第55話 ディアグラの銀翼I
ここから第二部です。
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【帝国紀元1799年8月28日 13:00】
【エルズリウム・市庁舎小会議室】
市庁舎へ向かう道すがら、ユリアは街の様子を眺めていた。
八月三日、エルズリウムは奪還された。都市全体がゾンビ化し、多くの人が犠牲になった。今も街には戦闘の爪痕が残っている。だが、軍の工兵隊が道路を整備し、商人たちが店を開き始めている。少しずつ、人の気配が戻ってきていた。
活気が戻りつつある街を見ると、戦った意味があったと思える。
市庁舎の小会議室は、窓から差し込む午後の光で明るかった。テーブルを囲んで座るのは四人。リディア、ルシア、エステヴァン、そしてユリア。
「改めて昇進おめでとう、ユリア」
リディアが微笑んで言った。
「ありがとう」
ユリアは軽く頭を下げる。大隊長への昇進。まだ実感は薄かった。
「大隊長になるにあたって、状況を整理するわね」
リディアが資料を広げる。
「今回、事情が事情だから、カラディン家の兵を中心に、諸侯軍と帝国東部方面軍の合同での編制になるわ」
「貴族と正規軍の合同? この前の魔導大隊みたいな?」
「そうね。貴族軍の不足分を正規軍が補うという形ね」
「お目付け役でもありそうね」
ルシアが口を挟む。
「そういう側面も否定はできないわね」
リディアは肩をすくめた。エステヴァンが補足する。
「高価な魔導部隊や騎兵部隊を補ってもらえて、貴族の懐にも優しいので、持ちつ持たれつという関係ですよ」
「なるほどね……そうやって、軍の主力は正規軍が抑えるわけか……上手いやり方ね」
「今回はレンクス大将から軽騎兵小隊と魔導小隊を派遣してもらえることになっているわ」
「カラディン領は山がちで騎兵が少ないですからね。どうしてもこういうときは正規軍に頼りがちです」
「これらを補助部隊にして、ユリア中隊を中心に歩兵や近接兵で編成していくことになるわ」
リディアが続ける。
「本来なら既存の部隊を中心に組むのだけど、今回は、実質ユリアの子爵軍としての大隊に近いから、ある程度は隊長格を自由に決められるわよ」
「そこに権限がくるわけね」
「といっても無制限ではないけどね。そこは合同軍ということで我慢してちょうだい」
「どの枠があるの?」
「まず、部隊の副将。これは中隊長クラスが兼任することになるわね。それから第一、第二歩兵中隊の隊長。第三歩兵中隊はアルデリス伯からフィリオ・アルデリス殿の中隊が推薦されているわ」
「あの人アルデリス伯の実子でしょう? そんな大物を?」
大貴族の直系を、次男とは言え、こちらの指揮下に?
「それだけ重視しているということでしょう。それに、カラディン家が部隊の中核になっていますからな。発言力の小さい将では埋もれるという点もあるのでしょうな」
エステヴァンの分析は的確だ。
「そういうことね……」
立場のある人物を送って発言力を確保するのは常套手段だけど……本気みたいね。
「続けるわね。散弾銃を使用することから、前衛の補強のため、近接中隊も新設されるわ。こちらも隊長は選んでいいわ」
「あとは直轄する小隊長たちね。補給、医療は選んでちょうだい。魔導と偵察は東部方面軍の派遣されてくる部隊長がそのまま入るわ」
「それと、直轄部隊についてはまだ編制の余裕があるわ」
「余裕?」
ルシアが首を傾げる。
「ええ。東部方面軍から、その、結構多めの予算がついているのよ」
「部隊を出す余裕がないからお金を出すということでしょうな。思わぬ産物ですな」
エステヴァンが苦笑する。
「まあ、ありがたく使わせてもらいましょう」
使える予算があるなら、使わない手はない。
「以上がおおよその編制になるわ。ここからはユリアが決めていっていいわ」
「ええ、わかったわ」
ユリアは一度深呼吸してから、口を開いた。
「まず副将兼第一歩兵中隊指揮代理は姉さんにお願いするわ」
「わかったわ」
ルシアが即答する。信頼できる副将だ。
「第二歩兵中隊長はカリスにしましょう」
カリスは堅実な指揮官だ。派手さはないが、部下からの信頼は厚い。中隊を任せるには十分な人材だった。
「ルキウス小隊長とガイウス小隊長は?」
「あの二人はカリスと一緒に第二歩兵中隊にしましょう。第一歩兵中隊内の小隊長はあとで見繕うわ」
「情報をまとめておくわね」
「お願い。近接中隊長はレオニダスでしょうね」
近接中隊を率いるなら、レオニダス以外に適任者はいない。戦槌の腕は確かで、近接兵たちからの信頼も厚い。
「あの者でいいので? その、結構反抗的ということですが」
エステヴァンが心配そうに言う。
「私の前ではしっかりしているわよ」
「左様ですか……」
どんだけ有名なのよ、レオニダスは。戦場では頼りになるのだけど。
「補給はベルンハルト、医療はアウレリアでもいいのかしら?」
「この前保護した巫女よね? 聖職者なら医療部隊限定で士官待遇だから大丈夫よ」
「なら大丈夫ね。あと、予算があるということだから、直轄の魔導小隊を一つ追加で、セリーヌを小隊長に」
セリーヌはユリアの配下で最も優秀な魔導師の一人だ。何より、リオフェルの発明品を使いこなせる。魔力探知杖や新型の魔導具を実戦で運用するには、彼女の技術が必要だった。
「魔導小隊ですか。東部方面軍の魔導部隊では不安ですか?」
エステヴァンが問う。
「いえ、どちらかというと……リオフェルの発明品を使える部隊が欲しくて」
「ああ、あのエルフ……。信用できるの?」
リディアが眉をひそめる。
「技術はたしかよ。それに、奇行を除けば常識人よ?」
「……あなたも物好きね……まぁユリアが信用しているならいいわ」
リディアが小さく溜息をつく。
「部隊の追加はそれだけでよろしいですか? 予算はまだ結構ありますが」
エステヴァンが確認する。
「そうね……偵察や工兵も欲しいのだけど……」
ユリアは少し考えた。偵察部隊があれば情報収集が楽になる。工兵がいれば野戦築城や障害物の撤去も迅速に行える。だが、現実的に難しいだろう。
「魔導と偵察の両方を被せるのはあまり良くないかもしれないですな」
「でしょう?」
東部方面軍から派遣される部隊を両方とも自前で別途編制するのは政治的にはよくないだろう。
「工兵も難しいわね。正規軍以外では兼務しているのが大半よ。正規軍も今は東部全域の復興作業で出す余裕はないと思うわ」
「ええ、もしあればという話だから。とりあえずは予算は傭兵雇用費としておきましょう」
「それがいいでしょう」
エステヴァンが頷く。
「じゃあ、これでこちらも編制の準備をするわね」
リディアが資料をまとめる。
「ええ。よろしくお願いするわ」
ユリアは立ち上がり、一礼した。大隊の骨格が決まった。副将はルシア、中隊長にカリス、フィリオ、レオニダス。小隊長にベルンハルト、アウレリア、セリーヌ。そして東部方面軍からの派遣部隊。
あとは実際に部隊を動かしながら、調整していくことになる。初めての大隊指揮だ。不安がないわけではない。だが、やるしかない。
【帝国紀元1799年8月28日 23:00】
【エルズリウム・宿舎】(ルシア視点)
割り当てられた宿舎に戻ると、ユリアがまだ机に向かっていた。編制の資料を見つめているが、手は止まっている。考え事をしているようだ。
ルシアは軽く溜息をついた。顔色も優れない。この数日、休む間もなく動き続けている。体を壊さないか心配だ。
「ユリア、もう遅いわよ。身体に障るから早く寝ましょう」
「ああ、姉さん……いえ、ルシア、少しいいかしら?」
「ええ」
何か改まった話があるらしい。ルシアは部屋の扉を閉め、そっと詠唱する。指輪が淡く光り、周囲の音が消えたのを確認してから、ユリアの向かいに座った。
「この前、辺境伯に呼ばれたじゃない?」
「ええ、論功行賞の前のやつね」
「そこにレンクス大将とアルデリス伯もいてね。その時に、私が"勇者"じゃないかって言われたのよ」
「勇者? 大貴族や帝国軍の大将が言うには少し非現実的すぎる気がするけど……」
「この帝国にはそういう存在が過去にいたみたいね。竜殺しとか色々言われてる存在が」
「それとユリアを……? 象徴にするために、ね……」
「前に言われた、軍の士気を上げるための象徴という話がこうなるとは、ね」
ユリアが苦笑する。
「だからアルデリス伯からフィリオ殿が来たわけね」
「帝国軍からかなりの予算がついたのもそれが理由のひとつでしょうね」
「そういうことね……」
すべてが繋がった。フィリオの派遣も、潤沢な予算も、勇者という象徴を作り上げるための布石だったのだ。政治的に利用されることは理解できる。だが。
「でも、勇者として戦えば戦うほど、政治的にも難しい立場に置かれるかもしれないわ」
「まぁ、悪いことだけじゃないわ。その過去の勇者っていうのが、異界人らしくて、地球に帰るために色々調べていたらしいわ」
「じゃあその足跡を辿れば、ヒントがあるかもしれないわけね?」
「ええ。勇者という象徴を演じれば、その足跡も辿りやすいでしょう」
希望が見えた。地球へ帰る方法。それを見つけるための手がかりが、勇者の足跡にあるかもしれない。だが、同時に不安もあった。
「それはそうだけど……」
ルシアはユリアを見つめた。
「戦い続けることになるわよ。帝国が望む限り、ユリアは戦場に立ち続けなければならない……」
「それくらいはいいわ。どちらにしても、この帝国の危機を脱しないことには落ち着いて調べることもできないからね」
ユリアは淡々と言った。いつも通りの、冷静な表情だ。だが、ルシアには分かる。ユリアは無理をしている。
「そう、ね……。でも、無理はしないようにしましょう。私たちはあくまで部外者なのだから……」
「大丈夫よ。これくらい。さ、そろそろ寝ましょうか」
ユリアが立ち上がる。話はここまで、ということだ。
「ええ。おやすみなさい」
「おやすみ」
ルシアは魔法を解いた。音が戻ってくる。
ユリアの背中を見ながら、ルシアは小さく息をついた。またこうやって、ユリアは一人で抱え込む。無理をする。何度も見てきた光景だ。
勇者という象徴。それが三人を地球へ導く鍵になるかもしれない。だが、その代償は決して小さくない。
せめて、ユリアを力の及ぶ限り支えよう。そうルシアは改めて誓った。




