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終末の血族  作者: 天津千里
8章:ディアグラの銀翼
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第56話 ディアグラの銀翼II

【帝国紀元1799年9月12日 10:00】 

【エルズリウム・市庁舎執務室】


 大隊編制から二週間が経った。

 その日の朝、ガリウス辺境伯からの呼び出しがあった。何か動きがあったのだろう。

 ノックの後、中から許可の声がした。ユリアは扉を開けて執務室に入った。

 中ではガリウス辺境伯とレンクス大将が待っていた。


「お呼びと伺いましたが」


 ユリアが敬礼すると、ガリウスが椅子に座ったまま口を開いた。


「大隊はどうだ?」

「まだ訓練不足ではありますが、最低限は動けるようになったかと」

「そうか。ならいいだろう。ちょうどユリア殿に頼みたい任務があってな」

「といいますと?」


 レンクスが一歩前に出た。


「わしから説明しよう。まずは前提として、だ」


 レンクスが地図を広げる。


「先日のエルズリウムの奪還によって、東部諸侯と連絡がとれるようになった」


 ユリアは地図に目を落とした。


「ただ、情勢はよくない。各地で街道が寸断されており、依然として帝都とは連絡が取れん」

「現在は各地に軍を派遣して連携がとれる範囲を広げているところだ」


 ユリアは頷いた。つまり、まだ戦況は流動的ということか。


「まぁ地名を言っても馴染みがないだろうからな、話半分で聞いたらいい」

「構いません」


 レンクスが地図の北を指した。


「北はカラディン辺境伯家がアルトゥイン奪還を目指している」

「ああ。ユリウスが指揮をとっている。ここはそう難しくないだろう」


 ガリウスが答える。たしかアルトゥインは、領内がまだ解放できていなかったはずだ。


「西はアルデリス伯爵家がエルジンギアに向かっている」


 レンクスが続ける。


「アルデリス伯爵家が指揮をとっている。ただ、ここは厳しそうだ。しばらくは防戦になるかもしれん」


 ガリウスが補足する。エルズリウムの西側には大街道が通っている。防戦になるということは、相当な数が押し寄せているのだろう。


「東はどうも獣人どもが蠢動を始めたようだ。密偵からは国境の向こう側で軍の動きが活発になっているという報告がある」

「近日中にわしが直接行く必要があるだろう」


 レンクスの表情が険しくなった。レンクス大将自らが赴く。それだけ緊迫しているということだ。嫌なタイミングの動きだった。


「最後が南だ。ここはガリウスから説明したほうがいいだろう。貴族絡みだからな」

「ああ、そうだな……。最近やっとディアグラ伯爵と連絡がとれた。現在、伯爵は領地西側のマラティア方向から来るゾンビと交戦中だ。そのため、補給路をつなげて支援物資を送る計画だ」

「……ここからが本題なんだが、そのディアグラ伯爵から小回りの利く歩兵戦力を回して欲しいと要請が来ている」


 小回りの利く歩兵戦力……? わざわざ指名するかのような言い方だ。


「鳥人が通商破壊をしているようだが詳細は不明だ。……伯爵家がわざわざ他家に援軍要請するほどの内容とは思えないが……」


 ガリウスの表情にも疑念が浮かんでいる。ユリアも同感だった。鳥人の通商破壊程度なら、伯爵家の戦力で対処できるはずだ。


「ユリア殿にはこの問題の対処と、東部方面軍による南方の鉄道路線復旧の支援を行ってもらいたい。鉄道を復旧させて補給路を確保する」


 ユリアは姿勢を正した。


「ハッ……」

「不安そうだな」


 ガリウスが苦笑した。


「いえ……そのような重要な任務、編制したばかりの私の大隊でよいのでしょうか?」

「たしかにディアグラ伯が何を考えているのか定かではないが……辺境伯家の客将、アルデリス伯爵家の次男坊、東部方面軍の後援がある部隊に下手な真似はできんだろう。それに編制したばかりと言っても、内実は実戦経験のある中隊が中心だ。期待しているぞ」

「ありがとうございます。ご期待に沿えるよう尽力します」


 ユリアが頭を下げると、レンクスが引き継いだ。


「東部方面軍からは1個旅団と1個工兵大隊を出す。出発は9月20日の予定だ。詳細はセルギウス旅団長と詰めてくれ」

「承知しました」


 ユリアは敬礼した。初任務が、これか。単純な露払いでは終わらない予感がした。


【帝国紀元1799年9月12日 16:00】 

【エルズリウム・市庁舎小会議室】


「集まったわね。早速始めましょう」


 ユリアの傍らにはルシアと瑞希が控えている。瑞希が地図を広げると、隊長たちがテーブルを囲んだ。中隊長のカリス、フィリオ、レオニダス。直属の小隊長であるベルンハルトやセリーヌ。東部方面軍から派遣された騎兵小隊長のフラウィウスもいる。


「大隊の最初の任務が決まったわ。エルズリウム南方への遠征任務よ」

「噂の西や北じゃなく南か……」


 カリスが呟く。相変わらず耳が早い。


「ええ。東部方面軍がアダリウムまでの鉄道を復旧させるから、その部隊の露払いが任務よ」

「アダリウムですか……また随分遠いですね……」


 フィリオが顎に手を当てた。


「鉄道の復旧ってことは徒歩だろ? 問題なく進んで1か月ってところか」


 カリスが肩をすくめる。


「復旧工事ということはそれ以上を見込んだほうが良さそうだが」


 ベルンハルトが続ける。


「さっき本隊を率いるセルギウス旅団長から聞いた話では、損傷は少ないから復旧自体はさほど時間はかからない見込みだそうよ」

「そりゃよかった。補給はその鉄道を使えるのか?」


 ベルンハルトが息をついた。


「ええ。本隊が一括して鉄道で運んでくれるそうよ。ただ、散弾の補給は調整が必要ね」

「わかった。向こうの担当者とは打ち合わせをしておこう」


 ベルンハルトの目が、もう実務に向いている。


「行軍経路はどうなります? 分散行軍して支道も通ったほうがいいですか?」


 フィリオが問う。


「そうね。近接中隊が本陣と共に本道を進み、支道は適宜各歩兵中隊を割り当てるわ」

「ハッ」

「哨戒はどうします?」


 レオニダスが続ける。


「騎兵小隊に担当してもらうわ。それと連絡任務もね。いいかしら、フラウィウス小隊長?」

「期待に応えましょう」


 フラウィウスが胸を叩く。


「うちの中隊からも歩兵で良ければ斥候を出しますが。山岳地帯は得意ですよ」


 フィリオが提案する。


「いいわね。じゃあ山岳地帯はその歩兵を貸してちょうだい」

「承知しました」

「事前情報では、ディアグラまでの道はほぼ掃討が終わっているはずよ。なので、ディアグラに着くまでには部隊間の連携を確立しておきたいわね」


 ルシアが資料に目を落とした。


「問題はそこから……なのだけど」


 ユリアが一度言葉を切った。


「ディアグラ伯爵が小回りの利く歩兵戦力を回して欲しいそうよ」

「わざわざ? なにか問題が?」


 ルシアが眉をひそめる。


「鳥人が通商破壊をしているらしいわ」

「鳥人が後方に降りて略奪を働くというのは戦時にはありますが、追い払えないほどの規模になることはないですね」


 フィリオが首を傾げる。


「派遣されるのがうちの部隊だけなんだろ? 規模の問題じゃないんじゃないか?」


 カリスが指摘する。


「小回りの利く歩兵戦力を、とのことよ」

「小回り……たしかに少数での突破力はあるけど……」


 ルシアが考え込む。フィリオが地図を覗き込んだ。


「そもそも、ディアグラ伯爵領の東側は山地でしょう?」

「ええ。獣人帝国との国境沿いは険しい山岳地帯ですね」


 フィリオの言葉に、カリスが腕を組んだ。


「鳥人族は飛べるから山岳地帯を越えて侵入してくること自体は不思議じゃないが……」

「ですが、通商破壊ということは街道まで出てきているわけですよね? ディアグラの街道は領地の西側が中心のはず」


 フィリオが地図を確認する。


「山岳地帯から西の平地まで、だいぶ距離があるわね」

「それだけじゃない。鳥人族は確かに飛べるが、物資の輸送となると話は別だ。山岳地帯で補給を確保しながら西進するのは容易じゃない」


 カリスが鋭く指摘する。


「つまり、越境自体が不自然で、さらに西側の街道まで出てきているのはもっと不自然、ということですか?」


 瑞希が確認する。


「ああ。通常の襲撃なら国境近くの集落を狙うはずだ。わざわざ深く侵入する理由がない」


 瑞希が資料をめくる音だけが響いた。


「そもそも、ディアグラ伯は、その、気高い人と有名です。こちらに借りを作りたくなさそうですが……」


 フィリオが慎重に言葉を選ぶ。


「正直に言えよ、プライドが高くて扱いにくいって」

「カリス殿……不敬ですよ」


 カリスとフィリオのやり取りに、ルシアが口を挟んだ。


「でも、それが逆に引っかかるわね。そんな人物が、わざわざ他家に援軍を要請する……」

「よほどの事情があるということか」


 カリスが低く呟いた。


「……いずれにせよ、現地に行かないと何とも言えないわね」


 ユリアが話を区切った。情報が不足している。現地で確認するしかない。


「はい」

「いいわ。とりあえずは目の前のことに集中しましょう。出発まで一週間。訓練の仕上げに専念するわ」

「ハッ」


 一同が声を揃える。

 鉄道復旧を行う東部方面軍の露払い。そしてディアグラ伯爵からの、裏のありそうな援軍要請。鳥人族の不自然な動き。何かあるのは間違いなかった。

 だが、それを確かめるには現地に行くしかない。ユリアは気を引き締めた。




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