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終末の血族  作者: 天津千里
8章:ディアグラの銀翼
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第58話 ディアグラの銀翼IV

【帝国紀元1799年10月1日 16:00】

【ディアグラ伯爵領ディアグラ】


 ペースを上げてディアグラに進んだユリア大隊。

 ディアグラ平野に入ると、視界が開けた。山を抜けてきた兵たちが深呼吸している。収穫を終えた畑が地平線まで続き、所々に森が点在していた。鳥が空高く舞い、遠くにちらほら見える農村からは煙が上がっている。

 しかし穏やかな風景に反して、街道を行き交うのは兵士や荷馬車ばかり。輸送任務らしい。どの兵士も疲れた表情をしている。武装した兵士たちが頻繁に行き来する光景を見ると、戦時なのだと改めて実感する。

 平野の中心、いくつもの街道が交差する場所に、目的地ディアグラがあった。街は城壁に囲まれ、その外郭には新しく建てられた木造の建物が並んでいる。城壁内の石造りの建物と対照的だ。

 ユリア大隊は街の近くで待機し、野営地への案内人を待っていた。


「あれがディアグラですか?」


 瑞希が城壁に囲まれた街を見上げる。


「ああ。古い街だ」


 レオニダスが答える。城壁の外には鉄道駅も見える。


「駅だけ外にあるんですね」


 瑞希が首を傾げた。


「よくある光景よ。城壁は手放したくないって話」


 セリーヌが馬の手綱を持ち直しながら説明する。


「へぇ……でも、アルトゥインとかでは役に立ってましたもんね。分かる気がします」


 待機の間、瑞希とセリーヌが城壁について話し込んでいる。


「異界の街に城壁はないの?」


 セリーヌが興味深そうに尋ねる。


「地球ですか? うーん、昔のヨーロッパとか中国とか? 写真で見たことあるだけなので……」


 瑞希が記憶を辿るように言う。


「ふーん、私は城壁がない街なんて少し怖いけどね。異界って平和なのね」

「平和じゃなかったとは思うんですけど……いつもニュースで世界のあちこちで戦争とか言ってましたし」

「世界の?」


 セリーヌが不思議そうな顔をする。

 以前は瑞希の口から地球の話題が出ることなんてなかった。二人が普通に会話しているのを見ると、これが正常な関係なのかもしれない。


「ユリア、道中の報告がまとまったわ」


 情報をまとめていたルシアが、資料を手に近づいてきた。


「ありがとう、姉さん」

「ディアグラ領では北側でゾンビを食い止められたみたいね。領内の被害の話は少ないわ」


 ルシアが資料を見ながら説明する。


「へぇ……その上で逆撃までしているのはすごいわね」

「それが……これは商人たちの噂なのだけど、兵だけでなく、騎士や貴族にも相当な被害が出ているんじゃないかって」

「……根拠は?」


 ユリアが眉をひそめる。ルシアは資料の別のページを開いた。


「総動員が始まって時間が経つけど、思ったほど市場から食料が減らないみたいね。相場も品薄感はあるけど前回の総動員と比べると……って話よ」

「それだけじゃ確信はできないわね……」

「ええ。食料確保の方法が改善されたのかもしれないし、色々可能性は考えられるわ」


 ルシアが資料をめくる。周囲では兵たちが野営の準備を始めていた。


「帰還兵の話とかは?」

「そっちはさっぱりね。それほど被害が出ていないのか、隠しているのか……」

「バッスス殿の話だと被害がないってことはなさそうだけど」


 ユリアは遠くのディアグラの街を見た。城壁の向こうに何が隠されているのか。


「そうね。ただ、全くないという情報があるだけよ」

「そう……わかったわ」

「あとはディアグラ伯爵からの情報ね」

「そうね……ちょうど迎えが来たみたいよ」


 ユリアが街道の方を指す。騎馬の一団がこちらに向かってきていた。


「あら、タイミングがいいわね。準備するわ」

「ええ」


【帝国紀元1799年10月1日 19:00】

【ディアグラ伯爵領・ディアグラ城館食堂】


 ディアグラ伯爵から夕食に招かれ、ユリアはルシアと瑞希を伴って城館の食堂を訪れた。

 広間には長いテーブルが置かれ、燭台の明かりが料理を照らしている。壁には狩猟の絵画や武具が飾られ、貴族の館らしい格式が感じられた。


「お招きいただきありがとうございます、伯爵」


 ユリアの挨拶に合わせて、ルシアと瑞希も礼をする。


「よく来てくれた。歓迎しよう」


 コルネリウス・ディアグラ伯爵が応じる。六十代くらいか。強面で、顔には苦労の跡が刻まれている。だが、その奥底には確かな覇気が感じられた。

 この人がコルネリウス・ディアグラ伯爵……。


「さあ、座ってくれ。気楽にしてくれていい。せっかくだから領地の自慢の品で作らせたんだ。お口に合えばいいが」


 そう言う伯爵の目は鋭く、何かを探るような目をしていた。


「お心遣い感謝します。何分異界の平民出身なので、ご無礼があってはと緊張しておりました」

「出自については噂で聞いておる。堅苦しいマナーなど気にせずとも良い。異界出身者のマナー如きで目くじらを立てるような、狭量な貴族など帝国貴族ではないわ」


 そう言ってディアグラ伯爵は豪快に笑った。


「せっかくの料理が冷めてはいかんな。さっそくいただこうではないか」

「ハッ、いただきます」


 テーブルに広がるのは、香辛料で味付けした鹿肉のロースト、猪肉を煮込んだシチュー、ディアグラ領の名産だという葉物野菜を使ったサラダ、豆のスープなど。素材の風味を生かしつつ、香辛料が効いた料理が並んでいる。ヨーグルトソースを添えた料理もあり、どこか中東を思わせる味付けだ。

 地産地消と言えば聞こえはいいけど、領地の外から来ている食材はほぼなし……流通は厳しいのかもしれない。でも、深刻なほどではない……と言ったところか。


「美味しっ……あ、すみません」

「お口にあったようで何よりだ。気に入ったなら追加で持ってこさせるから遠慮なく食べなさい」

「あ、ありがとうございます」


 食事をすすめるうちに瑞希を見る目は少し穏やかになったが、私とルシアを見る目はまだどこか厳しい。


「……ユリア殿、領内を見てどうだったかな?」


 ディアグラ伯爵がワインのグラスを置いた。


「領境でバッスス殿にはお会いしましたが……領内に入ってからは戦火の跡もなく、穏やかな雰囲気だったと思います。ただ、街道を巡回する兵が多かったような気がしますが……それが今回のことと?」

「なに、大した話じゃない。本題は異界から来たという貴殿たちと会ってみたかったという話だよ」


 伯爵が手を振る。

 さすがに会ってみたかっただけ……ではないわね。大した話じゃないほうが本題なわけか。


「それは……光栄です」

「ものは相談なんだが、少し領内を見回りしてくれないか?」

「ええ。伯爵のお力になるようにとカラディン辺境伯から申し付かっております」


 ユリアは姿勢を正した。


「そうか。やはり民は不安に思っているようでな。貴殿のような若き英雄が来てくれたと知れば民心も落ち着くだろう」

「ハッ」

「その際は領の東側を重点的に見廻ってくれ。どうも最近鳥人が悪さをしているようでな。東は落ち着かんのだ」


 例の鳥人は東か……ただ言い方が軽い。やはりこれは重要度は低いわけね。


「承知しました」

「特に期間は定めん。貴殿が十分だと判断した時点で引き揚げてもらっていい。本来の役目もあるだろう?」


 期限なし、ね。バッススが怒っていたことを考えると、バッススと会った時点で目的は半分達したと見ているのかしら。


「……期待に応えられるよう、よく見廻るようにします」

「頼もしいな」


 ディアグラ伯爵が満足そうに頷いた。


「おっと、いかんいかん、年寄りはつい長話してしまうな。おい、デザートを持ってこい」


 ディアグラ伯爵はそう言うと執事に指示を出した。

 程なくして運ばれてきたのは、蜂蜜をかけた焼き菓子と、ナッツを散りばめた甘い菓子。


「わあ……」


 瑞希が目を輝かせる。


「遠慮せず食べなさい。この辺りの名物でな」


 ディアグラ伯爵が優しく微笑む。


「いただきます!」


 瑞希が一口食べると、顔がほころんだ。


「美味しいです! 蜂蜜が……こんなに香りが良くて」

「気に入ったか。よしよし。この蜂蜜は領内の森で採れたものでな。昔から評判が良いんだ」


 ディアグラ伯爵が満足そうに笑う。瑞希を見る目は、完全に孫を見るような優しさだ。


「そうなんですか。本当に美味しいです」


 瑞希が嬉しそうに菓子を口にする。

 表向きの依頼は領内の見回り、民心の安定。本当は辺境伯に戦況を報告させたいのでしょうね。バッススが怒っていたのも納得だわ。

 それにしても、鳥人ねぇ……空を飛べるのかしらね? 飛べるとしたら小回りが利く……所詮は地上部隊でどうにかできるものなの? 少し情報を集めたほうが良さそうね。




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