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終末の血族  作者: 天津千里
9章:交錯のウルファリア
66/74

第66話 交錯のウルファリアII

【帝国紀元1799年10月19日 7:00】

【ウルファリア郊外・ユリア大隊野営地】


 ユリアが起き出すと、すでにルシアと瑞希が先に起きて朝食の準備をしていた。簡易的なテーブルの上には、携帯食糧のパンやチーズ、湯気を立てる温かいスープが並べられている。


「あ、ユリアさんおはようございます」


 瑞希が明るく声をかけてきた。


「おはよう、ユリア」


 ルシアが振り返り、少し意外そうな表情を浮かべた。


「少し疲れているのかしら。この時間まで寝ているのは珍しいわね」

「おはよう……今日が久々の休暇だと思って気が緩んだのかもしれないわ……」


 ユリアは寝癖を手櫛で直しながら苦笑した。


「そうね、ここまで行軍で気を張っていないといけなかったものね」


 ルシアが頷く。


「せっかくの交易都市なんだし、気晴らしでもしてきたら?」

「気晴らし……そうね、散策でもしようかしら」

「あ、それならウルファリアの大神殿に行きませんか? アウレリアさんと一緒に行こうって話してたんですよ」


 瑞希が嬉しそうに提案した。


「大神殿?」

「はい。この街ができたときからある神殿らしいですよ。アウレリアさんが是非にってことなので」

「いいじゃない。それに、二人じゃ心配だから一緒にいってあげたら?」


 ルシアが微笑む。


「……ちょっと見てみるのもいいかもしれないわね」

「もう。そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」


 瑞希が少し拗ねたような声を出す。


「この前のことがあるからね。着いていくわ」

「それは、まあ、そうですけど」


 瑞希は苦笑した。


「でも一緒に来てくれて嬉しいです。アウレリアさんも喜びますよ」

「大隊のことは任せて。ゆっくりしてらっしゃい」

「そうするわ。よろしくね」

「ええ」


 ルシアが手を振った。

 合流したアウレリアを伴って、まだ朝靄の残るウルファリアの街に三人で出た。

 朝の空気はひんやりと肌に心地よく、砂岩の建物が朝日に照らされて柔らかなオレンジ色に染まっている。露店の準備をする商人たちの声が、あちこちから聞こえてきた。


「ユリア様が来てくれて嬉しいです」


 アウレリアが笑顔で言った。


「二人だけだと心配だからね。それに、この街は見た目ほど安全じゃなさそうよ」

「それは……ありがとうございます」

「この前もスリから守ってもらっちゃいました」


 瑞希が恥ずかしそうに付け加える。


「まあ。でもユリア様が着いていてくれるなら安心ですね」

「ちゃんと自分たちでも警戒していなさい」

「はーい」


 瑞希が元気よく返事をした。

 大通りの熱気を抜け、周囲より少しだけ高くなっている丘に向かう。

 丘に向かう道には多くの信徒が詰めかけ、川の流れのように、丘の上の神殿へと向かっていた。人々の祈りの言葉が小さくささやかれ、石畳を踏む足音が絶え間なく響いている。

 三人はその流れに乗って坂道を上り、神殿へと歩を進めた。

 神殿の敷地に入ると、そこには大理石で建てられた壮麗な建物がいくつも立ち並んでいた。白亜の柱が朝日を受けて輝き、彫刻が施された壁面には神々の姿が刻まれている。

 ここでそれぞれの建物へと人の流れが分かれ、信徒に混じっていた観光客と思われる姿も少数ではあるが見受けられた。


「右手に見えるのが軍人の方が多く信仰している軍神ポレモス様の神殿、その奥に見えるのが鍛冶神テュロス様の神殿です」


 アウレリアが案内役として説明を始めた。


「反対側に見えるのが契約神エレティア様、その横が商業神イオス様の神殿……この二柱の神殿が大きいのは交易都市ならではですね。そして中央のひと際大きな神殿が、秩序神ゼルオス様と建国神ソリス様の神殿です」

「いっぱいあるんですね……。全部で何個の神殿があるんですか?」


 瑞希が目を丸くして尋ねた。


「ここは十三大神全ての神殿があって、その補佐神を祀ってある神殿もあるので……二十程でしょうか」

「そんなにあるんですか! だから大神殿って言うんですね……」

「はい。普通は一柱か二柱を祀った神殿が街中にいくつかあるくらいですね」

「秩序神と建国神が同じ神殿に祀ってあるのは普通なの?」


 ユリアが興味深そうに尋ねる。


「そうですね……比較的多いと思います。やはり貴族の方はこの二柱を信仰していることが多くて……帝室の守護神でもあるので、帝国の武と智を象徴するとして同じ神殿になることが多いですね」


 アウレリアは少し誇らしげに続けた。


「それに、建国帝ソリウス様がまだ挙兵したばかりの頃、この神殿で勇者様と共に三日三晩乱れた世の平穏を祈られ、その時に剣を授けられた……そういう逸話もあるんですよ!」

「建国帝が……じゃあ相当古いのね」

「はい。その当時でも古い神殿として知られていたそうですから……古代帝国の時代からあるとも聞いたことがあります」

「古代帝国の神殿……」


 ユリアは神殿を見上げた。


(しまったわね。リオフェルとセリーヌを連れてくるべきだったかしら)

「ユリア様?」


 アウレリアが不思議そうに顔を覗き込む。


「いえ、なんでもないわ」

(さすがにこれだけ信徒がいる中で調査はできない、か)

「ささ、こうして外で話すのもなんですから、中に行きましょう!」


 アウレリアが元気よく手を引いた。


「え、ええ」

「アウレリアさん、結構押しが強いんですね……」


 瑞希が苦笑しながらついていった。


【帝国紀元1799年10月19日 15:00】

【ウルファリア大神殿】


 午後の陽光が神殿の白い壁を照らしている。神殿見学を終えた三人は、敷地内の広場を歩いていた。


「中のあの壁画、すごい迫力でしたね!」


 瑞希が興奮気味に言った。


「はい! やっぱり実際に見るのは格別です」


 アウレリアも嬉しそうに頷く。


「出店の料理も美味しくて……」

「蜂蜜を使ったデザートなんて普通は手が出ないんですけど、ここだとだいぶ安く食べられるのがうれしいですね」

「久々にあんな甘いもの食べた気がします」

「私はあの甘さであの量はげんなりするけど……」


 ユリアが少し疲れた表情で呟いた。


「ユリア様はまだまだ成長途中なんですから、いっぱい食べたほうがいいですよ」


 アウレリアが励ますように言う。


「お手柔らかにお願いしたいわね……」

「あっ……」


 瑞希が突然立ち止まった。


「どうしました?」


 アウレリアが振り返る。


「ちょっとあの横道……呼ばれてる……?」


 瑞希の視線が一点に固定されている。そして、何かに引き寄せられるように、ふらふらと歩き出した。


「瑞希……?」


 ユリアが不審そうに声をかける。


「あっちは……たしか今は使われていない神殿があったはずです」


 アウレリアが心配そうに言った。


「追いかけましょう」


 ユリアとアウレリアは慌てて瑞希の後を追った。細い路地を曲がると、ふらふらと歩く瑞希の姿が見えた。


「ちょっと、瑞希! しっかりしなさい」


 ユリアが瑞希の肩をつかむ。


「あ、ユリアさん……あれ、私、どうしてこっちに?」


 瑞希が目を瞬かせて周囲を見回す。


「私の方が聞きたいわよ。呼ばれてるとか言ってたわよ」

「……なんか魔力が引っ張られているような気がしたんですよね……それからあんまり覚えてなくて」


 瑞希が首を傾げた。


「こっちには古い神殿しかないはずなんですが……それに魔力が引っ張られる……ですか?」


 アウレリアが首を傾げる。


「そういう現象ってあるのかしら」

「私も専門家ではないので……」

「そうよね……こういうときはリオフェルがいたらと思ってしまうわね。普段はちょっと騒がしいけど」


 ユリアが溜息をついた。


「そうですね、先生なら何か知ってるかも」

「ちょっと様子を見てみますか? あ、私が古い神殿を見たいわけじゃないですよ!」


 アウレリアが慌てて付け加える。


「一応、確かめておいたほうがいいかもしれないわね」

「はい。……ちょっと気になります。こうして物語が始まるのかなって」


 瑞希が少しわくわくした様子で言った。


「この世界の物語よ? ろくな目に合わないからやめときなさい」

「えー。ちょっとくらい夢をみたいじゃないですかー」


 三人は人通りの少ない道を進み、古い神殿の入り口に着いた。

 入り口では、白髪の老神官が箒で石畳を掃いていた。彼はこちらに気付くと、箒を脇に置いて穏やかな笑みを浮かべた。


「おや、こんなところに観光ですか?」

「あ、神官様。こちら、見学させていただいてもいいでしょうか?」


 アウレリアが丁寧に尋ねる。


「ええ、どうぞ。もう忘れ去られていくばかりのところですが、歴史はとても古い神殿なのですよ」


 老神官が優しげに答えた。


「なんという神様が祀ってあったのですか?」

「その記録すら残っていないのです」


 老神官は少し寂しそうに首を振った。


「ただ、建国帝ソリウス様が祈りを捧げたのはこの神殿だという説もあります。もしかしたら当時はソリウス様が信仰していた神様が祀られていたのかもしれません」

「剣を授けられたという?」


 ユリアが尋ねる。


「ええ。よくご存じで」


 老神官が頷いた。


「定説では今の主神殿ということになっていますが、あれよりももっと古く、古代帝国の時代からあったと言われているこの神殿こそが……という、まぁあまり根拠もない説ですが」

「中に入っても?」

「どうぞどうぞ」


 老神官が手で中を示した。

 先ほど見た建国神の神殿と違い、この神殿は小さく、壁画も掠れ、壮麗とは程遠い姿だった。

 だが、どことなく空気が張り詰め、もう使われていないはずなのに、それでいてまだ生きているかのような不思議な感じがした。石の床には長い年月の痕跡が刻まれ、壁には微かに古代の文様が残っている。

 さほど長くない薄暗い廊下を抜けると、視界が広がり、そびえ立つ壁一面に何かの模様が刻まれていた。


「あれ、この場所、最初に私たちが来た場所に似てますね」


 瑞希が周囲を見回しながら言った。


「……ええ、ほんとにね」


 ユリアも同じことを感じていた。


「前にも似たところに? そこも古代帝国の神殿だったんですか?」


 アウレリアが興味深そうに尋ねる。


「たしかそうだったはずよ」

「いいですね、私もいつかそこにも行ってみたいです」

「封鎖されていたからすぐには見学は難しいかもしれないわね」

「そうですか……残念です」


 アウレリアが少し残念そうに呟いた。


「あの時は真ん中に文字が刻まれてたんでしたっけ……ここには何も書いてなさそう……かな?」


 瑞希が中央で床をじっくり見ている。

 老神官が後ろからついてきて、説明を始めた。


「ここが建国帝と勇者が三日三晩祈りを捧げたと言われている聖域です。もちろん、ただの一説ですが、私はこここそがその場所だと信じているんです」

「とても神秘的な雰囲気がしますね。当時はもっとすごかったのでしょうか」


 アウレリアが感心したように周囲を見回す。


「ええ、おそらく。古代帝国の神殿はどこも壮麗であったと伝わっています」

「あ、ユリアさん、この筆記体みたいなものってもしかしてカラディンで見た魔法文字ってやつですか?」


 瑞希が屈んで床を指差した。


「……全然読めない……」

「どれ?」


 ユリアが中央で屈む瑞希に手が触れるほどに近づいた瞬間。

 足元から、奔流のような光があふれだした。

 光は床から壁へ、壁から天井へと駆け上がり、瞬く間に聖域全体を白一色に染め上げた。古代の文様が浮かび上がり、まるで生きているかのように脈動している。


「は……」


 老神官が息を呑んだ。


「きれい……」


 アウレリアが呆然と呟く。

 突然、声が聖域に響き渡った。


『Heres, qui potentiam possides, novamne potentiam desideras?』

 ―継承者よ。力を持つ者よ。汝は新たな力を望むか?


「この声……」


 瑞希が震える声で言った。


「最初に聞いた声、よ……」


 ユリアの表情が強張る。


「こ、これ、なんなんですか……神殿で声が聞こえるなんて……そんな……」


 アウレリアが混乱した様子で周囲を見回した。


『Gladium tuum exacue et hostes Imperii depelle; ego tibi maiorem potentiam tribuam.』

 ―その剣を研ぎ、帝国の敵を打ち払え。我はそなたに力を授ける。


 ユリアの視界に周囲から薄っすらと魔力の光が伸びてくるのが見える。その光は瑞希と自分へと向かってきている。まるで生き物のように、二人を包み込もうとしていた。


「Non est mihi ea potentia necessaria.」

 ―私にその力は必要ない。


 ユリアの言葉が聖域に響いた瞬間。

 光で満たされていた聖域は急速に光を失い、また元のように石の壁へと戻っていった。古代の文様も消え、ただの古い神殿の姿に戻る。

 残されたのは、困惑した瑞希、呆然としているアウレリア、腰を抜かしている老神官、そしてユリアだけだった。

 静寂が聖域を支配している。


「……帰るわよ」


 ユリアが短く言った。


「え、あ、はい」


 瑞希が慌てて立ち上がる。


「あ……」


 アウレリアが何か言いかけたが、言葉にならなかった。

 足早に立ち去るユリアの背を二人が追った。老神官は腰を抜かしたまま、呆然と聖域を見つめていた。




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