第69話 交錯のウルファリアV
【帝国紀元1799年10月26日 10:00】
【ウルファリア・行政府会議室】
ウルファリアの市街地にそびえ立つ砂岩の城塞。その会議室に、セルギウス旅団長、ウルファリア執政官ファウスティヌス、ユリア大隊長の三人が揃った。
昨日、セルギウス旅団の本隊がウルファリアに到着し、今朝から復旧した鉄道で運ばれてきた物資が次々と荷下ろしされている。ユリア大隊も朝から補給物資を受け取っていた。
会議室の長テーブルには地図が広げられ、周囲には補佐官や副官、各将たちが控えている。
「では、状況報告と今後の作戦内容について説明させていただきます」
ユリアが立ち上がり、地図を指し示した。旅団長と執政官が頷く。
「まず、ウルファリアまでの鉄道の修理が終わり、エルズリウムからディアグラ、そしてここウルファリアの接続が完了しました」
ユリアが地図上の鉄道路線をなぞる。
「これによって、東部諸侯、東部諸都市の大半との連絡が復旧し、生存が確認できている領地で残るはガゼリウム侯爵領のみです」
「他の都市や諸侯の情報は更新されているのですか?」
執政官が尋ねる。
「それについては私から」
セルギウスが割って入った。
「最新の情報でも、マラティア、エルジンギアはいずれも苦戦しています。唯一、アルトゥイン領だけは領内の解放に成功していますが、それ以降西には進めていません」
「そうですか……。すみません、話の腰を折りました。続きをどうぞ」
執政官が恐縮した様子で言った。
「ここからガゼリウム侯爵領を目指して西へ向かう予定ですが、以前より懸念されていたビレクトゥス。ここが子爵とは連絡がとれず、正規軍が駐屯していると伺っておりましたので、その情報を元に各方面に確認を出しています」
ユリアが一呼吸置いた。
「結果は……黒と見て間違いありません。東部方面軍は当該部隊の存在を認知していません。またビレクトゥス領内の偵察の結果、ビレクトゥス市と、その東西に延びる街道は全て正規軍……いえ、この場合は所属不明の部隊ですね。この部隊が警備と防衛をしています。逆に領内の各村は子爵軍が警備にあたっているようです」
「この情勢です。南部方面軍の可能性は?」
執政官が懸念を示す。
「たしかにその可能性はあります」
ユリアが頷いた。
「ですが、ここは東部方面軍の管轄です。そこに無断で居座り、ましてや通行税の引き上げを勝手に行うなど許されない」
セルギウスが厳しい口調で言った。
「レンクス閣下より、ビレクトゥスへの警察権の付与、および、賊軍の殲滅の命令書をいただいております」
ユリアが命令書を取り出し、テーブルに置いた。
「賊軍……そうですか、わかりました」
執政官が深く頷く。
「では作戦内容に移ります」
ユリアが地図上のビレクトゥスを指差した。
「現在、私の部隊は治安維持任務に行ったまま、ウルファリア西方の合流地点へと移動中です。残りは本隊だけですので、野営地にはセルギウス旅団長の部隊に交代で入っていただきたく」
「いいでしょう。工兵隊は連日の作業で疲れているので、ありがたく使わせてもらいましょう」
セルギウスが承諾する。
「偽装というわけですか。そうですね、現在のウルファリアの治安では当然のことですね」
執政官が理解を示した。
「ご理解いただきありがたく」
ユリアが一礼する。
「現在、ビレクトゥス領の賊軍支配領域は市街地以外は巡察隊しか機能していませんので、これを急襲。情報封鎖を行ってビレクトゥス市自体の防衛体制が整わないうちに攻城したいと考えております」
「そんなことが可能なのですか? セルギウス旅団長?」
執政官が不安そうに尋ねる。
「理論上は可能です。現実的には厳しいのはユリア大隊長も分かっていると思うので、何か策があるのでしょう」
セルギウスがユリアに視線を向けた。
「はい。急襲に失敗した場合に備えて、攻城部隊も雇用しております」
「それならばいいでしょう。失敗した場合はすぐに連絡をください。旅団本隊も応援に行きます」
「ありがとうございます」
ユリアが深く頭を下げる。
「私が準備しておくことは?」
執政官が尋ねた。
「捕虜の収容と、統治機構の整備を」
「そうですね、それは私が手配すべきですね。承知しました」
「当旅団で当面の警備兵も手配します」
セルギウスが続ける。
「ありがとうございます。ウルファリアの警備兵も増強しておきましょう」
執政官が頷いた。
「ユリア大隊長、作戦は理解しました。成功を祈ります」
セルギウスが立ち上がり、敬礼する。
「ハッ」
ユリアが敬礼で応えた。会議室に緊張感が満ちている。
【帝国紀元1799年10月30日 14:00】
【ビレクトゥス・ウルファリア間街道上】
ウルファリア西方であらかじめ巡察任務に乗じて分散していたユリア大隊の各部隊は、この数日間で街道を西に向かう本隊へと続々と合流していた。
本来であれば伝令と通信魔法を使う部隊間連絡には、バフラーム配下の鳥人たちが当てられた。その忙しさは、戦士ではない大人を何人も臨時で伝令として採用しなければならないほどであった。
「ユリア殿、前方十ケイミルで敵巡察隊を発見だ」
バフラームが上空から降りてきて報告する。
「来たわね。バフラーム、交代で上空からの監視を。伝令を見つけたら即座に付近の軽騎兵に連絡を」
「承知した」
バフラームが再び飛び立つ。
「フラウィウス、軽騎兵は側道を迂回して後方を遮断。空からの連絡を活用して伝令と逃亡兵を逃がさないように」
「ハッ」
騎兵小隊長が馬に跨がる。
「カリス、腕のいい兵を選抜して前方側面に伏せさせて。本隊接触後に逃亡した兵を攻撃」
「了解だ」
カリスが狙撃兵たちに指示を出し始めた。
「本隊はここで停止! レオニダス、近接兵を選抜して。それと、馬車が事故で止まっているように偽装して」
「馬車を? 承知した」
レオニダスが兵たちを指揮し始める。
「さて、交渉の準備をしましょうか」
ユリアが剣を確認しながら呟いた。
一刻後、街道の先、小さな林の向こうから巡察隊が姿を見せた。その数五十名程。
ユリアはレオニダスたち近接兵を二十名程引き連れて巡察隊を呼び止めた。
「すみません! ビレクトゥスの巡察隊の方でしょうか?」
ユリアが明るい声で呼びかける。
「そうだ! 貴官らはどこの部隊だ!」
巡察隊の隊長が警戒しながら近づいてくる。
「ウルファリア警備隊所属の補給中隊。中隊長のアウレリアです!」
「ウルファリア? ここはビレクトゥス領だぞ! 勝手な侵入は軍法会議ものだぞ!」
隊長が威圧的に言い放つ。
「そんな! 連絡が行っていませんか? 半年に一回の定例の軍需物資の輸送です!」
ユリアが困惑した表情を作る。
「定例の? ……おかしいな。連絡の不備かもしれん。臨検させてもらおう」
「正規の任務ですよ!? 見てください、この命令書! ウルファリア執政官の署名もあります!」
ユリアが羊皮紙を取り出す。
「ふむ……確認させてもらおう……」
隊長がユリアから書類を受け取ろうとした瞬間。
ユリアの拳が隊長の腹にめり込んだ。
「ゴフッ」
隊長が呻いて崩れ落ちる。ユリアは倒れる隊長の首元に剣を添えて周囲を見渡した。
「貴様らには反逆の疑いがある! 東部方面軍の名の下、貴様らを拘束させてもらう。大人しくしていれば命はとらない!」
ユリアの声が冷たく響く。
「レオニダス、拘束しなさい。抵抗する者は全て斬れ」
「おう!」
虚を突かれて呆然とする巡察隊に、レオニダスたち近接兵が襲い掛かる。
何人かの抵抗しようとした兵が即座に斬り捨てられると、巡察隊はたちまち戦意を失い、降伏してきた。
後方にいた数名が逃げ出そうとしたが、側面からの集中射撃を受けて倒れた。
「な、東部方面軍、だと……?」
隊長が苦しげに呻く。
「あら、もう少し強く殴っておくべきだったかしら?」
ユリアが冷たく見下ろす。
「俺たちは南部方面軍だぞ! こんなことをして許されると思っているのか!」
「ビレクトゥスの巡察隊って言ってたじゃない。名誉ある帝国軍人が偽旗かしら?」
「貴様……!」
隊長が憎悪の目を向ける。
「まぁどちらでもいいけどね。あなたと話している暇はないの。弁明はウルファリアでしてちょうだい」
「くそが! 後悔するぞ、小娘!」
隊長が吐き捨てる。
「口が悪いわねぇ。護送してウルファリアの巡察隊に引き渡しておいて」
「ハッ」
捕縛を終えたレオニダスが返事をする。
ユリアは西の空を見上げた。ビレクトゥスまであと二十ケイミル。
(守りを固められる前に門をこじ開ければ勝ち。強襲は被害が大きくなるから、本当は避けたいのだけど)
ユリアは小さく息を吐くと、部隊に前進の号令を出した。




