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終末の血族  作者: 天津千里
7章:影巣食う軍都
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第51話 影巣食う軍都III

【帝国紀元1799年8月3日 14:00】

【エルズリウム北西城門前】


 朝から続いた野戦を、連合軍は火力によって押し切った。

 砲撃と魔導弾の余韻がまだ空気に残る中、その勢いのまま、エルズリウム奪還を目指して諸軍は都市全周を包囲するように展開している。

 諸侯軍は北から西側を担当し、その一角を担うリディア大隊は、北西城門から市街地へ突入、西側中央に位置するエルズリウム中央駅を目標として進撃する計画だった。

 城壁沿いに展開する部隊の列が、ゆっくりと前へ押し出されていく。

 東側では東部方面軍が残敵掃討を続けており、その戦闘音は、断続的な雷鳴のように、北西側にいるユリアたちの耳にも届いている。

 城門周辺に残っていたゾンビは数体に過ぎず、軽騎兵によって手早く始末された。

 倒れた個体を越え、妨害らしい妨害もないまま、諸侯軍は城門直前まで接近することができている。


(東の陽動が効いているみたいね。ここまで接近しても出てこない)


 ユリアは前方の城門と左右の壁面を一瞥し、そう判断した。

 その直後、後方の諸侯軍本陣から合図が上がる。

 掲げられた信号は、師団本陣、大隊本陣へと次々に伝播していった。


「本陣より通信。作戦開始、よ」


 ルシアの報告に、ユリアは短く息を吸い、剣の柄を握り直す。


「来たわね……ユリア中隊! 突入!」


 兵たちの応じる声が、城門前の空間に反響する。

 まるで大地そのものが動き出したかのような地響きとともに、全軍が一斉に前進を開始した。

 崩れかけた城門を素早く突破し、瓦礫を踏み越えながら隊列を整え、裏通りへとなだれ込む。

 石壁に囲まれた通路は視界が狭く、自然と前後に密な陣形になる。

 市街地には、まだ相当数のゾンビが残っていた。

 こちらに気付いた瞬間、それまでの虚ろな様子から一転し、喉を鳴らしながら獣のように襲いかかってくる。

 走り寄ってくるゾンビを、すれ違いざまに薙ぎ払う。

 数人が横に並んで歩ける程度の道幅では、ユリアの両手剣の攻撃範囲から逃れられる敵など存在しなかった。

 横道にも近接小隊を先頭に兵が突入し、扉の陰や崩れた壁際など、物陰に潜むゾンビを一体ずつ確実に仕留めていく。


(そこの建物の扉が開いている……?)


 視線を走らせたユリアは、半開きの扉に気づき、即座に声を飛ばした。


「レオニダス、そこの扉が開いている建物が怪しいわ。中を制圧して」

「あれだな、すぐ行く」


 レオニダスは即座に応じ、手振りで合図を出しながら部下を率いて建物へ突入する。

 周囲の怪しい建物にも次々と踏み込み、内部に潜んでいたゾンビを炙り出していった。


「第一歩兵小隊、2階のあいつをやれ!」


 建物の二階窓から飛び降りようとするゾンビに対し、カリスの号令一下、銃兵たちが斉射を浴びせる。銃撃を受けたゾンビは勢いを失い、そのまま屋根から滑り落ちた。

 突入から、距離にしてわずか三百メル。

 平時であれば数分で歩ける距離だが、瓦礫と敵の密度の中では、今のユリアには異様に遠く感じられる。


(ほんとに神経を使うわね……! もっとも、市民がいないのは良かったというべきなのか……)


 もし市民が残っていれば、この混乱と炎は、決してこの程度では済まなかったはずだ。

 横合いから飛び出してきたゾンビを、剣の柄で叩き落とす。

 よろめいたその喉元へ、体勢を崩したところを逃さず刃を突き立てた。


「隊長、ご無事ですか!」

「問題ないわ。それより、もうすぐ目標の駅よ。後衛に、広場に制圧射撃を行うよう伝えて」

「ハッ」


 視界が開け、駅前広場が見えてくる。

 そこには、さすがに多くのゾンビが集まっていた。


「前衛集合! 制圧射撃が来るわよ! 隊列を密に! 衝撃に備えろ!」


 前衛の兵たちが足を止め、文字通り盾となるように密集隊形を取る。

 隊列が整って間もなく、後方から曲射された魔導弾が飛来した。

 魔導弾は地面に着弾した瞬間、爆音とともに衝撃波を放ち、周囲のゾンビも瓦礫も区別なく吹き飛ばす。

 続けざまに第二射、第三射。広場の各所で衝撃波が炸裂した。


「前衛! 広場入り口まで一気に前進! 中衛、その後ろから援護を!」

「応!」


 北側から広場へ通じる道を、兵たちは割れたガラスを踏みしめながら前進する。

 ふらつくゾンビ、倒れてなお蠢く個体に、確実に止めを刺しつつ進んだ。


(さて、広場に着いたけど……これはすごいわね)


 広場では並木がなぎ倒され、荷車が壁に激突して砕け散っている。

 荒れ果てたその空間には、至るところに倒れ、あるいは這い回るゾンビの姿があった。


「中衛! 後衛! ここで防御隊形! 横やりを許すな!」

「前衛、分散して片っ端から仕留めるわよ!」

「いくぞ! 敵が立ち直る前に数を減らせ! こんなところでケガするなよ!」


 建物制圧を終えたレオニダスが、即座に部下へ檄を飛ばす。

 西側の大通りからは、ティトゥスやドミティウスの中隊が、同様に建物や横道をしらみつぶしに掃討しながら接近してきていた。

 こちらに気付いたのか、カラディン家の軍旗が振られる。

 ユリアも剣を高く掲げ、応答する。

 二つの中隊からも近接兵が前進し、広場の掃討に加わった。

 さらに南側、線路沿いからはリディア率いる本隊が姿を現し、そのまま線路を伝って駅舎へと進んでいく。

 駅舎に近づいたところで、脱線していた車両やホームからゾンビが飛び出てくる。本隊の兵士たちが応戦を始めた。広場の掃討を終えつつあったティトゥス隊も駅舎周辺へ展開し、線路側から援護に加わるが、ホームからは更にいくつもの小集団が飛び出てきていた。


(駅舎内にはかなりの数がいそうね……)


 広場の全域に味方の兵士が散らばり、残った敵を掃討している。

 そこにドミティウスが馬を寄せてきた。額に汗を浮かべているが、表情は落ち着いている。


「ユリア殿、こちらは私の隊で掃討しておきましょう。駅舎の援護を。あちらは少し時間がかかりそうです」


 ユリアは駅舎の方へ視線を向けた。断続的な銃声と怒号が、この距離でもはっきりと聞こえてくる。


「ありがとう。気になっていたの。こちらからは見えないけど、敵が多いの?」

「はい。数もなかなかなのですが、物陰からいきなり現れることが多く、近接兵がカバーしきれていません」


 ドミティウスは苦い表情で駅舎を一瞥する。


「わかったわ。それならうちが適任ね。すぐ行くわ」


 ユリアは剣を肩に担ぎ直しながら答えた。


「ありがとうございます。ドミティウス隊、広場の掃討を引き受けるぞ! 外からの進入路にも警戒しろ!」


 ドミティウスの号令に、周囲の兵たちが次々と応じる。


「ユリア隊、今の区域をドミティウス隊に引き継いでから集合!」


 ユリアの指示に、レオニダスやカリスが復唱して伝えていく。


「では私はこちらの指揮に回ります」


 ドミティウスが手綱を引き、馬の向きを変える。


「ええ。後は任せたわ」

「はい」


 ドミティウスが部下たちに続けざまに配置転換を指示している。その手際の良さに、ユリアは内心で頷いた。


(さて、どこから入るのがいいかしらね……本隊と同じ線路側、正面、裏手……)


 駅舎の構造を思い浮かべながら、ユリアは最善の突入経路を探る。


「隊長殿、集合と聞きましたが」


 レオニダスが血のついた戦槌を担ぎながら駆け寄ってくる。部下たちも続いて集まってきた。


「ええ。駅舎の方が少し抵抗が激しいみたい。私たちも掩護に回りましょう」

「分かりました」


 レオニダスは即座に頷き、兵たちに移動の準備を指示する。


「突入場所が少し悩むわね……正面入り口からと思ったけど……」


 ユリアは駅舎正面を見据える。瓦礫が折り重なり、視界を遮っている。


「瓦礫でかなり視界が悪いですね……」


 レオニダスも眉をひそめる。


「ユリア隊長! 魔導小隊、到着しました!」


 セリーヌが息を切らせながら駆けてきた。杖を握る手が少し震えている。


「ご苦労」

「どうかしたんですか?」


 セリーヌは二人の表情を見て、首を傾げた。


「集合して駅舎の援護に回ろうと思ったのだけど……ちょっと状況がね」


 ユリアは駅舎の方へ視線を向ける。


「ああ……たしかに物陰が多いですね……」


 セリーヌも難しそうな表情を浮かべ、杖を握り直す。


「外から削ることはできるけど……それだけじゃ決め手に欠けるから悩んでいるのよ」


 ユリアは腕を組み、駅舎の構造を思案する。


「あの、さっき使った制圧弾、少しだけ予備があるので使いましょうか?」


 セリーヌが遠慮がちに提案した。


「あれを? ……結構威力がありそうだったけど、屋内で使っても大丈夫なの?」


 ユリアは眉を上げる。


「そのままだと大変なことになるので……ちょっといじれば何とか」


 セリーヌは指先で杖を回しながら、自信なさげに答えた。


「あれは正規軍用の新型だろ? いじれるのか?」


 レオニダスが疑わしげな視線を向ける。


「声がでかい! 聞かれたらどうすんの! 先生と一緒にちょっと調べたからいける……はず」


 セリーヌが慌てて声を潜め、周囲を見回す。幸い、他の兵士たちは離れた場所で休息を取っている。


「いいわ、やってみましょう。どれくらいでできる?」


 ユリアは決断した。


「10分もあれば!」


 セリーヌの表情が明るくなる。


「じゃあその間に中から誘引して撃破しておきましょう。セリーヌの準備が終わり次第、屋内に制圧射撃を行って突入するわよ」

「ハッ。誘引はどうします?」


 レオニダスが姿勢を正す。


「第一歩兵小隊にやってもらいましょう。第二、第三は側面警戒」

「承知しました」


 レオニダスは短く答え、すぐに部下を呼びに向かおうとする。


「準備ができ次第始めましょう。本隊が手間取ってるから早めにね」

「は、はい!」


 セリーヌが慌てて荷物袋から魔導弾を取り出し始める。


「慌てて制圧弾を足元に落とすなよ?」


 レオニダスが肩越しに振り返り、にやりと笑う。


「うるさいわね! 落とさないわよ! 早く行きなさい!」


 セリーヌが顔を赤くして杖を振り上げる。


「はっはっはっ」


 レオニダスは笑いながら、部下に指示を出しに向かった。

 ユリアは駅舎を見据えながら、突入経路を決める。


「正面入口から入りましょう。本隊とは別方向から圧力をかけた方がいいわ」


 駅舎の入口前に前衛が構え、そのすぐ後ろからカリス率いる第一歩兵小隊が駅舎内に牽制射撃を行う。その側面には第二、第三歩兵小隊が構え、迂回してくる敵が来ないか警戒している。

 牽制射撃の音に引かれ、中からぱらぱらとゾンビが飛び出てきては、銃兵の集中射撃と近接兵の剣で仕留められる。


(やはり牽制射撃だけではあまり出てこないわね……)


 ユリアは剣を構えたまま、駅舎の暗い入口を睨む。

 数分間、牽制射撃が続く。後方ではセリーヌが魔導弾の調整に没頭している。小さく呟きながら、細かな術式を書き換えているようだ。

 誘き出されたゾンビは十数体ほど。予想通り、大半は奥に潜んだままだ。


「隊長! 準備できました!」


 最前線で剣を振るうユリアに、後方からセリーヌの声が届いた。その声には緊張と高揚が混じっている。

 ユリアは振り返り、指示を飛ばす。


「1分後に制圧射撃! 前衛は突入準備!」

「了解しました!」


 セリーヌが杖を構え、魔導弾を装填する。

 後方でセリーヌが射撃準備をしている間に、前衛の近接兵たちも入口前で密集隊形をとる。盾を構え、剣を抜き、息を整える。

 そして……1発の魔導弾が緩やかな放物線を描いて、入口から駅舎の中へ撃ち込まれた。

 次の瞬間、凄まじい轟音が周囲に響き渡り、風が吹き荒れる。砂埃が舞い上がり、前衛の兵士たちが盾で身を守る。


(なるほど、爆発を最小限に抑えて音に振り分けたわけね)

「今よ! 突入!」


 ユリアの号令とともに、前衛が一気に中に飛び込む。

 前衛たちは素早くエントランスに展開し、物陰で倒れているゾンビたちにトドメを刺して回る。

 続けて中衛の銃兵たちが隊列を組んで進入し、奥の通路から爆音を聞いて集まり始めたゾンビたちに銃撃を加え始めた。


(この勢いでこちらに向かってくるのなら十分でしょう。遠からず落ちるわね)


 線路側からは突入の鬨の声が聞こえてくる。




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