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終末の血族  作者: 天津千里
9章:交錯のウルファリア
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第65話 交錯のウルファリアI

【帝国紀元1799年10月17日 15:00】

【帝国直轄領・交易都市ウルファリア】


 ディアグラ伯爵領からの行軍を終え、ユリア大隊は郊外に野営を始めた。ユリアは部隊の指揮をルシアに任せ、副官の瑞希と護衛のレオニダスを伴って行政府へと向かった。


 街道から街の中へ足を踏み入れた瞬間、ユリアは目を見張った。

 ウルファリアの街並みは、これまで見てきた帝国の都市とはまったく趣が異なっていた。砂岩で作られた建物が整然と立ち並び、柔らかな黄土色の壁面が午後の陽光を反射して温かみのある光を放っている。建物の窓には色鮮やかな布が垂れ下がり、軒先には異国の文様が刻まれた装飾が施されていた。


 行き交う人々もまた多様だった。帝国人や獣人に混じって、ターバンを巻いた南方系の商人、見慣れない民族衣装を着た女性、宝石を身につけた裕福そうな貴族など、今まで見たことがないほど様々な人種が通りを埋め尽くしている。大通りの両脇には商店や露店が軒を連ね、店主たちが威勢よく客引きの声を上げていた。

 香辛料の香りと、焼き立てのパンの匂い、そして人混みの熱気が混ざり合った独特の空気が漂っている。


「ここは今までの帝国領とは趣が違うわね」


 ユリアが感嘆の声を漏らすと、レオニダスが頷いた。


「ウルファリアは古代から交易都市として発展した街です。どちらかというと、帝国というより都市国家群の雰囲気に近いですね」

「ここってほんとに帝国なんですか?」


 瑞希が不思議そうに辺りを見回す。


「文化的には都市国家群が近いが、帝国建国時から帝国直轄領という歴史ある街だ」

「へぇー」


 瑞希が興味深そうに頷いたその時、ユリアの目が鋭く動いた。


「気をつけなさい、瑞希」


 ユリアが瑞希の腰に手を伸ばしていた通行人の手を叩いた。通行人は顔を上げ、外套の内側に見えた軍服に気づいて顔色を変えると、慌てて人混みに消えていった。


「は、はい!」


 瑞希が慌てて腰の剣に手を当てた。


「捕まえますか?」


 レオニダスが低い声で尋ねる。


「一応未遂だからいいでしょう。軍服を見て手を出すようじゃ長生きはできなさそうだけどね」

「ハッ」


 そのまま人混みをかき分けて進んでいくと、大通りの正面にひと際大きな砂岩の城塞が姿を現した。帝国の紋章を掲げた旗が、城塞の塔からはためいている。



【同日・16:00】

【ウルファリア・行政府執務室】



 ユリアたちはすぐに執務室に通された。

 執務室は広々としており、壁には地図や帝国各地の景色を描いた絵画が飾られている。窓からは街の様子が一望でき、人々の活気ある声が微かに聞こえてきた。


 室内では四十代ほどのメガネをかけた男性が、書類を整理しながら待っていた。線の細い体躯と几帳面そうな仕草からは、武官ではなく文官としての経歴が窺える。

 ユリアたちの姿を認めると、彼は立ち上がって丁寧に頭を下げた。


「帝国東部方面軍より派遣されたユリア大隊、大隊長、ユリア・コニシです」


 ユリアが敬礼すると、男性も応じるように一礼した。


「帝国直轄領、ウルファリア執政官のファウスティヌス・セリクスです。お会いできて光栄です」


 二人は握手を交わした。執政官の手は柔らかく、戦いとは無縁の人物であることが伝わってくる。


「事情は聞いています。鉄道路線の回復はこの街が抱える問題をいくつも解決できるでしょう」


 執政官は安堵したような表情で言った。


「街の賑わいはなかなかのものでしたが」

「ありがとうございます」


 執政官は苦笑を浮かべた。


「本来ならもっと賑やかなのですが、帝国各都市との交易が途絶えているため、どうしても経済状況は悪化しています。それに伴って治安も悪化傾向にあります」

「そのようですね」


 ユリアは先ほどのスリ未遂を思い出した。


「ここから西側は? たしか……ガゼリウム侯爵領へと街道が通っていたと記憶していますが」

「そちらは辛うじて」


 執政官は言葉を濁した。


「ただ、どうにも様子が変でして……」

「変?」


 ユリアが眉をひそめる。


「途中にビレクトゥスという橋がある宿場町があるのですが、通行税が上げられているようなのです」


 執政官はメガネを押し上げながら続けた。


「そもそも勝手に通行税を上げること自体、帝国政府の許可なくできないはずなのですが……確認の連絡を送ってもビレクトゥス子爵からの返答もなく……」

「黙殺している、と?」

「そう考えざるを得ません。子爵が対応できなくとも、家宰などが返答を寄越すはずですので」


 執政官は困惑した表情を浮かべた。


「また、商人からの情報なのですが、正規軍が駐屯しているようなのです。そのような連絡は受けておりませんし、こちらも確認に対しては子爵の要請で駐屯しているとしか返答がなく……」

「返答がない子爵に、なぜか子爵からの要請で駐屯している正規軍……?」


 ユリアは腕を組んで考え込んだ。


「あまり穏やかな想像ができないのですが」

「はい。私もそう思います」


 執政官は深く息を吐いた。


「しかし、私の権限はこのウルファリアのみになっており、下手に貴族領へ軍事行動を行うわけにはいかず……そこへユリア殿が現れたというわけです」

「そういうことでしたか」


 ユリアは頷いた。


「分かりました。私には鉄道修理の露払いの任務があります。その一環として、少し探りを入れてみます」

「ありがとうございます」


 執政官は心底安堵したような表情を見せた。


「東部方面軍のレンクス大将に確認をとりますので、一筆いただいても?」

「ええ、もちろんです。すぐに情報をまとめて、野営地まで届けさせます」

「よろしくお願いします。それでは」


 ユリアは立ち上がり、再び敬礼した。


「返答を楽しみにしております」


 執政官は深々と頭を下げた。



【同日・18:00】

【ウルファリア郊外・ユリア大隊野営地本陣】


 大隊の野営地に戻ったユリアたちは、幹部を集めて状況を説明した。

 本陣の天幕内には簡易的な机が置かれ、その上には帝国西部の地図が広げられている。ランタンの明かりが地図を照らし、幹部たちの顔に陰影を作っていた。


「ビレクトゥスというと……ここか」


 カリスが地図上の一点を指差した。


「ナフラディス川の上流にある橋のところの街だな」


 その位置からは、大河ナフラディス川が南東の都市国家群方面へと伸びている。


「こんな要所の街を任されるような貴族が音信不通ですか?」


 フィリオが訝しげな表情を浮かべる。


「仮に貴族本人が対応できなくても家臣がいるから返答くらいしそうだが」

「意図的に返答していないと見るべきだろうな」


 レオニダスが低く唸った。


「……通行税を上げて、問い合わせに返答なし……反逆罪に問われかねない行いです」


 フィリオの声には緊張が滲んでいた。


「近年稀に見る……といいたいところだが、この情勢じゃなあ……」


 カリスが苦々しげに呟く。


「しかし、不測の事態というには……いささか不自然な気がします」

「この中に商人の情報があるということはゾンビの影響でもないのよね?」


 ルシアが確認するように尋ねた。


「ええ。私としてはこの正規軍というのが怪しいとみているのだけど……」


 ユリアが地図を見つめたまま答える。


「そうですね。この貴族……ビレクトゥス子爵が急に心変わりしたというより、正規軍が何か知っていると見るのがいいでしょうね」

「正規軍ねぇ……ここらなら東部方面軍の管轄だな」


 カリスが腕を組んだ。


「レンクス大将に確認をとるべきね。警察権もお願いしたほうがいいかしらね?」

「命令違反の可能性も考えるとそれがいいでしょうな」


 レオニダスが頷く。


「じゃあ、後でレンクス大将に手紙を出すわ。瑞希、手配を」

「はい!」


 瑞希が手元の羊皮紙に必要事項を書き加えた。


「さて、これから情報収集と補給を待ってから行動しようと思うのだけど……」


 ユリアが幹部たちを見回す。


「それがいいだろうな。街中の情報収集はやっておこう」


 カリスが同意した。


「軽騎兵はどうしましょうか?」


 騎兵小隊長のフラウィウスが尋ねる。


「まだ敵味方が確定したわけではないから刺激するのはやめておきましょう」

「ハッ」

「その代わり、バフラーム」


 ユリアが翼人に視線を向けた。


「空からビレクトゥス周辺の様子を偵察してもらっていい? 接触は禁止。できるだけ高い位置から気取られないように街や街道の様子を探ってきて」

「わかった」


 バフラームが頷く。


「高空からだと兵数や装備などは詳しく調べられないが……」

「それでいいわ。地図が合っているか、おおよその兵力、どこに兵士がいるか、砦の位置などが知りたいの」

「承知した。それならば大丈夫だろう」

「補給についてはいつ頃になりそう?」


 ユリアがルシアに視線を移す。


「旅団本部からは途中の線路の損傷が大きいため、鉄道を利用した本格的な補給は二週間後。それまでは荷馬車による補給になると連絡が来ているわ」


 ルシアが報告書を確認しながら答えた。


「糧食についてはウルファリアからも補給できるため問題ないな」


 ベルンハルトが続ける。


「弾薬も一会戦程度ならば十分ある。ただ、ビレクトゥスを攻めるなどとなったら攻城の用意は本格的な補給を待ったほうがよさそうだ」

「あまり旅団から離れるわけにもいかないわね」


 ユリアは地図上のビレクトゥスの位置を見つめた。


「二週間後に補給を受けてから出発予定にするわ。それまでは周辺の治安維持に協力しながら交代で休息をとるようにしましょう」

「兵も喜ぶだろうな。なにしろ観光地としても有名なウルファリアだからな」


 カリスが笑みを浮かべる。


「羽目を外す兵が出ないよう釘は刺しておかないとな」

「違いない」


 レオニダスとカリスが顔を見合わせた。


「城攻めの可能性があるということなら、知り合いの傭兵に詳しいのがいるのだが、声をかけてもいいだろうか?」


 バフラームが口を開いた。


「まだそうと決まったわけではないけど、備えはしておくほうがいいわね」


 ユリアが興味深そうに尋ねる。


「どういう傭兵なの?」

「熊人の傭兵でオルフェン・グル・バルンカルという。若い熊人で構成された傭兵団を率いていて、主に最前線での近接戦闘や陣地の破壊を得意としている。城攻めでも城門破壊要員として雇われることが多いようだ」

「へぇ……それは使えそうね」


 ユリアはルシアに視線を向けた。


「姉さん、傭兵雇用費はまだ使える?」

「まだ残ってるわよ。小隊規模なら問題ないわ」

「東部方面軍からの予算ですか……なかなかの規模ですね……」


 フィリオが感心したように呟く。


「それだけ隊長に期待しているんだろう。おかげでなかなか贅沢な編成になりそうだな」


 カリスが肩をすくめた。


「獣人傭兵ばかりというのは軍はあまりいい顔をしないかもしれませんが」


 フィリオが懸念を示す。


「戦場では出自より信頼できるかだろう」


 レオニダスが静かに言った。


「オルフェンは多少変わっている奴だが、勇敢さと義理堅さは保証する」


 バフラームが付け加える。


「なーに、結果を出せばいいだけの話だ。それに、面と向かって隊長に嫌味を言えるような将校がいたら見てみたいものだ」


 カリスが笑った。


「くっくっくっ、たしかにな」


 レオニダスが低く笑った。


「まぁ早々つっかかりはできないでしょうけど……」


 フィリオが苦笑する。


「なら問題ないわ。バフラーム、話を進めておいていいわよ」

「感謝する」


 バフラームが頭を下げた。


「さ、それじゃあ各々二週間後に備えて英気を養っておいてちょうだい。解散」


 ユリアの言葉に、幹部たちは一斉に敬礼した。ランタンの明かりが揺れる中、それぞれの天幕へと散っていく。

 ユリアは地図を見つめた。まだ見ぬビレクトゥスの街が、そこに静かに横たわっている。



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