表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末の血族  作者: 天津千里
7章:影巣食う軍都
54/72

第54話 影巣食う軍都VI

【帝国紀元1799年8月13日 15:00】

【エルズリウム・市庁舎応接間】


 街中に修理の音が響き渡り、エルズリウムは急速に復興の道を進み始めていた。


 ユリアたちも工員の護衛や周辺の偵察任務に駆り出され、いまだ忙しい日々を送っていた。


 そんな中、ガリウスからの呼び出しを受けたユリアは、激戦の跡が未だ残る市庁舎へと来た。


 正面玄関では、エステヴァンが待っていた。


「これはユリア殿、お待ちしておりました」


 エステヴァンが笑顔で迎える。


「エステヴァンさんもお久しぶりです。こちらにいらしていたんですね」


「ええ。つい先日に。さ、閣下がお待ちです。中へどうぞ」


 エステヴァンがユリアを応接間へと案内する。


 ユリアは廊下を歩きながら、周囲を見回す。壁には戦闘の痕跡が残り、所々に応急の補修が施されていた。


 応接間の扉を開けると、中にはガリウス・カラディン辺境伯、レンクス・カエリウス大将、テレンティウス・アルデリス伯爵の三名が寛いだ様子でソファーに座っていた。


 テーブルにはいくつもワインの瓶が置いてある。


「ユリア・コニシ中隊長、参りました」


 ユリアは姿勢を正して敬礼する。


「ああ、よく来たな。ここは公式な場ではない。楽にしてくれ」


 ガリウスが手を振って示す。


「ハッ」


 ユリアは応じるが、体はまだ緊張している。


「おいおい、そう言われてすぐ楽にできるもんか。なあ、ユリア大隊長?」


 レンクスがグラスを傾けながら笑う。


「は......大隊長、ですか?」


 困惑したように返す。まだ昇進の話など聞いていない。


「レンクス大将までからかってるではないですか。仕方ない、私から説明しよう」


 テレンティウスが咳払いをして口を開く。


「ありがとうございます」


 ようやく話が見えてくるかもしれない。


「端的に言うと、だ。これまでの功績を鑑みて、我々はユリア殿を大隊長へと昇格させるつもりだ」


 テレンティウスは真剣な表情で告げる。


「他にもいくつかあるが、何分、我々には決定権がないことも多いからな。今確定している公的なものはこれだけだ」


「過分な評価をいただき......」


 ユリアは頭を下げる。


「だが、こんなもんは枝葉に過ぎん」


 テレンティウスはそう言い切ると、ガリウスたちの方に目配せをした。


 室内の空気が変わる。何か重要な話が来る。


「我々はな。貴殿が"勇者"ではないかと思っているのだよ」


 ガリウスが静かに、しかし重みのある声で言う。


「勇者......ですか? おとぎ話の存在ではなく?」


(急にきな臭くなったわね。まさに武の象徴とは言えるのかもしれないけど......)


「異界ではおとぎ話、か。......この帝国には勇者は実在した。しかし、建国帝の懐刀、竜殺し、剣姫、戦場の女神、城崩し......数多の異名を残しながら、その生涯はほとんど分かっていない」


 レンクスはグラスを置き、身を乗り出す。


「帝国の公式記録に至っては正妃となったこと以外の記録が全く残っていないのだ。この記録魔の帝国で、だ」


「だが、それでも各貴族家の文献や王国の資料、各地の伝承にはしっかり残っている」


 レンクスの声には確信が込められている。


「私がそんな大それた存在だとは思えませんが......」


 ユリアは視線を落とす。


「異界人、年齢、現れた場所と時期、並外れた剣技、戦場で兵を率いる力......これだけ合致しているのだ。我々が勇者と見なすのも分かるだろう?」


 ガリウスは指を折りながら列挙する。


「それは......」


(たしかにそれだけ見ると否定はできない......けど......違和感はぬぐえないわね)


「今は帝国の存亡の危機だ。兵でなくとも希望の光が欲しいわけだ。たとえそれが偶像であろうともな」


 ガリウスの声は静かだが、その重さは否応なく伝わってくる。


「私に偶像たれと?」


 ユリアは顔を上げ、ガリウスを見つめる。


「今はまだ帝国が正式に認めているわけではない。わしらが勝手に言っているだけだ。そんな重圧に思わんでいい」


 レンクスは手を振る。


「貴殿は貴殿の思うがままに剣を振るえばそれでいい。我々も便宜を図ろう」


 ガリウスが付け加える。


 沈黙が落ちる。


 ユリアは視線を落とし、考える。


(象徴にされるとは思っていたけど、過去の英雄の再来として、ね......。帝国の政治に強く関与することにはなるでしょうけど、その分、伸ばせる手もより遠くへ、か。逃げようがないことを考えたら、協力的姿勢でより権限を求める方がいい、かしら)


 ユリアは顔を上げた。


「そういうことでしたら......古い文献の調査許可が欲しいのですが」


「その程度造作もないことだ。もう準備してあるぞ」


 レンクスは笑みを浮かべる。


「私がそれを望むと分かっていらしたのですか?」


「古の勇者も各地の文献を読み漁っていたらしい」


(古の勇者も、ね。しまったわね......)


 レンクスは意味深に言う。


「そう......ですか......。ありがとうございます」


 ユリアは静かに頭を下げた。


 その後、少しの他愛のない歓談があった。


 ワインが注がれ、各地の戦況や復興の話題が交わされる。


 やがてユリアは応接間を後にし、帰路についた。


 夕暮れの市街地を歩きながら、胸中には今日の会話が何度も思い出されていた。


(勇者......帝国の英雄......しかし記録が残っていない......そして私と同じように文献を調べている)


 ユリアは足を止め、空を見上げる。


(レンクス大将は冗談のように、案外異界に帰ったから正妃という記録しか残していないのかもしれんなと笑っていたけど......)


 もし、それが真実なら――


 ユリアは首を横に振り、再び歩き出した。


 それから五日が過ぎた。


【帝国紀元1799年8月18日 10:00】

【エルズリウム・市庁舎前広場】


 戦場の跡が残らないほどに整えられた市庁舎前広場には、多くの貴族や将校たちが集まっていた。


 周囲には各家の紋章旗と帝国東部方面軍の軍旗が風で揺れている。


 壇上にはレンクス大将とガリウスが立っていた。


 レンクスが一歩前に出る。


「今回のエルズリウム奪還戦において――」


 その声が広場に響き渡る。


「敵軍は我が軍の二倍以上、およそ十二万いたようだ」


 改めて数を聞かされた参列者から、どよめきが出る。


 兵士たちが顔を見合わせ、驚きの声を漏らす。


「我々はその全てを打ち破り、帝国東部の要、エルズリウムを奪還した」


 レンクスの声に力が込められる。


「この戦いにおいて見せた諸君の奮闘に、帝国は必ず報いる」


「そして、その中でも特に目覚ましい活躍をしたものを、この場で表するものとする」


 レンクスが下がり、ガリウスが代わりに前に出てくる。


 手には羊皮紙が握られている。


「東部方面軍魔導大隊、イグナティウス・ロルカ大隊長」


 ガリウスの声が響く。


「野戦における大火力による敵戦力の圧殺、その手腕は帝国の砲として誇るに足る。その栄誉を讃え、戦術銀翼章を贈る」


 イグナティウスが壇上へ上がり、勲章を受け取る。拍手が湧き起こった。


「テレンティウス・アルデリス伯爵」


 ガリウスが続ける。


「一連の戦いにおいて、ヴァンティア要塞、バヤジド要塞へ向かう敵軍を大きく削り、最後まで耐え抜いたのみならず、この戦いにおいても、苦境に陥った旧市街方面への救援、補給物資の確保など幅広い活躍を見せた。まさに帝国貴族の鑑である。よって、防衛金壁章を贈る」


 テレンティウスが壇上へ上がる。再び拍手が響く。


 そして――


「最後に、カラディン軍ユリア中隊、ユリア・コニシ中隊長」


 ガリウスの視線がこちらを捉える。


「この災禍の当初からの戦いに参加し、アルトゥイン伯爵領救援、アルデリス伯爵領救援、バヤジド要塞救援と連戦し、その多くで比類なき戦果を挙げた」


 広場の視線が一斉にこちらへ向けられる。


「そして、このエルズリウムでも旧市街に籠る敵の首魁を討ち取り、勝利を確実なものとした」


 ガリウスは一拍置いて、続ける。


「その類い稀な功績を称え、突撃金角章、および、武功金虎章を贈り、大隊長へと昇進させるものとする」


 広場には万雷の拍手が轟く。


 周囲の兵士たちが歓声を上げ、剣を掲げる者もいる。


 ユリアは壇上へと向かう。


 一歩一歩、足を進めながら、周囲の視線と歓声を感じる。


(この先はもう、ただの客ではいられない。荒波を耐え抜き、その上で光をつかみ取らないといけない)


 ユリアはガリウスから勲章を受け取り、敬礼をする。


 しかし、心中は晴れなかった。


(いよいよ帝国の政治へと踏み込んでしまった)


 大隊長――千五百もの兵を率いる責任。


 勇者――民衆の希望となる偶像。


(けれど、あのままで帰る術が見つかるとは思えない)


 拍手が続く中、ユリアは広場を見渡す。


 期待に満ちた顔、尊敬の眼差し、希望を求める表情――


 その中に、見慣れた顔がある。


 レオニダスは誇らしげに胸を張り、セリーヌとカリスは期待と尊敬の眼差しを向けている。瑞希は素直な尊敬の表情で拍手を送っている。


 そして、ルシア――その表情は、心配そうに眉をひそめていた。


(この選択で正しかったのだろうか......けど、もう後戻りはできない)


 ただ、万雷の拍手だけが、体を包み込んでいた。


第一部、完。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。


明日以降、第二部は

月・水・金 21:00の週3回更新を予定しています。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ