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終末の血族  作者: 天津千里
8章:ディアグラの銀翼
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第60話 ディアグラの銀翼VI

【帝国紀元1799年10月3日 6:00】

【ディアグラ伯爵領・東部バトマニス山麓】


 まだ薄暗い。山麓の野営地では選抜された兵たちが集まり、周囲では他の兵士たちが巡回や警戒のため慌ただしく動いている。

 広場では選抜兵たちが最終的な装備確認をしていた。武器の手入れをする者、水筒に水を詰める者、互いに防具の紐を締め合う者。表情は引き締まっている。

 セリーヌは杖を手に、円盤の魔導回路を確認している。


「準備はいいかしら?」

「準備万端でそこの広場で待機中です。近接兵は私を含め8名、火力支援の猟師出身者を3名、魔力感知器要員でセリーヌ、斥候班の指揮官としてフィリオ殿、医療班として瑞希殿の計14名が随行し、外周を斥候班30名が警戒します」


 レオニダスが報告する。


「ちょっと、瑞希の名前が聞こえたのだけど」

「はい。その、医療班で最も体力があり、戦闘力もすでに近接兵並みで、本人の希望もありますので……」

「……ほんとに? たしかに力はあったみたいだけど」

「技術はまだまだですが、身体能力が突出していますので……」


 レオニダスが言葉を濁す。


「はあ……わかったわ。帰ったら詳しく聞く。とりあえず今は任務に集中するわ」

「ハッ」

「選抜隊、傾聴!」


 レオニダスの号令に兵たちが整列する。


「朝一で魔力感知器を使用して標的の位置を確認しているわ。場所はここから北東に約5ケイミル。地図と照合したところ、この山、バトマニス山の裏側、ちょうど谷間になっているあたりに潜伏している可能性が高いわ」


 ユリアが地図を広げて説明する。


「よって、私たちはここから少数でバトマニス山を抜け、この谷間の状況を確認する」

「敵の戦力は最大で50と見ているけど、今まで50名全員が一度に出てきたことはないわ」

「今回、彼らが普段、奇襲を行っている程度の人数で接近することで、戦力を集中されないようにして、各個撃破を狙うわ」


 ユリアが兵たちを見渡す。


「奇襲に備えて斥候を周囲に展開させ、追跡のため、セリーヌが感知器を随時使用して居場所を確認していく予定よ。何か質問は?」

「……大丈夫そうです」


 レオニダスが頷いた。


「では、出撃する」


 全員がそろって敬礼をする。

 山に入り数刻、選抜隊は獣道と見間違うほどの荒れ道を進んでいた。木の根が地面から飛び出し、足場は不安定。所々に岩が転がり、一歩間違えば足を挫きかねない。

 先頭を行く斥候が手信号で後続に指示を送る。選抜隊は音を立てないよう、慎重に足を運ぶ。

 ユリアは隊列を見渡す。兵たちの動きに乱れはない。訓練の成果が出ている。だが、鳥人は空から来る。地上の警戒だけでは不十分だ。

 時折、斥候が報告を上げてくる以外は自分たちのたてる音しか聞こえない。山は静まりかえっていた。


「先行班から報告、この広場の後はまたしばらく険しい道が続くようです」


 フィリオが前方を指す。


「了解。選抜隊、ここで小休止。セリーヌはその間に魔力感知を」

「は、はい」


 選抜隊が交代で休憩をとりながら周囲を警戒する。

 セリーヌは瑞希から水を受け取りながら、杖を展開し始めた。


「隊長、追加の報告を」


 フィリオが近づいてきた。


「なに?」

「気取られたかもしれません。後方班から、上空を移動中だった鳥人と思わしき編隊が急に引き返したと報告が」

「そう……もう少し早く気づかれると思ってたけど、意外と気づかれなかったわね」


 ユリアが冷静に答える。


「隊長! 輝点変化なし……あ、少し乱れました! ……一部分離、接近開始」


 セリーヌが円盤を見つめながら報告する。


「来たわね……総員警戒! 相手が攻撃してくるまで攻撃は避けること!」


 緊張が走る。兵たちが武器を構える。

 セリーヌは円盤を凝視し続けている。その額に汗が滲んでいた。

 待つこと数分――。


「先行班から連絡、飛翔体が通過、警戒されたし」

「了解」


 そう言い終わった直後、木々の合間から人影が降りてきた。

 前方に3名、後方に3名。側面にもいくつか物音がした。

 前方の3人の鳥人は槍を構え警戒しながら近寄ってくる。

 かなり薄汚れていた。羽毛には泥や枝が絡みつき、服も破れて補修の跡がある。異質な姿ではあっても、疲労と飢えが伝わってくる。目は血走り、槍を握る手が微かに震えていた。


「この先は立ち入り禁止だ」

「帰れ帰れ!」

「あなたたちが村に降りてきている鳥人?」


 ユリアが落ち着いた声で尋ねる。


「なんだお前、下の村のもんか?」

「どっちにしろ、こっちに用はねえ。帰れ!」

「困ったわね。私たちはこの先に用があるの」

「立ち入り禁止だと言ってるだろう! 帰らねえつもりか!?」


 鳥人たちの声に焦りが滲む。


「交渉がしたいの。話だけでも聞いてもらえない?」

「交渉だぁ?」

「おい、ちょっと待て。こいつらの服装、帝国軍じゃねえか!?」


 一人の鳥人が気づいて声を上げた。


「なんだと!? くそっ嗅ぎつけてきたのか!」

「族長に知らせてくる!」


 1人の鳥人がすぐに飛び立ち、木々の先へと消えていった。


「帝国軍と話すことなんてねえ! 消えろ!」

「族長さんが来るのでしょう? その人と話させてもらえればいい」

「おい、こいつに話しても無駄だ! 痛え目を見せれば泣いて帰るだろ!」

「ばか、やめろ! 人間に手を出すなって言われてるだろ!」

「それは帝国軍が本気にならねえようにだろ! もうここにいるじゃねえか!」


 鳥人たちの間で意見が割れている。一人は慎重に、もう一人は攻撃的に。疲労と飢えが判断力を鈍らせているのか。


「まだ来ただけだ! 落ち着け!」

「うるせえ! おい! お前ら! やれ!」


 声とともに側面の木々から何人もの鳥人が出てくる。その手には槍や弓が握られていた。

 ユリアが側面の鳥人たちに意識を向けた瞬間、正面の鳥人が翼を広げ一気に距離を詰めてくる。

 槍が握りしめられ、穂先がユリアに向けて正確に突き出された。

 かろうじて躱す。


「チッ、暴発したわね」


 素早く剣を抜き、槍の柄をたたき切る。


「ご無事ですか!?」


 レオニダスが駆け寄る。


「問題ないわ。全員叩きのめせ! できるだけ殺すな!」

「ハッ、てめえら手加減しろよ!」

「舐めやがって! おい、なに呆然としてんだ! やるなら最後まで動け!」

「あ、ああ。すまねえ」


 槍を切られて呆然としていた鳥人が慌てて腰の剣を抜く。

 周囲の鳥人たちも一気に飛び掛かってくる。

 正面の鳥人が叩きつけてきた槍を剣で受け流す。もう一人が隙を突いて切りかかってきた。その剣へそのまま合わせる。

 一瞬の均衡。ユリアの足蹴りで鳥人の体勢が崩れ、引き倒される。その腕を足でへし折り、再度突きこまれた槍の柄を握って力任せに地面に叩きつける。

 側面から急いで駆けつけてきた二人の突きを横跳びで躱す。一気に近づいて腹を殴る。

 最後の1人は怖気づいたように飛び立ったが、その翼に向かってユリアが投げた石に打ち据えられそのまま墜落した。


「つ、強すぎる……!」

「くそ、なんだこいつら!」


 周囲では他の兵士たちも戦っていた。

 レオニダスは飛び掛かってきた鳥人の槍を盾で受け止め、そのまま体当たりで吹き飛ばす。地面に倒れた鳥人の武器を蹴り飛ばし、戦槌を振り下ろして気絶させた。

 猟師出身の兵士たちは火打石銃で至近距離に牽制射撃を放ち、飛び立とうとする鳥人の動きを封じる。近接兵たちがすかさず駆け寄り、叩き伏せてロープで縛り上げる。

 ユリアが周囲を見渡すと、他の兵士たちも制圧を終えていた。気絶して地面に倒れている者、「離せ! 離しやがれ!」と抵抗しながらロープで縛られている者、諦めたように力なく座り込む者。

 兵士たちは手慣れた様子で次々と拘束していく。


「終わったかしら?」

「ハッ、全員捕らえました。一人も逃がしていません」


 レオニダスが報告する。


「けが人もいないわね?」

「もちろんです」

「ならいいわ」


 縛られた鳥人たちは恐怖と諦めの表情で地面に座り込んでいる。


「痛ぇ……」「腕が……」と、うめき声や痛みを訴える声が聞こえる。その視線がユリアに向けられていた。

「さぁ、すぐ族長とやらが来るわよ。ここからが本番よ」




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