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終末の血族  作者: 天津千里
7章:影巣食う軍都
52/60

第52話 影巣食う軍都IV

【帝国紀元1799年8月3日 14:00】

【エルズリウム東正門前】(帝国東部方面軍大隊長 デキムス・ヴァルゲンティウス視点)


 野戦に決着がつき、各軍がエルズリウム突入のため包囲態勢へ移行する中でも、東部方面軍の一部はなお、市街から溢れ出てくるゾンビを叩き続けていた。

 東正門周辺では、崩れた瓦礫の向こうから断続的に群れが押し寄せ、そのたびに兵たちが迎撃を繰り返している。

 本陣に立つデキムスの耳に、伝令の足音が近づいてくる。


「大隊長、各軍、市街地へ進撃を開始しました」


 報告を受け、デキムスは正門の向こうを一瞥する。瓦礫の隙間から見える市街地の奥では、すでに他の部隊が動き出していた。


「そうか。順調だな。こちらもそろそろ突入するとしよう」

「ハッ。突入準備はできております」


 参謀が応じる。


「用意がいいな。では手筈通りに突入開始だ」


 デキムスが手を上げて号令を発すると同時に、前軍の側面から、準備を整えていた第二近接中隊が先頭に立ち、部隊が一斉に動き出した。

 盾を前に出した近接兵たちが、門前へ向けて歩調を合わせる。重い足音が地を揺らし、整然とした隊列が前進していく。

 正門前に滞留していたゾンビの群れと衝突すると、近接兵たちはそれを即座に粉砕し、その勢いのまま正門へと雪崩れ込んでいく。

 直前に他軍が突入した影響だろうか、敵の動きは鈍く、明らかに後続の数も少ない。


(これなら容易く制圧できそうだな)


 デキムスは前線の動きを目で追いながら、そう判断し、即座に次の指示を出す。


「よし、前軍を務めた第一近接中隊、第一歩兵中隊、第二歩兵中隊は下がらせろ。補給した後、後詰担当だ」


 一拍置いて、続ける。


「本陣と魔導中隊、護衛中隊は前に出るぞ」

「ハッ」


 伝令が走り、本陣では旗が振られ、前進の準備で周囲が慌ただしくなる。兵たちが装備を整え、隊形を組み直す音が響く。

 その中で、デキムスは腕を組み、一瞬、思考を巡らせていた。


(ここまで、事前情報にあった武装ゾンビは出てきていない……やはり内部にいるか。だが、本当にゾンビの統率など可能なのか?)


 答えは出ない。

 だが――すぐに分かるだろう。

 デキムス率いる大隊は、なおも順調に進撃を続け、大通りの半ばまでを制圧していた。

 建物に挟まれた通りの先で、前線がゆっくりと押し広げられていく。瓦礫を越え、倒れたゾンビを踏み越えながら、兵たちは着実に前進を続けていた。

 その時、前方から伝令が駆けてくる。


「第二近接中隊より伝令! 正面に、近接兵の装備をつけたゾンビを発見! 交戦開始!」


 デキムスはわずかに口角を動かす。


「ほう……やはり、ここで出てきたか」


 隣に控えていた参謀が、続けて報告する。


「側面の裏通りでも発見したようです。各部隊、交戦を開始しています」

「側面も、か。……やはり偶然ではないな?」


 デキムスは視線を参謀に向ける。


「はい。バヤジドで存在が示唆されていた指揮個体か、同類の個体が存在しているのでしょう」


  「だろうな。事故ではなく陰謀か……ろくでもない話だ」


 デキムスは吐き捨てるように言う。


「しかし、知性のない獣のようなものを操るなど……」


 参謀が首を傾げる。


「まあ、その理屈はお偉いさんか学者たちが考えるさ。それより目の前の敵だ。どうだ? 勝てそうか?」


 デキムスは前線に視線を戻す。


「上がってきている報告では……やや優勢、といったところです」

「ふむ……もう少し楽に勝てるかと思ったんだがな……」


 遠目に見える前線では、近接兵たちが崩れることなく隊列を維持し、じりじりと前進を続けている。剣戟の音が断続的に響き、怒声が飛び交っていた。

 デキムスは腕を組んだまま、次の手を考える。


「魔導中隊を前に出せ。制圧射撃をやろう」


  「ハッ。準備させます」


 伝令が走り、近接兵たちは即座に密集隊形を取る。兵たちが盾を構え、身を寄せ合う。

 銃兵は一歩引いた位置で待機し、その頭上を、魔導中隊が放った魔導弾が飛翔していった。

 数拍の後、敵隊列の後方で爆音が轟き、衝撃波が本陣にまで突風となって届く。デキムスの外套が激しく揺れた。

 続けざまに、二度目の爆発。土煙が立ち上り、破片が飛び散る。

 前線の近接兵たちが動揺しつつも、乱れた隊形のまま前進を再開した。


「よし、歩兵中隊も前進だ。援護射撃を密に」


 デキムスは指示を続け、参謀に視線を向ける。


「参謀、制圧弾はまだあるのか?」


 伝令が再び走り出す。


「あと三斉射、といったところですね」


 参謀が手元の書類に目を落とす。


「やはり少ないな。これだけ効果的なんだから、もう少し配備数が欲しいところだ」


 デキムスは溜息混じりに言う。


「本国からの補給が来ないことには……さすがに前線では生産できませんので……」

「分かっている。言ってみただけだ」


 デキムスは手を振り、話を切り上げる。


「魔導中隊も前進させて、一気に崩すぞ。側面はどうだ?」

「大通りが前進しましたからね。横道から裏通りの側面を突けるようになり、遠からず前進するでしょう」


  「そうか。そろそろ第一近接中隊を動かす頃合いかもしれんな」


 デキムスは顎に手を当てる。


「それがよいかと。さすがに第二近接中隊を横道に回す余力はなさそうです」

「そうだな。無理をして崩されるのは馬鹿らしい話だな。よし……」


 その瞬間――

 旧市街の城壁裏から、見慣れた軌道の魔導弾が飛来するのが目に入った。

 デキムスの表情が凍りつく。

 直後、前衛の近接兵たちの合間から、いくつもの巨大な火柱が立ち上る。


「……魔法攻撃だと!?」


 デキムスが叫ぶ。


「被害確認、急げ!」


 参謀が即座に指示を飛ばす。


「魔導中隊、前進中止! 牽制射を放った後、百メル後退! 対魔法戦闘に移行!」


 デキムスが矢継ぎ早に命令を下す。


「第二射、来ます!」


 伝令が叫ぶ。

 続けて降り注いだ第二射は、前進していた銃兵たちの眼前に着弾し、燃え上がる炎が牙を剥いた。兵たちの悲鳴が聞こえる。


「チッ……本来なら近接戦闘中のほうが安全なんだがな!」


 デキムスは舌打ちする。


「第一近接中隊を後衛の前に出せ! おい、中央に大穴が空いているぞ! 第二近接中隊も下げろ!」


 参謀が怒声を上げる。


「第三射着弾! 後退中の魔導中隊に、かすりました!」


 伝令の報告に、デキムスは拳を握りしめる。


「クソッ……あいつら、市街地で熱魔法を撃ち込むなんて、何考えてやがる!」


  「味方を、味方と思っていないのではないでしょうか」


 参謀が冷静に分析する。


「ああ……そうだろうな!」


 デキムスは歯噛みしながら叫ぶ。


「味方に救援要請を出せ! 前線を引きなおすぞ!」

「ハッ!」


【帝国紀元1799年8月3日 16:30】

【エルズリウム駅前広場】


 エルズリウム駅周辺の制圧が完了し、ユリアはリディアの大隊本陣へと戻っていた。

 付近の建物内部の掃討も進んでいるようで、本陣には安堵の空気が流れ始めている。


「車両基地も掃討完了……多くの車両が無事なようです」


 ティトゥスの報告に、リディアは表情を緩めた。


「よかったわ。これで物流も改善するわね」


  「軍の補給の問題もだいぶ緩和されますな」

  「かなりの数の馬車を徴用したから……でも、これで一息つけるわ」


 ユリアは興味深そうに口を開く。


「なるほど、線路がある割に鉄道を使わないなと思ったら、ここに車両があったのね」


  「ええ。車両整備は帝国直轄都市くらいしかできないわ」


 リディアが応じる。


「カラディン辺境伯領でもダメなのね」

「いずれは……とは思っているけど、貴族領に帝都の許可が下りたことはないわ」


 リディアは小さく肩をすくめる。


「なるほど……軍事統制が強いわけね」

(反乱防止……かしらね。貴族が強い弊害、か)


 ユリアは頷いた。その時、天幕の片隅にいた通信兵が叫んだ。


「大隊長! 東部方面軍第二師団第一大隊より救援要請! 位置は旧市街北門前、東西大通りです!」


 周囲はにわかに緊張に包まれた。リディアは即座に表情を引き締める。


「東正門から入った部隊ね……」


 リディアは地図に視線を落とす。


「私の部隊がいきましょうか?」


 ユリアが進み出る。リディアは一瞬考え、頷いた。


「……そうね。大通りに面している部隊は少ないわ。ユリア中隊に任せるわ。ティトゥス中隊で道中の援護を。私とドミティウスの部隊は2人が抜ける穴を埋めるわよ」


  「ハッ」


 三人が声を揃えて応じ、それぞれの部隊へと駆け戻る。


【帝国紀元1799年8月3日 17:30】

【エルズリウム旧市街北門前】


 東西に抜ける大通りと、旧市街へ入る南北の通り。

 その交差点の中央に、第二師団第一大隊の本陣が構えられていた。

 交差点の四隅には簡易的な障害物が積まれ、即席の防御陣地が形作られている。

 周囲には臨時の救護所が設けられ、担架に乗せられた負傷兵たちが次々と運び込まれていた。

 血と硝煙の匂いが混じる中、かなりの兵力が削られていることは、一目で分かる。

 こちらの接近に気付いていたのだろう。

 参謀と思しき将校が、本陣の端から駆けつけたユリアたちを迎えに出てきた。

 ユリアは真っ直ぐに参謀の前へ歩み出る。


「カラディン辺境伯軍第一師団第三大隊第一中隊、四百五十名。救援要請に応じて馳せ参じました」


  「なっ……少女!? ……失礼した。救援感謝する」


 参謀は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに姿勢を正し、態度を改める。


「現在、中央の大通りに予備戦力を投入して再建している。貴公らには、西側裏通りの部隊を支援してもらいたい。両側の側面部隊まで、支援が回っていないのだ」


  「承知しました。そのまま押し返すのが目標ということでよろしいでしょうか?」


 ユリアは冷静に確認する。


「そうだ。敵からの魔法攻撃を確認している。おそらく大通りのような広い場所にしか攻撃できないとは思うが……味方諸共焼く非情さを持っている。気を付けられよ」


  「敵が魔法を……承知致しました。ありがとうございます」


 ユリアは頷く。


「貴公らに、軍神ポレモスのご加護を」


 互いに敬礼を交わし、ユリアは踵を返した。

 本陣の喧騒を背に、部隊の待つ方向へ歩き出す。


(ゾンビからの魔法攻撃……)


 部隊へ戻る途中、思考が沈む。


(この世界の魔法は、意思を持って回路に魔力を流さなければ使えないはず……今までは、指揮官クラスの単体にその疑いがあっただけ……)


 瓦礫を避けながら、足を進めつつ考えを巡らせる。


(それが今回は、部隊としての魔法攻撃……知性あるゾンビが、組織化されているということ……?)

「隊長殿。お戻りになられましたか。我々はどちらに向かえば?」


 レオニダスの声に、ユリアは現実へ引き戻される。顔を上げ、冷静に指示を出す。


「ああ。私たちは西側の裏通りを南下して味方部隊を救援、そのまま敵陣を押し込むわ。敵からの魔法攻撃を確認しているそうよ。魔導部隊は対魔法戦闘を準備しておいて」

「魔法攻撃……? ゾンビが……? あ、承知しました! 魔導小隊、対魔法戦闘を準備しておきます!」


 レオニダスは一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに気を取り直して応じる。そして、ふと表情を緩めた。


「久々の戦場って感じですな」

「あら、今までの戦闘は?」


 ユリアは小さく首を傾げる。


「魔法攻撃の嵐の中を進んでこそ、近接兵というものですからな」


 レオニダスは笑みを浮かべる。


「あなたも中々ね……頼りにしているわよ」


 ユリアは静かに応じる。


「ハッ」


 裏通りで交戦中の部隊と合流する。

 合流とは名ばかりで、実態はほぼ交代に近かった。

 疲労の色が濃い兵たちが後退し、その隙間へユリアたちの部隊が入り込む。兵たちの足取りは重く、肩で息をしている者も多い。

 正面に並ぶのは、見覚えのある武装ゾンビ。

 帝国の鎧を纏い、剣や槌、盾を手にし、規律を保って列を成す姿は、一見すれば帝国軍の近接兵部隊と見紛う。

 だが、顔に生気はなく、肉体は崩れ、死臭が漂っていた。

 新手を警戒しているのか、互いに距離を保ったまま睨み合う。

 盾は正面を向いたまま動かず、剣先も不用意には上がらない。

 足音が止まり、瓦礫を踏む音だけが裏通りに残った。

 狭い裏通りに、張り詰めた沈黙が落ちる。


(安易に突っ込んでこない……警戒している? この狭い路地で、これはなかなか厄介ね……)


 ユリアは敵の隊列を冷静に観察する。


(下手に飛び込むのは危ないわね……動いてもらいましょうか……)


 ユリアは静かに剣を構え直し、号令を発する。


「中衛、前へ。前衛、少しだけ間を空けなさい」


 号令とともに、銃兵たちが近接兵のすぐ後ろまで前進する。足音が響き、兵たちが位置を調整する。

 一斉に銃を構え、斉射。

 激しい射撃音が反響し、裏通りは瞬く間に硝煙で覆われた。

 視界が白く霞む。

 ――その時。

 金属がぶつかる音が、硝煙の奥から響く。


「来たわね……! 前衛、叩き潰しなさい!」


 ユリアは静かに、しかし確かな声で命令を下す。

 ユリア自身も一歩前へ出て、両手剣を構える。

 足元を固め、重心を落とす。呼吸を整え、敵の動きに集中する。

 次の瞬間、硝煙を引き裂くように剣が振り下ろされた。

 受け止め、軌道をずらし、そのままカウンターで剣を叩き込む。

 激しい衝撃と金属音。

 骨が砕ける感触が、確かに手応えとして返ってくる。


(銃撃を受けてなお突撃してくるのね……苦戦するわけね)


 ユリアは冷静に分析しながら、次の動きへ移る。

 背後から現れた二体のうち、一体へ剣を突き立てる。

 首を正確に貫く一撃に、防御しようとした剣が虚しく弾かれた。

 その隙を突き、横から槍が突き出される。

 体をずらして避け、剣を引き抜くと同時に、もう一体を蹴り飛ばす。

 よろめいたところへ横薙ぎ。

 鎧は斬り裂けなかったが、衝撃でゾンビの体は後方へ吹き飛び、硝煙の中に消えた。

 さらに奥からの横薙ぎを受け止め、大きく弾き返す。

 返す刃で腕を叩き斬り、姿勢を低くして足を払う。

 崩れ落ちた首元を踏みしめ、硝煙が晴れつつある敵隊列へ、さらに一歩踏み込む。

 先ほど吹き飛ばした個体の首に剣を突き下ろし、起き上がろうとした別のゾンビへ刃を振り下ろす。

 ユリアによって、ゾンビの隊列は大きく引き裂かれた。

 崩れたその隙間へ、レオニダスたちの怒声が雪崩れ込む。

 鋼がぶつかり合う音が響き渡り、兵たちが次々と敵陣へ切り込んでいく。

 中央を突破されたゾンビの隊列は、もはや組織的な抵抗を失っていた。個々のゾンビは依然として動き続けるが、統制の取れた動きは失われている。

 ユリアは剣を構え直し、前方の敵陣を見据える。


(これ以上進むにはもう少し兵力が欲しいわね……味方の増援を待つしかない、か)


 裏通りの戦闘は、決着へと向かっていた。




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