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終末の血族  作者: 天津千里
8章:ディアグラの銀翼
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第63話 ディアグラの銀翼IX

【帝国紀元1799年10月4日 14:00】

【ディアグラ伯爵領・東部バトマニス山】


「ほら、強い子なんだから泣かないの」


 ユリアは遊びまわって転んだ子供をあやす。小さな鳥人の子供は膝を擦りむいて、涙目になっている。だが、必死に泣くのを堪えていた。


「はい、頑張ったから飴をあげるわ」


 半べそをかきながらも口元を強く結んで飴を受け取る子供。小さな手で飴を握りしめ、涙目でユリアを見上げる。

 周囲では他の子供たちが遊んでおり、その様子を天幕から親たちが見守っている。帝国軍の将校が子供の世話をする姿に、鳥人たちは驚きと戸惑いの表情を浮かべていた。


「ユリア殿、いいだろうか?」


 それを見届けたかのように声をかけてくるバフラーム。


「ええ。結論が出たのかしら?」

「ああ。天幕に来てくれ。他の将校の方々にもお集まりいただきたい」

「わかったわ。……じゃあね。ちゃんと治療してもらうのよ」


 子供に微笑みかけ、立ち上がる。

 思っていたより早かったわね。あの老人を見る限り反対派も多そうだったけど……それだけ厳しかったのかしらね。


「子供の相手をしてくれて感謝する」


 バフラームが隣を歩く。


「下の子をあやすような機会はなかったからね。いい経験をしたわ」

「そうなのか? よくやっていたように見えたが」

「経験者の真似事よ。よく思い出せたものだと思うわ」

「そうか……」


 バフラームが何か言いたげな表情を浮かべたが、口には出さなかった。

 向かった天幕では、左側にレオニダス、カリス、アウレリアが並んで座っており、瑞希が席の後ろで資料を整理していた。

 右側には装飾をつけた老鳥人たちに、若いが目つきの鋭い鳥人が座っている。若い鳥人は武装しており、バフラームの護衛だろう。その視線は警戒に満ちている。

 老鳥人たちは不満そうな表情を隠さない。昨日の老鳥人もユリアと一瞬目が合うとすぐに正面に視線を戻した。その表情には諦めと怒りが混在していた。

 天幕の中には重苦しい空気が漂っていた。

 二人が奥の空席に着くとすぐ、バフラームから挨拶もそこそこに話が切り出された。


「昨日の提案、お受けすることにした」

「それはよかったわ」


 ユリアが頷く。


「確認したいのだが、戦士階級の80名はこの金額でいいのか?」


 バフラームが資料に目を落とす。


「ええ。あまり多くは出せないから申し訳ない」

「従来、帝国と獣人の契約であれば相場はもっと安いものだが」

「あなたも不器用な人ね。黙っていてもいい話でしょう。けど、契約を変えるつもりはないわ」

「交渉は誠実であるべきだ。……温情に感謝する」


 バフラームが深く頭を下げる。


「何をたくらんでやがるんだ?」


 長老が疑わしげに言う。


「私はあなたたちの技術を買って適正な値で評価しようとしているの。だからこれでも安くて申し訳なく思っている。これで返答になる?」

「高く買ってもらってありがたい話だが、ほかの兵からのやっかみがあるのではないか?」


 バフラームが心配そうに尋ねる。


「ただの偵察兵であればそうでしょう。でも、あなたたちに担ってもらうのは航空戦力よ。ほかの誰も真似できないものよ」

「航空戦力?」


 バフラームが首を傾げる。


「そう。まず、普段あなたたちの戦闘時に任される任務は何かしら?」

「そうだな、斥候、奇襲、連絡、遮断が多いな。正面からの戦闘はほぼ行わないと言っていいだろう」

「当面はその中の斥候と連絡任務に特化してもらいたいわ。直接矛を交えるような戦闘は一切しないで欲しい」

「それでは評価されないのではないか? ……我々の国では正面で戦えるものこそが誉れと言われるのだが……」


 バフラームが困惑した表情を浮かべる。


「それは獣人帝国の考え方ね。少なくとも私は違うわ。情報こそが力。空を制する者が戦場を制する」


 ユリアが断言する。


「なっ……そんな話、聞いたことがねえ! おだてているだけではねえのか!」


 長老が憤る。


「帝国の航空戦力など聞いたことがないのだが、それはどこの考えなのだ」

「言っていなかったかしら? 私、異界人なの」


 ユリアが穏やかに微笑む。

 天幕の中が一瞬静まり返る。


「異界人、だと……」

「まさか……本当に? ……実在したのか……」


 バフラームが目を見開く。鳥人たちがざわめく。


「伝承は本当だったのか……」

「異界から来た者が……」

「だが、悪魔だと……」


 老鳥人たちが顔を見合わせる。その表情には恐怖と困惑が浮かんでいた。


「あなたたちもそういう反応なのね。一体どういう扱いをされているのかしら……」


 ユリアが興味深そうに鳥人たちを見渡す。


「異界の悪魔の配下になどなれねえ!?」


 長老が立ち上がろうとするが、隣の鳥人に制止される。


「悪魔、悪魔ねぇ……バフラームもそう考えるのかしら?」


 ユリアが視線をバフラームに向ける。

 バフラームが一瞬躊躇する。天幕の中の全員がその答えを待っていた。


「……いや、契約は契約だ。それに、医療支援も食料支援も受けている。伝承を盾に約束を反故にするなど誇りが許さん」


 バフラームが毅然と答える。老鳥人たちから小さなため息が漏れた。


「いいでしょう。そういうことだから、私は異界の知識を元に、あなたたちの雇用にメリットを感じた。だから使い捨てになどしないし、約束を反故にして手放すような真似もしない。理解してもらえる?」

「ああ。我々は約束を守る一族なのだ。部族の中も統制しよう」

「成立ね。これから頼りにするわよ」


 ユリアが手を差し出す。

 バフラームがその手を握り返す。その手は緊張で強張っており、額には汗が浮いていた。だが、握手は力強く、確かな決意を感じさせた。


「ああ、期待に沿えるよう尽力しよう」


 老鳥人たちは黙って見ているだけだったが、その表情は複雑だった。レオニダスとカリスが顔を見合わせ、小さく頷く。


「さて、契約は成ったわ。調印はこの後するとして、次の動きに移りましょう」


 ユリアが資料を広げる。


「そもそもユリア殿はなぜここに来たのだ? 我々の討伐というわけではなさそうだが……」

「あなたたちへの対処の要請が来たのは本当よ。ただ、ディアグラ伯の思惑は別で、ただの口実だったみたいだけど」

「そう、か。利用されてよかったのか悪かったのか……」


 バフラームが複雑な表情を浮かべる。


「後悔はさせないわ。まぁそういうわけだから、ディアグラ伯には無害化したことを伝えて、本来の任務である鉄道修理の護衛に戻ることになるの。あなたたちにも合流してもらって、連携訓練などを行いながら行軍を共にしてもらいたいわ」

「わかった。移動の準備のため、少しだけ時間をもらいたい。そうだな……2日ほどで十分だと思うが」

「いいでしょう。その間、カリスの部隊に手伝いと、護衛をしてもらいましょう」


 ユリアがカリスに視線を向ける。


「ああ、わかった」


 カリスが頷く。バフラームに向かって小さく会釈した。


「アウレリアは医療部隊を率いてバフラームたちに同行して」

「はい、お任せください、ユリア様」


 アウレリアが頷く。


「レオニダスは私とともに下山ね。すぐにディアグラ伯に報告しておかないと」

「ハッ」


 レオニダスが力強く答える。


「長老さんもそれでいいかしら?」


 ユリアが長老に視線を向ける。


「悪魔め……少しでも害があると思ったらすぐに山に帰っからな!」


 長老が吐き捨てるように言う。だが、抵抗する気力は既に失せているようだ。不満そうに頷いた。


「肝に銘じておくわ」


 ユリアが穏やかに微笑む。


「さ、瑞希、調印の準備を」

「はい!」


 瑞希が資料を取り出す。天幕の中に緊張と期待が入り混じった空気が流れていた。




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