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終末の血族  作者: 天津千里
9章:交錯のウルファリア
67/72

第67話 交錯のウルファリアIII

【帝国紀元1799年10月19日 16:30】

【ウルファリア市街】


 神殿から足早に立ち去り、大隊野営地への帰路についた三人。

 大通りには夕食の買い物をする人々が行き交い、朝とはまた違った熱気で溢れていた。夕暮れ時の日差しが砂岩の建物を赤く染め、露店からは香辛料と焼き立てのパンの香ばしい匂いが漂ってくる。


「……あの、ユリア様」


 アウレリアが遠慮がちに声をかけてきた。


「なに?」

「さっきの。その、神殿での出来事って……」

「……私にも分からないわ。ただ、嫌な気配がしたから拒絶しただけよ」


 ユリアは前を向いたまま、そっけなく答えた。


「聖域が光って声が降ってきたのは現実……なんですよね」


 アウレリアの声が震えている。


「深く考えたらダメよ。あの神官も言ってたでしょう。もう何が祀ってあるか記録も残っていないって。……神ではないわ」

「そう……ですね」


 アウレリアが小さく頷いた。


「ほら、何か食べて気を紛らわせなさい。そこの山盛りの果物でもいいわよ」

「そんなに食べません! ね、瑞希さん」

「え……あ、そ、そうですよ、ユリアさん!」


 瑞希の返事が一拍遅れた。


「あら、瑞希にしては珍しいわね」


 ユリアは瑞希を横目で見た。


(少しぼーっとしていた?)

「もう! いつもどんな目で見てるんですか!」


 瑞希が頬を膨らませる。


「あの、そこのお三方!」


 突然、狸顔の獣人が声をかけてきた。


「え? 私?」


 瑞希が自分を指差す。


「はい、お嬢さん。是非見てもらいたいものがあるんですが、少しだけお時間をいただけませんか?」

「瑞希、変な客引きに捕まらないの」


 ユリアが冷たく言い放つ。


「ちょちょちょ、ちょっと待ってください! 誰にでも声をかけているわけじゃありません! ちゃんと理由があるんです!」


 狸顔の獣人が慌てて弁解する。身振り手振りが大きく、どこかコミカルだ。


「こんなこと言ってますけど……」


 瑞希がユリアの顔色を窺う。


「よくある誘い文句じゃない。早く行くわよ」

「わ、わかりました! もう駆け引きしませんから! これを見てください、この子! 異界の小動物です!」


 狸顔の獣人が籠を差し出した。中には黒い毛並みの小動物が丸まっている。


「わあ、猫ちゃん! ……そういえば猫ってこっちで初めて見た気がします」


 瑞希が目を輝かせた。


「ほら、かわいいでしょう? どうです? この……ネコ。お安くしますよ!」

「へぇー、かわいいですね。異界にはこんな子がいるんですねー」


 アウレリアも興味深そうに覗き込む。


「異界の? ……あなた、私たちが誰だかわかって声をかけたわね?」


 ユリアが腰の剣に手を伸ばした。獣人の顔色が変わる。


「ま、待ってください! 私、カーヴェル・サドゥール・ザラフィルと申します、しがない商人でございます。これについてもふかーいワケがありまして……」

「この……狸さん? もこう言ってますし、話だけでも聞いてみませんか?」


 瑞希が仲裁に入る。


「瑞希、あなたねぇ……まあいいわ。事情を聞いてみましょう。……嘘をついたら、わかってるわよね?」


 ユリアが鋭い視線を向ける。


「もちろんでございます! 店内に場を用意しますので少しだけお待ちを!」


 カーヴェルは慌てた様子で店内に消えていった。


「なんなのでしょう、あの犬獣人の方」


 アウレリアが首を傾げる。


「狸獣人じゃないんですか?」

「タヌ……キですか? 聞いたことないですね……」

「ささ! 小汚い店内で申し訳ないですが! どうぞどうぞ」


 店内から顔を出したカーヴェルが手招きした。

 店内には所狭しと武器や本、見たこともない金属片などが無造作に積み上げられていた。埃っぽい空気の中に、古びた紙と金属の匂いが混じっている。

 奥では先ほど見せられた黒猫が籠に入れられたまま、こちらをじっと見ている。金色の瞳が、知性を宿しているかのように光った。


「さ、どうぞ」


 促されてカーヴェルの対面に座る。テーブルにはジュースのような飲み物が準備されていたが、誰も口をつけない。


「それで、ふかーいワケというのを教えてもらいましょうか」


 ユリアが腕を組んで問い詰める。


「……私、元々異界の品を専門に扱っておりまして、先日、珍しい異界の動物が手に入ったと聞いて、このネコを仕入れたのですが……」


 カーヴェルは言いにくそうに続けた。


「その、お恥ずかしい話で、その日から毎夜、夢でこのネコに西へ連れていけとささやかれ続けておりまして……」

「毎夜、夢で?」


 アウレリアが不思議そうに尋ねる。


「あ、はい。それでちょっと……おかしくなりそうでして。なんとかこっちの支店まで連れて来た次第なんです」

「夢、ねぇ……ちょっと都合が良すぎるわね。確認もできないし」


 ユリアの手が再び剣に伸びる。


「ちょ、ちょっと! 剣に手をかけるのはやめてください!」


 カーヴェルが慌てて手を振った。


「続きを話させてください! それで、この街に来てからは落ち着いたので、ここに滞在していたのですが、ここ数日また夢に出てきて……今度は自分を指示する人に売れ、と……」

「猫ちゃんがですか?」


 瑞希が不思議そうに黒猫を見る。


「豹獣人の方じゃないんですか? ……首輪をしていますけど……奴隷は帝国では御法度ですよ?」


 アウレリアが鋭く指摘した。


「私も最初、豹獣人かと思って色々話しかけたり、首輪を外そうとしたんですよ。でも首輪を外すのは嫌がるし、会話できるわけでもないし……」

「地球には獣人なんていませんから、普通の猫だと思いますけど」


 瑞希が説明する。


「私も小動物だと思いますよ? でも首輪をつけたまま連れまわしている姿を豹獣人や虎獣人の方に見つかると……首が飛んじゃいます。物理的に」


 カーヴェルは自分の首をさすりながら身震いした。


「それもあって、急いで帝国領のウルファリアまで来たというわけなんです……」

「それで、私たちに声をかけたのは?」

「露店に立っていたら、あれだ! と指示されまして……」

「えー?」


 瑞希が驚いた声を上げる。


「夢ではなく?」


 ユリアが確認する。


「は、はい。耳元でささやかれるように……」

「ふーん……」


 ユリアは黒猫を一瞥した。猫はただ静かに座っているだけだ。


「と、というわけでして、お譲りさせていただけないでしょうか?」


 カーヴェルが改めて頭を下げる。


「……今の話を聞いて受け取ると思う?」

「何かの縁があるようですし、ね?」


 しばしの沈黙が流れた。

 その静寂を、店の裏手からの争う音が破った。


「裏手? 瑞希とアウレリアはここにいて。様子を見てくるわ」


 ユリアが立ち上がる。


「げ、見つかった!?」


 カーヴェルの顔色が変わった。


「……あなた、まだ隠し事があるみたいね?」

「これは別件ですので! 隠していたわけじゃありません!」


 カーヴェルが黒猫の籠に布をかぶせて慌てた様子で店の奥へと走っていく。ユリアもその後を音もなく追った。


「おーい、ファルハド! 裏で何が起きてるんだ!」


 護衛らしき人物の名を呼びながら裏口を開けるカーヴェル。ユリアもそのまま裏通りに出た。

 裏通りには複数の武装した獣人が倒れており、その周りには顔を隠した覆面の者たちが倉庫を囲んでいた。

 倉庫の前には、傷を負った犬獣人が扉を守っている。


「ファルハド!」

「チッ、新手か」


 覆面の一人が舌打ちした。


「あなたたち、何をしているの? ここは帝国領ウルファリアよ。私闘は禁じられているわ」


 ユリアが冷たく告げる。


「なんだ小娘、ここで見たことは忘れてとっとと失せな」

「帝国軍大隊長の権限を持って命じるわ。武器を捨てなさい」

「フン、帝国も大変だな。こんな小娘でも軍人にしないといけないなんてな……やれ!」


 声と共に覆面たちが一斉にこちらへ斬りかかってくる。


「警告はしたわ」


 ユリアは静かに呟いた。

 正面から斬りかかってくる覆面の刃を、抜きざまの逆袈裟で弾き飛ばす。剣閃一閃、男の胸元が切り裂かれ、返り血が石畳に鮮やかに散った。右手から迫る敵の剣へそのまま切っ先を返し、剣を弾いた勢いのまま足を薙ぐ。骨を砕く感触と共に悲鳴が上がる。

 左から来る切り払いを屈んで躱し、流れるような動作で斬り上げて手首を断つ。剣がカランと乾いた音を立てて地面に落ちた。

 すぐ後ろから飛んでくる短剣を剣腹で叩き落とし、横合いから飛んでくる矢を紙一重で躱しながら、落ちた短剣を拾い上げる。

 手首のスナップだけで短剣を屋根の射手へ投擲し、間髪入れずに次の敵へ肉薄する。放たれた二本目の短剣を剣で弾き、すれ違いざまに横腹を斬り裂いた。

 残るは奥にいたリーダー格のみ。男が剣を構えるが、ユリアはそれを片手で強引に押し込み、空いた左手で顔面を殴りつけた。鈍い音が響き、男がよろめく。

 その隙を見逃さず足を払い、倒れた体の腕を容赦なく踏み折った。


「ぐあああっ!」


 絶叫が響き渡り、やがて静寂が訪れた。

 その静寂を破るように、倉庫の扉が開かれた。中から体格のいい虎獣人が現れる。


「おいおい、なんなんだお前は」

「あなたこそ何者なの?」


 ユリアは剣を構えたまま問う。


「俺のことはナームダールとでも呼んでくれ。そこのカーヴェルの世話になっててな」

「ナームダール様! まだ出てはいけません!」


 カーヴェルが慌てて止めようとする。


「そこのお嬢さんはいいのかよ」

「この人は軍人でしょう!」

「それより、私の連れを呼んできてもらっていいかしら? 二人とも医療の心得があるの」


 ユリアが剣を鞘に納めながら言った。


「だそうだ。ほら行ってこい」

「後でお説教させてもらいますからね!」


 カーヴェルがばたばたと店内へと戻っていく。


「お節介者は行ったな。改めて礼を言う。助かった」

「どういう事情なのかしら?」

「なに、よくある御家騒動ってやつだ。兄貴たちはよほど俺が邪魔らしい」

「そう……最近多いわね。そういう話」


 ユリアが周囲を見回す。


「ああ、なんか国の上の方が揉めてるらしい。おかげであちこちで騒動が起きてる。迷惑な話だ。タイマンでケリをつければいいものを」

「それで、この覆面たちに見覚えは?」

「いや、全くない。大方雇われだとは思うが……」

「ユリア様! ご無事ですか!」


 アウレリアが駆けつけてきた。


「ええ。それより、そこのケガをしている人たちを診てあげて」

「あ、はい」

「あの、この覆面の人たちは……」


 瑞希が倒れている覆面たちを見て言いにくそうに口を開く。


「ああ、そこは後でいいわ。暗器を持っているかもしれないから近づかないように」

「あ、いえ、その、全員亡くなってるみたいなんですが……」


 瑞希が困惑した表情で報告する。


「……そう。ならいいわ。アウレリアを手伝ってあげて」


 ユリアは短く答えた。


「は、はい」

「どうやらその見立ては間違っていたみたいね?」


 ユリアがナームダールに視線を向ける。


「そうみたいだな。困った兄貴たちだ」


 ナームダールが苦々しげに呟いた。

 アウレリアと瑞希が手際よく獣人たちの手当をしていく。


「ありがとうございます。助かりました」


 カーヴェルが深々と頭を下げた。


「役目を果たしただけよ。それより、行政府に保護をお願いしたら?」

「それは……」

「ちょっと脛に傷があってな。帝国政府の世話にはなれないんだ」


 ナームダールが横から口を挟む。


「へぇ?」

「ナームダール様! 言い方を考えてください! あ、我が国で帝国政府に保護してもらったとなったら、その後面子の問題が出てくるので……すみません」


 カーヴェルが慌てて訂正した。


(今より未来の面子、ね……なるほど)

「そう……なら仕方ないわね」

「面子と言ったら、お嬢さんたちに何か礼をしないとな……」

「役目だから礼はいいわ」

「礼を受けとってこっちの面子を立てるのも役目ってもんだ。おい、カーヴェル。お前の隠してる品物から何か渡しておけ」

「わかりました。何か見繕っておきます」

「あ、隠している小動物以外でだぞ?」

「なっ……なぜそれを……」


 カーヴェルが驚いた表情を見せる。


「何年一緒にいると思ってるんだ」

「はぁ……どうぞこちらへ」

「あなたも大変ね」


 ユリアが同情的に言うと、カーヴェルは溜息をついた。


「そう思うなら礼の品はちゃんと受け取ってくださいよ?」

「私はいらないから、二人になにかあげて」

「わかりました……」


 三人はカーヴェルに連れられ、店内の倉庫へと通された。

 中には表に並んでいた品より更に雑多な物で溢れていた。剣、拳銃、弓などの武具、指輪などの装飾品に加え、地球で見たことあるような機械類、おもちゃの類まで。まるで宝の山のようだった。


「ここの品から自由に選んでいただいて結構です。私がこれはと思った逸品ばかりです」

「随分色々なものを集めているのね……」


 ユリアが興味深そうに見回す。


「やはり滅多に手に入らないものですので、希少価値があると思うと血が騒ぐというものですよ」


 カーヴェルが誇らしげに胸を張った。


「いいのですか? 私たちがもらっちゃって……」


 アウレリアが遠慮がちに尋ねる。


「……ええ、もちろんですとも」


 カーヴェルが少し歯切れ悪く答える。


「では、私はこの髪飾りで……」


 アウレリアが綺麗な装飾の髪飾りを手に取った。


「なんか、日本で見たものもちらほらありますね……このおもちゃとか、テレビで見ましたよ」


 瑞希が棚を見ながら言う。


「おお、やはり本物でしたか! 気に入ったのならどうぞ持って帰ってください!」

「おもちゃはちょっと……置き場に困ります……あっ」


 瑞希が何かに気付いたように棚の一角を見つめた。そのまま吸い寄せられるように棚へ近づき、何かを取り出す。

 振り返った瑞希の手には大弓が握られていた。


「これ、前使ってた弓に似ている気がします。これでもいいですか?」

「いいですよ。ただ、その大弓は……大男が引くような強弓ですが……よろしいので?」


 カーヴェルが心配そうに尋ねる。


「はい。私、意外と力が強いみたいなので」

「そうなのですか。しかし、弓は我が国の職人もいい物を作りますからな……いくら異界の品と言えどもそれだけでは私がナームダール様に叱られてしまいます……そうだ、先ほどのネコもつけましょう! そうだ、それがいい!」


 カーヴェルが突然ひらめいたように言った。


「え? あの猫ちゃんですか?」

「ちょっとあなた! それはいらないって言ったでしょ!」


 ユリアが声を荒げる。


「礼の品はお二人が受け取ってくださるのでしょう? あのネコはあくまで礼の品なので!」

「ユリアさん、せっかくなので受け取りましょうよ。かわいいですし」


 瑞希が懇願するように言う。


「私からもお願いします。この人のとこにそのままというのもかわいそうです」


 アウレリアも加勢した。


「はあ……あなたたち……。いいわ、好きにしなさい……」


 ユリアが深く溜息をつく。


「ありがとうございます」

「いやーよかったよかった」


 カーヴェルが安堵の表情を浮かべる。


「あなたも食えない人ね……」

「代々食えないことで生き延びてきましたので!」


 カーヴェルが誇らしげに胸を張った。

 ナームダールが見計らったかのように倉庫に入ってくる。


「決まったのか? ……嬢ちゃん、そんな弓引けるのか?」

「はい、意外と軽いのでなんとかなりそうです」


 瑞希が大弓を構えて見せる。


「そう、か?」


 ナームダールが不思議そうに瑞希を見た。


「あまり長居しても悪いからそろそろお暇するわ。次は守ってあげられないから安全な場所に移動することをおすすめするわよ」

「ああ、ここもバレてしまったならそうするしかないだろうな」

「ええ。では」


 ユリアが一礼する。


「ありがとよ。……お嬢ちゃんとはまた会う、そんな気がするな」

「次は平穏な場所であることを祈ってるわ」

「ははは、そうだな」


 ナームダールが豪快に笑った。

 三人は黒猫の籠を持ち、店を後にした。夕暮れの街には、相変わらず人々の喧騒が響いている。

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