法は消されただけ」

「魔法を消す……? どういうことですか?」


 セリーヌが尋ねる。


「単純な話よ。使える人を全員消せばいいのよ」


 ユリアが淡々と答えた。


「そんなことを実際に行ったのか……」


 レオニダスが低い声で呟く。


「ええ。かつて魔法は選ばれた血族の御業として知られていたわ。ただ、使える血族が少なすぎた。魔法はやがて支配の象徴となり、支配者はいずれ腐敗する……そして迎えたのが断絶、反乱、侵略……魔法を使える血族は徐々に消えていき、最後に残った血族も侵略され滅亡を迎えた……」


 執務室に沈黙が広がる。


「だから異界の文献からは魔法が見つからないんじゃな」


 リオフェルが頷いた。


「そういうことよ。すべては空想の産物ということになったわ」

「じゃあ、ユリアさんたちが魔法について知っているのは……」


 瑞希が恐る恐る尋ねる。


「その滅んだ血族の最後の生き残りというわけよ」


 瑞希の顔が沈む。


「でも、なんでそれを私たちに? ずっと秘密にしていてもよかったんじゃ?」


 セリーヌが疑問を口にした。


「あら、あなた、間近で"見ていた"でしょう?」


 ルシアが意味深に微笑む。


「あっ……」


 セリーヌは思い当たることがあるのか、バツが悪そうに視線を逸らした。


「この情勢で使わざるを得なかったのがひとつ。そして、私たちが地球へ帰還するためには、文献を調べるだけでは足りなかったのよ。もう手を広げて、それこそ、神殿の魔法陣を調べたりする必要が出てきたわ」

「あの時、カラディン旧神殿の魔法陣の文字が読めたのはなんでじゃ?」

「それは分からないわ。ただ、私が習った魔法文字と、こっちの世界の魔法文字が酷似していたという話よ」

「たしかに接続によって物の行き来はあるはずじゃが……」


 リオフェルが顎に手を当てて考え込む。


「生き残りということですが、隊長殿に刺客が来るということはないのですか?」


 レオニダスが実務的な質問をした。


「それはないはずよ。地球で私たちの血族を滅ぼした敵はもう滅んだはずだし、そもそも世界が違うもの。そんなに気軽に行き来できるならこんな苦労していないわ」

「安全に問題がないのなら私は構いません」

「ユリア様は異界にお帰りになられるのですか?」


 アウレリアが寂しげに尋ねる。


「帰る手段が見つかればね。この世界にとって私たちは異物でしかないもの」

「異物だなんてそんな……」

「もっとも、その帰る手段の手がかりがないんだけどね」


 ユリアが苦笑する。


「それは……いえ、勇者様も実は役目を終えて異界に帰られたという説もあるくらいです。きっと何か手がありますよ」

「ふふふ……そうね」

「手がかりなら、やっぱりカラディン以外の神殿を調べますか?」


 セリーヌが提案する。


「それなんだけど……少し迷っているのよね」

「えっなんでですか?」

「この前、ウルファリア大神殿でも声が聞こえてね」

「なんじゃと!? なぜわしを呼ばん!」


 リオフェルが立ち上がる。


「あなた大騒ぎするでしょう。人目があるのに呼べるわけないじゃない」

「ぐぬぬ……」


 リオフェルが不満げに座り直した。


「その時、瑞希に魔力の帯が伸びているのが見えてね。咄嗟に私の知る魔法言語で拒否したら魔法陣の光は消えたのよね」

「え! あの時そんなことになってたんですか!?」


 瑞希が驚いて声をあげる。


「拒否が通るということはやはり同じ言語なんじゃな」

「だから、神殿を調べるというのもちょっと考え物なのよ」

「それはちょっと怖いですね……え? ユリア隊長も魔力の帯見えるんですか!?」


 セリーヌが驚く。


「ええ。神殿に何が仕掛けられているのか、声の主が何なのか、もう少し調べてからのほうが安全な気がするわ」

「でも、あの時たしか、何の神が祀られているかもわからないって神官のおじいさんが言ってたような……」


 瑞希が記憶を辿る。


「そう言われていましたね。でも、管理されている神殿がそんなことになるなんて……」


 アウレリアが首を傾げた。


「意図的に消された可能性は?」

「そんな! 祀っている神の存在を消すなんてこと……」

「いくらなんでも神殿でそこまでのことは難しいじゃろう。そんなことしたらさすがに袋叩きじゃ」


 リオフェルが断言する。


「それもそうね……。他の神も祀ってある大神殿でそれは厳しい、か」

「でも、それで神の名が残っていないというのは気になるわね」


 ルシアが付け加える。


「他の神殿で祀ることにした、とか?」


 瑞希が提案した。


「そちらのほうがあり得る気がします。神の力が分散しないように、一つの街に同じ神を祀る神殿を複数は建てないはずですから」

「神様のことはよくわからないですけど、魔力で実際に動きを示すなんてあるんですか?」


 セリーヌが疑問を口にする。


「伝説でなら……ただ、魔力を見ることができる人なんて滅多にいませんから……」


 アウレリアが答えた。


「うっ」


 セリーヌが視線を逸らす。


「やっぱり、実際に見てみないと先に進めないんじゃないでしょうか?」


 瑞希が前向きに言った。


「道理じゃな。百聞は一見に如かずというからのう」

「また神殿に行くつもりなの?」

「はい。それに、神殿でも別に怖くはなかったですよ? むしろなつかしいような……」


 瑞希が不思議そうに呟く。


「……わかったわ。ただし、一人で行ったりしないこと。それと、私の目の届く範囲にいること」

「ユリアさんが一緒なら安心ですね!」


 瑞希が笑顔を見せた。


「ユリア隊長がお母さんみたいよ……」


 セリーヌが小さく笑う。執務室に和やかな空気が流れた。




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