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終末の血族  作者: 天津千里
8章:ディアグラの銀翼
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第64話 ディアグラの銀翼X

【帝国紀元1799年10月7日 10:00】

【ディアグラ伯爵領・ディアグラ城館】


 ディアグラ城館の謁見室は、辺境の伯爵家にしては品のよい調度で整えられていた。窓から差し込む朝の光が石壁を白く染め、室内には穏やかな空気が流れている。

 しかし、上座に腰を据えたディアグラ伯の眼差しには、穏やかさとは程遠い鋭さが宿っていた。


「では、領内の治安は解決するというわけか?」


 開口一番、伯爵は単刀直入に切り出した。

 ユリアは背筋を正したまま、落ち着いた声で応じる。


「はい。鳥人たちは我々に同行することに同意しました。もう略奪することはありません」

「命令に従わぬ者もおるだろう?」

「反抗的な者がいるのは否定しません。ですが、私は部族の全てを雇用するか、その同行者として認めたのです。秩序を乱すものには相応の報いを受けさせると約束しましょう」


 ディアグラ伯が僅かに目を細めた。


「貴殿が処断するとでも?」

「ええ。大隊長として帝国軍やカラディン辺境伯の名を汚さぬよう、それに相応しい振る舞いをするつもりです」


 ユリアの声には、若さに似合わぬ確かな重みがあった。伯爵はしばし沈黙し、やがて小さく息をついた。


「……いいだろう。そこまで言うなら儂も否はない。好きにするといい」

「感謝致します」


 ユリアは居住まいを正し、深く頭を下げた。

 ディアグラ伯は手元の報告書に視線を落とした。


「この報告によると、鳥人どもは勢力争いに負けたという話だったな?」

「はい。集落内部まで確認しましたが、状況も含めて怪しいところはありません。周囲も調べましたが、ほかの部隊がいるような痕跡はありませんでした」

「やはりそうか」


 伯爵は満足げに頷き、それから――ふいに、笑みを浮かべた。


「貴殿は実に優秀だな。実に素晴らしい」

「といいますと?」

「なに、貴殿のおかげでマラディア方面の問題も解決しそうだという話だ。獣人との国境に送った部隊もやっと動かせる。辺境伯も増援を自主的に送ってくれるだろう。実に素晴らしい」

「ハッ……」


 ユリアは短く応じながら、内心で嘆息した。


(やはり食えない人ね。でもネタバラシをしてくれるということは、合格をもらえたということかしら?)

「そう緊張せんでいい。貴殿のことも悪くは書かん。なんなら手土産くらいやろうじゃないか。希望はあるか?」

「……では、特産の野菜などの食料を補給していただけませんか?」

「ふははは、少しぐらい私欲を見せたほうが儂のような人間は安心するもんだぞ?」


 伯爵は豪快に笑い、手を振った。


「まあよかろう。せっかくだ。たんまり積んでいけ」

「ありがとうございます。ではこれで失礼致します」


 ユリアが再び一礼し、踵を返す。その背に、ディアグラ伯の声が追いかけてきた。


「ああ。貴殿にソリスの祝福があるように!」


【同日・16:00】

【ディアグラ伯爵領・ディアグラ郊外】


 街から少し離れた郊外の野営地に、ユリア大隊は集結していた。

 ディアグラ伯から届けられた食料の積み込みが行われる中、幹部たちは本陣の天幕に集まり、情報交換を行っていた。


「……じゃあ、集落丸ごと傭兵契約にしたのね?」


 ルシアが確認するように問うと、ユリアは頷いた。


「ええ。人道支援なんて名目じゃ予算が通らないでしょう? それに、この時代に航空戦力よ? 確保しない選択肢はないわ」

「そうね。すぐに手続きをしておくわ」


 瑞希が手を挙げるようにして口を開いた。


「あの! 航空戦力って爆弾でも持って飛ぶんですか?」


 ユリアが答える前に、フィリオが補足するように声を上げた。


「正規軍は気球による着弾観測を始めているとは聞いています。それに対抗する戦力を持つ狙いですか?」

「今は偵察こそが最優先任務よ。それに、その時はむしろ獣人側が気球を狙ってくるのを迎撃することになるでしょうね」

「たしかにそれは必要そうですね。失礼しました」

「いいえ。たしかにそう疑われないように、細心の注意をはらいましょう」

「ハッ」


 フィリオが姿勢を正したところで、天幕の外から声がかかった。


「ユリア、バフラームさんが着いたみたいよ」


 ルシアの報告に、ユリアは軽く頷いた。


「ちょうどよかったわね。入ってもらって」


 天幕の入口をくぐり、長身の鳥人が姿を現した。人間の体格に合わせて作られた天幕は、折り畳んだ翼を持つバフラームにはいささか窮屈なようで、肩をすぼめるようにして中へ入ってくる。幹部たちの視線が一斉に集まった。


「ただいま参った」

「初めての人もいるから改めて紹介するわ。鳥人のダムール族の族長バフラームよ。傭兵として一族を雇用したわ。これから本隊直属の航空偵察小隊として行動を共にしてもらうからそのつもりで」


 ユリアの紹介を受け、バフラームは居並ぶ幹部たちに視線を向けた。


「バフラーム・シル・ダムールだ。傭兵として世話になる。よろしく頼む」


 幹部たちが各々に頷く。ユリアは全員の顔を見渡してから、本題に入った。


「さて、バフラームも来たことだし、ディアグラ伯との話から始めましょうか」


 ユリアは伯爵との会談の要点を手短に伝えた。


「私たちがここに来ることになったディアグラ伯からの要請は、完全に解決されたと認められたわ」

「それは……いいのか?」


 バフラームが不安げに問う。


「ええ。ディアグラ伯はここまでの対応に満足されたみたいよ。……ただし、略奪などの軍規違反は厳しく処分するからそのつもりで。もちろん、他の部隊もだけどね」

「それは当然だ。我々の誇りにかけてそのようなことを行わないと誓おう」

「ハッ、我々も肝に銘じます」


 レオニダスが応じ、天幕の空気が引き締まった。

 話題は自然と、ダムール族の今後へと移っていった。


「ダムール族の方々はどれくらいの間雇用するの?」


 ルシアが実務的な口調で尋ねた。


「偵察兵は私がいる限りね。後方部隊は……そうね、あまり長期に渡って連れ回すというのも現実的じゃない」

「ええ。今は比較的安全な任務だからいいけれど、敵地に入るような危険な任務だと後方部隊も安全を保障できないわ」

「早めに居場所を見つける必要がある」


 フィリオが腕を組み、難しい顔をした。


「しかし、貴族領に入植させるのは厳しいものがあると思いますが」

「偵察兵として雇用してもらえるのならば、その金で家畜を買って立て直すことができる。その後ならば南東の都市国家群に行く手もあるのだ。あまりユリア殿の手を煩わせたくないのだが」


 バフラームは淡々と語ったが、その言葉の端には族長としての責任感が感じられた。


「少し考えておくわ。都市国家群というのは安全なの?」

「そこは南部方面軍に聞いたほうが良いかもしれないです。あちらが主に攻略を担当していたはずです」


 フィリオの言葉を受けて、カリスが口を開いた。


「帝国、共和国、獣人帝国の三国の代理戦争の場になっていて、各都市が争っていて政情が不安定とは聞くが……」

「その獣人帝国……パルサ連邦の影響圏であれば、受け入れてもらえる可能性は高いと考えている」

「たしかに可能性はありそうだが、南部方面軍のことを考えたら火種になりかねないな」

「む、だが、帝国を避けてあまりパルサ連邦の近くに行くのは……」


 バフラームが言い淀んだ。レオニダスが、その先を汲み取るように続けた。


「勢力争いをしていたのだったな。あまり獣人帝国の近くに近づくのはそれはそれで危険そうだ」


 簡単な話ではなかった。行き場のない沈黙が天幕に落ちかけたとき、フィリオが口を開いた。


「どうでしょう。次の目的地、ウルファリアでそちら方面の情勢を探ってみては?」


 フィリオが提案すると、カリスが頷いた。


「ウルファリア……都市国家群との交易の拠点だ。情報は多そうだな」

「ウルファリアに向かうのか。ならばちょうどいい。あそこには知り合いもいるはずだ」

「わかったわ。では、バフラームとカリスはウルファリアでは情報収集ね」

「おう」

「承知した」


 ユリアは頷き、次の指示を出した。


「そこまでの行軍で、バフラームの斥候との連携を中心に訓練しましょう。軽騎兵は特に念入りにね」

「ハッ」


 フラウィウスが応じ、ユリアは天幕全体を見渡した。


「では解散」


 幹部たちが退出し、天幕には三人だけが残った。

 張りつめていた空気が緩み、ユリアの表情からも指揮官としての硬さが消える。


「鳥人さんたち、都市国家群に行っちゃうんですか?」


 瑞希が少し寂しげに呟いた。ユリアは首を横に振った。


「まさか。あくまでも最悪の場合よ」


 ユリアはそこで一拍置き、小さく肩をすくめた。


「いえ、むしろ、帰還の手段が見つかった最良の場合かもしれないわね」

「帰るまで手放す気はないのね」


 ルシアが苦笑交じりに言い、ユリアは素直に肯定した。


「ええ。ただ、民間人を危険に晒すのは本意ではないから、何か方法を考えないといけないわね」

「それこそ、都市国家群に避難してもらうのはダメなんですか?」

「勢力争いをしていたというから安全だとは言い切れないでしょう。それに、手綱は手元にあるべきよ」

「そういうもの……なんですね」


 戸惑いを隠せない瑞希に、ルシアが穏やかに、しかしはっきりとした口調で語りかけた。


「まだこの世界では飛べることの価値はさほど高くないみたいだけど、地球では空はもう最重要とも言っていい要素よ。私たちが地球へ帰るために、まずは生き延びないといけないの」

「そう……ですね」


 瑞希は小さく頷いた。


    *


 ユリアは天幕の外へ出た。

 夕暮れ前の野営地は、出発準備の喧騒に包まれている。荷馬車に食料を積み込む兵士たち、馬の手入れをする軽騎兵、慣れない地上の野営に戸惑いながらも身を寄せ合うダムール族の家族――まだ寄せ集めと呼ぶべき光景だったが、少なくとも秩序はあった。

 ふと、空を見上げる。

 高い秋空を、ダムール族の若者たちが数人、悠々と旋回していた。偵察の訓練だろうか。その翼が夕陽を受けて、金色に縁取られている。


(これがきっと、最善の選択だったはず)


 ユリアは自分に言い聞かせるように、小さく息をついた。


(でも、帰るまでにはあの人たちの着地点を整えなくては。……いえ、まずは帰る方法、か)


 西の空に目を向ける。その先に、次の目的地であるウルファリアがある。

 やるべきことは、山積みだった。




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